ザ・グレート・展開予測ショー

〜 【フューネラル】 第5話 後編 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(06/ 6/25)





「―――――…?外が…少し騒がしいね…」


漆黒に埋もれた廊下の片隅。窓枠につもる雪を見つめて、二人はソファーに腰かけていた。
静寂の支配する空間に、自販機の音だけが反響する…。

「………。」

「…タマモちゃん?」

不意に途絶えた会話。返らない応えを不審に思ってか、あるいは口をつぐむ少女の様子を気遣ってか……愛子が背後を振り仰ぐ。
こんな時――――普段のタマモならわずかな逡巡もなくこう答えていただろう。
「別に…。なんでもない」と。もしくはそれをマイナーチェンジして「アナタが気にすることじゃない」と。

だが、その日は違った。冷たく、常に繊細なはずの彼女の美貌が、今は蒼白に染まっている―――――…


(―――――…一体、何が起こってるの…?)


震える肩を抱きしめて、タマモは小さく一人ごちた。
研ぎ澄まされた聴覚が、次々に「異変」を拾い集める。
乱暴にドアが開く音に続き、窓ガラスの割れる音があたりに響く―――――そして聞き間違えようもない……複数の悲鳴。

「今の声……それに、この霊気……」

タマモよりワンテンポ遅れながら、愛子もようやく周囲の異常を認識する。
舌打ちして、タマモはその場を駆け出した。

「た、タマモちゃんっ!?」

「…外来病棟の様子を見てくる。すぐに戻るから、その間ここから離れないで。不安なら、防火シャッターを閉めて、逃げても構わない」

出来ればそうして…。…何かを言いかける愛子を見つめ、少女は淡々とつぶやいた。

「待って!それなら私も――――――…」

「アナタは戦闘向きの魔族じゃないでしょう?…それに、死んで悲しむ人も居る…」

かすかに首を振った後、タマモは静かに前方の闇を睨(ね)めける。
この圧倒的な霊圧……おそらくは院内のどこかに、自分の同属が出現したのだろう。それも、目を見張るほどの力を持つ、自分には及びも付かない高位の霊格が。
相手が上位魔族であるとすれば、防火シャッターなど気休めにもならない。

愛子がこの場で生き残るには、敵の目の前をチラつく、囮(おとり)が必要なのだ。
…そして、格好の囮ならココに居る。九尾の狐に流れる体液……降臨したばかりの魔族にとって、それはさぞかし魅力的な甘露に映ることだろう。


―――――…どうでもいい。もしも自分が犠牲になって、それで誰かの居場所を守れるなら……ソレはソレで、別段悪くないような気さえした。


まだ言いすがってくる声を無視して、タマモは影の奥へと歩を進める。
信じられないほどの速さで走り去ったその後ろ姿を、愛子は静かに見つめ続けた。

…ただ、見つめることしかできなかった。

                           

                              ◆




タマモが、死体の収容された病棟を訪れた時には、すでに戦闘らしい戦闘は全て終わっていた。
壁や床……部屋のいたる所に飛び散る血痕。廊下に咽(む)せ返る強い死臭に、少女は軽い吐き気を覚える。

(遅かった……)

間に合ったからといって、何が出来たとも……それどころか、自分が何をしたかったのかすら、タマモには分からない。
だが、昼間出会ったあの老人の言葉が、今の彼女の心の隅に重い楔(くさび)を打ち込んでいた。

―――――――…もしも人生において、一番に大切なモノが在るとするなら……

「……。」

そう…自分はみすみす未来に広がる『選択肢』を、自らの手で握りつぶしてしまったのだ。見定めることすらなしに…ただの臆病さとほんのわずかな戸惑いのために。
もしかしたら――――何の根拠もない妄想だが――――この場には、あの老人の知リ合いや友と呼べるような人物が、居たかもしれない。
その人物が目の前で危機にさらされていたら、一体、自分はどうするだろう?

守ろうとするのか……あるいは、恐怖でその場に凍りつくのか…。
考えても詮無いことだとは分かっている。しかし、『選択』の場に居合わせなければそんな逡巡さえも許されない……
今更ながら、タマモその当たり前の事実に、歯噛みをするような思いがした。


「―――――――…」


無言のまま、彼女はすぐそばの血痕をそっと撫でる。ヌルリとした奇妙な感触…。その血滴はまだ新しい。
怪訝な面持ちで目を向けると、赤く染まった指先から、嗅ぎ覚えのある匂いが伝わってくる。


(……?コレ……)


この匂い……一体、誰のものだったろう?
その感覚はあまりに身近で、そして、あまりに覚えがありすぎた…。浮かんでは消える、人間でありながら、彼女の心に波紋を生んだ、あのぶっきらぼうな声…。
ぼんやりとした心象が、頭の中で像を結び………そして、その鮮血が誰のものかを真に理解したとき、タマモは鋭く息を飲んだ。


まさか――――…

心臓の鼓動が、自らの耳をふさぐように…うるさいぐらい早鐘を打つ。もう一度血痕に目を向けて、彼女は大きく目を見開く。

(まさか―――――…)


ドクン。

ひときわ煩い心音が、強く、冷静な思考をかき乱していく。


気づけばその場から逃げ出すように、タマモは部屋の扉へと手をかけていた―――――――…

















(――――――…私、どうして走ってるの…?)


あれから、どれぐらいの時間がたったのだろう。額ににじむ汗もぬぐわず、タマモは白い廊下を駆けつづけている。
午前0時を告げるアラームの音…。
ここにきて、始めに感じたあの巨大な魔族の気配が、まるで嘘のように消滅した。理由は分からない。
ただ、気づいた時には消えてなくなり、今の院内にはポッカリとした霊気の空白があるだけだ。

悪意ある同属の消滅……しかしその事実は、彼女の心に安堵の光をもたらさない。むしろ、胸を覆う悪寒は刻をきざむごとに強く、重く…
湧き上がる不安を押し殺すように、少女は大きくかぶりを振った。

(大丈夫、あの人間はきっと生きてる……だって、殺したって死なないような顔をしてるもの…)

心のうちでそうつぶやいて、震えた脚を奮い立たせる。
病室の端、廊下の奥………瞼(まぶた)の奥に焼き付いたままの、あの面影を見失わないように………タマモは油断なく周囲に、瞳を走らせていた。


…不意に思う。

どうして私はこんなにも、あの人間の無事を心の内で願っているのだろう?自分の命が危険にさらされ、その事実が怖くて怖くて仕方ないのに…
どうして私の冷淡な思考は、この場から逃げ出すことを選択しようとしないのだろう?

――――――ようやく一歩を踏み出す勇気が持てた。…なのに何も出来ず、こんなところで終わるなんて…そんなのは嫌…。
彼女の意識を支配するのは、ただそれだけの、しかし純粋な想いだけで…。

(もしもアイツに死なれたら、もう二度と、信じることだって出来ないから…。だから、きっとこれはそういうこと…)


静かに自分へ言い聞かせ、タマモは昏い廊下に息を吐いた。絶対にあの人間を見つけてみせる…だから、どうかそれまでは…


――――闇の立ち込める静謐の空気…。決意を新たに、タマモはその先に広がる通路を見つめ――――――



「――――――っ!?」


同時に…
扉の向こうで待ち構える、強い殺気と敵意ある霊波に気がついた。


「………。」

…ナニカが……居る…。

それも強力な――――自分を遥かに上回る戦力を持った、何者かが…。
そして最も重要なこと……おそらく扉の向こうの存在も、こちらの気配を察知して、先手の隙を窺っている―――――…

(―――――…貴方はどうするつもりなの…?タマモ…)

恐ろしく高鳴る鼓動。自問しながら、タマモは鉄造りの扉を見つめ続けた。

…逃げるべきか、闘うべきか…。

自分は再び選択を迫られる。

だがこれは…本当に『選択』と呼べるものだろうか?分かっているのだ…目の前の相手が、自分よりも圧倒的な優位に立っているということは。
理解しているのだ。闘えば、きっと殺されるということを…。…だとすれば、自分の取るべき選択肢など―――――――… 


(―――――…そう…また逃げるつもりなのね?貴方は…。)


そこまで考え、タマモは自嘲するように小さく笑う。そのまま意識を寸断し、何度目か分からないかぶりを振った。
自らが選び取った答えを、自らの未来へと導くために…。

少女は唇を噛み締めて………






――――そして、重い目の前の扉へと……手を、かける。

思い返してみれば、それは、驚くほど自然に表出た行為だった…。どの道この場を凌いだところで、再び敵に捕まることは目に見えている。
他でもない、私の目的はこの院内に存在し、相手の目的もまた、この院内のどこかに存在しているのだから。
避けて通ることが出来ないなら、確実に此処で、追求の手を断ち切らなければ……。

自分を数段上回る霊気と殺気……しかしタマモは、そこから伝わるほんの少しの違和感に、わずかだが勝機を見出していた。
扉の先へ立つ何者か…。自分の見立てでは、彼は魔族などではない……ただの人間だ。

人狼である自分と、人間である敵。種族としての単純な違いが、一つの決定的な能力差を生む。
《ヒト》の力では、強靭な《魔族》の身体能力に拮抗することができないのだ。戦略などない…相手が力を出し切る前に、急所に拳打を叩き込む。


…鋭く一つ息を吐いて、タマモがその場を跳躍した―――――!

瞬間、彼女の動きに呼応するかのごとく、銀の扉が両断される。爆音と…そして衝撃――!両者は同時に地を蹴って、二つの影が交差する。
素早く掌底をつくりだす少女の腕。何か剣(つるぎ)のようなモノを浮かび上がらせる、黒い影。

わずかな膠着が失われ、両者の差異が露呈した。

床、天井、右壁面……重力を無視するかのようなタマモの連続跳躍に、影は狼狽の体(てい)を顕している。
奇襲が功を奏した――――攻めきれるとすれば、ココしかない―――!

本能に従いそう確信すると、タマモは鋭く双眸を細める。
腰まで届く金色の長髪が、無風の空間に浮遊する。折れそうなほどにか弱い体から、次々と黄赤の燐光が生み出され…

次の刹那、少女の細腕は、爆発的な灼熱の炎を形成した。


「―――――――シィィィィッ!!」


言霊に従い、無数の炎撃が踊り狂う。最大出力で放った、妖狐の『狐火』。それらが黒いシルエットへと吸い込まれ……そして広がる真紅の壁。
熱の津波が酸素を喰らい、赤い景色を作り出していく。


(…やった…の……?)

霊波では自分を上回る相手だ……これで致命打になったとは思い難いが、さりとて直撃して無事で済むとも思えない。
確実に、行動を封じることはできた筈……。

そう確信し、安堵の息をつく……目を閉じたタマモの耳に届いたのは、渇いた斬撃の音だった。

(―――――――――!!)

背後を振り向き、目を疑う。突風に巻き上げられ、霧散した炎の奥から……光刃が一直線に突き放たれた。
そして、同時に飛び出してきた黒い影の動きは――――――明らかに、無傷の者が織り成すそれ…。

呆然と立ち尽くすタマモの間合いに、影は安々と侵入する。
反射的に一撃目をかわした…。速い。そのあまりの鋭さに目を剥いたのも束の間、相手がすでに二撃目を繰り出そうとしていることに気づいてしまう。

――――――私…殺されるんだ…

最期の時間(とき)を自覚して、タマモはきつく目蓋を閉じた。
頭の中に浮かんでくるもの……それはやはり、自分に笑顔をくれたあの人間の不器用な笑顔で……

(ようやく何かを変えられるかもしれないって……そう思ったのに……)

哀しく、虚ろな口調のまま、彼女はそっとつぶやいた。

闇に沈む視界。静寂に包まれていく白い廊下…。

そして……ぼんやりと頭に響いてくる、ぶっきらぼうな彼の言葉―――――――…



「―――――――…タマモ…?」



パチパチと、火中の弾ける音がした。眼前で押し留められた光刃が、ゆっくりと、青年の表情を照らし出してゆく。
浮かび上がる優しげな黒い瞳は、驚きに大きく見開かれ……


「横、島―――――――――…?」



その息がかかるほどすぐ近く――――少女もまた、同じ表情で……青年の横顔を見つめ続けていた…。





『あとがき』

お久しぶりです。4月に復活…どころか、もうすぐ7月ですね(汗
かぜあめでございます。皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
とりあえず、国試についてなのですが……なんと!大方の同級生たちの下馬評をひっくり返してなんとか今春、合格することができました!!
パソコンも新調!!「ひゃほー!!もう一生、受験勉強なんてしねーぜ!!」などと浮かれていたんですが、そこからの研修が大変でして…

日々の忙しさに追われているうちに、このような遅い更新になってしまいました。
読者の皆様にはご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません。

さて、第5話……いきなり、前後編。相変わらず血なまぐさく区切れも微妙に中途半端だし……もう、重ね重ね申し訳ありません。
その代わり次回は横島×タマモ派の方必見のシーン(多分…(汗))がありますので…どうかお許しを…(泣

第6話はプロット上では一話にまとまる予定です。半分ほど書きあがっているので、早めにお届けできると思うのですが…
久しぶりに他のGTY作家の皆さんの素敵な作品を堪能しつつ、まったり仕上げたいと思ってます。

それでは、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。また次回お会いしましょう〜

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