ザ・グレート・展開予測ショー

まごころを君に―8


投稿者名:ゆうすけ
投稿日時:(06/ 6/13)





 煌びやかに飾り立てられた客船が漆黒の海原の一点を彩っている。
クラシックが流れる船内では紳士淑女達がそれぞれに談話を楽しんでいた。

ただ普通の社交会と違うのは、タキシードやドレスで着飾った者の他に、首からワッペンを下げ、メモ帳とペンを携えた、場違いな装いの人間がちらほらと彼等の輪の中に紛れていた。

そしてその華やかな社交場から少し離れた甲板の隅に、横島は力無く手すりにもたれている。

気だるい溜息を漏らしながら疲労困憊している横島の前にグラスとシャンパンを持った須狩が現れた。

「どう、楽しんでる?」

横島の様を見て、せせら笑いながらグラスを差し出す。

「オレ、酒はそんないけるクチじゃ」
「だまらっしゃい」

断りかけた横島を黙らせるように、無理矢理渡したグラスにシャンパンを注ぐ須狩。

「…乾杯」

酔っ払いの所業に横島は素直に従うしかなく、二人はグラスを重ねた。

「…お疲れ様です。あと、お世話になりました」

お互い達成感からか、顔を緩ませる。

「…。お礼を言うのはこっちよ。この成功も、あなたのお陰なんだから」

彼方の水平線を見つめながら、グラスに口付ける須狩。

「煽てんのは止めてくださいよ。モニターは他にも沢山いたじゃないっスか」

照れ臭そうに鼻の頭を掻き、だらしなく座り込む横島。

「いいえ。あなたのあの発症が無ければ私も欠点を発見して改良する事もなかった」

隣に小さくしゃがむ須狩。視線は彼に向けず、夜空を眺めていた。

「でもオレの私情に付き合ってもらったせいで発表が遅れたのは確かです」

実際のところ、薬品の改良には然程日数はかからなかった。
横島が言ったとおり、研究発表の遅延の原因はルシオラの再生のためだった。

須狩も始めは事が上手く運べば、公式にルシオラ再生の研究成果も発表するつもりでいたのだが、先に述べたとおり横島とルシオラの間には意識の共有が発生し、結局それを解明する事ができなかった。

「心にも無い事言わないでよ。話を持ち出したのは私だけど、研究協力の条件にそれを要求してきたのはアナタじゃない」

グラスを空にした須狩は、彼の方を振り向きながらなみなみとシャンパンを注ぐ。

「それは…」

早くも三杯目に突入した須狩は、狼狽してる彼に僅かながら微笑む。

「…結果が上手く行ったんだから、お互い過程であった事なんて、水に流しましょう?」

須狩はボトルを横島に差し出し、二杯目を促す。

「…はい。でも、まだ夢みたいです。なんたって神様にも出来ない事しちゃったんですから」

もはや諦めたのか、素直に酌を受ける横島。

「そうでしょそうでしょ、大体神様に出来ないからって人間にも出来ないとは限らないのよ♪」

トレーにツマミを乗せたボーイが二人を見つけ、歩み寄ってくる。

「『白は黒、黒は白、灰色は両方でもないが、それぞれに良い所はある』でしたっけ?」

ツマミを受け取った須狩は社交場から此処に向かってくる二人組を見つけ、立ち上がった。

「まっ、そゆことよ。レディ達が帰ってきたみたいだし、私はそろそろ行くわ」

去り際に横島に軽く手を振ると須狩は再び社交場へと戻っていった。

「あっ、横島さぁ〜ん!」

須狩と擦違いで、社交場から戻ってきたのはルシオラとおキヌ、そして一文字と弓だった。

一文字、弓のそれと違い、ルシオラとおキヌの両手の取り皿は沢山の料理で溢れかえっていた。

「おう、おかえり」

とりあえずおキヌの取り皿をうけとる横島。

それを笑顔を返すおキヌ。

彼女の笑顔を見て、横島は数日前の事を意図せず脳裏に過ぎらした。





それはおキヌの魂が無事彼女の肉体に戻ってから二三日たった後。

研究発表のセレモニーの打ち合わせやらで、横島が米国へ戻らなければいかなくなった日の事だった。

病室には横島とおキヌの二人きり。

おキヌの胸中を察した西条や一文字達の配慮によるものだった。

窓から入る風に吹かれるおキヌの姿は、例えるならば闇夜に灯る蛍の光ではなく、その蛍達が集まる月光に照らされた清流のと言えば良いだろうか。

横島の、二三年振りに会ったおキヌの印象はそんな所だった。


沈黙が流れる病室。
おキヌは窓の外を眺めている。


「私、最近言われるんです、きれいになったって……」


口を開いたおキヌではあったが横島と向き合う事をせず、窓の外を見るのは変わらなかった。


「自分では、良くわかりません」

容体もすっかり良くなり、長い髪をかきあげる指は白魚の様でありながら、しっかりとした健康美があった。

「ただ、頑張ったのは自覚しています」


寝間着の襟口から覗く首から肩のラインは滑らかで遠くから見ているだけで肌のきめが細かく瑞々しさがわかった。


正面をやや俯き加減に向き直すおキヌ。

「私、頑張りました。」

言葉を繋ぐ彼女の唇は薄過ぎず厚過ぎず、清楚と妖艶が共存していた。

「あなたに振り向いて欲しくて」


真摯な眼差しで横島を見詰める彼女。
以前より快活さが薄まったが、穏やかさと艶っぽさを強めた瞳。


「私…横島さんが好きです。大好きです」


そこに変わらない、純朴で朗らかな彼女の笑顔。


「……すぐに返事を出してとは言いません」

そして再び彼女は窓の方を向いた。

「ただ少しだけ、私を見てから…」


それ以上おキヌの言葉は続かなかった。

横島も急な展開にしどろもどろするだけで、ろくな相槌も打てはしなかった。



ただこの時、彼は“答えを出さなければならない”事だけはわかった。



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