ザ・グレート・展開予測ショー

こどもチャレンジ(18)


投稿者名:逢川 桐至
投稿日時:(06/ 6/ 7)



「今からだと5年後になるんすけど、俺はここの最難関コースの修行を受けたんです」

「ほほう… むきっ。
 …それはまた随分若いな」

 感心した声に、でも進んで受けた訳じゃないんスよ、と苦笑いで横島は返した。

 状況が状況だったから、力を欲していたのは確か。 とは言え彼は、わざわざ一番キツいコースを受けようなどと自発的に考える人間ではない。 そもそも、霊能に目覚めて1年と経たない時の話である。
 単に雪之丞の暴走に捲き込まれただけ、と言うのが真相である事を、自身 理解しているからの苦笑だった。

 ちなみに、この会話は叫び声や打撃音をBGMに行われている。

「なるほどの…
 文珠などと言う珍しい物を使っておったのも、ふぬっ、ならば理解出来ると言うものよ」

「今の状況だと、おわっとと… そう何個も用意出来ないんですけどね」

 意識下に用意されている文珠は残り1個。 最後のソレを創ったのは昨夜の事だから、次のを補充出来るまでに最低1週間は掛かるだろう。

「とにかく… ふむ、コレでどうじゃっ!
 …おぬしは少なくとも今から5年以上前の未来から来た、と言う事じゃな」

 吹き飛んだマイキャラを見ながら、はい、と頷き掛けた時、突然この部屋唯一の扉が開いた。

「それ… どう言う事なワケ?」





 こどもチャレンジ 18





 時は少し遡る。



「今日の所はこの辺にしましょう。 私も、お夕飯の仕度をしないといけませんし…」

 笑顔でそう言うと、小竜姫はいそいそと片づけを始める。

「って、あなたが作ってるの?」

 美神は彼女の言葉に驚いていた。
 一番上に斉天大聖なんて大物が居るとは言え、彼女も竜神と言うからには相当のお偉いさんの筈なのだ。

「えぇ。 鬼門たちに任せるのは心許ないですし、それにさすがにまだ用を言い付けられるほど回復はしてないでしょうから」

「でしたら、私たちもお手伝いします」

「そうですか? でしたら一緒に仕度すると言う事で」  

 横合いからの神父の言葉に、軽く思案してから笑顔を返す。
 朝からみっちり修行していると言う訳ではないが、早起きしての長距離行の後だけに疲れていない訳もなく、少女二人の顔は少し引き攣っていたが。
 それでも不満の声は出さない。

「えぇ、私たちで良ければ」

 一瞬の不満を抑え込み、美神は笑顔を作ってそう言った。
 自身が一番 力無いと自覚した事もあり、心証を良くしてあわよくば小竜姫の教えも請いたいと思ったからだ。 かねてよりの母親の手解きもあって、それなりの腕を自負して居たのも大きい。

 真っ先に文句を言う筈の彼女が黙っているから、対抗上 エミも口を噤んでいた。 …料理はけして得意ではないので、あまりしたくは無かったのだけれども。

 そうして、ここにいない横島を除く全員での仕度となり、小竜姫の目算よりも早めに夕食は仕上がった。

「少し早いですけど… 冷めても美味しく有りませんし、老師たちをそろそろ呼びに行った方がいいですね」

「なら、私が」

 そう声をあげたエミに、少しだけ思案するとすぐに小竜姫は頷いた。

「それじゃ、お願いしますね。
 老師の部屋は、先程別れた所を真っ直ぐ進んだ突き当たりですから、迷う事もないでしょうし」

「判ったワケ。 それじゃ、行ってくるわ」

 小竜姫の向こうで、フフンと笑みを浮かべている美神を殊更無視する様に、彼女は踵を返して足早に扉を抜けた。

「なによ、ちょっとくらいどうでもいい事が出来るからって…」

 どうでもいい事だ、とは思っても、あからさまに差を見せ付けられれば穏やかならざるのは仕方ない。 特にエミの場合、普通そう言う知識を得られるだろう時期には、どうやっても手に入れられない状況下に居たのだから。

 それは無い物ねだり。
 逆に美神に言わせれば、エミの方こそ欲しくて仕方ないものを自身より持っている、と言う事になる。

 ブチブチと文句を吐き出しながら、エミはドスドスと足を踏み鳴らして歩いて行く。

「…えっと、ここをそっちへ真っ直ぐだったわよね」

 横島が連れられて行った通路へと、そう言いながら足を踏み入れる。
 暫く歩き続けた先で、廊下は扉へと突き当たった。

「この中も結構いい加減よね」

 頭に浮かべた配置図と、今歩いた距離とが微妙に一致しない。 まぁ神域だからと言われてしまえばそれまでと、軽く頭を振って無視する事にする。
 実際のところ空間を歪められているのは、この修行場の中はこの猿神の部屋に向かう通路だけなのだが。 …主に、部屋の主の趣味に勤しむ時間を、普通の修行者たちに邪魔されないようにする為に。

 そうして辿り着き、ノックしようとした扉の向こうから、思わぬ言葉が耳に入ったのだ。

 ・

 ・

 ・

「エミさん?」

 驚きを貼り付かせた横島に、猿神の勝利を告げるWinの電子音声が降りかかる。

「むぅ、ゲームに夢中になり過ぎたか…」

 高位の武神としてソレは如何なものかと言う気もするが、そう言う理由でエミの接近に気が付かなかったらしい。

「娘、言いたい事もあろうが、まずは中に入れ」

 今度こそコントローラーを置いての言葉に、こくりと頷いて彼女は素直に部屋に入る。
 腰を下ろすのを横目に、猿神は懐より一枚の符を取り出した。

「疾っ」

 一言小さく呟くと、符は光ながら扉に貼り付いた。

「今のなんすか?」

「太極僅符と言うてな、貼り付けた部屋の中だけ一瞬を四半刻ほどに伸ばす符じゃ。
 これに関しては、小竜姫にも他言無用じゃぞ」

「つうと、もしかして…」

 咥えた煙管をぴょこぴょこ動かしながら、疾しそうに すすっと視線を在らぬ方へと逸らす。
 合点した横島と違い、エミは不審そうにそんな行動を見遣って口を開いた。

「どう言うコトなワケ?」

「その、なんじゃ…
 どらくえとかをやってる時でもな、時間になるとやって来て電源を落としよるもんでな、切りの良い所まで続けるのに必要なんじゃ。
 が、そんな事を耳にしたら、あやつは五月蠅いからの」

 小竜姫から、飯時などの決められた時間のプレイを禁じられている、と言う事なのだろう。
 格闘やSTGならともかく、RPGの類いは止めるに止められないと言う事もある。 ボス戦の途中で電源を切られたら、それこそ堪ったものではない。

 かなりの劣化版であるにせよ、その為に太極図にも似た貴重な符を使い捨てにするのは、少々行き過ぎな気もするが。

「まぁ気持ちは判るっすけど…
 けど、遮音されてる訳でもないのに、そんなの使って気付かれないんですか?」

「その辺の抜かりは無い。
 いつもは身外身で見張りを用意しとるし、言うてはなんじゃが、わし自身の出している力が大きいからの。 符を一枚使ったくらいでは、そうそう判りはせぬよ」

 分身を作っての見張りまで用意する程、小竜姫がやかましいのか、それともそれ程までにゲーム猿なのか。
 まぁ、そのどちらも なのだろうと、横島は胸の内で苦笑いした。

「で、小僧。 どうする?」

「聞かれちゃったものは しょーがないですし…」

 何がなんでも隠そう、と言う意識は彼には無い。 自身の知る最高権威に相談も果し、後はその言に従って戻るだけと、そう気が緩んでいた事もある。

「ふむ…
 なれば娘、まずは黙って聞いておれ。 判らぬ事は、後で小僧を問い質すがいいぞ」

「判ったわ」

 そう言って、エミは不機嫌そうな視線を横島へと向ける。
 冥子への覗き発覚以来 久しぶりのキツい視線に、彼は誤魔化す様な笑みを浮かべて視線を逸らした。

「まず、結論から言おう。
 聞いた限りに於いて、じゃが… おぬしが元の時間軸に戻る事は無理じゃろうな」

 何を言われたか、一瞬理解出来なくて、横島はそのまま固まった。
 が、すぐに奇声を上げる。

「へ…
 な、なんですとぉぉぉぉぉ?!!!!
 それは なにゆえにぃ?」

「おぬしは自力でこの状況を起した訳ではなく、また再現する事も出来ん。 そうじゃな?」

 こくんと頷く少年に、ぼっ、と指先一つで煙管に火を入れて、一服燻らせる。

「実はの。 神族にも、おぬしの身に起きた様な事をきちんと起させられるモノは居らんのじゃ」

「はい?
 いや、だって時間移動なんか、制御してやってる人 いくらでもいますよ?」

 雷の力を借りなければならないとは言え、美智恵はほぼピンポイントでの移動をやっていた。 美神もマリアやヒャクメの助けで、そう大した差もない移動を可能としていた。

「ただの時間移動、ならばな」

「え?」

「一口に時間移動と言っても、実際には二つの事象に分けられる。
 一つは、別時間にそのまま飛んで行く『移動』。
 もう一つは、別時間の存在になってしまう『遡行』じゃ」

 前者は美神親娘が普通に使っているソレであり、後者はヌルの攻撃で横島が死んだ時に美神の身に起きたモノや、ちょっと変則的だが時空消滅内服液の効果などがソレに当たる。
 ついでに補足すると、猿神が後者を『遡行』と呼んでいるのは、現在している話が過去への移動を前提としている為だ。

「移動の場合、それが可能な能力者さえ居れば、元の時間に戻る事は難しくない。 対して遡行の場合、遡行してしまうとほぼ戻れなくなる」

「…ど。どう言う事っすか…?」

 どこかここに在らずな声音で、横島が口を挟む。

「そもそも過去への『移動』とは、その状況それ自体が歴史の一部として組み込まれてしまっておる。 過去に移動した事が有ると言う確定事象を満たす為に、本人の意図に関らず必然的に起こるモノ。 故に、移動したからと言って、過去を書き換える事は ほとんど出来ぬ」

 美神はナチ○ド○ツを譬えとして出したが、その場合には修正力は過去に『移動』して殺そうとする行動、それ自体に掛ってしまうのだ。
 対象の行動を止めると言う動機は、殺されて居ないからこそ湧き上がる。 無くそうとした事象が殺せた事で起こらなかったのなら、その為に過去へ移動する筈が無いからだ。 だから その動機を持つ以上、過去において対象が殺される事は無い。

 移動しようとしたその時点で起きてしまっている事は、時間移動では変えられないのだ。
 歴史の流れ的には、移動と言う行為は分岐点への回帰ではなく、連続した事象の流れの一部に過ぎないからである。

「例えば、これからおぬしが過去に確実に移動するとしよう。
 おぬしはまだ移動していなくても、既にそれで過去のある時間におぬしが移動してきた、と言う事実が発生しておる」

「そりゃ、過去に移動するんすから、当然じゃ…」

「うむ、そうじゃな。 じゃから、過去に行っても現在おぬしが知っている事象は変える事が出来ぬ。 何せ、既に起きてしまってるんじゃからな。 過去でおぬしがする事は、時間移動した時点で過去に起きた事として、おぬしの意志に関わらず決まってしまっている」

 起きるかも知れない事は操作し得るが、起った事は変えられない。

 ヒャクメは、美神の調査の為 安易に過去へと時間移動した。 だがそれは、調べる事が前提だったのであって、解決する為では無かったのは確かだろう。 自身、彼女は調査官と名乗っていた。

 美智恵は自身の能力を、過去の改変には使っていない。 時間移動で何かをなそうとする場合、彼女は未来に対して移動している。
 その分 未来へは、かなりアクティブに活用しているが。

「故に、過去におぬしが残り続けたと言う事実が残っていないなら、元の時間に戻ったと言う可能性も発生する訳じゃ。 無論、そうでない可能性も残る訳だが」

「あぁ、そうっすね」

 マリアと12世紀に行った時の事を思い浮かべ、横島は納得出来る事だと頷いた。

「なにやら、そう言う経験も有る様じゃな。 随分、派手な人生を送っておるの、おぬし…」

 苦笑しながらプカっと煙管から煙りを燻らせて、猿神は言葉を続けた。

「対して『遡行』の場合は、戻ったその時点から後の歴史は書き換わり始める。
 過去のある時点に戻ったと言うよりも、実質的には戻ったと認識したその時点に於いて、精密な未来予測を手に入れたと言う状況に等しいからの」

「はぁ、そうなんすか?」

「うむ。 未来のおぬしの記憶には、過去に今の状況になった記憶は無いのじゃろう?」

「そりゃ、そーっすよ」

 そんな記憶が有ったら、どうすればいいか迷ったりしないと、彼はボヤいた。

「未来の知識を持った自分、と言う記憶が持ち越されたその未来の知識の中に無い以上、そうなった時にはその未来に於ける歴史は既に、ミクロ的には書き換わってしまっている訳じゃ」

 拠って、美神の修正力に関する先の譬えは、『遡行』の場合は成立し得る。
 こちらは分岐点への回帰そのものであり、戻ったと言う事象それ自体が故に歴史的に不連続な別分岐への移動なのだ。

「…じゃあ」

「うむ。 もう一度同じ事を起こして、歴史の観測者としての知識や記憶、今のおぬしであれば力もじゃな、それら全てを封じてしまうなんて事でも出来ぬ限り、おぬしの認識に有る元のトコロへ戻るのは無理じゃろう。
 …それとて、わしにもどうすれば起こせるか判らんしの」

 それは一炊の故事のようなモノ。 戻りたいと思うソコは、夢の中にも似ている。
 記憶通り行動した所で、記憶通りに行動したと言う違う歴史を歩むだけ。

 横島の口から、小さく乾いた笑いが零れた。
 
「戻れない、んすか…」

 ふらぁっと、小さな体が揺れる。
 戻れる事を前提として、今までの数ヶ月を過ごして来たのだ。 気が遠のいたとしても当然だろう。

「忠夫…」

 そんな彼の様子に、内心の憤慨を隠していなかったエミも心配げに見遣る。
 だが。

「それじゃあ、それじゃあ…
 美神さんのあのチチやシリやフトモモとは二度と会えないっちゅうんかぁぁぁっっっ!!!」

 そのアレなシャウトに、がっくりと肩を落とした。

「部屋のお宝かて集めんの大変やったのにみんなパーやなんて、そんなんあんまりじゃぁぁぁぁ〜〜〜っっっ!!!!」

「なにバカな事叫んでんのよ、オタクはっっ!」
「ぐはっっ」

 尚も叫び続ける横島を、苛立たしげにぽかりと殴り付け。

「ふぉやかて、あひゅめるんにあんなん苦労ひひゃのにぃぃ〜〜」

 頬を両方、後ろからつままれながら、横島はばたばたと手足を振り回して嘆く。

「ま、そのくらいでなければ、これからやってられまいて」

 そんな彼を見ながら猿神がそう呟いた。

 高位の神族である彼すら知らぬ、全てを無かった事に出来る術(すべ)でも見つけ出さない限り、横島は同一の別人たちと……良く知っている見知らぬ他人の中で、このまま生きていくしかないのだ。
 弾け過ぎているくらい能天気でもなければ、いつかストレスの中で潰れてしまう事だろう。

「い、いや、そやかて…」
「いい加減、その変な嗜好は改善しなさいっ」
「のぁっ。 カンニンやカンニンやぁ」

 目の前で手荒い教育を施されている少年を眺め、猿神は残された時間を有意義に使うべくコントローラーを手に取った。





 【つづく】



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……ぽすとすくりぷつ……

 ギリギリ5月中。
 …って、書ける予定だったんですが、まぁ仕方ないですね(苦笑)

 それはさておき、私的GS美神に於ける時間移動に関する解釈、の回でした。
 今回も設定の垂れ流しで終わりと言われてしまえば、真に以ってそのたうりっ! だが私は反省しな…もといっ、予定通りなのでどーにもならない(爆)

 後2回でちゃんとオチが付けられるのか、さてはて興味は尽きません。 …って、オヒ(^^;

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