ザ・グレート・展開予測ショー

眼差し


投稿者名:NATO
投稿日時:(06/ 6/ 6)


「あんた、随分暗い目で笑うようになったねぇ」
久しぶりに会った母が驚いたように言った言葉に、横島はいたたまれなくなって部屋を飛び出した。






眼差し


「それで、逃げ出してきたわけか」
東京も端っこのほうになると緑が茂る山もある。そんな小さな山の頂上にある一軒の寺。
目当ての人物の許嫁は縁側に二つ茶を出すと、一礼でその場を去っていった。
雪乃丞が家を継ぐことが決まってから、だんだんと静かな艶が身に付くようになった彼女だが、今日は横島もちょっかいを出そうとしない。
小柄な体は逆に白い胴着と良く似合う。
貫禄さえわずかにのぞかせ、雪乃丞は隣の座布団にあごをしゃくった。
無言で横島は腰をかける。
「……なあ」
出された茶を一口すすると、雪乃丞は口を開く。
「それはもう、しょうがねえことじゃねえかな」
「……」
「お前は、確かに昔とは“変わった”よ。陰気にもなったし、残酷にもなった」
「……ああ」
「でも、それって、しょうがねえことなんじゃねえか?おまえはその分、いろんなものを守ってこれたんだろう?」
「……」
「目的さえ見失わなきゃいい、なんて奇麗事言う気はねえよ。確かに、やりきれない気分にもなるさ。だけど、お前、変えられるか?昔のお前に、戻ろうと思えるのか?」
昔の自分。何もないくせに自信だけはあって、それを肯定する才能のせいでさらに浮かれて。結局何も守れなくて。思い出すだけで吐き気がしてくる。あの頃はあの頃で幸福だった。だが、今、あの頃に戻ろうとは思えない。
「お前を変えたのは、あの魔族だけじゃねえ。今までの全てだ。それを捨てることなんて、できやしねえ」
「……お前は、どうなんだ?」
「……」
「お前は、死んだあと、母親に胸を張れるか?」
押し殺したような笑い。
「できや、しねえよ」
初めて人を屠った感触。今でも覚えている。
あの時、思ったのだ。自分はもう、母親のところには行けないと。
それから、何度と無く人を殺した。死して残るほど強い想いの欠片も理不尽に破壊した。
それでも、その先を歩む道を止めることはできなかった。
自棄だと思っていたそれが強さだと知ったのは、最近になってからのことだった。
「俺は、強くなりたかった。そして強くなった。原因も、目的も、言い訳にすぎねぇ。結局、俺は俺のために何もかもを犠牲にしたんだ。ママに対する、無垢な頃の俺の思いもな」
「……俺も、ルシオラに対する思いを犠牲にしてるのか?」
「さあな。ただ、少なくともあの事件のあとお前が守ってこれたのはルシオラじゃねえ。ルシオラは“守れなかった”」
ほかの誰に言われても激昂する言葉。同じ思いを持つこの男だけが許される言葉。
「お前、時々俺でもぞっとするような眼をするようになったよな。……人、殺したろ」
びくり。体がはねた。
「……やっぱ、な」
「言い訳も、弁護もしねえよ。ああ、殺した」
「誰かに、言ったか?」
首を振る。
「ま、そりゃそうか」
美神や西条ですら。この業界に属する以上間接的に人の死を引き起こすことは珍しくは無い。だが、それとは違う、純然な“殺し”
「実際には、その両者に差なんてねえんだよ。感じ方の問題でな。あいつらは、自分が望んだことじゃない、直接的にやったわけじゃねえって、無理矢理納得させてる。だけど、お前はこっち側に踏み込んじまった」
本来なら、それこそが強さであるはずだ。
やったことから眼をそらさないこと。だが、この場合それは“罪”になる。
「もう、もどれねえよ。戻る道を、お前は選べねえ」
立ち上がる、どちらからともなく。
道場では、大破する。もはや二人とも、稽古などできるレベルではないのだ。
山の、奥。
いきなり、押し込まれた。
物質にまで硬質化された魔力。
先の鋭いそれは、一撃で命を穿つ。
それを、反射でかわす。
右手から出でる霊波刀。
左手に宿る金色の盾。
一瞬。もはやその動作に疑いすらはさむことはなくなった。
薙ぐ。
片手で受ける雪乃丞。空いた手を打ち込む。盾。破砕する。
文殊。縛。一瞬の行動停止。腕は、首を狙っていた。
飛び退く。
地に付く足に魔力を注ぎ、弾けさせる。
盾の再生。破砕。文珠、壁。
動作は自然、そのどれもが“殺人”であるというのに。
戦い終われば、後悔と後味の悪さが残る。
お互いに、それはわかっている。それでも、今は。
何かを振り払うように死を篭める。
余波で、木々が弾け飛ぶ。
もはや、恐怖から来る派手な攻撃さえなくなっていた。
相手を追い詰め、先の先を読み、死に追い込む“陰気”な戦い。
霊能者の戦いにおいて、体が想像通りに動かないことなど論外、戦闘は頭脳戦を呈してくる。
待ったはない。ゼロコンマの思考時間を作ることさえ、致命。
相手の体を吹き飛ばし、木の葉土塊を舞わせ思考の隙を作り。
空振りに見せかけ地面を慣らし相手の思考を狂わせる。
戦い終われば必死と咄嗟。
しばしの間だけの遅延する時間と瞬時に結論を導く脳。
恍惚。
お互いに、笑う。その瞳は細まらぬ。その頬は引きつらぬ。それでも、笑う。
腕を振り下ろし、突き、薙ぎ。
お互いの行動の差異がわからなくなる。境界さえ見えなくなる。
“戦い”の一部になる。死すら遠い。
ここで死んだら、楽しいだろう。もちろん、死なないが。
使命も、意志も、意味もない。ただの殺し合い。
恍惚とした悦楽のなかで、満足いく、納得できる。
だが、なら、なぜこんなにも泣きたい気分になるのだろうか。
何時果てるともなく続く戦い、何時しか頭上には月が昇っていた。

頭上の月を見上げながら、また一度、桶に水を入れた。
もはや、冷たさなど感じない。
体の芯から、感覚がない。ただひたすらに、重い。
正直なところ、彼には来て欲しくない。
夫が、軽くあしらえない相手。それでも、お互いに死力を尽くす。
いつか、夫は彼に殺されるのではないだろうか、あるいはその逆か。
そういうと、夫は笑った。
“心配すんな。あいつとの殺し合いじゃ、絶対に俺もあいつも死なねえよ”
やけに自信たっぷりで。“男同士”という絆。信じられるものではない。
信じたくないのだ。理解していた。私は、彼に嫉妬しているのだ。
立ち入れない領域に少しでもかかわろうと、惨めにその身を虐めながら。
頭から、水をかぶる。
月の光のほうが、よほど冷たい。
「こんな時間に、水垢離ですか?」
声。振り返る。
思ったより衰弱していたようだ。こんなに近づかれるまで、気が付かなかった。
「久しぶりね。あなたこそ、こんな時間に?」
ほんの数年前の、同級生。
何度か顔を合わせているが、毎日だったものがそうでなくなると、その一度がひどく懐かしい。
おキヌは無言だった。
ただ、じっと見つめている。
体に張り付いた巫女服、初めて意識した。
同時に、冷たさが戻ってくる。
「今日は、私服なのね。……なんだか、入れ替わったみたい」
言って、苦笑する。そうだ、私は男が戦いにいっている間けなげに祈りながら待つような女ではない。それは、彼女の役目だったはずだ。
「彼を、迎えに来たの?」
無言、ただ、首を振った。
また何か言いかけて、口を噤む。
彼女は喋らないのではない。のどが詰まって、喋れないのだ。
「話、聞いてたのね」
心配で、追ってきたのだろう。
余裕のない横島には、気が付かなかった。雪乃丞は、気づいていて放っておいたのかもしれない。
「お茶を用意するわ。そしたら、帰りなさい。そんな顔、彼に見せたくないでしょう?」

月の光が頭上を照らしてから、お互いにgearを一段上げた。
薙ぎ払いが、木々を根ごと吹き飛ばす。
一撃は、文字通り砲撃だった。
だが、死なない。
お互い、殺さないという協定があるわけではない。むしろ、その一撃は明らかに殺戮だ。
それなのに、死なない。
自分が、まだ人間であることの証明。
神すら穿つお互いの、虚構だった。
傷つき、癒し、繰り返しに体が耐え切れず崩れ始め、それを無理矢理また治す。
相手の一撃をよけるのに必死で、自分が反撃しているのに気が付かない。
それなのに頭はその攻撃を基点に攻めを展開する。
もはや、何も考え付かない。
高速で展開する思考に、認識が追いつかなくなっていた。
たまらなく、たまらなく心地よい。
放った一撃。どちらのものか、とにかく相殺された。
吹き飛び、木にぶつかる身体。崩れていく背中の感触に、木とはこんなに軟らかいかと思う。前から来る一撃が強烈すぎるのだと、なんとか気が付いた。
もう、そろそろ動かなくなるな。そう思う。
向こうも、同じだろう。実際には、もう動けはしないのだ。
――ただ、一撃入れられるだけで。
全力を、込めた。
向こうも。もし、仕事なら。もし、喧嘩なら。
尻尾を巻いて逃げ出すだろう。命を懸けるには、背負うものが多すぎる。
なのに、この場ではなぜか逃げようとは思わなかった。意味がないことなど、理解しているのに。
――放たれた一撃はお互いを今一度吹き飛ばし、二人は今度こそ笑いながら意識を失った。

「んじゃ、世話になったな……またくるわ」
いつでも来いと返事を交わし、鳥居の前まで見送りに出る。
恥ずかしそうに視線をそらしながら、髪を掻き毟り言う言葉。
「……あいつも、まだあんな目できんじゃねえか」
思い出しながら、つぶやいた。
嫉妬。なのだろうか。あいつは、まだここまで堕ちていない。
軽い感触。
冷たい手が、上から降ってくる。
「水垢離か?……随分と冷たいな」
「……」
無言。ただ、その空気は優しかった。
「あいつにゃ、いるのかね」
なにがとは言わない。照れくさかった。
言われて弓は思い出す、だが、口には出さなかった。ただ。
「居ると思いますわ。彼は、優しいですから。あなたと同じくらい」
これぐらいは、言ってもいいだろう。どうせ、いつかは放っておけなくなる。
――親の猛反対を押し切って彼を縛り付けた、私のように。
小さくなっていく背中を見つめる。
その背を見つめる夫の瞳もまだ、優しかった。

空港で、母を見送る。
日本本社に戻るための地ならしに来ていたらしく、あわただしい帰途となったが母は満足そうだった。
笑顔を作る自分の顔をまじまじと見つめる母親に二、三歩後じさる。
しばらく眺めたあと、頷いた。
「あんた、やっぱり暗い目になったわ」
笑いながら肩をばしばしと叩かれる。
「その目で見つめりゃ、女の二三人は落ちるかもね」
お父さんに似てきたじゃない。
そういい残し、歩き出す。
振り返ることなく歩く自分の母が、やけに強く見えた。
踵を返す。
歩き、ふと思い立ち傍らの制服女性に笑いかけてみる。
軽く染める頬。あわてたように来る会釈。
これは。もしかしたらこれは。
「とうとう俺の時代がーーっ!」
「いやーっ!変質者ーっ!」
――だから、とびかかっちゃ駄目だってば。

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