ザ・グレート・展開予測ショー

忘れ物 [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 6/ 5)




 静まり返っていた廊下を近付いて来る慌ただしい足音。教室の扉をガラガラと鳴らし現れた君。
 ここで一人机に座っていた私を見て、掛けてくれた声はどこかぎこちない。

「よ、ようっ」

「あれ? どうしたの横島君。学期末の全校集会は一昨日だったじゃない」

 そう。つまり、その日から学校は夏休み。昨日も今日も誰も来ない――筈だった。

「うんにゃ・・・ちっと、忘れモン」

 私の側を通り抜け、君は自分の机まで行くと中を覗き込む。君のその動作に、私は何となく気恥ずかしさを覚えた。
 君は机にしまいっ放しだったノートや教科書を選んで抜き出すと、数冊ばかり机の上へ重ねている。
 全部持って帰る訳じゃないのね。そう考えると少し可笑しくもある反面、腹立だしくも思えてしまう。
 残りは・・・置いてっちゃうんだ。

「へえー、横島君、夏休みに勉強なんかするのね? 意外だわ」

「あのなあ、俺だって進級したいの。んで、無事に卒業したいのっ。まあ・・・これだけでもきちんと頭に入るかどーか不安なんだが」

 腹立ちまぎれに向けたからかいの言葉へ、君は頬を膨らませながらも心細げに答える。
 少し痛みを覚えた。卒業したい。そんな事を真面目に言うから。
 君が真面目に言ったのが、そんな答えだったから。

「ふーん・・・そう、なんだ・・・」

「ふーんって、当たり前だろ?」

 君は不満げな顔を上げる。私は返事もしないで君から目を逸らした。
 窓から見えるグラウンドではさっきまでと変わらず、幾つかの運動部が練習を続けていた。彼らの掛け声に混じって背後から、何だよとか君の呟きも一緒に聞こえている。
 怒る様な事じゃないよね、本当は。
 後からそう思いつつも、膝から先をぼんやりと揺らしていたら、再び君の声。

「なあ、愛子」

「ん?」

 今日初めて名前呼んでもらったよね、そう思いながら私は振り返る。君は
辺りを見回してから私に聞いた。

「お前って、夏休みの間もずっとここにいんの?」

「んーー、と言っても散歩や買い物にだって行くわよ。本体背負ってればどこへでも移動出来るから」

 そう言や事務所にも来たよな。呟きながら君は本体を凝視する。
 机背負って歩く私を、何か失礼な感想と共に思い浮かべてるのはすぐに分かった。

「だけど、いつもいんのはここだろ?」

 でも君は机から目を離すとそんな事を聞いて来る。

「うん。だって学校妖怪だもの、私」

 少し胸を張って答える。そう、私は学校の妖怪。だから学校にいる事が私のアイデンティティ。
 そんな事も割と本気で考えていた。学校にいて何をするのか、それも決まっている。
 人間の生徒みたいに青春を―――だけど、今は。

「・・・その、大丈夫か?」

「何が?」

 私が問い返すと、君は自分の質問について考え込み始めた。
 しばらく考えて君は言う。

「だから・・・うーん、夜、怖かったりとか?」

 思わず吹き出した私に、彼は再び何だよとむくれた声を出す。しばらく笑った後、私は答えた。
 そうね、やっぱり誰もいない学校は怖いかな。

「・・・え?」

 君は私の答えに、呆気に取られ聞き返して来る。

「自分がオバケなのに、オバケなんか怖くないわ。でも、誰もいない、誰も来ない教室で何日もこうしてると・・・全部夢だったんじゃないかって思っちゃう時があるの」

 私の味わえた青春が、出会った子達が、全部。そして君さえも。

「それが怖いの」

 君にそんな話をしていることが、自分でも少し不思議に思えた。
 でも、私のそんな話を黙って聞いている君の表情も、見慣れない不思議な感じがする。
 私が言葉を切ってから、教室の中も静まり返っていた。運動部の掛け声だけが遠く響く。
 だけど、さっきまでのとは何もかも違う静寂。
 君といる、君と二人で作り包まれるそれ。

「・・・あのさ」
「ね・・・ねえっ」

 呼び掛けたのは二人同時で、だから同時に躊躇った。

「あ、あの、じゃお前先に」
「え、いや、横島君から」

 譲るのも二人同時で。私は少し予感めいたものを感じる。

「ん、じゃあ、俺先で」
「ど・・・どーぞっ」

 君が言い出した時、私が引いた。
 少しずるいかな、そう思いつつも大きくなる予感―――きっと、二人とも同じ事を言おうとしていた。
 だったら、やっぱり、どちらかと言えば言うよりも言われたい。

「あのさ・・・夏休みの間も勉強見てもらったりして、い、いーかな? 俺も、ちょくちょく学校来る様にするからさっ」

 的中した予感。更に膨らむ期待。君の声は少し緊張で震えている。
 私はいいともだめとも答えず、君にそう頼まれるのが当たり前の事だとばかりに笑った。

「ふふっ、いつもの事じゃない」

「そーだなー、いつもの事だもんなー、俺がお前に勉強教えてもらうなんざ。ハハハッ」

「そうよっ、いつも通りの青春よ!」

 二人で笑い合いながら隠蔽した嘘。
 真夏の日々、他には誰もいないこの教室で、二人でいる――それは、いつもの事なんかじゃなかった。
 私はまだ笑っている君の顔に不意打ちで両手を添え、自分の顔をそっと近付けた。君の笑い声は途切れる。息が触れ合う位の距離。

「ちゃんと来てね? 忘れたら・・・だめだよ」

 私の声も少し震えていた。きっと目の前の君と同じ。
 動揺して、期待している。
 これは青春だから、そんな予感や期待に溢れてるの。



  ――― F I N ―――

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