ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 29 ―  [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 5/29)




 霊波を足に乗せての跳躍。超加速には遠く及ばないまでも、人間の知覚を超えた速さで動く事が出来る。
 槍を構えたまま床を蹴った美智恵は、横島の左手が後ろに回るのを見た。肉眼では見てなかった・・・彼の手に纏われた霊気の流れを感じたのかもしれない。
 再び彼の手が前に現れた時、神通棍が握られていた。彼の自前だろうか、令子のを拝借して来たのだろうか、いずれにしてもかなり手に馴染んでいる様だった。
 神通棍の先端を右手に押し当てて引っ張ると、霊波の筋が伸びる――令子と同じ神通鞭を作ろうとしていると美智恵は思った。そして、これを巻き取るつもりだろうか。
 心の中で苦笑する。こちらだって最大限の霊力をこの槍に込めているのだ。鞭なんかで巻き取れる代物ではない。
 私の突きは霊波の鞭をことごとく突き破り、彼に到達する。
 だが、十分に霊波を伸ばした横島は、小さくもスナップを利かせた動きで美智恵に向けて神通棍を振るう。

シュッ・・・・・・

「――?」

 彼女の予想を裏切り、放たれた霊波の筋は鞭の様にしならなかった。振るった神通棍の先から真っ直ぐに伸び、彼の1m手前の床を直撃する。
 それは尾を残したまま跳ね返り、壁に、天井に床に、次々と跳ね返っては美智恵との距離を詰めて来た。
 しまった。
 目の前に描かれて行く幾何学形の模様を目にして、彼女は彼の意図に気付く・・・気付いた時には、彼女も槍も、その模様の中に絡め取られていた。
 様々な方向から押さえ付けるその筋を、一瞬で突き破るのは困難だった――その前に彼女の身体がこの中で立ち往生してしまう。
 霊波の先端は非常口近くまで行き、こちらへ戻って来ている。彼が何をするつもりなのか、彼女にはもう予想が付いていた。この針金みたいな霊波を・・・「結ぶ」のだ。
 何筋もの霊波に挟まれて軋む槍を、彼女は握り直す。

「―――ええいっ!」

 口に出して叫べる時間は存在しない。心の中で掛け声を上げ、一旦引き戻せるだけ戻した槍を全力で彼女は投擲した。
 ばりばりばりばりっ、耳障りな音を立てながら槍は霊波の筋を粉砕しながら横島へと向かって進む。到り着けるか――恐らくは無理だろう。だが、予想外の行動に相手の表情が変わり、その注意は槍へと注がれる。
 美智恵は再度、更にもう一度、床を蹴った。目の前の幾何学模様の障害物を頭の中でイメージしながら、身を屈め、飛び、横島へのルートを考えるよりも先に辿って行く。

ガッ・・・ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!

 勢いを目に見えて殺されながらもこちらへ飛来する槍に気を取られた隙に、その脇から姿勢を低くした美智恵が先程まで以上のスピードで向かって来るのを横島は見た。
 彼女は床を蹴り、霊波のワイヤーも蹴って、更に速度を上げている。跳ねながら彼女の両手が背中に隠れる。何かを取り出した気配――神通棍か、それとも銃か。
 だが、彼女が両手を前に戻した時、そこに握られていたのは取っ手のついた鉄棒・・・一対のトンファーだった。その鉄棒に霊波が乗せられていたのは言うまでもない。
 彼女は自分の投げた槍さえも追い越し、彼の前へと来た。横島は神通棍を持つ左手はそのままに、右手で霊波刀を出し彼女の攻撃に備える。
 胴体狙いだ・・・鉄棒の位置からそう判断し中段に構えた彼の顔面へ、彼女の肘がめり込んだ。

「がっ・・・!?」

バシイィィッ!!

 鼻血を出してのけぞる横島。しかし、次にもう一方の手にある鉄棒が、彼の右手の傷を直撃していた。

「・・・・・・ぁっ・・・!」

 ダイレクトな痛みでイメージが崩れ、霊波刀はその輪郭を失う。間を置かず、肘を食らわせた方の手が彼の胴体を鋭く打った。
 崩折れる彼の向こうには背中を向け、部下達と対峙している雪之丞の魔装術姿が見えた。後ろで一瞬のうちに起こった異変に気付いて、彼は振り返る。
 横島を彼の足元に蹴り出すと、美智恵はその顔面にもトンファーを叩き付けていた。

「がああっ!?」

 Gメンの隊員から見ても一瞬の出来事だった。
 美智恵の姿が消え、横島の手元が一閃し、その手前の空間に幾つもの眩い光が弾けた――かと思うと横島が崩れ落ち、雪之丞がこちらに向かって吹っ飛んで来たのだ。
 美智恵の持っていた槍は、何故か背後の廊下の隅で鈍い音を立てながら転がっている。

「被疑者確保ッ!」

 美智恵の号令と共に、Gメン達は一斉に駆け寄る。しかし、雪之丞はすぐさま起き上がり、最も近くまで来ていた隊員へ起き掛けに霊波を食らわした。

「文珠・・・使ってれば良かったのに。さすがにアレが出ていたらどうなってたか分からないわ」

 美智恵は雪之丞と格闘を始めた隊員達の加勢には向かわず、倒れている横島の喉元へトンファーを突き付けながら言った。
 うつ伏せのままで横島は呟く様に答える。

「あんたら片付けても・・・途中で足りないなんてなったらしゃーないやん」

「用心深く貯め込んでも、負けたら意味ないじゃない・・・でも、もう使わせないわよ。たとえダウンしててもアナタからは目を離せない。良く分かっています」

「だから、使わねーって・・・アイツの為に必要なんだからよ・・・」

 答えながら横島はもぞもぞと身じろいだ。美智恵は厳しい表情で横島に鉄棒の先を強く押し付ける。

「動かないで」

 美智恵の言葉を聞いていないかの様に、横島は左手を床に擦り付ける。まだ立ち上がろうとしているのか。
 続けて血まみれの右手も床の上に置く。埃と血で手もその周りもグチャグチャになっていた。

「止めなさい・・・まだやる気?」

「そー言ったってなあ・・・行くしかねーよ・・・アイツが待ってるんだったらさ」

「もう一度、言うわよ――」

 言う前に突き付けていた鉄棒を右手で握られた。その手に霊気を集めると一際強く血が流れ出す。
 横島は無表情で美智恵を見据えていた。もう一度、繰り返す。

「俺は、行かなくちゃよ」

「・・・・・・可哀相に」

 美智恵がそう呟くと同時に、もう一本のトンファーが空気を切った。
 首筋から耳の後ろにかけて打ち下ろし、彼の意識を奪う為に。

パキャァァァ・・・ッ!!

「―――ッ!?」

 激しい衝撃。彼女のトンファーは手からもぎ取る様に弾き飛ばされていた。
 手の痺れと鉄棒の飛ばされた距離が、その勢いを物語っている。この感触には憶えがあった――大口径の銃弾。
 美智恵は衝撃の加わった方向を見る。廊下の壁の一端、さっきまでは見られなかった筈の穴が空いていた。微かに焦げる匂いを伴って。
 遠くから・・・建物の外からの、風を切りジェットを噴く音。それはすぐに近い轟音となった。

キィィィィ・・・ン・・・ドゴォッ! ドガアッ! ベキベキベキベキ・・・ゴガアアッ!!

 窓を破る音、様々な建材を引っ掛けて毟り取る音、壁を破る音。それらの音に、聞き覚えのある老人の哄笑が混じる。

―――どがあああああっっ!!

 彼らの脇の壁が派手に弾け飛んだ。
 粉塵の中からアンドロイドの少女と彼女にしがみ付いた大柄な老人は、騒がしくも争いの場の只中に姿を見せる。

「ドクター・カオス・・・! マリアっ!?」

 その姿を確認した美智恵が声を上げた。

「ワーハッハッハッハッハーーーッ! 小僧ども! 我が偉大な実験成果を見届けに、ヨーロッパの魔王ドクター・カオス、只今参上したぞおおおっ!!」

 ゴオオオーーーーッ・・・ダダダダダダダダッ!!

「うわあああああっ!?」

 マリアは着地する事もなく、腕に仕込まれた連弾をGメン達の足元に向けて炸裂させた。その背中からカオスはひらりと飛び降りると、横島と美智恵の傍らへ着地する。

「何やってんだよ、ったく・・・」

「義理もないのに助太刀に立ち寄ってやったんじゃぞ、ちったあ有り難く思わんか・・・お前らがここで潰れたら、見届けもクソもないからのう?」

 顔を僅かに動かした横島の小馬鹿にした口調にも構わず、カオスはマントを翻して彼らに背中を向ける。

「こんな所で遊んどらんとさっさと来んか、恋人が待っとるんじゃろ・・・それに・・・・・・」

 彼の言葉途中で、一際鋭い揺れが通路を縦に走った。

「―――――!?」

「・・・二十年近く放置のボロビルじゃぞ? こんなエネルギー波がんがん沸かしおってたら、とても保たん。限界が近いんじゃよ」

 さて・・・マリア。一言、彼が従者の名前を呼ぶ。
 イエス、ドクター・カオス。
 鋼鉄の乙女はあるじに短く答えると、撹乱し足止めしたGメン達を後に、美智恵へと向かって跳んだ。

「くっ・・・!?」

「ミセス・美智恵、ドクター・カオスの命により、貴女を・・・このエリアより排除・します!」

ドシュゥゥッ!!
ガキィンッ・・・・・・キンッ、キンッキンッ、ダダダダダ・・・ッ!

 ロケットアームを弾き返すも、すぐに収めたその拳は接近したマリアの腕によって続け様に振るわれた。
 トンファーと鋼鉄の拳、対等に打ち合いつつも推進力の圧倒的な差で美智恵はマリアに圧され、みるみる内に壁の穴から客室の中へ――その先の外壁の穴へと後退して行く。

「行くぞ! 雑魚どもくらいなら何とか出来るじゃろ。片付けながらついて来い」

 マントを翻し、千歳の老人とも思えぬ身のこなしで・・・千歳の老人の身のこなしなど誰も想像出来ないが・・・カオスは階段へ向かって移動し始めていた。
 それに続いて雪之丞と横島は接近して来たGメンにだけ放出や霊波刀を振るいながら、駆け出そうとする。

「横島クン・・・っ!」

 客室の壁際までマリアに追い詰められていた美智恵が鋭い声で呼び止める。
 横島は足を止め、彼女の方へと振り返った。

「横島クン・・・貴方は、本気で思っているの? 私たちが本気で、多数の利益の為とは言え可能性だけで貴方の幸福を切り捨てるつもりだったと、そう確信しているの?」

 マリアを押し返そうとする試みは通用せず、踏み止まろうとする足は既に宙に浮いていた。それでも美智恵は尚も横島へと呼びかける。

「貴方には、信じられないの? 私たちを・・・貴方の救ったこの世界を、貴方は信じてはくれないの?」

「何を言っとるのやら・・・本当の意味で信じる事の不可能を知らずにおれる立場でもあるまい。それは、常にあり得る事なのだとな」

 カオスは背後の声に一瞥もせず口の中で呟いた。まあ答えろという気持ちは分からんでもないが。

「横島クン、信じてるの? 答えなさい・・・貴方が死んでも、彼女は・・・ルシオラは笑ってくれると、そう思ってるの!?」

 カオス、雪之丞に続いて階段へ向かう横島は答えない。

ゴォォォーーーードガガアアッッ!!

 マリアと共に、美智恵の身体は建物の外壁の穴から宙へと躍り出ていた。
 押し出されつつ降下しながら、彼女は尚も横島の小さく見える背中へと呼びかける。

「貴方のいない場所で・・・! あの子は・・・・・・令子は・・・っ!」

 その一言が横島に届く事はなかった。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「言ってる事がわからんでござる。お主は拙者に“何かしないからダメ”と、そう言ってたではござらんか」

「“何かする”って、そういう事じゃ、ないでしょ・・・何で・・・そうなるのよ・・・」

「いいや、こーゆー事なのでござるよ」

 タマモとシロ、二人はほぼ同時に足元を踏みしめながらゆっくりと立ち上がる。だが中腰で止まり、タマモは尚もシロの返答に反駁を見せた。

「違う・・・・・・私が・・・言いたかったのは・・・」

 少なくとも――――シロに見向きもせず突っ走る横島の後押しをする事なんかじゃない。そんな形で横島の苦しみとやらを共有する事ではない。横島に見ても貰えぬままに。
 そのお間抜けな自称・師匠の頭を掴んで自分に振り向かせる事。「ぷりちーな拙者がここにいるでござる」と言わんばかりに、その存在に――シロと一緒に、シロが一緒に、幸せになれる可能性の存在に――気付かせる事。
 断じて、その為の「何か」であった筈だ。私は、その事で苛立っていた筈だ。

「憧れ・・・でござるよ」

「―――――え・・・?」

 その声にタマモが顔を上げる。視線の先に立ち上がっていたシロは、首を傾げ、背後に発光する建物を見上げていた。

「拙者の横島先生は・・・スケベでいい加減だけど・・・やはり熱い御方なのでござる。
 容易くどうにもならんから事と諦め、“手近なイイ思い”で間に合わせようという了見で拙者を求める様なせんせえは、せんせえではござらん」

 タマモへ向き直り、笑顔を見せた。

「せんせえはせんせえらしく弾けて・・・そして、最後に笑って見せてほしいでござる。拙者の役不足とか、その様な話は・・・
 否、拙者にとってせんせえがそういうものである以上、必定でさえあったかもしれぬな」

「そう・・・意外だわ。アンタは私が思ってたよりもクールだったって事ね。バカ犬なりに」

 無表情に返すタマモだったが、内心シロの告げた答えに驚いてもいた。
 一途ではあったが、健気さだけではない・・・横島の過ちに呼応し合い、その張り詰めた世界に拍車を掛けんとする姿勢。

「拙者、武士でござるからな。筋の通らぬ情は見せられぬでござる」

「だけど・・・壁はそこに始めからあるものじゃなく、心が作ったものでしかないわ・・・アンタが身をもって私に教えてくれた事よ」

 ようやく立ち上がったタマモが、シロを見返しながら言う。シロが笑みを収めた時に、彼女は言葉を続けた。

「だから、“彼らの信頼に背いたアンタ”を絶対許すつもりはない・・・叩きのめして捕まえる。横島もろとも止めさせる。彼らもきっと同じ」

 彼ら――シロの仲間だったGメン達は、統率の取れた足取りでタマモの前へと出る。女性捜査官の一人がタマモの腕を取って支え起こした。

「多勢に無勢なんて文句は受け付けないからね。今度こそ遠慮もしない。人間同士でそうする様に、私たちはアンタを人間界のルールで扱う」

 彼らの動きと表情は、彼女への無言の同意を示していた。
 地面を蹴って彼らが、横に広がりながらシロを囲い込む様に接近する。
 しかし、彼らがその幅を最大限に広げ、彼女目掛けて狭め始めた刹那、彼女は不規則なジグザグを描きつつも彼ら以上の瞬発で、前方へと駆け出していた。
 タマモの前に迫った。シロはふいに口を開く。

「いい面構えになったでござるな、女狐」

 そのまま放たれた一振りを、タマモは受けずに背後へ飛んで躱した。
 シロに脇をすり抜けられた隊員の一人が足捌きで振り返り、彼女へと細く長いチェーンを飛ばした。霊波の乗ったその鎖は一直線に伸び、彼女の足を絡め取ろうとする。
 シロは軸足を捻り、全身で躱す。その鎖がしなって二度三度と標的に向かう事は彼女も知っていた。

シュルシュルシュルッ・・・!

「な・・・っ!?」

 続けて伸びて来た鎖へ向かってシロは左腕を伸ばすと、進んで巻き付けさせた。
 手元で鎖を握る。十分な余裕を持って撓んだそれを、一度だけ上下に強く振った。
 彼女の振りは大きな波となって、鎖の端を持つ隊員へと届く。

「うわああっ!」

 腕から振り回される様にして鎖使いの隊員の身体が大きくバウンドする。その隙を見逃さず、続けてシロは鎖を手前に、全力で引っ張った。
 隊員は鎖を持ったまま、周囲の仲間達にぶつかりながら引きずられて来る。シロが1m分程の分量を持って右手にも鎖を握る。
 両腕を広げてぴんと鎖を張ると、タマモに更に一歩を踏み出した。
 手を構えて狐火を放とうとするタマモ。しかしシロは、突き出されたタマモの腕に鎖を押し当て脇へとそらすと、素早くその腕を巻き取っていた。
 そのまま右腕をタマモの首筋に当て、全身を彼女へ寄せる様に傾けると、足を払ってそのまま一緒に倒れ込む。
 倒れる間際、右手を鎖の上で滑らせ更に長く持つと、今度はタマモのもう一方の腕にもそれを巻きつけた。
 彼女の上に倒れ込んでいたシロは、両腕と鎖とでタマモの腕の動き――そして狐火を封じると、身を起こしてマウントポジションに移ろうとしながら語り掛ける。
 タマモへ、そして彼女達の背後にいる隊員達へ。

「・・・拙者も、お主達には済まないとも思ってるでござる。だが、互いに遠慮無用の勝負。お主達もそのつもりでござろう・・・
 拙者にも心に決めた道があるでござる。故に全力でお主達を―――止める!」

 シロの背後で一斉に踏み込む気配がした。先にこちらを片付けて、振り返らなければならない。
 膝で押さえたタマモの腕から手を離すと、シロは手刀を構える。
 タマモは跳ね返そうと二三度身じろぎしたが、やがてびくともしないのを悟り諦めると、不機嫌そうにシロを睨み付けた。

「何か、本当にバカみたい。色んなものが空回りしているみたいで・・・最悪な感じよ」

「それでもお主の見違えたのは・・・何だか嬉しかったでござるよ」

 微かに口元だけで穏やかな笑みを浮かべたまま、シロが手刀を振り下ろそうとしたその時。

ゴォォォーーーードガガアアッッ!!

 彼女達の背後真上で大きく響いた爆発音。轟音と共に建物四階の壁が一部吹き飛び、マリアと美智恵が激しい攻防を繰り広げつつ飛び出して来た。
 シロ、タマモ、Gメン達の見守る中、二人は暗い宙空を前庭の真ん中付近へと着地――落下して行った。辺りで設置されていた照明に照らされ、盛大な土煙が上がる。

「司令っ!?」

 Gメン数人が土煙へと駆け寄るが、返事の代わりにその上へエンジン音を響かせてマリアが姿を見せる。彼女は構えながらGメン及びその場に居合わせた者全員に警告を発した。

「横島さん・またはドクター・カオスの指示有るまで、当建物への・立ち入りを禁止します! 接近する者は実力にて・排除します!」

 建物近くにいた者達の足元を次々と掃射し、一定の距離まで遠ざけさせる。
 未だに煙で濛々とする辺りから、美智恵がふらふらと姿を見せると、司令と呼びながら数人が駆け寄った。
 マリアは構えながらもゆっくりとタマモとシロの頭上・・・ホテル正面入口付近まで移動する。

「ミス・シロ、協力体制での侵入阻止を・実施・します・・・マリア、広域掃射にて接近を阻止。ミス・シロ、地上接近戦にて直接侵入を阻止。相互サポート、お願いします」

「あい分かったでござ・・・」

 タマモに馬乗りになったまま、うなずくシロ。改めてタマモへ手刀を向けた時、また別の音が響くのを聞いた。建物の中から・・・その光の色も変わっていた。

「ドクター・カオスによる、実験・最終段階への突入・です」

 マリアの言葉が終わると共にホテルの中から、今までとは違う落雷の様な音が長く、何度となく響き始める。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「くっ・・・まだついて来るかっ!?」

 西条はアクセルを踏み込みながらミラーを凝視し、苦しげな声を上げた。
 写った彼らの車の背後・・・神内の乗った黒い車はぴったりと追って来ている。

「何で、これしか出ないんだ? ・・・公用車じゃなく、僕の車にしておけば良かった」

 舌打ち混じりに呟く西条。「これしか」とは言え、助手席のおキヌにしてみれば十分猛スピードだった・・・悲鳴も上げずに目を回しかけている。

「これ使ってみたらどうかしら?」

 後部座席の美神が身を乗り出して、プラスチックの箱を見せながら言う。

「何でそんなもの持ってるのか、どこに隠し持ってたのかはあえて聞かないでおくが・・・さっきも言った通り公用車なんだ。責任問われるのが僕一人じゃ済まなくなる」

 箱の中にびっしりと詰められていたパチンコ玉を一瞥しながら西条が答えると、美神は皮肉混じりに言い返した。

「今更何言ってるのよ。ママが何とかしてくれるんじゃないの?」

「君に黙って色々動いてたのは申し訳なくも思うよ。だけどね、そうでなくては進められない事だってあるんだ・・・君だって、そうだろ?」

 美神は答えず、後を走る神内の車に振り返る。
 自分がこの車に乗っているか後ろの車に乗っていたかは、西条にとっては重大な事であったとしても、自分にとってはほんのちょっとのタイミングの差でしかない。
 そんな事を思いながらも彼女は、そのほんのちょっとの差が、結局自分にとっても重大だったんだなとも思っていた。

「世話、かけるわね」

「・・・何だって?」

 彼女の呟きに西条は耳を疑う。彼女が、あの令子ちゃんが、世話かけるわね・・・だと?
 勿論、驚いてたのは彼だけではなく、その隣で目を回していたおキヌもだった。二人の反応に美神は不機嫌そうに眉根を寄せる。

「何よ? 私だって、本当に申し訳ないとか思う時もあるんだからね。西条さんにも・・・そして、おキヌちゃんにも」

「美神さん・・・」

「ますます、信じられん・・・」

「何か言った!?」

 後ろから伸びて来る殺気と手とを察し、西条は慌てて次の問いを尋ねた。

「それで・・・そろそろ説明してくれないか。彼から逃れて、どこへ、何をしに行くつもりだったんだね?」

「決まってるわ」

 彼の質問に彼女は、あっさりと答えた。どう決まってるのか、説明の必要はないと言う口振り。
 西条は一瞬戸惑ったが、重ねて聞き返そうとはせず、彼女の表情を鏡ごしに窺う。しばらくそうした後、彼はため息をつくみたいにして彼女へと言った。

「決まってるのか」

「そうよ」

「何か・・・実に君らしいよ」

 呟いて薄く苦笑する西条。しかし、後ろに貼り付いていた神内の車を右手の窓に見た時、彼のその苦笑も引っ込められる。
 急加速した黒い車は、隙を突いて彼らの隣に並んだのだ。

「・・・・・・しまった!」





「逃がしたりはしない・・・ここで逃げられるなんて・・・・・・」

 ハンドルを握る神内は、呟きつつもその言葉は途中で途切れる。ここで逃げられたら何なのか。
 単に面白くないのか、自分の組んだ何かが台無しにされるのが嫌なのか、あるいは彼女に執着しているのか・・・そのどれでもあり、どれでもない様に感じられる。

「何だろう、あの、美神さんの用意したものは?」

 前方を走る車。その車内で美神が運転席へ身を乗り出して、西条に手に持った何かを示しているのが見えた。
 恐らくは自分にとってかなり危険な、性質の悪いアイテムなんだろう。そう思いつつも神内は何故か、それが笑いを洩らすほどに可笑しく感じていた。
 その調子で楽しませてもらわなくちゃ。そして・・・最後には答えを聞かせてもらわなくちゃ。
 神内は自分を根っからの快楽主義者と自認していた。しかし、時折こうも思っていた――自分は白ける事・取り残される事に何かの強迫観念を抱いているだけなんじゃないのかと。

「さあ、美神さん。貴女はそんなに急いで、どこへ行かれるのですか・・・?」

 口を衝いて出た問い。あの廃ホテルへ、横島のいる所へ行くという、分かり切った物理的な問いではない。
 自分の組み上げたパズル。何かを狂わせて掻き回し、始められたゲーム。
 今これらのものを置き去りにして逃走する彼女は、何かもっと面白いものがある所へ向かっているのだ。彼にはそう感じられていた。
 きっと、そう感じずにはいられないのだ――頭の中を横切る思考。認めつつも黙殺する。
 今の僕には必要のないもの。
 そう、お前らと同じ様に。
 神内は再び前方の車に注意を集中させる。美神の前に西条、その隣にいるおキヌ。

「分かったぞ・・・パチンコ玉だ」

 光の反射で見当がついたのか、神内は今度は声を出して笑った。
 確かに今あんなものを使われたら――路上にばら撒かれたら、横転はしないまでも、道の端に派手に突っ込んで行く羽目となるだろう。
 それを想像すると・・・更に笑える・・・だが、笑ってばかりもいられない。それは、彼女が自分に答えず置き去りにする事をも意味しているのだから。
 神内は更にアクセルを踏み込む。彼が加速の重圧を感じると共に、余裕を持って車は前の車との距離を詰めて行った。
 滑らかな動きで西条達の車の脇へと並ぶ。車窓から見える彼は顔を引きつらせていた。
 何をそんなに驚いているんだ。今までそうなる事を考えていなかったかの様に・・・まるで僕に追い付かれると人生が終わるとでも言いたげに。
 やはり可笑しさを覚えたが、美神へのそれと異なり不快感も伴うものだった。
 大した事でもない事に一喜一憂して驚き、嘆き悲しみ、自分のプライドを仮託して固執する。僕や彼女に振り回される為だけに生きてる様な人間・・・だけど、僕の邪魔をするのも、いつだってお前らなんだ。
 不快感は口元の笑みとなって浮かぶ。神内はこちらを見て焦りを浮かべている西条たちを横目に呟いた。

「つまり・・・・・・邪魔なんだよ、お前ら」







   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―


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