この時だけ
投稿者名:高寺
投稿日時:(06/ 5/25)
誰もいない校舎は、寂しい。
以前は、こんな事思いもしなかった。私はただの机の妖怪で、この校舎は私の家。
色々悪戯をした事もあったけれど、学生の様な生活をしたいと思っても、寂しいなんて思う事は無かった。
それでも、思ってしまう。
この校舎で生徒として時を過ごす内に、この校舎で、学生達と楽しい時を過ごしていく内に、私はこの静かな夜の校舎を、寂しいと思ってしまう。
私は、補習の疲れか、それとも事務所の仕事のせいか、疲れ果てて私――机に伏せて眠っている彼を見る。
あどけない寝顔だと思う。こんな彼が、起きている時はセクハラの鬼になるなんて、ちょっと想像出来ないわね。
――クス。
知らず知らずの内に、笑みがこぼれる。
何の縁か、私が此処にこうしていられるのは彼のお陰。
彼がいたから、学校生活に憧れる妖怪だった私が、一人の女生徒として、一人の女性として此処に存在していられる。
そして、そんな私を、此処の人たちは快く迎え入れてくれた。
だって、私が初めて授業を受けた時、先生達は凄く嬉しそうだったから。
男子達は、私の事を横島なんかにもったいない、って言ってくれたから。
女子達は、あんなケダモノに近づいちゃ駄目、と注意してくれたから。
みんな、私の事を一人のヒトとして扱ってくれたから、とても嬉しかったな。
彼の頬に触れながら、バレンタインの日の事を思い出す。思えば、彼には凄く悪い事をしてしまったかしら。
でも、後悔はしてない。知らぬ間に育った淡い恋心と折り合いをつける方法を、私は他に思い付けなかったから。
何時も何時も青春、なんて言うものに拘っているけど、やっぱり、恋愛は一番の醍醐味だと思う。
だから、彼には、感謝してもしきれない。私に学校生活の楽しさを教えてくれたばかりか、恋する楽しさも教えてくれたから。
ただ――。
私の胸が、ちくちくと痛む。
羨ましいな、と思ってしまう。
彼の雇い主や、彼に好意を寄せている黒髪の少女……彼女達は、きっと学校でしか彼に会えない私なんかよりも、ずっとずっと彼に身近な存在。
そして、それは常に彼女達の方に彼の意識が向くと言う事。
――悔しいなぁ。
私は、結局彼の傍にいる女性の、その輪から外れた大多数の一人なのだと思うと、胸が切なくなる。
彼は、自分が思ってるよりもずっと人気が高い。口では文句ばかり言っている娘の中にも、彼に好意を寄せている娘は少なからずいる。
私が会った事のある、彼の輪の中にいる女性達も、少なからず彼に好意を向けている。
私よりも、ずっと接点の多い彼女達……。
叶わない恋だと、分かってしまう自分が嫌い。
叶わない恋だと、諦めている自分が嫌い。
そんな恋心を言い出せない、自分が嫌い。
――ただ、それでも、と思うの。
私は、彼の頬を撫でる。
ここで、こうしている時間だけは、私と彼のモノ。
……ううん、私だけのモノ。
きっと、こういう彼を独り占めできるのは、私だけ。
彼女達は、勇ましい彼や、ちょっとエッチな彼、頼れる彼……色々な彼を知っていると思う。
それでも、学校で見せてくれる彼の顔を知っているのは、こういう、無防備な彼を知っているのは、私だけだと思う。
小さな優越感だと分かっている。
それでも、私にとっては、何よりも掛け替えの無い時間。
何よりも掛け替えの無い幸福。
だから、今だけ。
こんなに、気持ちが抑えられないのは、今だけかも知れないから。
こんなに気持ちが逸る時は、今この時だけかも知れないから。
――ねえ、神様。私に、勇気をくれないかしら?
「――ん……あれ?」
目が覚めた彼が、きょろきょろと辺りを見渡す。
少しすると、やっちまった、って表情で窓の外を見る。
だって、今はもう夜。校庭には、夜の帳が落ちているから。
「なあ愛子。傍にいたんだから、起こしてくれても良かっただろ?」
彼が、非難がましい目で私を見る。
何時もなら、
だって気持ち良さそうに寝てるんですもの。起こしたら悪いと思って――なんて言うのだろうけど、今の私には、そんな余裕、ない。
彼が、反応のない私を訝しげに見ている。
「おい……どうかしたのか――」
近寄って来た彼の顔を引き寄せて、その唇にそっと、私の唇を重ねる。
ねえ、知ってた?
――知らないでしょ?
「――ねえ、横島君。私、貴方の事が好きなのよ?」
真っ赤になった彼の顔。
これも、この時だけ、私が独り占めに出来る、彼。
青春よね!
今までの
コメント:
- 皆様に触発されて、愛子SSを書いてみましたが、皆様如何でしょうか。
いつものように拙作で、なんともお恥ずかしい限りですが、読んでいただけたのなら、幸いです。
ご指摘、ご感想、お待ちしております。
なお、コメントに対する返信は、欄が乱れる為に致しません。
ご了承ください。 (高寺)
- 最近、自分が愛子と言うキャラクターを相当気に入ってると言う自覚を得ました。だもんで、これはもうご馳走と呼んでしかるべきで御座いますw
淡々としつつも、しっかりと表現された愛子の心情に、賛成票を。 (臥蘭堂)
- 青春ですね。
机という立場で学校に括られている愛子…。
いつか、減価償却ということで廃棄処分としてほしいですね、彼女を。
もちろん、横島が引き取って事務所で個人の机として使うという結末で。
それから、
>夜の帳が落ちているから。
正しくは
夜の帳が降りているから。
だと思います。 (STJ)
- 青春ですね。
机という立場で学校に括られている愛子…。
いつか、減価償却ということで廃棄処分としてほしいですね、彼女を。
もちろん、横島が引き取って事務所で個人の机として使うという結末で。
それから、
>夜の帳が落ちているから。
正しくは
夜の帳が降りているから。
だと思います。 (STJ)
- すみません。二回送信してしまいました。
どなたか、賛成票を引き取ってくださる方お願いします。 (STJ)
- あいさ、STJさんの賛成票うけとりー。
愛子祭り?
もうドキドキです。
教室は二人のためにあるんだっ。 (ししぃ)
- 切ないお話なのかなぁと思ったら、最後にドキドキ。
勇気を出した愛子さんに賛成票を!
素敵な話をありがとうございますヽ(´ー`)ノ (美尾)
- いつの間にやら愛子祭りなのかと思わせられて。
その祭を飾る素晴らしい作品ですね。
愛子を語る際、原作では語られない部分をいかに上手く語るかが難しいと
思いますが、この愛子の心情には納得させられました。 (aki)
- 日常の、自分だけが知っているほんの僅かな間隙。その中で自分の存在を、その思いをアピールし大胆な行動に出る愛子・・・いかにも彼女な「青春」の1ページでした。
バレンタイン・デーの時のちょっとした気持ちが始まりとなってここで花開く、そんなイメージが浮かびます。 (フル・サークル)
- 叶わない恋、あきらめなきゃいけない恋……
それでも一瞬の恋心の高まりを勇気の追い風にして告げる一言……
青春だな〜♪ (足岡)
- 青春がブームになっているのでしょうか?(笑)
愛子の心理が恋する女の子なところがとてつもなく破壊力がありますねぇ。
小さな事がとっても嬉しい、恋をする人間は総じてそう感じますね。
さて、愛子。おまえさん、夜の学校は怖いんだから、せめて夕方には起こしなさい(笑) (天馬)
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