葉書
投稿者名:高寺
投稿日時:(06/ 5/23)
時として感情と言うものは、たといそれが自分の持ちモノであったとしても、気付くのに時間が掛かる場合がある。
もしそれが、恋心などと言う酷く複雑で、厄介なものなら、尚更である。
夕日が西の空に浮かぶ夕方、赤髪の女性は修行場の一角にある家の縁側に腰掛けながら、昔のことを思い起こす。
彼と最初出逢った時は、修行者として門を叩いた女性の荷物持ちだった。
多少、というか規格外と言うしか例え様の無い行動――所謂セクハラを受けたのも、彼が初めてであり、最後だった。
思い返せば、彼の潜在する力を見抜き、その修練に当たったのは自分である。
確かに、彼の特異能力というべき文珠の発露を行ったのは、自分の師である斉天大聖だが、自分が彼の事を気に掛けなければ、彼の能力の発露は遅れていたと言っても、差し支えはないだろう。
それに、要所々々で彼との接触が多かったのも、自分ではないだろうか。
GS試験にしろ、メドーサ達との戦闘にしろ、彼が仲間と連れ立って此処の門を叩いた時にしろ……少なくとも、あの事務所の人達に敵わないとしても、相応に接触していた女性の一人だ。
彼は自分の最愛の人を失ったあの痛ましい事件の後、度々此処を訪れる様になった。
忘れ形見の様な蝶の少女に会いに来ていたのか、あの時の無力感が彼を修行へと駆り立て、此処を訪れさせたのか――或いはその両方か。
自分には到底想像も出来ないけれど、彼なりの葛藤の末に此処を訪れていたはずだ。
ふと、修行に疲れながらも、夕日を見ていた彼の横顔を思い出す。
ただ亡羊と、能面のような雰囲気を漂わせながら夕日を見ている彼。
物悲しそうで、やりきれない感情を何とか抑え様としている彼。
何か決意を込めた瞳で、夕日を見遣る穏やかな彼。
チクリと、胸の奥で針が疼く。
何故自分は、勇気を持って彼に話し掛け無かったんだろう。
何故自分は、彼の支えとして隣に立ってやれなかったんだろう。
何故自分は……その時確かに持っていた、彼への感情を吐き出せ無かったんだろう。
彼に好意を向ける女性達に遠慮したんだろうか。
違う。
自分の気持ちが彼への重荷になる事を恐れたんだろうか。
違う。
彼の心に未だに住まう、黒髪の美しい少女に勝てないと思ったのだろうか。
違う――。
赤髪の女性は、自分が腰掛けている縁側の奥、座敷の卓上に乗っている一枚の葉書に目を遣る。
あの葉書が来てから日課になってしまった自問自答の答えは、何時も決まっていた。
怖かったのだ。
もし、手を伸ばしたその手を払い除けられたら。
もし、掛けた言葉を無視されたら。
もし、自分の想いを拒絶されたら――。
想像したくなかった。壊したくなかった。
想いは伝わらなかったかもしれない。でも、自分は彼と一緒にいられた。
変化はしない。けれど、心地の良い微温湯に浸っていられた。
その関係が、黒髪の少女の死というものから生まれた副産物だとしても、彼は間違いなく此処にいて、一緒の時を過ごしていた。
そんな、決して近くは無いけれども、遠い訳でも無い、居心地の良い関係を壊してしまうのが、壊れてしまうのが、何よりも怖かった。
――臆病者だな、と赤髪の女性は自嘲気味の笑みを浮かべる。
再びメドーサの時や、先の事件の時の様な失態を犯さない様に身体を鍛え、剣の腕を磨いても、肝心な心の部分はまだまだ未熟で、一歩踏み出す事に躊躇してしまった。
彼は、自分の手を振り解く様な心無い人物ではない。
想いが通じるにせよ、通じないにせよ、自分の事を一人の女性として扱ってくれる、優しい人。
そんな事は分かり切っていたのに、ただ自分の臆病な心のせいで後悔ばかりを積み重ねてしまった。
赤髪の女性は、空を見上げる。
何時の間にか日は沈み、綺麗な月が煌々と輝いていた。
彼女は、決意を込めた瞳で月を見上げる。
せめて、明日だけは……明日こそは、後悔の無い様、悔いの残ら無い様、自分の心に素直に生きよう。
恋と言う気持ちを教えてくれた少年の為ではなく、その少年に恋を抱いた、自分の為に想いを告げよう。
迷惑かも知れない。
困惑するかも知れない。
気を遣わせてしまうかも知れない。
それでも、自分の想いを告げる。そう思っただけで、スッと心が軽くなった。
葉書には、赤髪の女性が想いを寄せる相手の近況と、短く、一言こう添えてあった。
「結婚します」
今までの
コメント:
- 拙作をご覧になって頂き、有難うございます。
私的には、駄作の部類かと恐々としておりますが、えてして経験は失敗からと申しますので、投稿いたしました。
ご指摘、ご感想、お待ちしております。
尚、返信の方はコメント欄が乱れるため、致しません。ご了承ください。 (高寺)
- 切ないですなあ……つとめて理性的な文章が、またその切なさをひどく煽ります。
少し読みづらいかなとも思いましたが、それを吹き払うだけの切々とした内容に、賛成票を。 (臥蘭堂)
- こちらでははじめまして!
全体に漂う切なさ―― 大切なものを気付かせてくれた想い人……ただし、その想いを打ち明けようにも、最早その想いは届かないであろうことを知っているからこその切なさ……稚拙な言葉で申し訳ありませんが、お見事、の一言に尽きます。
その葉書を見たときの彼女の想いはいかばかりのものだったか……そこに想いを馳せつつの、賛成票で…… (すがたけ)
- 秘めやかな雰囲気が素敵です。
なんかもう。
進むってこういう感じなのだなーと、じんわりと。
好きです、こういうの。 (ししぃ)
- 彼女の想いの丈が、後半へ、一枚の葉書へと、ひたすらに集約されて行く様が鮮明に浮かび上がります。
集約されたものがその文面と呼応して放つ光、これを切なさって言うんだな・・・と、そんな事を感じさせられました。
切なさだけではなく、彼女の強さもそこに輝いていた様に思えます。 (フル・サークル)
- 少し離れたところから、切々と語られる本当の思い。
美しいです。上手く言えませんが、真面目な彼女であったからこそ尚のこと、この思いが儚くて。
私には到底マネできそうもない雰囲気に、すっかり引き込まれてしまいました。
私も好きですねー、こういう話の綴り方。 (ちくわぶ)
- それぞれが大人になった、そんな感じがします。
彼女にとっての一つの区切り。ずっと立ち止まってはいられないから。
きっと修行希望者たちが見惚れてしまうようないい女になってるんだろうなと思いました。 (S)
- 理性的であるがゆえに悲しいです。無理やり自分を納得させようとしている感覚を覚えます。
淡々と、あくまで切々と語ることで、まるで走馬灯のような思い出が読者にも錯覚させます。
けれど、ちょっと苦言を。赤髪の女性という言葉を多用しすぎて、若干くどいです。
そこがちょっと目に付きました。
けれど、それを差し引いても悲しく、素敵なお話でした。 (天馬)
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