ザ・グレート・展開予測ショー

そのこと ―後編― [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 5/22)





いやマジで・・・この辺で帰ってもらわんと本当に危険な気がする。
煩悩に・・・と言うより、都合のいい思い込みに勝てそうにない。

 まんじりともしない気分のまま部屋まで帰り着いた横島は、窓際で入って来る風に当たっていたおキヌを見ながら思う。
 お風呂屋さんのくじ引きでもらったんですよ。そう言って取り付けた風鈴が彼女の頭上で時折、ちりんちりんと鳴っていた。

「ここからって、向こうの川の花火がよく見えそうですね」

 窓の外を眺めていたおキヌは、ふと気付いて横島に尋ねた。事務所からだと近くのマンションに遮られてしまうのだが、ここには打ち上げの場所まで高いビルは建っていない。

「ん、あ、ああ・・・」

「もしお仕事入ってなかったら、今年はこっちで見たいかなあ・・・」

 気のない、ちゃんと聞いていた様にも思えない生返事で返す横島。彼の気持ちがどこか別の場所に向けられてる訳ではないと、おキヌは自分に注がれている視線の熱気で分かっていた。
 でも、こんな時にその距離は寂しいですよ。テーブルの向こう、何歩か進まないと手も届かない所に座っている横島を見て、彼女は思う。

「ここで一緒に見れたらステキだなって・・・その時もお邪魔していいですか?」

「えっ、そんなの遠慮して聞く事ないじゃん。だっておキヌちゃんと俺は・・・」

「ふふっ、そうですよね。ごめんなさい」

「いいに決まってるよ。見れるかどーか分かんねーけどさ、見れるんだったら一緒に見よーよ」

「はい」

またそんな嬉しそうに笑っちゃって、本当にカワイイよなおキヌちゃんって。
本当に・・・・・・どうしたらいいんだろ。

 次の言葉が見つからなくて、離れて向かい合ったまま沈黙が流れた。外からの風が流れる時だけ風鈴が短かな音を立てる。
 こっちと違って経験者なんだ。恐怖感や抵抗感ないんだったら迫ればすんなりヤらせてくれんのかもしれない。そんな考えが浮かばなかった訳ではなかった。
 しかし、目の前の彼女はその考えを当てはめて見るには、あまりにも素朴で可憐すぎる。いい加減な一般論よりも、彼にとっては、目の前で微笑む彼女の方がずっとリアルだった。

俺の知ってるおキヌちゃんは、そんな風に勝手な思い込みや欲望をぶつけようとすれば・・・きっと悲しい顔をする。

 そのことへ強いプレッシャーを感じるもう一つの理由。
 「彼女に気付いてやれない」事は彼にとって最大級の恐怖でもあったから。

「あ、あのさ・・・本当に湯冷めとか大丈夫かな? おキヌちゃん結構薄着だし。それにほら、この辺も向こうも人通り少なくなって来るじゃん。
 いや、送ってくけどさ。そろそろ・・・あれだ、美神さん達も戻って来るっしょ」

 沈黙を破って横島が口を開く。帰る事を勧めながらも彼は、本当に彼女に帰ってほしいのか、本当はまだ帰ってほしくないのか、自分でも分からなくなっていた。
 だから、当然の事ながら、おキヌのこんな答えは予想だにしていなくて。

「はい。だから実は・・・今日、泊まるって言って来てあるんです」

「―――――へ」






    ――――  そ の こ と  (後編)  ――――






「本当はシャワーも壊れてなくて。だから、大丈夫なんです」

 その返事に対し聞き返す事も、あぜんとする事さえも出来ず、横島は一音だけ発して固まっていた。

「こう言えば横島さんも・・・・・・大丈夫ですよね?」

 少し名残惜しげに窓辺を一瞥してから立ち、おキヌは横島へと歩み寄る。
 彼の傍らまで来ると腰を下ろし、身体の力をふっと抜いた。

「横島さん・・・はいっ」

 声をかけながら彼の胸へすとんと背中を預けて来る。
 急に密着した身体。横島は激しく狼狽した。

「え、ちょ、あの・・・?」

 背中ごしにでも、声と同じくらい肩も胸も、彼の触れてる所がこわばってるのを感じられた。
 彼女はそっと彼の両手を取り、それを自分の前・・・胸の下まで持って来ると、甘えるみたいな口調で横島へ言う。

「あの、ぎゅーって、してください・・・」

「おキヌ・・・ちゃ・・・」

「真後ろから、両手でぎゅーって・・・して、くれますか?」

 横島に名前を呼ばれると、彼女は回された彼の腕に添える手へ少し力を込めた。手首が彼女の膨らみに柔らかく当たっていると気付き、横島は更に緊張を覚える。
 だけど、そこで伝わって来たのは感触だけじゃない。体温、胸の鼓動――自分の心臓と同じくらいに早く、熱く震えていた。
 彼は思う。彼女の背中には、きっと同じ様に自分の鼓動が伝わっているのだと。

「こ・・・こう?」

 横島はあぐらを解いて両足をおキヌの左右に置き、彼女の真後ろへ回る。彼女の背中は腰の辺りまでますます彼と重なった。
 腕に少しずつ力を込めながら恐る恐る尋ねると、おキヌは答える代わりにこくっと小さくうなずいて見せる。
 やがて、少し掠れる様な吐息混じりの声で、彼女は振り向きながら呟いた。

「ぎゅーって、なってますね・・・」

「えっと・・・苦しくない?」

「はい。ちゃんと・・・気持ちいいです」

 ふんわりと微笑みながら彼女が答える。

「私のこと、こうしてると・・・横島さんはどんな気分になりますか?」

 腕の中の彼女は、暖かくて柔らかくて、いい匂いがしてドキドキしてて・・・横島はふと気付いて、やはり彼女に密着していた腰を後ろへずらそうとする。
 さりげなく僅かな動きだった筈・・・なのに、気付かれた。
 逃げないでください。腕の中の彼女が再びぴったりと腰を寄せて来る。

「あ、え、でも」

 自分の身体の変化を相手にもう知られている――そして、今なおその部分は密着している。二つの理由から、彼は激しく戸惑っていた。

「私で、嬉しくなってくれますか?」

 ふいにそう尋ねられる。おキヌは質問の後、僅かに身をよじって彼に横顔を見せた。
 彼も顔を動かして彼女を見て、その頬が赤いのに気付く。きっと・・・自分と同じくらいに。
 戸惑いながらも横島がこくんとうなずくと、彼女はそのまま頬をすり寄せる様にしながら言った。
 
「私も・・・横島さんとこうしてると、嬉しくて、幸せな気持ちになります。
 安らぎます。だけど・・・何だかとても切なくて、胸が苦しくもなるんです」

 さらに何度か少しずつ身をよじり、ゆっくりと彼女は身体の向きを横島の前に持って来る。
 私ももっとぎゅーっとしたいです。頬を寄せたまま横島と向き合う姿勢になったおキヌは、自分の両手を彼の腕の下から背中へ回した。
 その手に力を込めると、もっと互いの鼓動が伝わり合う気がする。

「横島さん。私、思うんです。そのことは・・・焦ったり、気負ったりすることなんかじゃなくて・・・
 悪いことなんかじゃなくって・・・こんな風に、こんな気持ちに、二人でなることなんだって」

「その・・・こと?」

「ごめんなさい、本当は分かってたんです。横島さんが時々いきなり謝ったりするのがどうしてなのか」

 「そのこと」の意味を察した彼の腕と背中がびくっと震えるのも、やはり彼女に伝わっていた。

「横島さん・・・本当は、まだしたことなかったんですよね?」

「え、い、いやっ、そっ、そそそ・・・」

 横島が慌てて否定しようとするのを遮り、手を今度は彼のうなじまで伸ばして、さっきよりも強く顔を寄せ合う。
 
「こうしてると、横島さんが不安だったり焦ったりして、心がガチガチになってるのまで伝わって来そうです・・・
 それだけ私の事を大事に思ってくれてる、私の前でかっこ付けようとしてくれてる。だからそれが可愛く思えて嬉しかった。
 でも、そんな見栄や遠慮はもういらないんです」

 横島さんだって、さっきそう言ってくれたじゃないですか。おキヌのその言葉に、彼は小さく「あ」と声を上げる。
 だって、私たち・・・お互い好き合っているんですから。だから、こんな時は私から・・・
 彼女がそのままゆっくり身体を前へ押し出す様にすると、彼も合わせて徐々に体を傾けていた。

「おキヌちゃん・・・あの、俺・・・」

「私も本当は、そんなに色々知ってる訳じゃありません。でも、二人で触れ合っててこんなに気持ちいいから・・・その事を横島さんに伝えてあげたいんです」

 おキヌは横島の肩から顔を上げ、彼のすぐ目の前でさっきみたく幸せそうに微笑んでいた。微笑みながらも、強く訴える様な眼差しを向けている。
 続けて彼女はゆっくりと顔を下へ、彼の唇へと重ね合わせる。両手を彼の頭の後ろへ添えながら。

私を見てください、私に触れてください、私を感じてください・・・・・・私に横島さんを、感じさせてください。

 彼女とは今までした事もない様なキス。
 彼女の背中へ回していた自分の両手が、映画やビデオで見た様に動く。横島にはそう思えた。

ああ、彼女がそう言うから、きっと大丈夫なんだ、そのことって。
本当に大丈夫なんだ、俺たちがそうするのって。

 不思議な程、不安は消え失せていた。今まであれほど衝動に焦らされ、罪悪感に抑えられていたのがまるで嘘の様に。
 目は自然に彼女の身体を捉え、伸ばした手が、唇が、彼女に触れて行く。
 知らず知らず口に出る心の呟き。大好きだよ、おキヌちゃん。私もです、と言う声と彼女の手とがそれに応えた。

「柿の実ちぎって、いただきます・・・・・・これはね、初めての人への合図の言葉なんですよ」

 撫でながらゆっくりとワンピースの肩紐をずらした時、耳元で彼女が囁くのを聞いた。



       ◇      ◇      ◇



「あーーっ、やっぱ朝メシ食ってくんだったなぁー・・・」

 まだ午前中の事務所への道。後ろにおキヌを乗せ自転車を漕ぐ横島は、かなりへなへなになっていた。
 何と言うか・・・・・・足の付け根に力が入ってない感じ。腰もやはりふらついている。
 彼の有様は自転車の動きにも反映される。右へよろよろ進んだかと思うと、左へよろよろ。
 掴まると言うよりむしろ支える感じで彼の腰上に両手を回していたおキヌが、呆れと心配の入り混じった声を掛けた。

「横島さん・・・頑張り過ぎでした・・・」

「あーー、だよねえ・・・・・・」

 本当は・・・「頑張らせ過ぎ」だった。気付かれない様に顔を赤らめながら、昨夜を思い返すおキヌ。
 だが、そんな事は言わない――そもそも思ってすらいないかもしれない横島に、「彼らしさ」の様なものを感じて少し気分が昂ぶる。
 横島さんとのそのことは、やっぱりそれまでのとは何かが大きく違っていた。決定的に違う。思い返したついでに、彼女はひっそりとその理由について考える。
 横島さんのスケベ度が少し普通の人の規格から外れているとか、知識はいっぱい持ってたからとかもあったかもしれないけど。
 そこで昨夜横島にされた、自分の想像の限界を超えたあんな事やこんな事までも思い出し、急に隠し切れないほど顔が真っ赤になる彼女。

「もーーーっ! 横島さんのH!」

ぽかぽかぽかっ

「え、な何いきなり・・・って、ちょ、アブネーってホント!」

「あっ・・・ご、ごめんなさい・・・」

 おキヌは思わず彼の背中を握りこぶしで何度も叩いてしまい、自転車は更に大きく蛇行した。
 でも、そんなことじゃない。今叩いた彼の背中を見つめながら思い直す。
 かつて、私は相手の人のことで色々不思議がったり思い悩んだりはしなかったし、相手の人も私のことで色々思い悩んだりしていなかった。
 孤児として育った境遇の不安や寂しさからでもあったのか、周りの子達よりも少し覚えた時機も早く、肌を重ねた回数も多かったかもしれない。
 今、私には家族も友達もいて、美神さんや・・・横島さんがいる。みんなの事が好きで、横島さんは一番大好きな人で。
 私にとって、横島さんとの「そのこと」ってやっぱり違う。横島さんが違う。横島さんを見ている私が違う。
 きっと好き同士って事。迷ったり不安になったりするほど好きな人、好きでいてくれる人って事。
 その答えを強く実感しながら彼女は、目の前でフラフラとペダルを漕ぐ彼に声を掛けた。

「あの、横島さん・・・ちょっと交代しましょう。私が前に乗ります」

「え、でも・・・」

「大丈夫ですよっ、任せてください」

 自転車を停めて二人は入れ替わる。ペダルを漕ぎ始めたおキヌだが、そのふらつき加減は今の横島と殆ど変わらない・・・それ以上だったかもしれない。
 二人乗り自転車は再びノロノロと、今にも転倒しそうな蛇行を繰り返す。

「わあっ!? とっとっ・・・本当に、大丈夫?」

「だい・・・じょーぶ、です・・・っ。一度、やってみたかった・・・んですよっ。二人乗りで漕ぐのっ・・・てっ」

 足に力を入れて行くうち、自転車は徐々にスピードを上げつつ少し安定していた。あくまでも「少し」だったが。
 それでも道路や周りの景色がスムーズに流れて行き始める。蒸し暑かった空気が涼しい風となって吹き抜けるのを感じた。
 手に入れた爽快感の中で、彼女は無邪気に想像する。もし・・・「これから、もっといっぱいしましょうね」なんて言ったら、横島さんどんな顔するのかな。
 でも・・・抑え切れない位もっと、横島さんと、もっと好き合っていたい。そんな思いも込めて、彼女は更に力いっぱいペダルを踏む。
 頭上に浮かぶ初夏の日差しみたいに、心の中で熱く照り付けている衝動。

 「こんな時、世界はそれまでと違って見える」そんな話を聞いた事があるけど・・・横島には、あまり変わってない様に思えた。
 太陽は・・・少し黄色いけど相変わらず暑くて眩しいし、空はやっぱり青いし、雲はやっぱり白い。
 でも、目の前の女の子が、前よりももっと、危なっかしくも頼もしくも思えて―――もっと素敵な女の子に見える。もっともっと離れたくなくて、笑顔でいてほしいと思う。
 遠慮して荷台を掴んでいた彼だが、彼女を支える意味も含めてその腰に手を回す。
 おキヌは身体の前に現れた彼の腕へ視線を落とすと、僅かに振り返りながら告げた。

「しっかり掴まっててくださいね―――下り坂です」

ガタガタガタッ・・・
シャアアアアアアァーーーーーーッ!!

「うわっ!?」
「きゃーーーーーっ!!」

ビュウウウウ・・・ッッ!
バタバタバタバタ・・・ッ!!

 ノーブレーキで転がって行く力加減で、横島は前倒しに彼女の背中へ寄り掛かってしまった。
 自転車は今にも吹き飛びそうだったけど、風も、青空も、彼女の匂いも、全てが心地良く。

「ねえ横島さん・・・夏――ですね」

 顔と身体の前面に強い風を、背中に彼の体温と息遣いを感じながら、彼女は振り向かずに呼び掛ける。

「え? もう一度・・・」

「――夏は、これからなんですねっ」

 二人乗り自転車は6月の空気を切り裂きながら、坂道をどこまでも滑り降りて行った。





   ―――  F I N  ―――






【あとがき】

 もうすぐ夏ですね。(「いや、まだ・・・」という反論を半ば暴力的に封殺しつつ)

 さて、今回はいわゆる「おキヌちゃん実は経験者説」が使われてます。何の経験者か分からなくてもお父さんお母さんに尋ねてはいけません。
 何だその説はと初耳の方へ手短に案内を。

 ・清純派キャラとして広く知られるおキヌちゃん。当然未経験者であろうと言う見方が多い。何が未経験か分(ry
 ・しかし、昔の農村部などは色々と大らかであったとも言われている。夜這いの風習や他にもその手の風習があったり。そんな中で十代半ばの時期を過ごして来た彼女だから、あるいは・・・と言う見方が存在する。
 ・人柱の巫女候補に選ばれたけど、その時の条件はあくまでも未婚者であって未経験者ではない。
 ・その他、ユニコーンがそっぽを向いた(笑)とか、意外と横島のエロ小僧っぷりを拒絶していなかったり下ネタに乗ってる言動等が見られるとか・・・

 話題に上る際、共通してあげられるのはこの辺でしょうか。私は結構この説好きです。
 何故かと聞かれれば色々とありますが、それらひっくるめてとどのつまりは「その方が何か面白そうだから」ですね。どう面白そうだと思ったのかは本文から伝わればと思います。
 この説から更に掘り下げてみて、原作へのある解釈なども含めたり。どの辺かはこれまた読んでみて気付いて頂けるかどうかですが。

 説提示に留まらず、「それでどうなのか」が見られる話にしたいと思ったので、敢えてその設定がデフォであるかの如く通してみました。それ故に、読む人によっては分かりにくさというか面食らう部分があったかも知れません。
 全体的には、この二人はネガポジ反転っぽい関係に見立ててあります。
 時と場所と相手を選ばないセクハラや活字・写真・映像などの媒体には怒ったり赤面したりと抵抗を示すけど、気に入った相手と実際に抱き合う事については別の視点を持つ彼女。
 そして、その正反対に位置しているのが横島だと・・・この辺はおキヌちゃんより彼への解釈な面が強くなっているかもですね。

 これでも一応、「軽く読める、甘くてラブラブな話」を目指してました(爆死)
 ・・・何かが狂ってる私の頭の方位盤。

 なお、作中でのおキヌちゃんによる謎掛けっぽい柿の話は、「柿の木問答」と呼ばれるものが元になっています。
 この単語でYAHOOなどの検索サイトにかけると、これについて分かり易く説明しているサイトがすぐに幾つか出て来ます。

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