ザ・グレート・展開予測ショー

そのこと ―中編― [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 5/22)





 店員の案内でおキヌは試着室へ行く。少し遅れてその近くまで来た横島は、傍らの椅子に座って彼女の戻りを待つ事にした。
 布の小ささとか、あんなに不安がっていたのに大丈夫なのかな・・・
 駄目だったらその時他のにすれば良いだけだと考えつつも、彼女が急に心変わりした様にも見えて気になった。

でも、きっと似合うよな。おキヌちゃん、雰囲気は和風だけど結構足とか長くてスリムだし。

 海辺でその水着を着た彼女の姿を思い浮かべると、別の感情が涌き上がる。
 横島さーん、彼の名を呼びながら笑顔で手を振る彼女。彼は彼女を岩場の裏の、人気のない場所へ連れて行く。

大丈夫だよ、ここなら誰も来ない・・・・・・・・・・・・って、そうじゃねえだろっ。

 横島は自分の顔を平手打ちして現実に戻った。

いくら俺だからって、最近煩悩が多すぎないか?
何かってーと、そういう展開にばっかり結び付けてる気がする。

 迫りかけた事だって何度かあった。時期的にそろそろ良いんじゃないかと思う一方で、時期の問題じゃなく彼女の気持ちの問題だろとそれを諌める思いもある。
 しかし、彼女の気持ちも、どう迫ればそれを見極められるのかも、彼には皆目分からないままだった。
 分からないまま、自分の煩悩に流されて彼女を、彼女を笑顔にする事を見失いそうで。その事が怖かった。

「横島さん、横島さん」

 呼ぶ声がする。見ると、試着室のカーテン隙間からおキヌが顔と手だけ出して、横島を見ながら手招きしていた。

「ん、どしたの?」

「ちょっと、来てください」

 横島は試着室の前に立つ。するとカーテンから伸びた彼女の手に掴まれて、その内側へと引っ張られた。

「え・・・わわわっ!」

「あの・・・どんな感じか、見てもらえますか?」

 ついさっきまで頭の中だけで思い浮かべていたもの――そのレースビキニだけを身に着けている彼女の姿がすぐ目の前にあった。






    ――――  そ の こ と  (中編)  ――――






 狭い空間の中、横島はその格好のおキヌと二人っきりで向かい合っている。そう、手を伸ばせば触れられる距離。
 見てもらえますかと言った彼女だが、彼に向けている表情は恥ずかしさと不安に満ちていた。それでも窺う様に彼の感想を待っている。
 横島は狼狽しながらも答えた。

「う、うん。似合ってるよ。水着だけがじゃなく、ちゃんとおキヌちゃんが着てカワイイって言える・・・」

 焦りながらだったが、これまた彼の率直な感想だった。その彼女に魅入られてるからこその狼狽でもあったのだから。

「本当ですか? やったあっ!」

「わあっ!? ちょ、ちょっと・・・っ?」

 間を置かず、思わずはしゃいだ声を上げながらおキヌが彼に飛び付いた。

「わーい、わーい、大成功です・・・えへへっ」

「え、その、大成功って・・・な、何が?」

「横島さんに私を見てもらえる水着がいいなって。そう言ってもらいたくて・・・選んだんです」

 こぼれ落ちそうな笑顔で、彼女は彼の首にしがみ付く。
 なだらかなラインを作る胸の膨らみも、露わな腰のくびれも、真っ白な太腿も彼に密着させていた。

「夏に着るのが楽しみです。いっぱい海とか行けるといいですね・・・っ」

 急に抱き付いたりとか、スキンシップを求めて来る事が付き合う前よりも圧倒的に多くなっていた彼女だった。
 だけど、Tシャツと水着・・・今二人の肌を隔てているものは普段よりもずっと少ない。
 こんな状態で全身をきつく触れ合わせている事なんて恐らく初めてだったろう。

「――――!!」
ザッッ!!

「えっ・・・横島さん?」

 横島は自分の身体の変化に気付き、それと同時に彼女から飛び退く。変化した部分も彼女と触れていた。
 気付かれたかもしれない。顔を強張らせながら誤魔化す様に彼は笑う。

「いや、あははははっ・・・うんっ、じゃー待ってるからさ。そう、待ってるからさ、そそそ外でっっ」

 逃げる様に試着室から転がり出た横島。もっとも、彼にとってその行動はマイナスな結果を生むものであったが。

「おいっ、お前そこで何をしてる!? ここに女性客入ってたんじゃないのか?」

「主任、この人覗きの常習犯です! 前も従業員更衣室や下の婦人服売り場で・・・!」

 前かがみのポーズで試着室から走り出て来た前科者。それを見た店員達の判断は至極当然なものだったと言えよう。

「何だと? 逃げるなっ、ちょっと事務室まで来いっ。君、警察を呼んで・・・」

バタバタバタバタッ・・・・・・!!

「わあああああっ!? 何でそーなるんやー!?」

 日頃の行ないが悪いから。
 そんな正解はさておき、外の騒ぎをよそにおキヌは空を切った両腕を胸の前でそっと、だが強く閉じた。
 横島さん、やさしいなあ・・・私のこと大事にしてくれて、好きでいてくれて、感じてくれて嬉しいなあ・・・
 心の中で呟いて、切なげに溜息を洩らす。

・・・・・・でも、このままじゃやっぱりいやだなあ。

 カーテンにくるまって出て来たおキヌが店員達に説明するまで、売場内での捕り物騒ぎは続いていた。



       ◇      ◇      ◇



「ねえ、おキヌちゃん」

「はい」

「あのさ、ちょっと俺の部屋・・・・・・あ、いや」

 首を傾げながら見つめ返して来る彼女に、彼の言葉は途中でフェードアウトする。
 ノルマ分の買い物を片付け事務所への帰り道。一言も口に上らなかったものを含めれば、横島は何度も同じ事を繰り返していた。
 俺のバカバカ。このルートからアパートに寄ってく必然性がどこにあるんじゃあっ。
 そう思いつつも、途中「何かの理由で」自分の部屋に寄って、「ダーっと行って、ガバーっとなる」展開から頭が離れない横島だった。

もし、本当に部屋に寄った所で何も出来ないよな・・・そう言えばおキヌちゃん、いつも部屋に来てるじゃん。

 気付いた時には見慣れた洋館が、その屋根の見える近さにあった。
 世の中の人間は、一体どーやってそういう展開あるっちゅうねん。失望混じりに彼は激しく疑問に思う。
 ムードを作るとか何とか本に書いてあるけど、このキャラで何のムードが作れるんじゃ。責任者出て来い。
 謝罪しなくていいから教えろ、いや、教えて下さいませ。
 心の中で訳の分からんクレームをどこかに向かって唱えている内に、二人は美神事務所の前まで到着していた。

このままアパートに行ってもまた、私の肩に手を置いて、迫りかけて・・・ごめんなさいしちゃうんだろうなぁ。

 何度か「俺の部屋が」とか言いかけて黙ってしまう横島をちらっと見ながら、おキヌは少し前の事を思い出していた。
 男の子のそういうことへのイメージって、やっぱりあんな感じなのかな。思い返せば、心当たりは幾つもあった。
 横島の時として嫌がる相手お構いなしの、強引なセクハラ行為や露骨な発言。そして、「そのこと」自体へ見せる過剰な緊張感。
 ・・・最近の、彼女に求めつつも目を背けるこわばった態度。
 スケベでバカだけど・・・・・・素朴で優しいのが、心の奥は紳士なのが横島さん。

そのことが私を傷付けることだと、私に嫌われることだと・・・そういうことでしかないと思うから、怖がってる。

 そんな時、誰がどうするものだったか。記憶にはあったが、それが自分の役目になるとは今まで意識していなかった。
 そういうのは大体結婚している年長の人とかだったから・・・でも、きっとそうですよね・・・こんな風に困っている横島さんを助けるのは、まず私じゃないですか。
 こんな時にどうすればいいのかなんて、時代とか風習とか関係ありませんよね。

「じゃ、ここで。また、明日・・・」

 少し沈んだ雰囲気でそう横島が挨拶しかけた時、おキヌはにこっと笑った。
 唐突な笑顔に彼は面食らっていたが、彼女は構わず、笑顔同様に唐突な質問を向ける。

「横島さんちに、柿の木あります?」

「へっ? ・・・柿?」

 その問いにぽかんとした顔で彼女に問い返す横島。
 彼女がニコニコしながらこちらを見ているばかりなので、しばらく経って考え込みつつ答えた。

「いや、アパート裏に生えてるアレは多分柿じゃねーよな・・・」

「実は、なりますかー?」

 おキヌが上半身を傾け、上目使いで横島の顔を覗き込む様にしながら再び質問して来た。
 横島は、どう見ても今の自分の答えと噛み合ってないその問いに、更に面食らう。

「いや、だからないってば・・・柿の季節でもねーし・・・何、食べたいの、柿?」

 怪訝そうに答える彼の顔をじっと見ながら、おキヌは子供の様にニコニコしていた。
 彼女の向けるのはまたも、答えと関係のない・・・どこかで別の答えを聞いていたかの様な質問。

「私が上がってちぎってー、いーですかー?」

「だから人の話を・・・うーんと、あのさ、果物屋でなら売ってるかもしれんなあ。ビニールハウス栽培・・・はねーか」

 横島の答えをことごとく無視して尋ねるだけ尋ねると、おキヌは彼の顔を覗き込んだままクスクスと笑っている。
 ニコニコしながら姿勢を戻すと、踵を返し玄関扉へ向かう彼女。途中いきなりくるっと振り返り、呆気に取られている彼に声を掛けた。

「横島さん、今度の週末、また晩ご飯作りに行こうと思うんですが・・・大丈夫ですか?」

 さっきまでの質問が幻であったかの様に、そんないつもの質問を向ける彼女は、いつも通りの彼女だった。

「え、も、勿論いいけど。ぶっちゃけここ数日、蓄えのカップ麺ばっかでさ」

 だから横島も我に返った。ご飯と聞いて、奇妙な問いの事も忘れ、素直にぶんぶん首を振って歓迎して見せる。
 そんな彼を見て、彼女は嬉しげに――少し意味ありげに――微笑んだ。

「フフッ、ならお邪魔しますね。楽しみにしてますっ――じゃあ、おやすみなさい」

 再び身を翻して扉の中へと消えて行く。その後ろ姿を見送った後、横島は顔を伏せて考え込み、やがて呟いた。

「・・・待てよ、冷凍の柿置いてる所とかあったっけかな・・・?」



       ◇      ◇      ◇



「あの・・・実は今日、事務所のシャワー壊れちゃったんです。明日にならないと直らないって」

 週末の夕方、予告通り横島のアパートを訪れたおキヌは、手前に抱えた買い物袋の他に、タオルやシャンプーなどお風呂セットの入ったポーチも提げていた。

「美神さん達は近くの温泉入りに行くって車出しちゃって・・・でも私はこっちでお風呂屋さん行こうと思ったんです・・・いいですか?」

 少し驚きはしたが別段断る理由もない。彼女を玄関先で出迎えた横島は、目を丸くしながらもうなずいた。

「まあ、別に、構わんけど・・・」

「よかった。じゃあ、お邪魔しまーす」


じゃーーーっ

かちゃかちゃ


とんとんとんとん

ぐつぐつぐつ・・・


 もう彼以上に使い慣れた台所へと彼女が向かってから、しばらくばかり。その間横島もテレビを見てたり、彼女に話しかけたり、たまに手伝ったりとかしていたが、やがてテーブルの上にお皿と茶碗が並べられた。
 温かな湯気を立てている料理の数々を前に、十日以上カップ麺でしのいでいた横島は心なし目を潤ませてもいた。
 いつもの事ながら、いただきますの挨拶もそこそこにご飯やおかずを片っ端から勢いよくかき込んで行く彼。

「こらうまいっ、こらうまいっ、こらうまい・・・っ!」

がつがつがつがつ

 味なんて分かるのかな、そんなに慌てて。うまいうまいと連呼する彼に可笑しさを覚えるおキヌだったが、その喜びに満ち溢れた彼の顔にはこれ以上ない位の説得力があった。
 でも。胸の内をふと横切るもの。
 横島さんが私の作ったご飯をいつもおいしいと言って食べてくれるのは、それがたまにしか食べられないものだからだったりしないのかな。

もし、毎日作ってあげたら―――それでもこんな風に喜んでくれるんだろうか。

 横島が自分に飛びついて来たのは最初に会った日のあの一回だけだった。そんな事まで思い起こし、それは望ましくない未来のイメージを連想させる。
 でも・・・出し惜しみして喜んでもらうって・・・それも何か違いますよね。
 私は安売りしない、安売りしちゃだめよ、そんな風に言ってた人がいた。あなたにとってそれは高く売ったり安く売ったりすることなんですかと言う違和感。
 そしてあの人はあのままだった・・・だから、私は今こうしていられるのかもしれないけど。
 そこまで思うと他人の失敗を喜んだかの様な罪悪感も感じた。

だけど私にも・・・横島さんにとっても、それはそうやって値打ちを付けることじゃなかった。
こう思うんです。毎日作ってあげられるなら、毎日喜んでもらえるように作ればいいだけなんだって。
そしたら、横島さんも私ももっともっと幸せじゃないですか―――

 気付くと、横島がしばし箸を止めて彼女を見ていた。もっとも、彼女自身、思い巡らせながらも彼の顔をずっと見つめていたのだが。

「・・・ん、どったの?」

「ううん、横島さんが幸せそうにしてると、私も幸せだなあって」

 やだ、何だか今の、いかにも恋人同士・・・というよりも、まるで新婚さんみたいですね。言葉の後に、少し慌てた照れ笑いを見せる彼女。
 ぱちくりと何度も瞬きをしながら横島は首を傾げる。ううむ、どうしたんだろう。今日のおキヌちゃんは少しだけ雰囲気が違うぞ・・・いつもカワイイけど、今日は割り増しでカワイく見える。
 彼女の笑顔、眼差し、仕草に魅入られつつ―――どこがどう違うのかまでは、よく分からないままだったが。



       ◇      ◇      ◇



 銭湯の暖簾をくぐって横島が表へ出て来ると、先に上がって彼を待つおキヌの姿があった。顔も、ワンピースの紐から覗かせる肩も、サンダルの上の足首も暖かそうに色付いている。
 彼の姿を見つけた彼女は花咲く様な笑顔で足を進めた。彼女が近くまで寄ると甘い匂いが横島の鼻先を擽る。
 まとめ上げられたままの黒髪はまだ微かに湿り気を残し、露わとなった白いうなじもやはり桜の色を仄かに散らせていた。
 横島は思った・・・そろそろ帰ってもらわんと色々ヤバいかもしれん。特に俺の理性とかが。
 今まで欠食状態だったトコへ急に栄養満タンになったってのもあるし。
 しかし。ふと気になって、彼女へ尋ねた。

「あのさ、湯冷めとか大丈夫? この辺から事務所までって、風呂上がり歩くには結構長いんじゃね?」

 下心めいた事を思わなかったと言えば大嘘になるが、心配になったのも本当の事。
 横島の問いにおキヌはニコニコしながら答えた。

「それは―――大丈夫です」

「ん、まあ・・・そんなに寒い訳でもないけどな」

 彼女の答えに不自然な間を感じつつも、横島はそう納得する。実際の所、彼はそれを気にしているどころではなかった。
 自分の口にした問いがきっかけで、急に煩悩まみれの思考が堰を切って押し寄せて来ていたのだから。
 このまま「風邪ひくといけないから今夜は泊まって行きなよ」とか言って、布団は一つしかないけど大丈夫、「俺がいるから心配ないぜ、身体の奥まで熱くしてやる」・・・って、だああああっ! 何だそりゃ、誰だお前は。
 待て待て待て、冷静に考えてもこれって「今夜はOK」なシチュエーションじゃないのか? 冷静に考えられる筈もなかったがそんな発想も浮かんだ。

今日こそ・・・・・・って事なんじゃないのか?

 いやいや違うだろ、メシ作りに来ただけじゃねーか、こっちで風呂入ったってだけじゃねーか。勝手にOKサインだとか思い込んでんじゃねえっ。
 てゆーか・・・・・・何で俺、今夜に限ってそっち方向でばかり考えようとしてるんだ? おキヌちゃん相手にだぞ?
 堂々巡りする葛藤。煩悩は強いのに――「強いから」なのか――そのプレッシャーもやたらと重く感じている横島だった。

「風が・・・涼しくて気持ちいいですね。お風呂上がりに散歩する事なんてあまりないから、何だか新鮮な感じがします」

 掛けられた声に振り向くと、隣を歩くおキヌはうっとりと目を閉じながら、上気した肌を撫でる風に身を任せる様にしていた。
 そのいつにも増して艶めかしい姿を目にして、横島の煩悩と葛藤のループは振り出しへと戻る。





   ――― 後編に続く ―――

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