ザ・グレート・展開予測ショー

そのこと ―前編― [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 5/22)





あの、えっと・・・ご、ごめんっ。

 こんな横島さんもやっぱり横島さん。そう思うとおキヌは少し不思議な気分になった。

 横島は彼女の目の前で今そうしているみたいに、謝ってる事が多くなった――近頃、やたらと多い。
 二人の時になると、ふと彼は何の前触れもなく「おキヌちゃん」とか強張った声で呼びかけて来る。
 両肩や二の腕に手を置きながら、じっと彼女を見つめ・・・・・・そして、しばらくすると突然、顔に焦りを浮かべて謝って来るのだ。

「どうしたんですかー?」

あ、いや、何でもないんだ。うん、そう、何でもないんだよ。ごめんね本当に。

 尋ねてみるといつも、焦った顔のままでそう答えていた。何でもないとか言いながら、また謝ってる。
 そんな事を質問しちゃう、私も私かな。不思議な気分は多少の後ろめたさも伴っていた。
 その態度から、彼が何を思い何を望み、何を求めようとしているのか、本当は分かっていたのに。

 でも、いつもはあんなに、おバカな位にスケベなのに。
 どうして肝心な時には、らしくない程ぎこちないんだろう。
 まるで・・・“そのこと”の前にだけ、高い壁が立ちはだかってるみたいで。

 そう思うとやはり不思議で、可笑しかった。
 いつものスケベな横島さんも横島さんだけど、こんな横島さんもやっぱり横島さんで・・・・・・

私は、その横島さん・・・が――――






    ――――  そ の こ と  (前編)  ――――






 がさごそ音を立てながら、おキヌがレンタルビデオ店の袋から取り出したのは、返却予定のビデオが数本。
 横島の借りてたもの・・・お見事なまでに一本残らず、AVだった。

ゴボゴボッ、ジャーーー・・・
「お待たせー、おキヌちゃ・・・って! 見ちゃダメえええええっ!!」

 一本一本AVのパッケージを赤くなりながら改めていたおキヌの姿に、トイレから戻るなり涙声の悲鳴を上げる横島。

「大丈夫ですよ。横島さんがこーゆーの借りて来るなんて、いつもの事じゃないですか」

「あ、あうう・・・」

 にっこり微笑んで顔を上げたおキヌだが、何やら剣呑な気配も漂わせていた。
 そ、そう言いながら何やこの妙な殺気は。俺が何したっちゅうんじゃ。理不尽さを感じつつも、その一方で思う。
 やっぱり・・・嫌なんだろうな、こういうのって。ふと湧き上がったのは罪悪感にも似た気持ち。
 それらのビデオを見る時と同じ視線を、ともすれば彼女にも向けようとしている自分。

「しし仕方ないんやっコレは。おキヌちゃんには分かりづらいかもしれんが、コレはオ、男のサガとゆーモンなんやっ・・・」

 言い訳を早口で並べ立てながら横島は、口よりも早い手さばきでビデオを袋にしまい直し始めた。

「あらっ、よーく分かってますよ・・・みんな知ってるコトじゃないですか。横島さんが どH だなんて事ぐらい」

「―――さ、さあっ! そろそろ出よーかっ!」

 横島はさも急いでるかの様に慌ただしく立ち上がると、大変爽やかな作り笑顔で彼女に声をかけた。
 あ−もうっ、やらしーなぁー。いくらか慣れたとは言え、横島の隠し持ってる様な雑誌やビデオの、見せつけんばかりの写真や言葉の洪水にはいまだに閉口させられる。
 何でもない所に突然露骨なものが現れるみたいで、苦手なんですよね・・・横島さんには、そういう感じがいいのかなあ・・・。
 彼の普段の言動を思い返せば、尚更そんな気がして来るものだった。
 でもしょうがないか・・・それも横島さんですもんね。苦笑いしながら一緒に立ち上がろうとしたおキヌだったが、ふと、手に持ったパッケージの上に目を落とす。

おとこの・・・さ・・・が

 彼女は小さく横島の言葉を反芻する。
 パッケージにプリントされた内容の一部を眺めつつ、その言葉が何故か耳に残った。

「ほら、おキヌちゃんっ、それも袋に入れて・・・いや、マジでお願いします・・・・・・」



       ◇      ◇      ◇



「わあ、暑くなって来ましたねえ・・・もうすぐ、夏なんですね」

 途中でそそくさとレンタルビデオ店にビデオを返し、街へと歩く道のり。おキヌが眩しそうに空を見上げる。
 しばらく続いた雨の後、日の光は燦燦と降り注いでいた。強い日射の欠片が、あちこちに残った水たまりや雨露へ散らばっている。
 照らされた空気は少し熱気を含んでて・・・まるで、新しい季節の訪れを物語ってるみたいで。
 夏が、来るんですね。彼女は繰り返しそう言った。

「そう・・・だなあ。だからってよ、美神さんも日焼け止めぐれー、自分で買いに行けっての・・・」

 手元のメモに書かれた夥しい量の「買って来い」リストを見ながら、横島はブツブツ呟いている。
 今日は二人で、色々と買い物して回る予定だった。美神事務所の夏に向けての準備として。
 夏場は例外なく活気付くこのGS業界だが、特に美神事務所では夏の恒例行事と化している仕事が多かった。
 モテない男の怨念が凝り固まって生まれる妖怪「コンプレックス」の除霊、おキヌも通っている六道女学院での臨海学校のサポート、エトセトラ・・・エトセトラ。
 所長である美神令子だけでなく、居候のシロやタマモから頼まれた物もあるから、かなりの買い物になるだろう。
 メモを手にしたまま、尽きる所知らない愚痴を繰り返していた横島だったが、ふと黙り込む。
 しばらく考え込んでいた彼は、突然おキヌに顔を向けると自分の思いつきを口にした。

「そうだっ・・・おキヌちゃんの水着も買っちゃおうか。新しいの出てるらしーじゃん」

「え・・・? でも、頼まれてた物は」

「もーまんたいもーまんたいっ。余分に金持たされてるから、構わねーって」

 横島の提案に目を丸くして驚き、断ろうとするおキヌ。

「そんな、いいですっ。水着なら学校のも去年買ってもらったのもありますから・・・それに、勝手な買い物したら、横島さんが美神さんに怒られちゃうんじゃ」

「俺のなんか買ってたらブチ殺されそうだけどさ、おキヌちゃんのじゃ美神さんも怒れねーよ。機嫌悪くても俺がシバかれるだけっしょ。
 いーんだよ、おキヌちゃんは毎年新しいの買う位でちょうどいいのっ。美神さんなんて毎年十枚以上買ってんじゃん。
 くっそぉ・・・あの乳揉ませてくれる訳でもねーのにムダに飾りやがってあの女・・・」

じとーーーーーーっ・・・

「―――と、それはそれとしてっ。本当なら、俺が買ってあげたりするトコなんだけど・・・ほら俺、超貧乏だからさ」

 そう言うと、頭を掻きながら苦笑いした横島。
 せっかく二人で出て来たんだから、こんな時には彼女の欲しがってたものをプレゼントしてみたり、彼女の行きたがってた所に連れてったりしたい。
 そう思いつつも、その実現をなかなか許してはくれない彼の懐具合。

「だから、まあ、金はないけど代わりに身体張りますっつうか・・・どっちでも、いいかな・・・って・・・」

 彼は語尾を濁した。小さく早い声でゴニョゴニョと呟く。
 だけど、おキヌにはその一言もしっかりと聞き取れていた。

―――それでおキヌちゃんが、喜んでくれたら俺も嬉しいから。

「横島さん・・・っ」

 ふいに身体の奥が熱くなるのを感じた。思わず口に出たのは彼の名前だけ。
 おキヌは横島の右腕の辺りへ身体を寄せて来た。その腕にきゅっと両手を添え、近頃Tシャツだけになっていた彼の肩に頬を当てる。

「今の・・・とても・・・・・・すみません、何だか胸がいっぱいになっちゃって。あの、ありがとう・・・ございます」

「い、いや、そこまでありがたがられる様な事でもっ。ほら、使うのは美神さんの金なんだし」

 彼女は首を横に振る。お金を出すのがどうとかじゃない。今、彼がそう言ってくれたのが嬉しかったのだから。
 肩を撫でる様に自分の頬を擦りつけながら、彼女は囁いた。

「横島さん・・・・・・大好き・・・」

 横島さんのこんな所が好き。こんな風に、気持ちを見せてくれる所が。
 抱き付いていた彼の右腕、その肘から先がゆっくりと自分のウェストの細い所に回された時、彼女は陶然とした心地を覚える。身体の奥に宿った熱を押さえられた様にも感じた。
 ふうっ・・・・・・吐息が一つ、閉じた小さな唇を割って洩れる。
 突然、彼の動きが固まった。全身―――抱いた腕も、触れる手も肩も硬直している。次の瞬間に横島は、引き剥がす勢いで彼女から後ずさった。

どうして。

 少しバランスを崩したおキヌは、急な喪失感にただ驚いて顔を上げる。
 見ると、横島は彼女に距離を置いて立ち・・・・・・笑っていた。とても気まずそうに。

「ア・・・ハハッ・・・ハハハハッ・・・・・・ご、ごめん」

 彼は両手を上げて――無害さを主張するポーズ――謝っていた。
 こわばった・・・何だか怯えた様な、笑顔と笑い声。



       ◇      ◇      ◇



 ビルの幅いっぱいの液晶画面には、浜辺を疾走する見覚えある姿のモンスターが映し出されていた。

『おみゃーらなんか大っ嫌いだバガヤローー! 夏なんかー、夏なんかーどっか行っちめえええっ!!』
どどどどどどどどどど・・・っ!

『海開きを目前にして、妖怪コンプレックスが例年より早く、カップルで賑わう太磯海岸に出現しました。オカルトGメンの到着時には姿を眩ませており・・・』

 その雄姿にニュースキャスターの声の重なる時、横島が呆れ声で呟いた。

「もう出やがったか・・・一昨年も去年も、結局取り憑かれてたもんな、俺」

 だけど、今年はその心配はないかあ。横島は、見上げた画面から隣のおキヌへ視線を移して安堵した様に笑う。
 そんな彼へ彼女は悪戯っぽく、笑顔を返して言った。

「でも、今年は真っ先に襲われちゃうんじゃないんですか? “うらぎりものーーッ”とか言われて」

「・・・・・・俺は奴の仲間だったんかいっ!?」

 むくれつつも、「まー、あーゆー感じだったか」と納得も出来る。この子が今、こうしてここにいなければ。
 クスクス笑う彼女を見てぼんやりと思った。

「でも・・・横島さんも私と会う前、美神さんの所に来る前とか、付き合ってた人とかいたんですよね?」

 横島は彼女に気付かれない様、僅かに息を呑む。それは以前、何かの拍子に言った事。
 確か――おキヌが昔の村娘だった頃の話をして、その後「彼女と会う前の彼」について聞かせてほしいと言われて――だった筈。

・・・おキヌちゃんの時代と違ってああいう風習はないんだけどさ、固い事言う奴とかいなくてナンパし放題ってのはあるし。

 突然蒸し返されて、横島は僅かに気が重くなるのを感じた。何であの時そんな答えを返してしまったんだろう。
 あんなその場しのぎの嘘は後々逃げられないし、何度も確認される事でボロだって出て来るのに。
 でもあの時、つい、そう答えたくなったんだ―――「だから、似たよーなモンだよ」と言って、笑って見せたくて。

「確か三、四人くらい・・・でしたね」

「うん、三、四人くらい。俺みたいなのでも数撃ちゃ当たるって事かなあ」

「その頃からナンパやセクハラばっかりしてたんですね・・・・・・」

「あ、痛い痛いイタタ・・・そこ抓っちゃだめ。ギブ、ギブ」

 横島を抓りながらもおキヌは心の中で呟く。「三、四人くらい」って・・・どうして、三人か四人かで、そのことの記憶なんかが曖昧になるんですか。
 どうして、まだだったらまだって、正直に言ってくれないんだろう。彼の自称する人数と、あのぎこちない迫り方や態度とでは、どう見ても噛み合わなく思えた。
 幽霊押し倒しちゃう人なんですけどね。おキヌは彼と初めて会った時の事を思い出して可笑しくなる。
 あの時だったらその答えも、鵜呑みにしていたかもしれません。

あれはさすがに怖すぎましたけど、あとから別の気持ちもあったんです。
だって・・・私、幽霊だったのに、生きてる女の子みたいに抱きしめてくれて求められたんですよ?
そんなことがあるなんてそれまで想像すらしてなくて・・・

だから、そんな横島さんだったから、本当に好きになる前のあの頃から、居心地の良さを感じていた。
「波長が合う」様な気がしていた。

 でも今の横島さん、いつもどうしたらいいか分からなさそうに、あんなに困った顔してる。



       ◇      ◇      ◇



 昔と違って、そのことをすぐ始めちゃったりみんなで体験しておく様な、習わしや機会はなかったんだから・・・横島さんの年でまだでも、別におかしくなんかないのに。
 私にまで、そのことでまで、意地張ってカッコつけようとしてるみたい・・・でも、エッチな事ばかり考えてたりするのと同じ位に、そんな所も「男の子」だなって気がする。

 物思いを中断して目の前に注意を向けると、すぐさまそこに溢れる色彩におキヌは圧倒された。
 そういう習わしはなくても、水着は凄いのばっかり・・・こんなの着て人前を歩くんでしょうか?
 売り場に並んだ水着のデザインは、彼女にとって衝撃的なものばかりだった。かつては、スクール水着やレオタードでさえも露出の多い過激なものに思えていた彼女である。

「これっ、これっ、これなんかどーーっすか!?」

 目を血走らせ鼻息も荒く、ヒモビキニ・・・と言うよりは「全てがヒモの様な」ビキニを持って来て、おキヌの前に掲げる横島。

「よーこーしーまーさーん・・・・・・」

「・・・・・・ハイ、ゴメンナサイ」

 この時代は私のいた昔と比べて、固いのか過激なのか、本当に分かりません。
 それは、幽霊だった頃も・・・横島とデートしたり軽く唇を重ねたりする様な間柄になった最近に至るまで、あまり考えてみた憶えのない事だった。
 横島の隠し持ってたビデオや雑誌を見て、聞いた事もない様な知識のオンパレードに目を白黒させていた自分を思い出す。

「ん、冗談はともかく、おキヌちゃんにそーゆーのはやっぱキッツいよなあ・・・あんまり肌の出ないモン探そう?」

 さっきまで震えていた横島がにぱっと笑って言った。そんな彼は無意識か否か、また彼女に距離を保っている。
 横島さん、やっぱり私の感じていた事、気付いてくれている。こんな所も好き。だけど・・・
 そのさりげない気配りが嬉しかった反面、おキヌには横島が、冗談に紛らせて自分の欲望を彼女から遠ざけている様にも見えた。

・・・あのビデオに出て来る「そのこと」は、あまり互いに身体を重ねてて嬉しいとか、そういう感じがしない。

 突然気付いた――横島の部屋で見たパッケージについて引っかかってた事に。
 こんな女の人が出て来て、こんな人にこーゆー事やあーゆー事をしてやった・・・そこで満足しているような、即物的で業績を競うみたいなそのことの内容。
 何だか、それが寒々くて寂しいものに感じたのだと。

 それはそれで、男のひとのスケベな部分にはアピールしてるのかもしれない。普段の横島さんには、また違う様に見えるのかもしれない。
 だけど、そのことをしたいと思う事が、相手をあんな風に扱って満足したいって事と同じなんだと、同じと見なされるんだと思っていたとしたら・・・
 彼女には、横島の態度とそれがどこかでつながってる様にも思えた。

 おキヌは、再びマネキンが並んで着ている水着へと視線を向ける。
 そして、ここにある水着は過激だけど、そういうものは逆に全くない・・・男の子に見られたり触れられたりする事を受け入れてない、本当にカワイイだけの水着。
 だから慣れればきっと、私でも安心して着られる様になる。

なるんだけど・・・・・・

「これなんか、どうですか?」

 おキヌはその中の一枚を手に取って横島に見せる。それは、彼女にとても似合いそうな白と赤のギンガムチェックのレースビキニ。だけど、肌の露出もかなり多めだった。
 彼女の選んだ水着へ、逆に横島の方が驚いていた。恐る恐る確認する上ずった声。

「へっ・・・そ、それでいいの? いや、確かに、カワイイって思うけど――」

「はい。スカートも付いてますし、服と重ねて着る事も出来るみたいですから」

 首を傾げ、少し躊躇いがちに考え込みながら答えるおキヌだったが、それが本当に気に入ってもいる様に見える。
 そして横島もまた、それを着た彼女を見てみたいと思わなかった訳ではなかった。





   ――― 中編に続く ―――

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