祭の後
投稿者名:臥蘭堂
投稿日時:(06/ 5/22)
祭の終わりの空気は、何時だって涼しげだ。
熱狂が去っていった後の、火照りをかすかに残しながらも、それがゆっくりと消えていく様は、まるで焚き火が次第に消えていく様子にも似ている。
学園祭の終わった後、後夜祭で焚かれたキャンプファイヤーが、夕闇の迫る校庭の真ん中で消えて行くのを、教室の窓から眺めおろしながら、愛子は、そんな事を考えていた。
彼女の本体とも言える机に腰掛ける彼女は、普段のセーラー服姿ではなく、彼女が所属するクラスの出し物だった喫茶店の、ウェイトレスの衣装を纏っていた。
喫茶店の営業は、まあ成功と言えただろう。愛子を始めとした女生徒一同がウェイトレスのコスチュームに身を包んだ様子は、学園祭の中ではどちらかと言えばありふれたものではあったのだが、それでも、そこそこの収益を得た。
実を言えば、少し心配だった。確かに、このクラスの中では、妖怪である自分でもクラスメイトとして受け入れて貰ってはいるが、他のクラスの生徒や、学校の外から人が来る学園祭では、果たしてどうなのだろうかと。
だが、それは杞憂だった。この教室を訪れた人々は皆、ある机にのみ限定したウェイトレスの存在を、全く不思議にも思わず接してくれた。彼女が妖怪だと言う事を聞きつけても尚。
全く、不思議なものだと、思わぬでもない。そしてそうした不思議さを具現化した存在こそが――この、目の前の少年、自分の実態である机に肘をつき、自分と並んで窓の外を見やる、横島忠夫であるに違いないと。
「やあれやれ、やっと終わりかあ」
愛子の考えなど他所に、横島は、疲れを隠さぬ様子で――それでも、何処か惜しそうに――そう言った。
「何よ、こういう場合は『もう終わりか』じゃないの?」
「あんなー。お前はウェイトレスだけだったろうけど、コッチは力仕事にあっちこっちかり出されてたんだぞ。その上、まさか学園祭の最中に除霊までする破目んなろーとは……」
嘆くように言い、横島は机に突っ伏した。その顔面が机の天板に重なると、愛子の頬に血が上る。それを誤魔化すように、愛子は話題を変えた。
「そ、そう言えばあの悪霊どうなったの?」
「あー? まあ、悪霊って言うより、お前の親戚みたいなもんだぞ、アレは」
「何よソレは?」
「まあつまりだ、長い事体育祭やらで使われてたくす玉が妖怪になりかけたもんだったからなー。な、お前に似てるだろう?」
「むー」
確かに、経緯は似てるだろう。と言うか、ほぼ同じだ。けれど、一応乙女としてのメンタリティを持つ身としては、あんなダルマみたいな物体と並べられるのも、心外と言えば心外だった。まして、それがこの少年の口から出るとなれば、尚更に。しかし。
「ま、外見はお前と似ても似つかねーけどな」
そんな風に、さらっと一言付け足されると、また怒りが引っ込んで、我ながら単純だと思わぬでもなかった。
「あー、しっかし結局ロクに回れなかったしなあ。まったくよう」
「そっか……じゃあ、さ」
だから、何となく許してしまうのだろう。何気にひどい事を言われても、少年は基本的に、自分を一人の女性として見てくれているのだから。けれど、今日は、もう少し、見ていて欲しかった。普段とは違う、自分の姿を。
「どう、今から気分だけでも味わって見ない?」
こっそりと、隠しておいたコーラの瓶とコップを、トレイに載せて取り出すと、ポーズを取って見せた。
もっと、見ていて欲しい。もっと見て欲しい。普段とは違う自分を、彼に見て欲しい。それで、何かを言ってくれなくても構わない。
自分が彼に会えるのは、この学校でだけだから。アパートの隣に住んでいる彼女や、事務所の女性達に比べたら、そこだけはどうしてもかなわないから。
だから、いつもとは違う自分を、もっと、ずっと見ていて欲しい。
「いらっしゃいませ、お客様。ご注文は、コーラでよろしかったでしょうか?」
「コーラ以外には、何かあんのか?」
「あ、エッチなサービスはありませんからね。当店は、健全な喫茶店なんですから」
「ちぇー。そこで先回りすんなよなあ」
「だって、こうでも言っておかないと、横島君すぐふざけるじゃない」
知らず、二人同時に小さく笑いが漏れ出した。窓の外では、すでに日も暮れ果てて、校庭の中心で焚かれていた火も、もはや完全に消えてしまい、辺りの風景は夜のそれに入れ替わっていた。
それでも、窓から差す月明かりと、周囲の家々から漏れる灯りに照らされて、二人はお互いの姿がはっきりと見えていた。その幻想的な雰囲気が、きっと愛子の背中を押したのだろう。やがて――
「……エッチなサービスは、無しだったんじゃないのか?」
「良いじゃない。キスぐらいなら、青春の範囲よ」
二人の影は、かつて無いほどに近く、重なった。冷え行く祭の後、夜の只中で。
――了――
今までの
コメント:
- 愛子さん、コーラのお味はいかがでした?w
祭りというイベントはなにかのきっかけにはもってこいです。いっぽ踏み出した愛子ちゃんに、賛成票を。 (純米酒)
- サービスしてんだかされてんだかー。
ああ、もう。
くらくらする。
クラスメイト達の秘め事を見ちゃった気分でどきどきしつつ。
賛成票です。 (ししぃ)
- 愛子の心情を語っている地文と、ある種第三者的に書かれる地文の交錯がすんなり胸に落ちてくる作品でした。
くどくない程度の描写も読みやすかったです。何よりも、愛子が可愛らしいw
以上の点で、賛成票を。 (高寺)
- 日常の中の非日常、一瞬だけ切り離された幻想的な時間での二人。
キスの前に、こんな風に何かが切り替わる瞬間こそが「青春」だなと思えます。
同じ付喪神でも、変な妖怪は変な妖怪だけど、愛子さんはクラスメートで女の子なんだ・・・って言う横島君の視点が、彼の言動の一つ一つに生きてて彼女に伝わって来る様子。
それがこの一瞬の訪れを予感させてくれる様に感じられました。 (フル・サークル)
- もし、愛子と横島の距離がもう少しだけ近かったのならば。
こうした一幕を読みますと、そう思わずにはいられません。
GS美神〜学園編〜、そんな言葉が浮かびました。 (aki)
- もし、愛子と横島の距離がもう少しだけ近かったのならば。
こうした一幕を読みますと、そう思わずにはいられません。
GS美神〜学園編〜、そんな言葉が浮かびました。 (aki)
- ああ、なんかこう、切ない感じがひしひしと押し寄せてきます。
お祭りが終わったあとの物悲しさや孤独感みたいなものが、努めて明るい愛子の台詞から滲み出て来るようで・・・
遠き山に陽は落ちて、ですね。 (赤蛇)
- まずはakiさんの賛成票をもらっておきますねー。
てか。
なんですかこれはっ!めちゃんこかわいいんですけどっ(悶)
雰囲気に確かな味わいがあって、青春してて、愛子が健気で。
しかもそんな青春の範囲で綺麗に締められてっ。
最高です。鼻血が出そうです。
臥蘭堂様の懐の深さをまたひとつ知ることが出来ました。
本当に素敵でした。 (ちくわぶ)
- 祭りの後の淋しさ漂う中での、しっとりとした雰囲気のふたり…愛子嬢と横島クンとのやりとりが眼に浮かんでくるような描写でした。
文句無に賛成です。 (偽バルタン)
- 机に突っ伏した横島に赤くなっちゃう愛子が可愛かったです(笑)
青春ですねー。
重なった影――の続きを色々考えちゃう私はえっちだと思いましたごめんなさい。 (S)
- しっとりした中での、二人の軽い会話。見事な対比ですね。
こう何というか、祭りが終わったんだなぁという感じがお上手というか。
重たいのから軽いのまで。自由自在にかけるおじさんを尊敬です。
そして叫びましょう、青春だわ!!(笑) (天馬)
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