名残の花
投稿者名:高寺
投稿日時:(06/ 5/21)
深々と雪の降る、冬。
今朝から降り続けている雪は、小降りになりながらも、未だに夜の街を白く染めていた。
イルミネーションに彩られ、いつもは活気に溢れている街も、深夜を回った今、どこかひっそりと住民達を包んでいる。
そんな、今眠りに就こうとしている街の一部――街の何処よりもひっそりとした家の座敷で、一人の老人が夢を見ていた。
「ここは、何処だ?」
老人は、辺りを見渡した。どこか懐かしさを感じさせる、古い町並みだった。真っ赤な色の夕日が街を綺麗に染め上げている。
「俺は確か、家で寝ていたはずなんだが……」
老人は怪訝そう頭を傾げる。今は冬のはずなのに、雪が積もった形跡どころか、降った後さえない。
気になることは、まだあった。今見ている町並みは、老人が若かりし頃に仲間と共に住んでいた町並みと瓜二つなのだ。
時が経ち、景色が変わり、思い出の場所が壊され、今やこの地上の何処を探しても見ることのできない、懐かしい風景。
スッと、老人の視界に見慣れないものが映った。
「――蛍?」
季節外れもはなはだしい、蛍だった。それどころか、都心では見ることも叶わない虫である。
それに、夜ならまだしも、昼間――夕日が眩しい今、気づける可能性など皆無のはずだった。
老人がもっとはっきり見ようと思った瞬間、その蛍は老人を導くように、ふらふらと飛んで行った――老人と、老人を愛した女の思い出の場所へ。
「まさか……」
老人は何かに思い当たり、蛍が飛んで行った方向へ顔を向けた。夕日に照らされた、今も昔もそこにある大きな、電波塔を。
老人の足取りは、決して速くはなかったが、なぜか夕日は傾くことなく空に在り続けた。
思い出の場所へとやっと辿り着いた老人は、大きく息を吐いた。
文殊などという便利な力があったとしても、それを用いるのは明日とも知れない老いた体躯。
思うように動かない身体に鞭を打ちながら、やっとのことでこの場所へ着くことができた。
「変わらないな、お前は」
そこに佇む少女は、柔らかい微笑を浮かべる。
「貴方は、すっかりお爺ちゃんね」
「当たり前だろ。何年経ったと思ってるんだ? 人間にしちゃ、生きたほうだよ」
不貞腐れた、まるで少年のような態度を取る老人を、少女は可笑しそうに見つめる。
それから暫くの間、老人と少女はくだらない話に花を咲かせた。
話の内容は主に老人に関することだったが、それでも二人はまるで何十年連れ添った夫婦のような柔らかい微笑を浮かべながら、時に笑い、時に悲しみ、時に怒り、時間を過ごした。
「――すまねぇな、随分待たせちまった」
一段落ついた頃に、老人が沈まない夕焼けを見つめながら謝罪の言葉を口にする。
「何言ってるのよ。いつも一緒にいたじゃないの、私達」
「だけど――」
なおも謝ろうとする老人の頭を、少女はスッと抱き寄せた。
「謝らなきゃいけないのは、私の方。私のせいで、ずっと貴方は一人ぽっちで……一緒になろうって言ってくれたヒト、沢山いたはずなのに――」
「それこそ、馬鹿な話だ」
老人は少女の抱擁を解き、その瞳を見つめた。
「俺が愛した女は、俺が一緒になろうと思った女は、お前だけだ。その事で悲しい、寂しいなんて思ったことは、一度もない」
老人は破顔する。
「それに、さっきお前が言っただろ? 俺達は、いつも一緒にいたんだ」
少女の瞳から、縷々と涙が溢れ出す。
「ずっと――ずっと逢いたかった。何時までも一緒にいたかった。何時も貴方の隣を歩きたかった」
老人は、少女を抱き寄せる。
少女の叫びを聞くその頬に、一筋、涙が落ちる。
「――落ち着いたか?」
老人の言葉に、少女は頷く。泣きはらした目が痛々しいが、その表情は先程よりもずっと晴れやかだった。
「伝えなきゃいけないことがあるの」
「分かってるさ」
老人が答える。その表情は、少女と同じように晴れやかだった。
「怖くない?」
少女は尋ねる。
「まさか。あっちに行きゃ、皆に会える。俺は十分過ぎるほど生きたしな。それに――」
老人は、優しい手つきで少女の頭を撫でる。
「お前が隣にいてくれるんだ。怖いわけない」
美しい、焼けるような夕焼けを背にして、何時の間にか昔の姿に戻った老人――少年と少女は唇を合わせた。
とても短い――それでも二人にとってはとても長い、口付け。
「それじゃあ、行くか」
「ええ、行きましょう」
二人の姿が、薄らいでいく。それと同時に、何時までも傾くことのなかった夕日が、ゆっくりとその姿を消してゆく。
二人の姿が消えるのと同時に、役目を果たした太陽が、この世界を照らすのを止めた。
雪が降り止んだ深夜、老人は眠るように息を引き取った。
微笑を浮かべた、とても安らいだその死に顔は、もう崩れることはない。
名残の花が、今散った。
今までの
コメント:
- ここに後書を書くのは、いけない気がしていますが……。どうか大目に見てください。
初めまして、高寺です。一応シリアスのつもりでしたが、皆さんいかがでしょうか。
拙い書き腕しか持っていないので、所々変な表現があるやも知れませんが、そこは申し訳ありません。以後精進いたします。
同じような展開の小説を書いた方がおらっしゃれば、私は盗作したつもりはございませんが、ご不快でしたらお詫び申し上げます。
またお会いしましょう。 (高寺)
- はじめまして。
読後感がとても綺麗で、こういう終わり方はきっと幸せなんだろうな、と思わせてくれました。
欲を言えばもうちょっと描写を深めて欲しかったです。 流れは良いのに少々淡白な印象を受けましたので。
それと、
>なぜか夕日は傾くことなく空に在り続けた。
のくだりは余計だったかもしれません。 これで彼がいる場所が現実ではないことが明白になってしまいましたので。 どちらかと言うと、彼女との会話の最中に夕日がまだ空にあるようにしたほうが良いかもしれなかったです。
いろいろと書かせていただきましたが、とても楽しませていただきました。 次回作を楽しみにしております。 (Effandross)
- とても綺麗で、綺麗過ぎて。
3回読み直しました。
1回目に反対入れようかと思いました。
あの後も「良い女と運命の出会い」を望んでいた彼が人を愛せない筈が無かったのでは?と。
2回目は中立でと思いました。
丁寧な描写がキャラクターの原作中からの乖離した印象を帳消しにするほどで。
やっぱいいなーって思っちゃって。
……それで、結局、賛成です。
こうなって欲しくないしきっと違う道がいっぱいあると思うけど。
こういう道を彼が選ぶこともあるのかな、と。
無駄に言葉が多くてごめんなさい。
描写への敗北感を込めて賛成です。 (ししぃ)
- 寂しくはなかった。
彼女はずっと、彼の傍にいた。
老いて最期を迎える彼の心からの言葉は、うまく言えないけどとても胸に響きました。
きっと、平坦な道のりではなかっただろうし、ここに至るまで様々な思いも抱えて来て・・・それでも彼は彼女との一生を信じ、彼女はそこにいてくれた。
少年の日に還って、一緒に旅立った彼がとても幸せそうに見えました。 (フル・サークル)
- こういう終わり方は…横島君には似合わない気もします。
でも、きれいな情景に、賛成。 (aki)
- 見方次第なのでしょうが、少し寂しい気もしましたが……本人が望んだことならそれで満足だったのでしょう。
ひとつの思いをここまで貫いたら、もう立派です。
またみんなと同じ時代の元に生まれることを願いつつ。 (ちくわぶ)
- 蛍の幻想、いいなあって思いました。
横島もいつからか、一緒に寄り添ってくれる彼女を感じてたんだと、そんな風に思います。
見るべきほどの そう言える横島はきっといい年の取り方をしたんだなぁって。 (S)
- お前が一緒にいたから寂しくはなかった。
そりゃあ嘘だろ忠夫、とか思いつつ。けれど一端の真実でもあるんだろうなぁ、と。
いつの間に少年に戻った老人のくだりで思わず涙腺が決壊しました。
美しくも悲しい、そしてやさしいお話だったと思います。 (天馬)
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