素顔の微笑み
投稿者名:高森遊佐
投稿日時:(06/ 5/19)
「いい女になったなぁ」
そう言って微笑む笑顔に力は無く。
「コレなら俺も文句なしに手ぇ出しちゃいそうだ」
できもしないくせに私の方に腕を伸ばす。
目の前にいる男はベッドに深く体を沈ませ、顔だけを私の方に向けている。
いつか来る事は分かっていた。
私とは時間の流れが違う存在とのすれ違い。時間のずれ。
共に時間を過ごした人間達の中で一番最後まで、しぶとく生き続けたこの男の手を無言で握る。
いい女になった? 当たり前じゃない。私を誰だと思っているのか。
私は金毛白面九尾の狐。人を惑わし、取り入り、庇護を求める弱い者。
勝手な思い込みから迫害され、追われ、そしてこの男に助けられた。頼んだ訳でも無いのに助けられた。
人間なんか信用出来なくなっていた私は、この男と、この男と共に私を助けた人間達の元から去った。
もう逢う事なんて無いと思っていたし、逢おうとも思わなかった。
しかしその後再会し、彼らは私を引き取った。
前世で私がしたのとは違う形で、私は庇護された。
初めはいつ本性を現すのかと思っていた。人間なんて信じられなかった。
でも……。
この男は軽薄というか、おちゃらけているようで、最後の一線は越えてこない。
いつも好みの女と見れば声をかけるか、かけると同時に飛び掛かる最低の男だったが、そんなコイツにも好意を寄せていたヒトはいた。
そしてこの男の方もそんなヒト達の事は嫌いな訳でも無いようで、いや寧ろ好意を持っていたと言っておかしくなかっただろう。
しかしこの男はそんなヒト達との仲を一向に進展させようとはしなかった。
理由はよく分からない。
けれど、この男の心の中に私の知らない誰かがいた事だけは知っている。老いた今もいる事を知っている。
そのヒトが原因かどうかなんて私には分からないけど、今の今まで結局この男は誰とも一緒にならなかった。
心の中にいるそのヒトへの想いが強すぎたのか、この男が不器用すぎたのか。
手を伸ばせば掴める幸せを、この男は掴めなかった。掴まなかった。
自ら最後の一線を超えないようにしていた。
この男の最大の美点は裏表が無い事だろう。
何時でも、何処でも、どんな事があっても、この男は全力で走っていた。
格好悪く叫びながら、時に失敗し、傷つくことがあっても、それでもいつも本音でぶつかり、全力で走っていた。
そんな男だから、私も素顔になれた。この男なら、信じてもいい、と。生まれ変わって初めて、人間を信じる事ができた。
「本当に、いい女になったなぁ……」
私を見る目に力は無い。
もう、私の顔すら見えているのかどうか。
それでも私は微笑みを浮かべ、この男の手を握る。
嘗て幾多の男を魅了した微笑とは違う、本当に心からの想いを込めた微笑を向けて。
今までの
コメント:
- 連日失礼します、高森遊佐です。
このお話をもって、タマモ三部作(さっき勝手に名づけた)を終了します。
拙作を読んで頂いた皆様に感謝を。 (高森遊佐)
- これは……こう、読み手のイメージ力を試されますね。
はたして『この男』がいかなる状況なのか、それを想像し。
タマモが抱く『走り続けた』この男への思い。
うまく言葉を返せないのが申し訳なくて仕方ないのですが、一言。
上手いなぁ……と。
もちろん賛成であり、素晴らしかったです。 (ちくわぶ)
- 一つの終わりの形としてとても美しいと思いました。
三部作で距離感が一定で、自然体なのがステキです。
賛成です (ししぃ)
- 男の人生、それを見つめる女。その関係、距離感が気になります。
他にも色々と妄想いえ、想像させて頂きました。
タマモが常に飄々としていたのならば。
もし、それに想いを伝える事無く、飄々としていた男がいたならば。
こんなに悲しい終わりもありませんが。
それでもなお、これもまた幸せな終わり、なのでしょう。 (aki)
- 淋しさの残る終り方ですが…とてもきれいに纏ってると思います。
この最期の瞬間まで、ふたりは互いにどんな思いを抱き、どんな風に時間を重ねてきたのか…色々と考えさせられます。 (偽バルタン)
- きっと嫉妬したこともあっただろうし、怒りをぶつけたこともあったかもしれない。
でも今こうして笑い合える二人がとても素敵に見えます。 (S)
- やはり、人間と妖怪では寿命が違いすぎるという問題。
しかし、本当の意味での人の寿命というのは忘れられてしまうことだと思うのできれいに終わってよかったと思います。 (メタリカ)
- レス返しです。
>ちくわぶさん
三部作全部読み手のイメージ力まかせなのは秘密です。
だって即興ですもの(笑 それなりにできたと思ったから投稿しているわけですが。
>ししぃさん
距離感が一定なのは意図しての事です。
こんなの『彼』じゃない、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、こんな展開もありえるのでは、と思い投稿いたしました。
3つ全部読んで頂いて、尚且つコメントまでつけていただいてありがとうございます。
>akiさん
妄想していただいてありがとうございます。
最後に笑って別れられたなら。経過がどうであろうとそれは幸せな結末なのだと思います。
3つ全部読んで頂いて、尚且つコメントまでつけていただいてありがとうございます。
>Sさん
素敵ですか。ありがとうございます。
ある意味一番嬉しい褒め言葉です。
>メタリカさん
えーと、頂いたコメントと反対票が私の中で結びつきません(汗
いえ、反対票を頂くのに不満は全く無いのですが、どの辺りが反対だったのでしょうか・・。
とはいえ、コメントありがとうございます。 (高森遊佐)
- ごめんなさい、懺悔します。タマモよりも男に着眼してしまいました。
いったい彼が何を思って走り続けてきたのか、彼自身にしか分からないことだけど。
けれどこんなに思ってくれてる人たちがいるのに、敢えて茨の道を歩き続けて。
なんだか無性に泣けました。なんだかとても悔しくて。
勿論タマモも素敵なのですが、それ以上に彼がなんというか…
場違いなコメント失礼しました。投稿お疲れ様です (天馬)
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