眠れる美女のその後で
投稿者名:天馬
投稿日時:(06/ 5/17)
出会いがあるからこそ、別れがある。
別れがあるからこそ、何気ない日々は楽しいのかもしれない
〜眠れる美女のその後で〜
今、俺の目の前にいるのは、布団で横になっているおキヌちゃん。
肉体のある、おキヌちゃん。
すうすうと寝息を立てるその姿を見て。
あぁ、彼女は生きているんだなって。そう感じる、実感する。
「これで味見ができるね」
―――――そんなに口いっぱいに頬張ると喉に詰まっちゃいますよ?
―――――横島さん、美味しいですか?
―――――良かった。私、味見ができないから…
この場にいるのは俺だけ。正確には俺と、おキヌちゃんだけ。
美神さんは今、氷室さんのところにいる。なにやら話があるらしい。
別にかまわない。
話に入れるほど俺は大人じゃないし、きっと俺にはできない。
それに今は、おキヌちゃんの傍を離れたくなかった。
そして俺はそっと、彼女の手を握り締める。
あったかくて、ぽかぽかして、まるで彼女の性格そのもの。
若干の苦笑とともに俺はその感触を楽しんだ。
「暑いとか寒いって大変なんだぞ?」
―――――横島さん、寒くないですか?
―――――私、ゆーれいだから、寒いとか暑いとか良くわからないんですよね
―――――え? 勿論羨ましいですよ。だって、生きてるからこそ暑いし寒いんじゃないですか
確かに三百年間も氷漬けにされていた。
けれどその肉体は、しっかりと躍動している。
生きている。確かに、彼女は生きているのだ。
息をしている。
手がすべすべしてる。
むにゃむにゃなにか言っている。
あったかい。
そして俺は、名残惜しげにその手を離した。
「しかし…こんだけ可愛い娘にセクハラしないとは…
俺も成長したんかな?」
―――――横島さん、お掃除に来ましたよ〜
―――――あ、またこーゆー裸のおねーさんの本
―――――大丈夫ですよ、美神さんも「そういう年頃」なんだって言ってましたし♪
そういうことじゃないんだと思う。
きっと俺は、本当に彼女が大好きだ。
だからこそ、そういう下卑たことをしたくないんだなって、そう思った。
いや、幽霊だった頃に突撃したり、妄想の中で突撃かましたりはしたけどね。
でもやっぱり、おキヌちゃんにはそういうことって、できないなぁとか、思った。
響くのは時計の音と、彼女の寝息だけ。
「横島君? 話がついたわ」
「美神さん? 話がついたって…?」
どのくらいたったのか、俺の後ろには美神さんが立っていた。
そして俺は当惑する。話をつけるって? 何を?
「おキヌちゃんはこの家に預かってもらって、養子ってことになったから」
「俺たちのところには…」
「無理よ。わかってるでしょ? 氷室さんも快諾してくれたわ」
「でも…! 美神さんだったら戸籍の一つくらいでっち上げることだって!!」
「可能よ? でも、私達の所には彼女は置けない。だから氷室さんにお願いしたのよ」
俺たちのところに彼女は帰ってこない。
わかっていたことだけど、俺は納得しない。できない。
半ば八つ当たり気味に美神さんに反論をするけれど、やっぱり反論できない。
俺は、子供だ。
感情を、ぶつけるだけの、ただの子供だ。
でも、俺は
「だからって! 美神さん、俺たち、三人で一緒じゃないんですか!!」
「アンタね、私がそれを望んでないとおもってんの!!??」
「……………」
「これが、おキヌちゃんのためなのよ」
ずりぃよ美神さん。それを言ったら、俺、何も言えないじゃないか…。
「明日の朝一で出るから。
氷室さんが泊めてくれるらしいし、疲れてるだろうから、アンタはもう寝なさい」
美神さんは踵を返して、足早に部屋から出てゆく。
差し込む夕日が眩しくて、彼女が立っていたところは、なぜか水滴が落ちていて。
美神さんの肩が震えているような気がしたのはきっと、気のせいじゃない。
「戸籍のほうは完成次第、万難を排してもお届けします。」
翌朝、嫌になるくらいのいい天気の中、俺たちは別れの挨拶を交わした。
俺は眠れなかった。美神さんはどうだったんだろう?
よく見ると、いつもよりかなり厚化粧で、しかも美神さん。
目が真っ赤になってた。
「大丈夫です、キヌはちゃんと、我が家で育てますので」
氷室さんが人格者でよかったと、素直に思える。
こんな非現実的なことを、よくも快諾してくれたものだ。
そうなると早苗ちゃんは義姉か…。性格が曲がんないといいなぁ。
「おい、今失礼なこと言わなかっただが?」
「いや、ぜんぜん」
勘が良すぎるんだよ、早苗ちゃん。
「それでは氷室さん、おキヌちゃんのこと、くれぐれもよろしくお願いします」
初めて見た。
意地もプライドもお金もさえも捨てて、心から頭を下げる美神さん。
俺もつられて、頭を下げる。
これがおキヌちゃんのためなんだと、心に言い聞かせて。
下げた頭の視線の先は、自分の右手。
ぎゅっと握り締められていて、今にも血が出そうだった。
コブラの音が鳴り響く。
俺たちは終始無言で山道を下っていく。
と、ぽつりと美神さんがつぶやいた。
「冬になったら、おキヌちゃんの様子を見に行こうかしら、ね」
なんとなくだけど。
勤めて元気にしようとしてる感じがする。
だったら俺もいつもどおりにしないと。
「それじゃあ、俺、おキヌちゃん見つけたらナンパしますよ」
「あんだけいい子だからね、彼氏の一人や二人はすでにいるかもよ?」
「うぅ…ありえなくはないのが悔しい」
「でも…なんか嫌かもね」
「…確かに」
再び無言になる車内。
ふと、天を仰いで見た。
見えるのは太陽だけ。
横を見た。
見えるのは、美神さんだけ。
彼女の姿はもう、どこにもない。
実感するのは、彼女はすでにいなくなったということ。
―――――生きてくれ、おキヌちゃん。
そう言ったのは自分だった。
だからこそもう一度思う。
生きてくれ、おキヌちゃん。
そして
―――――幸せになってくれ、おキヌちゃん
朝日が燦々と照らしていた。
生きるものすべてを祝福するように。
今までの
コメント:
- 生き返ったおキヌちゃんとの別れ。
原作の隙間にあったであろう展開に文句なしに賛成です。
美神も横島もおキヌちゃんの事が本当に好きだからこそ、あったであろう展開。
切ないけどとても暖かい気持ちにさせて頂きました。 (高森遊佐)
- うわーかっこういいよ横島君がステキだよーデレデレ。
……無条件賛成。
のまえによだれふいとこ。 (ししぃ)
- たしかに、こうした葛藤はあったのかもしれないですね。
ものすごく納得しました。
横島も美神さんも氷室家の人たちも、とても素敵です。 (サスケ)
- 最高です。ネタとしても上級、文章力も読みやすくてよし!
実際ありえたかも知れない、まさにグレート展開予測ショー! (黒覆面(赤))
- 氷から、300年の重責から解放されたおキヌ。
自転車で通り過ぎるおキヌを見送る美神と横島。
その原作の狭間、こういったドラマがあったと、納得できる流れでした。 (aki)
- 原作補完の見本のような良い話でした。
横島も大人ぶってなくて、適度に『子供』な感情を表しているところがさすがだなぁと。
いい子ですよねー、おキヌちゃん。そして横島も(笑)
文句なしで賛成票をば。ぽちっと。 (ちくわぶ)
- いやー、もう眩しいやらなにやら。何でしょうな、こう稚気と青さと、それら全部ひっくるめても尚綺麗と言えるこの空気。
展開予測としても文句無しです。 (臥蘭堂)
- 長い期間を共に過ごした彼女との予期せぬ別れ。
心の準備など出来ているわけが無いのに、それでも否応無くそのときはやってくる。
彼女のことを想うのならば、自分たちが諦めるべきなのは解ってはいる、けれどもすんなりと割り切れるわけではない。
そんな横島君の葛藤が、子供っぽさ(らしさ?)の発露という形で表現されている辺りが、とても共感できました。
……なんかべつに書かなくてもよさそうことをグダグダと書き連ねましたが、早い話が賛成ということです(笑)
それでは、投稿お疲れ様でした。 (Arih)
- おキヌちゃん復活のあの時、あったかもしれない展開…
納得は出来ないけれど、彼女の為を思うなら…そんな美神さんと横島クンの遣り取りが実に良かったです。 (偽バルタン)
- 美神さんが格好よかった。
プライドとかそういうのなしに頭を下げられるって、
おキヌちゃんとの3人の時間がとっても輝いてたからだと思います。 (S)
- ちょっとした、ほんの少しだけ切ない話。
こんな雰囲気の話はとても好きです。 (バナナワニ)
- スリーピングビューティーエピローグとすんなり繋がります。
素晴らしいお話しでした。 (Boo)
- なるほど、あのページの裏表の隙間にあった話ですか。いや、やられました。
ここのところは完全に盲点でして、こう上手く切り返されてはぐうの音も出ません。
・・・ちょっと、くやしいかも(笑) (赤蛇)
- いいですね、これぞ二次創作の醍醐味って感じです (tito)
- 14票ものコメントを皆様ありがとうございます(大歓喜)。えぇ、記録更新の感動とともにコメントがえし!!!
◇高森遊佐さんへ
はじめまして、ありがとうございます。本当に、本当におキヌちゃんが好きだからこそ手放さなければいけなかった。そんな彼らの葛藤を理解してくれてありがとうございます。原作の隙間…最近そんなんばっかり書いてます。楽しいですね、原作補完(笑)
◇ししぃさんへ
かっこ悪いことがかっこいい。今回の忠夫はきっとそんな感じなのかなぁ、とか思いました。よく考えると、色々と経験はしているものの、忠夫は普通の高校生ですからね。ししぃねぇ…よだれはちゃんと吹こうねー(笑)
◇サスケさんへ
氷室家の人間、今回の件があったからこそ彼女らとの接点が生まれたものの、実際ただの凡百の家庭と一つに過ぎないわけで。忠夫も、ましてや令子なんかはおキヌちゃんとの関係は捨てがたいもので。皆の決断が素敵な決断だったのでしょうね。
◇黒覆面(赤)さんへ
えっと、黒かったり赤かったりでどっちなのでしょう(馬鹿挨拶)? そこまで身に余るお言葉をいただけますと、かえって萎縮してしまいますね。ありがとうございました。
◇akiさんへ
あの場面での令子は不思議なほどに落ち着いていました。けれど令子自身は身内に対してはとても仲間意識が強いわけで。けれど彼女は大人なわけで。そんなことを考えたら自然と思い浮かびました。二人とも、辛かったはずなのですから (天馬)
- ◇ちくわぶさんへ
ぶらざー、子供の子供たる所以は我侭な所だと思うんですよ。だからこそこの中での忠夫はやっとこさ最後になって(半ば強引に)納得した形にしてみたんですよ。そこを読み取ってもらえたようで、愚弟は感激しました(笑)。
◇臥蘭堂さんへ
ホント、そこまでほめられますと却って萎縮しますね(苦笑)。過分なお褒めのお言葉をありがとうございます
◇Arihさんへ
うまい具合に要約していただきありがとうございます。きっと彼らの葛藤の中にあるのはその予期せぬ別れって部分なのかな、と。これが予期できたのなら、もうちょっと皆大人な態度で別れられたんだろうな、と。ありーさんはどう思いますかね?
◇偽バルタンさんへ
納得はできない。したくない。けれど彼女の幸せを考えるなら、大好きな彼女のためなら。そう考えたからこそ令子も原作であれだけ冷静でいれたのかもしれませんね。ありがとうございました。
◇Sさんへ
流石はSさんです。ある意味で忠夫よりも書きたかったのが令子です。本当は泣きたいくらいに離れたくなかったのに、彼女は大人だから。それを自覚しているから。そこをついていただき、ありがとうございます。 (天馬)
- ◇バナナワニさんへ
本当にちょっとした、些細な話。時間にすればわずか一日。けれどこの切なさは…。というものを目指しました。読み取っていただきありがとうございました。
◇Booさんへ
はじめまして。うまい具合に原作に入れるようなSS、この場での最高の賛辞のお言葉ありがとうございました。
◇赤蛇さんへ
赤蛇さんをぐぅの音も出ないほどにするということ、ある意味目標でした(笑)。目標達成できて嬉しい限りです(爆笑)。ありがとうございました。
◇titoさんへ
そうですね、こういうことこそ二次創作の醍醐味ですね。おかげで最近どっぷり浸かってます(笑)。感想ありがとうございました。
感想を下さった皆様、本当にありがとうございましたm( )m (天馬)
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