ザ・グレート・展開予測ショー

一日遅れの母の日に


投稿者名:朧霞
投稿日時:(06/ 5/15)




 5月の第三日曜日。
 横島忠夫は朝から不機嫌だった。


『忠夫。あんた、今日が母の日だって事忘れてんじゃないだろうね?』

「行き成り糞高い国際電話かけて来てなんやそれ?」


 朝から盛大に鳴り散らす黒電話を渋々に取ると相手は自分の母親で、相手の愚痴めいた物を何言う暇も無く聞かされたのであればそれは当然の事かも知れないが。
 とにかく横島は、母親の開口一番始まった非難がましい言葉にそらとぼけてみる。

 母の日? それって美味しいの?

 といった感じに。
 横島からいわせれば、そんな事で態々電話をかけてくるなという事だ。
 しかし、親は子よりも強し。
 母・百合子は横島のそんな言葉も何するものぞと、怯む事無く言葉を続ける。


『別に母の日にカーネーションを贈れなんて言わないわ。そんなお金ないだろうし』

「わかってんなら仕送り増やしてくれ、イヤ割と本気で」

『でもね、それならそれで彼女の一人や二人紹介してくれたってええやん』

「無茶言うなつーか解っててワザと聞いとるやろ、おかん」

『もうそろそろ孫の姿も見たいことだしねぇ〜』

「話しが飛躍しすぎっ!? って言うかさっきから俺の話しきいとる?」

『……』

「……」

『言ってて虚しくなったわ』

「だから俺の言葉を無視するな。後俺も聞いてて虚しくなったわっ!!」


 流石に母は強しといった所か。単純に人の話を聞いていないだけのような気もするが。
 早いところ電話を切りたくもあったが、ここで切ると仕送りも自動的に切られる事になるので仕方なく話しに付き合う。
 面倒臭くはあったが、久しぶりの会話だ。
 一人身であることに不満は無いが、親との会話と言うのが無いのはこれはこれで寂しい物だと、少しだけ電話をくれた母親に感謝しながら。
 それから半時ほども言葉を交わし、百合子は不意に横島にポツリと語る。

『あんなぁ、忠夫』

「なんや、おかん?」

 これが言いたい言葉だったと。
 聞きたかった事象だと。
 知っておきたい事実だと。
 そう、思わせぶりな口調で。
 しかしはっきりと。



『この国際電話の通話料、あんた持ちやで』

「マテやこらおばはん!!」



 思わず突っ込んだ言葉に電話の向こうからとんでもない冷気が吹き荒れる気配がする。
 遠く離れたナルニアの地から、距離を越えて時間を超えて横島に突き刺さる無言の殺気。


「……ごめんなさい嘘です美しいお母様ですので仕送りはそのままでお願いします」


 電話の前で音域の速度に突入して土下座しつつ息継ぎ無しに謝り倒すその姿は、未来の自分――つまりは現在進行系な自分の親父の姿そっくりで何とも情けない。
 その情けなさが手に取るように解ったか、百合子は電話口の向こうでクスリと笑みを零すと、呟くように言葉を漏らした。


『ふふ……元気そうで安心したわ』


 笑みの含まれたその言葉は慈愛に満ちていて、


『まぁ、親にしちゃそれが何よりの送り物やから今回はそれで勘弁したげる』


 やはりそれは母の言葉であった。
 百合子はそれを伝えると、最後に『今度はこんなんじゃすまないからね。ちゃんと贈り物用意しとくんだよ』と明るく言って、横島が何か言うよりも早く、その電話を切った。


「おかん……」


 電話を取ったまま呟いた横島の言葉にはツー…ツー…という、無機質な音しか帰ってこなかった。
 横島は少しだけ電話の余韻に浸り、受話器を戻す。
 その表情は辟易としていた頃よりも暗い。

(解ってはいるんだけどな……くそ)

 殊更に明るく言ったあの言葉。
 冗談じみてはいるが、それでもやはり「母の日」の贈り物は欲しいのだろう。
 だからと言ってその前の言葉が嘘だとは微塵も思わない。
 思いたくも無い。
 親にとって子とはどういうものなのか。
 それが想像も出来無いほど子供ではなく、実感できるほど大人でもない。
 そんな微妙な年頃の横島は、それが真実であると思うし、あって欲しいとも思う。

 けど、それでもやはり――贈り物は大切だと思う。

 感謝の思いを伝えるために。
 今まで受けた愛情を少しでも返す為に。
 その為に、花であれ物であれ食べ物であれ、何かを送るという行為は大切だと。
 想いを篭めた何かを送るその行為は、儀式じみてはいるがそれ故に神聖だと。
 それを恥ずかしげも無く出来るのが、母の日と言うイベントなのだ。


 そう、横島は別に母の日を本気で忘れていたわけではない。
 忘れていたのは向こうとの時差。
 遠く離れたナルニアは、自分の住む日本とは時間が違う。
 彼女がそれを知らないわけも無いが、向こうではもう今日と言う日は終りに差し掛かっているのだろう。だからこそ――その日一日の終りに電話をかけて来たのだろう。
 母の日の会話をする為に。
 その事を切っ掛けに自分の元気な姿を確認する為に。
 遠く離れていようとも、自分の事を気に掛けてくれる事は素直に嬉しい。
 たとえ離れていても母は母だということか。

 なら、自分はどうするべきか。
 何かを送ろうにもお金は無く。
 また今日の日に間に合わせるだけの時間も無い。
 どう、するか。
 そこまで真剣に考えた横島は、その途中であっけらかんと思考を放棄した。


「まぁ……感謝の意を示すのに日付は関係ないわな」


 ある種の真実に行き着いて、横島は想いを現実に変える己の霊能をその手に取り出した。












 ――翌日、ナルニアにて。


 横島百合子は、航空便で送られてきたその荷物に表情を顰めた。
 宛先人は横島忠夫。
 昨日電話で話したばかりの自分の息子からの荷物には、速達の印。
 それに気付いて苦笑を漏らす。

「まったく、元気な姿だけでいいって言ったのに。 アホな子やなぁ」

 あの子の財政状況で随分と無茶をしたものだと嘆息しながらも、やはり嬉しいのか、その手は小さなその荷物を愛しげに包んでいる。
 頬がにやけるのを止めるつもりも無く、一人部屋の中で苦笑しながらその包装を丁寧に、丁寧に剥がしていくその姿はまるで誕生日プレゼントを開ける子供の様。
 そして、全ての包装を開けたその中身には、一つのガラス球が入っていた。


「……ビー球かしら? あら、文字が入っている。……華――っ!?」


 百合子がそれを手に取った瞬間。
 横島の思いの丈の詰まった霊能が発動した。

  ――産んでくれてありがとう。
  ――育ててくれてありがとう。
  ――愛してくれてありがとう。

 文珠はその思いの数だけ、
 その思いの深さだけ、
 遠いナルニアの緑の大地に、
 赤い、紅い、カーネーションの華を降す。


 百合子はそれを呆然と見ながら、

「アホな子やなぁ、ホンマ……」

 涙ぐみながら、小さく呟いた。

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