ザ・グレート・展開予測ショー

Mother’sDay


投稿者名:ライス
投稿日時:(06/ 5/14)



(1)カーネーション

「かーねーしょーん?」
 言葉の抑揚が少しおかしかったらしい。少し笑われてしまった。
「カーネーション、よ。シロちゃん」
「む、そうでござったか」
 ハンカチをきれいに飾り立てたような花びら。シロにとってはあまり見慣れない花だった。なぜか居間のテーブルに放り出されたまま、花瓶にも生けられていない。すると脇にいたキヌが台所から水を入れたコップを持ってきて、そこに花を挿した。
「母の日に贈る花なの。育ててくれたお礼と感謝を込めて」
「それがなぜここに?」
「美神さんが買ってきたの。でも、買い間違えたってまた花屋に行っちゃったみたい」
「どうしてまた」
「さあ、私にもちょっと分からないけど」
「ふむう」
 シロは首を傾げた。こんなにきれいな花なのに買い直しに行かなければならないのだろうか。彼女はまじまじと花を見つめ、息を吹きかけてみた。カーネーションはなびき、向きを変える。そして、しばらくテープルにうつぶせてぼんやりと観察していた。
 シロはその花に、はっとするような美しさを感じていた。それはまるで母の面影を見ているかのごとく。遠い記憶に思いを馳せて、母親の姿を思い出そうとしていた。
「ただいまー」
「あ、お帰りなさい」
 すると、美神が帰ってきた。彼女の手にはまた別のカーネーション。それを見て、シロは変に思ったのか、つい声を漏らしてしまった。
「あれ」
「なに」
「またカーネーションを買ってきたんでござるか」
「そうよ」
 おかしい。シロは不思議でならなかった。美神は何を買い間違えたのだろう。
「じゃあ、ここにあるのは」
「ああ、それ? 欲しかったらあんたにあげるわよ」
 と、にべもなく明るげに答えが返ってきた。ますます変だ。
「おかしいでござる。なんでこちらのカーネーションがだめで、美神どのの持っているほうがいいんでござるか」
 そう聞き返すと、美神は急にしどろもどろに変わり、顔を真っ赤にした。
「そ、そういうものなのよ! 別にいいでしょ? とにかくそれはあんたにあげるわ、後は好きにしなさい!」
 耳まで真っ赤にして、彼女は自室へ行ってしまった。
「変な美神さん」
 二人して、美神の去る姿を見つめながら呆気にとられている。
「もらっていいんでござろうか……」
 シロはキヌを見た。彼女は肩をすくめて言う。
「いいんじゃない、かなあ。美神さんがああ言ってるんだし」
「そうでござるな……ところでおキヌどの」
「なにかしら」
「母の日っていつでござるか」
 翌日、天気は運良く快晴だった。どこかの山奥にそれは存在する。人里離れた森の奥底、人狼の村よりさら先に行った場所に彼女の母は眠っていた。
 人狼族の墓地。先祖代々埋葬されるゆかりある土地。シロの父も母もここに墓がある。村の人々は彼岸と盆くらいにしか、ここには訪れない。彼女が今日、やって来たのはまさしく例外と言えるだろう。
「今日は母の日でござる」
 シロは墓を目の前にして、にっこりと笑う。森の天井は高く、緑色に覆われていた。日の光はそれらの隙間から差し込み、そのほとんどは遮られる。だからこの墓地一帯の気温は上がらず、冷え冷えとしていた。
 彼女の片手には花があった。雪みたいに真っ白いカーネーションである。それを母の墓前に添える。
「きれいな花でござろう。まるで母上のようでござるな」
 母の髪は流れるような純白の長髪。繭糸のように細く、絹にも劣らないくらいのしなやかさ。白いカーネーションの花びらは母のそれと色合いがよく似ていた。シロは思い出している内になんだか嬉しくなってきた。
「えへへ」
 急にむずがゆくなって、シロはその場を飛び跳ねる。跳ねる身体とともに彼女の髪がなびく。差し込む日光に反射し、髪はきらきらと輝いた。母から譲り受けたこの髪。母が産んでくれたこの身。彼女は少し恩返しが出来たような気がした。
「ささやかな贈り物でござるがお納めくだされ、母上」
 そこまで言って、彼女は隣にある父の墓の方を向いた。
「父上はまた今度。今日は母の日でござる。申し訳ござらん」
 と、ぺこり。だが、二人とも大事な存在。
「では、これにて失礼するでござる」
 そして、シロは墓を後にした。
「父上! 母上!」
 森の入り口に出て、シロは後ろを振り返って叫ぶ。
「拙者は元気でござる!」
 感謝の意を込めて。そして、その声は墓にまでこだましている。大切な両親への慈愛だった。
 
 
 
(2)カーネーション−partU

 照れ隠しでもなんでもなく、ものすごく恥ずかしかった。
「もう、いや!」
 たかだか花一輪買うだけなのに、こんな気分になるのだろうか。美神はドアの鍵を閉めると机にカーネーションを置いた。
 花は赤い。もちろんそれでいいはずだ。だけど最初に買った花は真っ白かった。気づいたときには大急ぎで花屋へUターンしていた。
「ママは、生きてるのよねえ」
 赤と白の違い。白は亡くなった親に対して贈るもの。ついこの間まで死んだものだと思っていた母は生きていた。妙な気分だ。今まで流した涙は無駄だったのかというくらいに釈然としないものを感じつつ、これはこれで良かったと安堵するところもあったのは否定しない。
 母の日は毎年、必ずカーネーションを買って、家に飾っておいた。亡き母、大好きだった母親の為に。しかし今まで習慣で買っていた白のカーネーションはもう必要ない。と、分かっていたはずなのに。
「なんで買っちゃうかなあ?」
 まだ生きていたという実感が湧かないのかもしれない。でも、現に生きていて、妹すらも産んでしまった。それはいいのだけれど。
「あー。恥ずかし」
 赤いのを買い直して、帰って来た矢先にシロに聞かれてしまった。分かりきった赤と白の意味。答えられなかった、恥ずかしくて。ついてっきり、いやうっかり、母が生きていることを忘れて、間違えたなんて言えるわけがない。多分、二人なら笑って済ませてくれるはずだろうが、自分がそういう間違いをするのは何か柄じゃない気がして恥ずかしい。
 美神は枕にうずくまって、赤い顔を隠す。そして、その日は夕飯まで部屋を出ようとはしなかった。
 次の日、母の日当日。彼女は母が来るのを待っていた。隣がオカルトGメンの事務所であり、自分のところが半ば、妹の託児所になっている。今日も出勤前に妹を預けにやってくるはず、だが。
 問題はどうやって渡すか。美神は赤いカーネーションを持って悩んだ。
「さりげなく渡すか、それとも……あー、どうしよ」
 本人に渡すのは緊張する。なにしろ五年ぶり、いや、渡したことがあったろうか。そこら辺の記憶は定かではないが、とにかく渡す事だけは心に決めている。あとはどう渡すかだ。自室でぼやぼやと考えていると、突然ノックがした。
「令子ー、起きてるの?」
「ま、ママ!?」
 がちゃりとドアが開く。美智恵が中に入ってきた。
「なんだ起きてるじゃないの」
 彼女は相変わらずの口調だ。美神は少しうろたえつつ、平常心を装った。
「朝ご飯食べるの、みんな待ってるわよ。さっさとしなさい」
「あれ、ママも?」
「ええ。今日はたまたまよ、ほら早く」
「あっ、ママ」
 ちょうど二人きりだ。渡すなら今しかない。
「なに」
「えっと。こ、これ」
 美智恵が来た時、後ろに隠し持ったカーネーション。その赤い花を美神は前に差し出した。母は驚いた顔をしている。
「これは……」
「今日、母の日でしょう? だからカーネーション」
「ああ」
 美智恵は彼女から花を受け取った。
「ありがとう、なんだか久しぶりにもらった気がするわ」
「そりゃそうでしょ、少なくとも五年は渡してないはずだし」
「そっか」
 美智恵の嬉しそうな顔。美神はそれを見て、渡してよかったと思えた。
「でも」
 美智恵は花をくるくる回しながら、こちらを見た。
「これ買う前にまさか白い方を買ってないでしょうね?」
「そんなことは……」
 一瞬、目をそらしたのが運の尽きだった。
「あー、その反応で十分よ。買ったのね……」
「ごめんなさい」
 やはり母は侮れず。
「ま、いいわ。こうして娘から花は貰えたわけだし」
 しかし、母は大して気にもしていない様子だった。心が広いというかなんというか。母は偉大だ。
「行きましょう、みんな待ってるし」
「ええ」
 五年ぶりの赤いカーネーション。これからはずっと赤色。母は目の前にいる。彼女が生きていてよかった。美神は心からそう思えた。おかげでその日、彼女の朝食は特においしかったそうな。それはそれは幸せな朝だった。
 

(3)POLLYANNA

「母の日かあ」
 美智恵は仕事場の椅子にもたれ、娘から手渡されたカーネーションを見ていた。

『ママ』
『なあに、令子』
『問題よ、今日は何の日でしょうか?』
『うーん、なんだろ。教えて』
『母の日です。はい、カーネーション』
『まあ、ありがとう』

 昔のやり取りを思い出すことは簡単に出来るが、それがいつ頃だったか覚えていない。少なくとも五年以上前の話。
「お、カーネーションですか」
 西条が経過報告をしに部屋へ入ってきていた。
「ええ、令子からもらったのよ」
 確かに嬉しかった。久々に手渡された花は赤くきれいだ。五年の空白を埋めるにふさわしい真紅の花びら。娘が歩み寄ってきてくれたことは好ましいことだ。
(あとは公彦さんと仲直りしてくれればいいんだけど。そう上手くはいかないか)
「先生?」
「あ、聞いてるわよ。それで?」
 ふと家族の絆を思った。自分たちの家族はばらばらだ。けど、どこかつながっているとは思う。それはひどく不器用なものだけれど。家族は家族なのだと思う。現に令子がこうして母の日の花を贈ってくれた。とてもありがたく思う。こういうことが続けば、家族として何とか成り立っていけるんじゃないかと、美智恵は思った。
「母の日……母、母さん。お母さん?」
 そういえば自分の母親に何かしてやっただろうか。思い出してみるとあまりやってないような気がする。母はお前が美神の名を復興させたのだからこれほど嬉しいことはない、というかもしれない。でも申し訳が立ちそうにない。急にそんなことに駆られ、気づけば受話器をとっていた。
「もしもし、花の注文をしたいのですが。ええ、赤いカーネーションの花束を百束ほど」
 花屋に注文を掛け、一旦電話を切って今度は実家に掛けなおした。
「ああ、お母さん? うん、元気元気。でね、いきなりで申し訳ないんだけど母の日の花束を贈ったから。うん、なんとなく思いついて。何もしないのは不義理かなって。うん、うん、遠慮しないでいいわよ、受け取って。じゃ、切るわね。今度令子たちと一緒に行くから」
 そして受話器を置いた。
「先生、いくらなんでも百束はやりすぎじゃないですか?」
「ま、大丈夫でしょう。支払いは全部こっちだし。もらって悪い気はしないわよ」
 すがすがしい笑顔で、窓の外を見据える。美智恵は何かやり遂げた気持ちですっきりした。その楽天過ぎる感覚は今も昔も変わらず。彼女はこれでいいと考えながら、空を見つめていた。それは雲ひとつ無い快晴。
「なんとかなるわよ、きっと」
 美智恵は青空に向かって笑った。

 了

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