酸性雨
投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(06/ 5/14)
雨が降り続いていた。
もうこれで何日目だろうか。
晴れ渡る空を見たのがどれくらい前だったのか、彼にはもう思い出せない。
それは、天の恵みなどではない。
木を枯らし、コンクリートを溶かし、鉄を腐らせる酸の雨。
工業文明が飛躍的に発達した見返りに、人間は天の恵みを悪魔の戯れに変えてしまった。
因果なことではあるが、それも人の業、宿命というものか。
しかしながら、その下を歩けと言うのはカオスにとって不愉快でしかなかった。
無論、不死身の彼が健康志向を目指しているわけではないのだが。
「食材の・買い出しに・行ってきます」
「待て、マリア。何も持たずに外に出る気か?」
「イエス、ドクター・カオス」
「馬鹿者……この雨がどういう――」
「防水機能に・問題・ありません」
「……わかった。ならば、わしも一緒に行こう」
「サンキュー。ドクター・カオス」
大きなこうもり傘を差して、降り続ける酸の雨の下を二人は歩いてゆく。
大事な――大事な娘と寄り添うように。
少し照れくさい気もするが、悪くないとカオスは思う。
酸の雨は、当分降り続きそうだ――
「ドクターカオス」
「ん、何じゃ?」
「雨具の面積・不足。ドクターカオスの・体表面・68%に・雨水・かかっています」
「ああ、気にするな。その代わりお前は濡れんですむじゃろう」
「体温・低下します。肉体に・負担・かかります」
「なあ、マリアよ」
「イエス・ドクターカオス」
「わしは不死身じゃ。それに多少無茶したところで、この老いた肉体の未来などたかが知れておる。だが――」
カオスは曇り空を見上げ、降り止まぬ汚染された雨をその顔に受ける。深く刻まれた皺の間を、幾重もの筋となって雨水が流れ落ちていく。そして、再びマリアを見つめカオスは言った。
「お前と言う存在はお前一人のものでなく、わし一人の存在でもない。わかるか?」
「……ノー・ドクターカオス」
「わしは他人の、愚かな人間の将来などどうでもいいとさえ思うこともある。他人もまた、わしのことなど目もくれぬ輩もおるじゃろうな。だが、お前は違う。お前という存在が示す可能性、その先にある未来に人々が目を向けたとき、人類はもう一歩先へと進むことが出来るだろう。科学とは、自己満足の手段ではない。その有り様を間違えれば、この酸の雨のように自らの首を絞めることになろう。認められ、将来の礎となってこそ、その価値は輝きを放ち意味を持つのじゃ……む、話が脱線したか?つまり、あー、なんだ――」
照れくさそうに頬を掻くカオスの顔を、マリアはじっと見つめ次の言葉を待つ。
「お前は大事なわしの娘じゃから、こんな汚れた雨にうたせるわけにはいかん、と言う事じゃ」
「……サンキュー・ドクター・カオス」
「ああ、ガラにもないことをいうとこそばゆくてかなわん。さっさと買い物を済ませてしまうぞマリア」
視線を逸らし先を急ぐカオスを、マリアはじっと見上げる。
大きな、大きな人。父であり、造物主であり、寄り添うべき人。
そう、彼の人が自分を思ってくれるように、自分もまたその気持ちは変わらないが、自分にはそれを伝える手段が乏しい事をマリアは知っている。そして、それ以外に思いを伝える手段を知らない。
だからただ一言。ほんのわずかな言葉に過ぎないが、精一杯の思いを込めて。
「マリアは・ドクターカオスと・共にいます」
ずっと、共に――
今までの
コメント:
- 晒し台の上の気分ですが、頑張ります(笑)
即興の書き足し程度でお目汚しですが、GTYが末永く存続することを願いつつ…… (ちくわぶ)
- ああっもう。
この二人が互いに思いやる姿が好きっ。
人の枠を越えてるからこその人間味がなんかいいよねっ。
賛成っ。 (ししぃ)
- 私も追いつかないまでも
同じ土俵にあがれるよう頑張ります。
短い中に想いが込められていますね (虜)
- カオスがかっこよく、マリアが健気で素敵です。
この魔王と呼ばれた人物がが「架空の人物」だと分かっていても、エンジニアとしてこうありたいと思わずにはおれません。
またこの「二人」のやり取りに親子の絆を感じました。 (AC04アタッカー)
- 考えてみれば、マリアはカオスにとってマリア姫と生きた証でもあり、今までの自分の歴史の証でもあり。
単に自分が作った物という以上の想いがあるのは、当たり前なんでしょうね。
互いに思いやる姿が良かったです。 (とおり)
- 酸性雨なぞものともしない、そんなマリアに対して向けるカオスの愛情。
愛情だけではない、夢、理想、そういったものをマリアに込めている
カオスの心情が素晴らしかったです。 (aki)
- こちらではご無沙汰しています。
普通の人以上にお互いを思いやる二人に和みます。
この様な関係を何百年と続けてきたんだなぁと、思わず納得です。
そして、この関係はこの先数百年と続いていくのでしょうね。 (UG)
- 互いが互いを思いやり、でも主従とも親子とも恋人とも、何か違うような、そのどれでもあるような…そんな2人の関係がとてもよいです。 (偽バルタン)
- 肩を濡らすカオスがかっこいいですっ
心を伝えるのがまだ未熟な、それでもちゃんと気持ちを言葉にしてくれるマリアも (S)
- 下僕であり、伴侶えだり、そして娘でもある存在。
それに対する愛というものはきっと、幾重にも重なったすばらしい愛なのでしょう。
そしてそれをしっているからこその、彼女の一言なのでしょうね。
「共にいます」、と。
もしかしたらカオスは、マリア姫もそこには重ねたのかもしれないですね。完全な個人的意見ですが。
投稿お疲れ様でした。 (天馬)
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