ザ・グレート・展開予測ショー

サムライすっぽん


投稿者名:犬雀
投稿日時:(06/ 5/13)

『サムライすっぽん』






「おはよーさん。」

「あ、横島さんおはようございます。」

「おはよ。おキヌちゃん。」

とある連休初日の朝。
美神令子除霊事務所ではたまに見かけられる光景である。
休日に除霊の仕事があれば横島は朝からやってくるのだ。
それが食費の節約と時給を稼ぐためというのはみえみえだが、令子は二言三言文句を言うだけで止めさせようとはしない。
彼女がその気になれば力づくでやめさせることも、給料計算の時にその分を差し引くことも出来るのだが、今のところは黙認である。

もっともおキヌにしてみれば横島と一時間でも多く会えるわけだから異存はない。
自分の料理を「こら美味い!」と貪り食ってくれるというのは彼女にとって喜びである。

今朝のメニューは日本人の定番、焼いた塩鮭とワカメの味噌汁。それにおキヌ手ずからの浅漬けだった。

朝食の匂いに誘われたかシロとタマモも屋根裏から降りてくる。
もっともシロは朝一で近所を一周してきてから自分のベッドの上で座禅を組んでいたのだが。
この辺は武士と妖狐の違いだろうか。

「シロちゃん。美神さん呼んできて。」

「了解でござる。」

シロが席を立った瞬間にそれは起こった。

「何ですってえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「「「「な?!!」」」」

事務所も揺るがすような令子の悲鳴。
突然の事態と大声に一瞬自失するも、そこは常日頃死線に身を置いているメンバーである。
前衛にシロと横島、そして後衛にタマモとおキヌというフォーメーションを組んで食堂から令子の自室まで一気に駆け抜けた。

「シロ?!なんか気配はあるか?!」

「これといってないでござる!」

『結界内に侵入者はありません!』

シロの鼻、人工幽霊の報告に小さく頷くと横島は霊波刀を準備してドアの横に張り付いた。
反対側に張り付いたシロにアイコンタクトして突入の準備をするとおキヌに視線で訴える。
以心伝心、小さく頷くとおキヌはドアの正面に立たないようにと気をつけながら室内にいると思われる令子に声をかけた。

「美神さん!なにかありましたか?!」

しばしの静寂。
シロと横島が突入しようと頷きあった時、中から令子の声が聞こえてくる。

「あ、あの…おキヌちゃん?な、なんでもないわよ…」

いつも自信満々な令子と違ってその声は弱々しい。
何かに狼狽している気配もある。
もしや魔族か妖怪が彼女を人質に取ったのか?と横島たちに緊張が走る。
商売柄、令子は恨みを買うことが多い。
仮に魔物の類でなくても呪いとかそういう敵かも知れない。
もはや一刻の猶予もならないと横島はドアを蹴破った。

「美神さん!!」

突入するや前転し素早く室内の様子を伺う。
どこから攻撃が来ても良いように霊波の盾はいつでも発動できる。
一撃を防げはシロが彼女得意の突貫で敵の隙を作る。
この連携に死角は無い。

しかし横島の目の前に居たのはパジャマ姿で呆然と立ち尽くす令子だった。
激しい驚きの目を見開いているものの、敵と戦っていたとか人質になっていたという形跡は無い。
それどころか魔族や邪悪な妖怪の気配も感じられない。

令子は呆然と飛び込んできた横島を見ていたが、ハッと我に返ると何かを隠すように両手で尻を押さえた。

「どうしたんすか?美神さん…って…ぐはあ!」

令子に近寄ろうとして鼻血を吹いて倒れる横島。
すわ敵か?とシロが霊波刀を光らせて突入しようとして固まった。

「み、美神殿…何ゆえパジャマの下を脱いでおられるでござるか…」

横島に打撃を与えたのはパジャマの上だけを身につけた令子の生足とチラチラと見えるパンティだったらしい。
危険は無いと判断して後から入ってきたタマモも令子の姿にしばし絶句する。

早朝とは言えない時間。
いかに自室とは言え下半身パンツ一丁で立ち尽くす令子。
それも何かを隠すように不自然な仕草を見せている。
具体的には後ろに回りこまれないようにしていると言うべきか。

何かがあるに違いないとは思うがどうにもハッキリしない。
とにかくここで悩んでいてもしょうがないと室内に一歩踏み出したタマモに令子は大慌てで背を隠すようにしたまま壁際まで下がった。

「な、な、な、何でもないから本当に何でもないからさっきの悲鳴は単に寝起きが悪くてって何を近づいてくるのかな?別に不思議なことも心配することも無いからタマモはそれ以上近づいてくるの禁止!!」

「何をそんなに嫌がっているのよ。」

「だ、だ、だから本当に何も無いってば!お尻が変とかそういうことはないわけでっ!!」

「はぁ?」

これだけうろたえまくっていれば何かあると自白したのも同じである。

ホウズキよりも赤い令子の顔。
下だけ脱ぎ捨てたパジャマ。
不自然なまでに隠そうとする背中というか尻。

タマモの明晰な頭脳にとってこれだけの状況証拠があれば結論を出すことは容易い。
タマモは傍らに立つ横島に向けてズビシと指を指すと思いっきり命令した。

「横島!すぐに寝なさい!」

「は?」

「探偵が謎解きをするときアシスタントは寝ているというのが常識でしょう!!」

「どこの常識やっ!」

「あれ?確か無理矢理眠らせていたっけ?」

いつの間にか用意したのかでっけーハンマーを振りかぶるタマモ。
ご丁寧に横に100tと書かれたハンマーは一撃で横島を眠りに誘うだろう。
もっとも再び目覚める保証はないのであるが。
当然、そんなもので眠らせられることを認めるわけにはいかない横島は必死に首を振る。

「だから違うってーの。あれは麻酔銃!間違ってもそんな物騒なハンマーじゃないっ!っていうかどっから出したそのハンマー!!」

「とにかく謎はすべて解けたわ!ジッちゃんの名にかけて!」

ポイとハンマーを放り出したタマモに安堵しながらも半目で睨む横島である。
タマモに身内が居たとは初耳だ。
見ればシロもおキヌも令子までもが驚いた顔でタマモを見ている。

「お前に爺さんなんて居たのか?」

「う…。い、居るわよ…」

「どこに?」

「北海道で動物の王国を…」

「「「アホかぁぁぁぁぁ!!」」」

ほぼ満場一致で探偵役を解任されたタマモであった。





部屋の隅っこで壁を突付き始めたタマモの頭を「まあまあ」とおキヌが撫でる。
撫でられて見る見る復活するタマモ。
さすがおキヌちゃん。事務所の良心はこういうところで頼りになる。

「ところでなんの謎なの?タマモちゃん」

「ふふふ…簡単よ。下だけ脱いだパジャマ。そして寝起きとくれば答えは一つ。美神さん、あなたおねしょしたでしょ!!」

「誰がよおぉぉぉぉぉぉ!!」

涙飛ばして絶叫する令子。
そりゃあ二十歳にもなって寝小便タレなんて言われるのは女としての尊厳に係わる。
忘れられがちだが令子はまだ嫁入り前なのだ。

「まあ体調が悪いこともあるでござろうしなぁ…」

「シロも変な同情しないっ!最後のおねしょは10年前よ!」

「つーことは…美神さん10歳までおねしょを?」

「記憶を失えぇぇぇぇ!!」

いらん詮索をした横島を拳で沈黙させる令子だが今のはどう考えても自爆である。
それに聞いていたのは何も横島だけではない。
凄惨な顔色で「ふふふふ…」と笑い始めた令子にシロタマもおキヌも首をブンスカ振って「聞いてなかったよ〜」とアピール。
それが功を奏したかはたまたおキヌまで実力で記憶改竄するのは憚られたのか令子は何とか落ち着きを取り戻した。
話題を変えるなら今しかないとおキヌが決死の覚悟で話しかける。

「あの…だったら何で下を履いてないんですか?」

「う゛…」

おキヌの質問にたちまち口篭る令子。
その顔はダラダラと流れる冷たい汗に覆われている。
しばらく汗を流しながら、上を向いたり下を向いたりを繰り返していたが、ついに覚悟を決めたのか顔から火を吹きそうなぐらいに真っ赤にしてボソボソと語り出した。

「憑かれちゃった…」

「何にっすか?」

復帰した横島を睨みつけておいて彼女はゆっくりと後ろを向く。
その美しい臀部に張り付いていたのは一匹の亀。
その身に計り知れぬエナジーを秘めながら、地獄にも似た泥濘の中を這い回る丸い生き物。

「スッポン…でござるか?」
「スッポンよね…」
「スッポンですね…」

美女の尻に張り付くスッポンと言うシュールな光景に横島たちの脳波が一瞬フラットになる。
よくよく見ればスッポンは薄く透けており、実物ではなくスッポンの霊体と言うことがわかるが、それでもスッポンはスッポン。
それがその尖った口で令子の尻のちょい上、ちょうどパンティとの境あたりに噛み付いているのだ。

「なんでまたスッポンが…」

不死鳥のごとく再起動した横島から令子はばつの悪そうに目を逸らした。

「思い当たることがあるのね?」

「あう…」

冷静なタマモの突っ込みに項垂れる様子はタマモの読みが当たっているという証拠だろう。

「きりきり話すでござる…お上にも慈悲はあるでござるよ…」

「じ、実は…」

シロに促されて令子は話しはじめた。






「あー。つまり美神さんは昨日、みんなに内緒でスッポンを食べたと…」

「ほほう…確かスッポンは美味らしいでごさるなぁ…先生…」
「知らん…俺は食ったことが無いからな…」
「ふーん…まあお揚げじゃなから良いけど〜」

だんだん悪くなる旗色に令子の顔が目に見えて青くなる。

「ううっ…でもね…お中元のスッポンの缶詰…一人分しか…」

「一人で食うとはなあ…」
「まあ…拙者らは居候でござるからなあ…」
「隠れて食べるってのはちょっとねぇ…」

「あううう…」

どんどん小さくなる令子の姿をついに見かねておキヌが仲裁に入った。

「あ、あはは…でもどうしてスッポンに恨まれたんですか?」

「あ、あのね…ちょっと私の口に合わなくて…一口食べて捨てちゃった…あだっ!」

言葉途中で飛び跳ねる令子。
どうやら尻に喰らいついているスッポンが力を込めたらしい。
シロはそのスッポンの様子に彼の怒りの原因がわかったような気がした。

「ふーむ…つまりスッポン殿は無下に捨てられたことを恨んでいるのでござるか?」

「あだっ!あだっ!!」

シロの言葉にスッポンは喰らいついたままコクコクと頷いた。
当然、噛み付かれたままの令子の尻はスッポンの頷きに応じて痛みが走るのである。
気の毒とは思うが自業自得という気もする。
スッポンとて缶詰になるまでは色々と希望もあっただろう。
だが彼は缶詰となって世の人々に精力を与える道を選んだのだ。
その亀生に悔いは無い。
なのに令子はそれをあっさりと踏みにじった。
誇り高き彼には許せぬ仕儀である。

ならばせめて霊となってこの無念を晴らそう。
スッポンがそう考えたのも無理はないとシロは思う。
なんとなく先ほどから令子の尻に喰らいついているスッポンに武士としてシンパシーを感じるのだ。
一度命を賭したなら御下命いかにしても果すべし…そう、まさに彼はスッポン界のサムライだった。

「ね、ねえ…反省してるから…とってよ〜」

半べそかいて令子が頼み込むものの、今ひとつやる気が出ない皆である。
どう考えてもスッポンの方が正しいような気がするのだ。
おキヌは食べ物を粗末に出来ないし、シロは言わずもがな、タマモはまあ無関心というか呆れているし、横島はこの光景が続くことを思いっきり望んでいる。

それでもこのままでは仕事にならないのも事実。
まさか尻にスッポンをつけたままクライアントに会うわけにも行かないだろう。
それに令子はそろそろ半べそから本泣きに移りそうだ。

「しゃーねいっすね…んじゃ取りますか…」

「どうやってですか?」

「引っ張るしかないだろうな…」

やる気なさげに横島は令子の後ろに回る。
先ほどは下だけ素肌の令子にマニアックな煩悩を感じたが、いざ背後に回ってしまえば尻スッポン…いかに横島でも間抜けすぎて煩悩を感じる余地は無い。

横島の後ろにシロ、タマモ、おキヌと続いて珍妙な綱引きは始まった。

「「「そーれ!そーれ!」」」

「痛い〜!ちょっと痛いってぇぇ!!」

4人がかりで渾身の力を込めて引っ張るのに合わせて令子が泣き出す。
しかしスッポンは離れない。

「ぐす…痛いよう…」

「むう…見事な根性でござるな…さすがスッポン殿、拙者感服したでござる。」

シロの誉め言葉にスッポンは嬉しそうにコクコクと頷いて、それがまた令子に悲鳴を上げさせるという間抜けな連鎖。
美神令子…痛いやら情けないやらでマジ泣き寸前5秒前。

「ぐすっ…えうっ…」

「あー。美神さん泣かないで〜。」

「だったら別な方法を考えるしかないよなあ。」

「横島さん何か方法が?」

「ああ…前に聞いた話なんだけど、食いついたスッポンを放すには美神さんが
全裸になればいいんだよ!」

「なんでよっ!!」

「ふう…美神さん…全裸になることを別な言い方でなんと言うか知ってますか?」

「えーとえーと…はっ!」

「気づきましたか…そう!「すっぽんぽん」です!!」

「そ、それがどうしたのよ!」

「知りませんか?「すっぽんぽん」の語源を…」

「語源ですか?」

「ああ…戦国時代、侍の度胸試しとして素っ裸でスッポンがぎっしり詰まった風呂に入るというのがあったのだ。」

「真でござるか?!」

「うむ…スッポンに齧られるかも知れないという恐怖と戦うことでいざ戦場に立ったときにビビらない精神を養うという競技があったのだ。そして見事それを成し遂げた武士は「侍すっぽん」と呼ばれて褒め称えられたと言う…。」

「それがなんで「すっぽんぽん」なのよ!」

「つまりですね。スッポンと言う誇り高き生き物にはその当時の記憶がDNAに沁み込んでいるのです。故に素っ裸になればスッポンは美神さんに敬意を表して離れると!つまり全裸になればスッポンがポンと離れると言うのが「すっぽんぽん」の語源なのです!」

「嘘つけえぇぇぇぇ!!!」

令子怒りの跳び蹴りに吹き飛ばされて壁に血の華を咲かせる横島の顔は幸せそう。
彼の動体視力は蹴られる瞬間にきっちりと令子のパンティを覗き込んでいた。
転んでもタダでは起きないと言うあたりは優秀な弟子である。
求めるものの方向性が違うけど。

横島をぶっ飛ばし、肩でゼーゼーと息を吐く令子の尻にはまだスッポンが食いついていて、あれほどの動きでも離れる素振はない。
横島の大嘘はともかくとして手詰まりなのは事実だった。


「でもどうやっても取れないわよ。」

「そんなぁ…ぐすっ…」

「そうでござるなぁ…確かスッポンは一度噛み付いたら雷が鳴るまで離れないとか…」

シロの漏らした一言に顔を見合わせた一同。

「「「……それだっ!!」」」



かくして横島の『雷』の文珠でスッポンは離れた。
離れてしまえば彼も満足したのだろう。
やり遂げた顔をして消えていった。

「今日は仕事にならなわね…もー寝るっ!!起こさないでよ!!」

仕事をキャンセルして不貞寝を決めた令子に一同は今更ながら溜め息をつくしかなかった。





翌日、シロとの散歩を終えて再びやってきた横島。
昨日のことを思い出しながらおキヌの作る朝食を待っている。
今日はタマモもすでに席に着いている。

やがておキヌが出来た食事を運んできた。
今日は洋食らしい。
ふんわりと仕上がったスクランブルエッグが良い香りを放っている。

「シロちゃん。美神さんを呼んできて。」

「きゃあああああああああ!!!」

いつも通りのおキヌの台詞にかぶさるようにまたまた令子の悲鳴が事務所に響き渡った。
何事かと駆け出す一同、なんかこの光景にはデジャブがあると思いつつ、令子の部屋に突入してみれば昨日と同じようにパジャマの下だけ脱いだ令子が居て…。

「美神さん…何事っすか…」

嫌な予感を感じつつ声をかけてみれば、涙目で振り返った令子のお尻の尻にへばりつく甲殻類。

「憑かれちゃった…」

でっけーロブスターが両方の尻ペタをがっちりハサミで挟んでしがみついていて。

「と、とってよ〜」

「さあ、おキヌちゃん朝ご飯にしようか。」
「そうですね。今朝は洋食ですけど。」
「ロブスターでござるか?」
「どうせまた一匹だけだったんでしょ。」

「ちょっと!取ってってばぁ!あだっ!ちょ!そこはマズイってば!!挟むなぁぁぁ!!」

立ち去っていく4人の背後から令子の涙声が響いていたが、そんなもん誰も気にしないのであった。



                                   おしまい



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