ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(42)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 7/ 3)

―――その瞬間、エミは、自分が確かに聴覚を失ったと思った。
何か、加奈江に対しての罵声や、気合を入れるための掛け声ぐらい、言ったかも知れない。地面を蹴った足の音も、少しぐらい聞こえて良さそうなものだったが―――
加奈江に向かって飛び出した、その前後。
エミは、音と言う音を一切感じなかった。
異様なまでに高まった緊張感のせいで、相手を見据える視覚以外の感覚が一時的に感じられなくなったのか、肌に触れる空気の流れさえ感じない。
絶対の無音と、視覚以外の全てを失ったような無感覚の中、エミは加奈江に飛び掛り、加奈江もエミの方に飛び掛ってきて、二人は、飛び上がった中空で互いに組み付き合った。
   ―――ガッ!!
一時の異様な緊張は落ち着き、再び感覚を取り戻したエミの耳に、加奈江がこちらのブーメランを掴んで握り締めた音が響く。
 ・・・キシッ・・・ミシッ、ミシッ・・・
以前のブーメランは加奈江に壊されてしまったので、今回新調したものは神鉄を芯に仕込んだ特別製だが、魔物の腕力にはかなわないのか、加奈江が手に力を込めるたびに、表面を覆った木が嫌な音を立てて軋む。
その音を聞きながら、加奈江はニッと笑ってエミを見ると言った。
「・・・多分、もうすぐ壊れるわよ。馬鹿ね。取っ組み合いで私に勝てると思った?」
「・・・・・・」
腕力勝負の接近戦ではかなわないだろうに、勢いだけで突っ込んできたと思ったのだろう。
加奈江がくすくすと、嘲りの気色を含めて笑うが、エミは、沈黙して答えない。
それを、焦りや不安ゆえの沈黙と受け取ったのか、加奈江は真っ赤な唇の両端を、さらに高く持ち上げて笑みを作ると言った。
「安心していいのよ。貴方は投げられて、木に当たって、首の骨を折って終わり・・・!一瞬で終わるから、安心しなさいな・・・!!」
そう言うと、片手でブーメランを押しのけて、もう片方の手をエミの胸倉に伸ばす。
そして、エミの体を持ち上げて、ちょうど自分の背後にある大木に、投げつけようとしたその時―――
「え?」
浮遊感を感じたのは、加奈江の方だった。
胸倉を掴んだこちらの手を掴まれたかと思うと、その手をギュッとひねられ、肘の関節を外されたらしい不思議な感触の後、ほんの一瞬で気持ち悪いほど力が入らなくなる。
その、力が抜けた腕を強く引っ張られたような感触を認識した直後―――加奈江は、自分の頭上でなく、頭の下に月があるのを見た。
「ッ、キャ・・・!!」
直後、天地が逆さまになった状態のまま後頭部から地面に突っ込んでバウンドし、エミを投げつけるつもりだった大木に、自分が背中からぶち当たる。
直径七十センチはあろうかと思われる杉の木は、さすがに折れはしなかったものの、ギシ、と音を立てて、根っこからてっぺんまでの全身をガタガタと大きく揺らし、パラパラと落ちてくる細かい杉の葉を振り払いながら立ち上がると、加奈江は、自分を投げた体勢のまま、こちらをじっと見つめているエミを睨んだ。
「くっ・・・!!」
「・・・プロをなめないでほしいワケ。取っ組み合いの勝負が不利なんて、前回でとっくにわかってるワケよ」
そう言ってブーメランを構えなおすと、エミは、不敵な笑みを唇に浮かべて言った。
「・・・今は便利ね。化け物にならなくても、強くなる方法は幾らでもあるワケ」
「・・・ドーピングと言う事かしら?」
エミに外された肘の関節をはめ直しながら、エミの方を向いて加奈江も微笑む。
肘の関節を外されたのはともかくとして、今の加奈江を瞬時に数メートル以上投げ飛ばすなど、普通の人間の腕力で出来る事ではない。
おそらく、筋力増強剤や反射神経を高める薬品を投与してきたのだろう。
「・・・よくやるわね。私を投げ飛ばせるぐらいに強くなってるなら、副作用も相当なものじゃないの?」
「平気よ。ピートのためだもの」
「・・・!!」
しれっとそう言ってやると、何か気に障ったらしく、周囲の空気が、一気に湧き出した殺気によって、ぐらりと揺れたように感じる。
「・・・よくぬけぬけと言えるものね。色ボケ女の分際で。どうせ、ピート君の見た目しか見てないくせに・・・!!」
「あんたに決め付けられたかないわよ。大体、あたしを色ボケ色ボケって言ってるけど、あんただってどうなのよ?」
加奈江の口調自体はまだ穏やかだが、その体から噴出す気迫は、穏やかどころのものではない。しかし、エミは負けずにその加奈江を睨み返すと、口調を強めて言った。
「あんた以前、『永遠』とかどうとか言ってたわね。そしてあんたは、ピートのおかげで魔力を手に入れたと言っていた・・・つまりあんたは、ピートに、『永遠』とか魔力とかを求めてたんでしょう?それが欲しくてピートを誘拐したんなら、あんただって下心があったのよ」
「・・・違うわ。私はもっと・・・」
「もっと、何?見た目にひかれるのも『永遠』とやらにひかれるのも、所詮は下心じゃない。そもそも、あんただって、ピートのどこを見てたワケ?『私は彼の全てを見てます』ってツラして、好きな食べ物とか好きな色とか知ってても、それが何なワケ?要は、あんただってピートの外側だけ見てたんじゃない、あの子の解かり易いところだけ見て「全部知ってる」気になってるだけじゃ・・・」
「黙れっ!!」
「・・・・・・」
加奈江の激しい一喝に、思わず口を閉じる。
そして、余程「きた」のか、肩で息をしている加奈江の様子を見て、エミは加奈江の方に少し近づくと言った。
「・・・何焦ってるワケ?あんたが自分でもごまかしてた化けの皮が、はがれてきたってところかしら」
「・・・・・・」
加奈江は答えない。
おそらく、先ほどエミが言った事は、加奈江本人も自覚していなかった筈だ。
―――相手の表面の好みだけ知って、理解した気になっている―――
(・・・私も人の事は言えないか・・・)
自分はその表面の好みさえも知らずにピートに迫っていた事を思い出して、エミは、加奈江を見据えながら、内心で少し自嘲気味な笑いを浮かべた。
一度は完全に言い負かしたエミから思わぬ事を言われて、半分混乱しているのかも知れない。加奈江はしばらくその場で深呼吸していたが―――次に顔を上げた時、その顔には、ピートにいつも見せていた、あの掴み所の無いやたらと優しそうななだけの微笑が浮かんでいた。
「・・・違うわ。私は彼をずっと見てきたもの。私はピエトロ君を守ってあげたいだけよ」
「・・・守る?お偉いこと・・・!自信過剰は手に負えないワケ」
「いいえ。私は本当に彼の事を考えているだけ・・・。今の彼は怒るかも知れないけど、これからもっと時間が経った時、ピエトロ君は私に感謝してくれる筈よ」
「・・・?」
加奈江の言葉に、ただ自分だけの思い込みでとち狂ったものではなさそうな―――何かを感じて、自信過剰とも取れる彼女の言葉に呆れ、そっぽを向いていたエミは、ふと、加奈江の方に向き直った。
投げ飛ばしたため、少し砂ぼこりで汚れているものの、満月の月光に脳天から照らされた加奈江の黒髪は、相変わらず艶々と輝いている。
その黒髪の下の白い顔に、穏やかな微笑を浮かべた加奈江は、自分の計画を静かに、そして、誇らしげに告げた。
「・・・世界中に彼の『永遠』を分け与える・・・。世界中のものを不変のものに変えるのよ。世界が、ピエトロ君と同じ・・・『永遠』の時の中を歩むように・・・」

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