ザ・グレート・展開予測ショー

日記帳


投稿者名:天馬
投稿日時:(06/ 5/10)

 
 『ありがとう、神様。私は、…私は幸せです。』








 その日記帳が客間のテーブルの上に無造作においてあるのを見つけたのは、たまたまだった。
 感情のないはずのそれも、心地の好い春の陽気に心動かされたのか、幾数枚のページをぱらりぱらりと風に乗せて動かしている。
 だから、彼女がその言葉を見つけたのは本当に偶然だったのだ。
 一ページ25本、一定の間隔をとって平行に並んでいる線の隙間を縫うように、びっしりと見覚えのある字が並んでいる。
 その丁寧で優しげな字は、この日記帳の持ち主が誰かということをすぐに理解させてくれた。

 おキヌちゃんだ。

 一瞬で令子はそれの持ち主を看破する。だが、実際字を見ずとも令子はそれを半ば見通していた。
 自分は日記などつけない。いわんや横島をや。ならば、必然的にこれを書くのは、氷室キヌ、彼女しかいなかった。
 人の日記帳など、勝手に読むべきものではない。それを理解しつつも、心のどこかでこの微風のせいにして読んでしまおうとしている自分がいた。
 そして気づけば令子は、日記帳を手に取り、そのページの内容を読み始めた。

 










 『きっと私は、今日の出来事を忘れないと思います。』




 ―――今日は久しぶりに横島さんのおうちに行きました。―――

 「ありがと」

 あの人は本当に嬉しそうに言ってくれました。

 「いや、本当に、本当にありがとう」

 その後で頭まで下げてしまって。

 涙をだらだら流しながらお礼を言うその姿は、相変わらずです。
 でも、少し、かっこ悪かったので、私はちょっと困りました。

 「あ。あの。いえ、そんな、顔を上げてください、身体を起こしてください」

 「いやっ、何かさ。ご飯を作ってもらうって、いい気持ちだよなぁ・・・って思うと自然に・・・」

 「幽霊だったときも作ってたじゃないですか」

 「そうなんだけどさ・・・生身の女の子に作ってもらえるって・・・なんかもう」

 生身の女の子。
 と、あの人はそう言いました。
 嬉しがるべきなんでしょうけど、私は少し寂しくなりました。
 女の子なら誰でも良いのかな、と。

 だから以前の私はだめだったのかな、と。

 勿論、そんな顔は表に出しませんでしたけど。


 だけどちょっぴり悲しくなったのも事実。



 「・・・あの、おキヌちゃん? 俺、何か気に触るようなこと言った?」

 「いえ、別に。全然。気にしてませんし、言ってませんよ。ほんとに」

 ―――嘘。

 顔を背けてちょっぴり――いいえ。思いっきり不機嫌に。なぜでしょうか、わたしにはまったくわかりませんでした。
 ・・・ううん、きっと、わかってる。
 心の奥底に沈めた私の感情が表に出てしまっていたのかもしれません。
 横島さんにとっての私ってものが、見え隠れしたような気がして。


 「あ、あのさ。おキヌちゃん」

 「何ですか?」

 「・・・本当にありがと」

 「いいですよ、べつに」

 「こんなときにこんなこといってもカッコが付かないけどさ」






 俺、おキヌちゃんが生き返って。俺たちのこと思い出してくれて。


 またここに戻ってきてくれて。







 ―――――本当にうれしかったんだ















 何となく気づく瞬間って、あります。
 『あぁ、この人ってやっぱり良いなぁ』と思う瞬間。
 いつでも笑っていつでも泣いて。
 激しすぎるくらいにころころと表情を変える貴方だから。
 こんな何気ない日常がこそが幸せだと思わせてくれる貴方だから。
 カッコつかない貴方が、だからこそとっても心惹かれる貴方が。



 やっぱり、憮然としていたんでしょうか。緩む頬で気づきます。強張っていました。でも、緩めたくないんです。私の意地の張り方。
 唇を浅く噛みます。だって、そうしないと。うれしくて涙が出ちゃうから。

 涙の代わりに添えるのは笑顔。あの人が大好きだって言ってくれた、私の想いのたけを込めた笑顔。



 「どういたしまして」

 だけど言葉は。
 もう、これだけいうのが精一杯で。




 神様。
 本当に、私は。
 生まれてきて、良かったです。
 生き返れてよかった。
 いろんなこと、あったけど。
 本当に、いろんなこと、あったけど。


 でも、良かった。
 あの人と、会えて。
 あの人と、話せて。
 あの人と、触れ合えて。

 なんて素敵な事なんだろう。
 そう思います。

 そう思うと涙が出てきます。
 本当に、どうしようもなく。
 悲しいわけでもないのに。

 とってもうれしいはずなのに。












 「・・・・・・」

 令子は頭をぽりぽりと掻きつつ、無言のままその簡素な日記帳をテーブルの上に置いた。
 胸に染み入るものが何なのか解らないまま。
 けれどそれは決して悪いものではなくて。

「らしく、ないなぁ。まさか私もこんな感情、持つなんて」

 苦笑を浮かべ、所長室へと歩きながら、ふと、思う。






 (あ−。神様。聞いているのか見てるのかわかんないけど、神様)

 (うん、私も。感謝してる)


 令子は目を閉じて、暖かな微風に身を委ねた。




 (本当に・・・おキヌちゃんほどじゃないけど、色々あったけど・・・)

 (でも、出逢えたから・・・うん。みんなに、会えたから)




 この暖かさはきっと、春の温もりのおかげばかりではないと、感じながら。




 (私も、幸せ、かな。・・・多分ね?)







 ―――――そんなたわいもない、春の一日


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