ザ・グレート・展開予測ショー

かがやけるとき


投稿者名:臥蘭堂
投稿日時:(06/ 5/ 9)

「ドクター・カオス」

 分解メンテナンスの最中に、首だけがテーブルに置かれた状態で、マリアが口を開いた。

「あん? 何じゃね一体。今ちょっと細かい所なんで、手が離せんのだが」

 ルーペを目にはさんだ状態でボディ内部の動力伝達の制御回路を覗き込んでいたカオスは、ピンセットとマイクロドライバーを手に、視線を動かさぬまま、応えた。
 作業に集中しているようでいて、しっかりとマリアに受け答えするだけの意識配分は常に行っているあたりは流石ではあったが、最近は、それよりも目の疲れる事が多くなって来たのが、カオスにはつらかった。

 やれやれ。こりゃあいずれ自分の目玉をメンテナンスする破目におちいるかも知れんな。まあ、そりゃあそれで楽しそうな作業ではあるが。

 やがて、緊急を要するような箇所の手入れを終え、カオスは軽くため息を漏らして、机に置かれたマリアの頭に向き直った。

「さて、待たせたな。話はなんじゃ?」
「イエス・質問が・あるのです・が」

 カオスは脇に置いてあった盆から急須を取り茶を入れようとしたが、中身は空だった。首の取れた状態のマリアの体が動いてお湯を入れようとするが、カオスはそれを手で制し、自分でポットから湯を注いだ。

「そんな状態でいちいち動かんでええ。で、質問と言うのは?」
「イエス――青春・とは・何なの・でしょうか」
「青春じゃと?」
「イエス・実・は」

 マリアの語った内容は、おおむね、次のようなものだった。

 夕食の買い物の為に商店街に一人出向いた時の事だった。横島忠夫と、机妖怪である愛子の二人に出会った。机を背負った頓狂とも言える姿ではあったが、商店街の者達は、皆愛子にも愛想よく接し、横島と二人でいる事を冷やかすような言葉までかけていた。
 そして、それに対し愛子は「青春」と言う言葉を、再三繰り返していた。

「マリア・青春・解らない・ドクター・カオス・青春・解ります・か」
「なるほど。あの妖怪少女がな」

 何をしとるのか、あの小僧も。しかし、妖怪が青春とはな。ああいや、アレは確か、学校に縛られた存在だとか言ってたか。なら、無理もないのか。

「青春。青春な。それはなマリア。言ってみれば、幻想のようなもんじゃ」
「幻想・ですか」
「ああ。幻想じゃよ。それは、あたかも確かに存在するかのように思えはするが、しかし、幻想にすぎぬ。人に四時巡るとは、この国の言葉じゃがな。それとて幻想だ。人の生に季節など存在せぬ。あるのはただ、今と言う瞬間の連鎖に他ならん」

 カオスは、しばし瞑目し、かすかな残骸と成り果てた記憶の映像をさかのぼった。

 自分の作った機械仕掛けの犬と戯れるあの人の姿――だが、その顔すらも、今では判然とはしない。だが。
 しかし、それでもなお、確かに覚えている事はある。


 美しかったのだ。あの人は。それだけは、はっきりと覚えている。


「人の生とは、すなわち瞬間の連続だ。今この時という、瞬間の連鎖。人は、今と言う瞬間を連ねながら、やがて終わりの時へと至る。それが、人の生の本質に他ならん」


 変わらぬ自分に向かい、最近皺が増えたと言うあの人は――それでもなお。


「もしそこに青春と言う幻想を仮託するならば、その瞬間が輝かしく見える時、それをこそ、人は青春と呼ぶのだろう」


 それでもなお――あの人は、美しくあり続けたのだ。艶やかだった髪が、すっかり白く、かすれ果てようとも。その笑顔が、皺に埋もれてしまおうとも。凛とした立ち姿が、ねじくれた古木の如く歪んでしまおうとも。
 終わりの瞬間を迎えようとするその時まで、死神が背後に立つその瞬間まで、あの人は、美しかったのだ。


「春と言うのならば、人の生、その瞬間全てが春となろう。青かろうが白かろうが、あるいは黒でも赤でも、春は常に春となる。そう。全ての時は、皆等しく――美しいのだよ」


 時よ止まれ――お前は今、美しい。かつて、そう言った友人がいた。ああ、旧友よ。いまは既に楽園へと赴いた者よ。お前の言う通りだ。時は、全ての時は、皆輝かしくも、美しいのだ。


「だから、青春などと言う概念は、幻想に過ぎぬのだよ。解ったかね、マリア」

 カオスの言葉に、マリアはしばし黙し、やがて、普段と同じ答えを返した。

「イエス・ドクター・カオス」

 そう言った時のマリアの顔に、あの人の笑顔が重なったように思えたカオスは、つい、口元が小さく笑みの形に歪むのを、禁じえなかった。


 今正に、時の美しさ、その一端を、垣間見たかのように。


――了――

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