慈雨
投稿者名:美尾
投稿日時:(06/ 5/ 7)
最初は、何がなんだかよくわからなかったんです。
目覚めてすぐに、お父さんとお母さんと早苗おねえちゃんに、『君の名前は氷室キヌ』とか『自分たちのことを親だと思ってほしい』とか、あとは『記憶がなくて、しばらくは不自由するだろうけど自分たちがいるから心配しないでいい』っていうことを聞いたんですけどね。
目覚めたばっかりでボンヤリしてて、やっぱり自然には受け止められなかったなぁ。
ただ、いま思えばその時に本当のことを聞いてたとしても混乱しちゃったんでしょうけどね、きっと。
話が終わって、三人が部屋から出て行くときにゆっくり眠れるようにって電気を消していってくれたんですけど、真っ暗になった部屋に一人でいたら…急に怖くなっちゃって…。
ほら、私の体はずっと氷の中にいたじゃないですか、それを思い出しちゃったんでしょうね。それに起きたばっかりだから体も重くって…解凍されたばっかりの魚ってあんな感じなのかな。
…笑わないでくださいよっ、もうっ。
でも私は、前に生きてた頃のことも、幽霊の時の記憶も、なんにも持ってなくて、だから余計に怖かったんです。
美神さんのことも、横島さんのことも忘れてて。
でも、おかしいですよね。忘れたことは、何か思い出さなきゃってことは覚えてるんでしょ。
自分のことがなんにもわからないのが、怖くて、情けなくて、悔しくて、不安で…それで…泣いちゃったんです。
一度泣き始めたらどんどんと悲しくなってきて、嗚咽するまで泣いちゃって…。
そうしてたらね、早苗おねえちゃんが来てくれたんです。
なにかあったのかって。
そんな顔しないでくださいよ。大体なんで早苗おねえちゃんと仲悪いんですか?
覗き扱いされたから?
えっと…したんでしょう?
あっ、そんな顔しないでくださいよ。でも本当にやめてくださいね、それにやるなら私に……なんでもないですよ。
えっと、どこまで話ましたっけ?
早苗おねえちゃんが部屋に入ってきたところでしたよね。
最初はね、なんでもないって答えたんです。
まだ、ちゃんとお話したこともなかったし、遠慮みたいなのがあって。
そうしたら、こう言ってくれたんです。
おキヌちゃんは私の妹だ。だからなんでも話してくれ、って。
言いきってくれたのが嬉しくて…それで、心の中にあった不安、もどかしさを全部吐き出せたんです。上手く喋れなかったですけどね。
結局、その夜は手を握ってもらいながら寝たんです。
朝起きたときも側にいてくれてて、というよりそのまま寝ちゃったんでしょうね。
外が少し明るくなってたし、寝た分だけ体のほうも少し元気になってたから外に出ようと思ったんです。
まだ体は重かったけど、立ちあがれて、フラフラよろめきながらですけど、歩いて外に出たら。雨が降ってたんです、静かにゆっくり。
目を閉じて聞いたポツポツと木葉を叩く音も
深呼吸して吸った土の湿った匂いも
なんだかすごく懐かしくて…。
それから少し、お散歩したんです。庭のまわりをちょっとだけですけど。
雨に濡れるのも、足で草を踏むのも、なにもかも気持ち良くって、
私、生きてるんだなぁって
生き返って初めて実感できたんです。
戻ったら、早苗おねえちゃんが起きてて、目をこすってたんです。
その仕草がおかしくて、だから笑いながら挨拶できたんです。
おはようございます……早苗おねえちゃん、って。
その後、おねえちゃんにこんなに濡れちゃってどうしたのって叱られて、風邪もひいちゃったんですけどね、アハハ。
明日の朝、お散歩行きましょうよ。
シロちゃんばっかりずるいですもん。
いいですよね、ねっ?
今までの
コメント:
- 優しい思い出の独白、雰囲気が素敵です。
が、この話を語っている状況がどうにも気になって仕方がありませんよ(笑)
ともあれ、こういうコトを感じていられるおキヌちゃんはええ子やな〜と。
ごちそうさまでしたっ (ちくわぶ)
- おキヌと横島の、事務所の風景でしょうか。
多分二人で紅茶とか飲んで、ゆっくりと語り合ってる様が浮かんできました。
おキヌも積極的になってきたようで、これからの二人に幸あれ、みたいな感じです。 (とおり)
- 話すことで、過去を慈雨の水に流せるほど幸せになる直前(直後?)の展開とも思いたくある一方、どうあるにせよ、
賛成です。
……でも、横島のアパートでの、一夜が明けた後のピロートークであって欲しいなぁとか、どうにも無粋ですね、私。
名前には意味があるとの解釈で、”氷室”を融かす苗とその妹の一幕であって欲しいと思いも。 (Nar9912)
- ピロートークに一票!(どん!)……って、あれ? そういうコーナーじゃない?
えーっと。
実は原作で、横島が氷をたたき割って、その次のページですぐに
早苗ちゃんとにこやかに笑い合うおキヌちゃんに、若干の違和感を持っていました。
──というか、違和感があったのを、このお話を読んで思い出しました(笑)。
それは「なんでそんなに、早苗ちゃんや学校生活と馴染んでるの?」みたいな違和感。
まぁ、原作もよく読むと、死津喪比女との戦いは半袖の季節で、
最後の早苗とのシーンは雪深い季節だから、時間の流れはそれなりにあるのがわかるんだけど、
でもやっぱり、なんか出来事がないとなー、みたいなことを思ってました(忘れてたけどw)。
というわけで(長々書いてしまいましたがw)、サスケ的にはすごく嬉しいお話でした。
そーそー、こーゆーエピソードがほしかったんだよー、とか思いました。
内容的にも、生き返ったときの違和感、早苗との交流、違和感が解消される瞬間、
あー、なるほどなーって思いました。それに、描写も美しいですねー。
とてもおもしろかったです。 (サスケ)
- 私もピロートークにいっぴ(ry
そんな反応ばっかり続いてもアレだろうなと思いつつ、言わずにいられなかったんですやう・・・
まだ、完全には生きてる人間の世界に足を踏み入れてなかった彼女を、静かに雨が迎えてくれた・・・そんな情景が伝わって来ます。
勿論、彼女を迎えてくれたのは雨だけではない。早苗ちゃんを始めとする色々な人達の思いが先にあった訳ですが、彼女がその中に踏み出すある境目に、この慈雨があったのではないでしょうか。
だからその雨の向こうで彼女は「早苗おねえちゃん」と呼べたのではないかと。
彼女のその時の思いを聞いてる横島くんの、直接描かれてない受け止め方も見えてくる感じに思えました。 (フル・サークル)
- どういう状況かは勝手に想像させて頂くとして(笑)
楽しそうに話してるおキヌちゃんがすごく良かったです。 (いも)
- おキヌちゃんは一体どんな状況でこの会話しているのか…色々と想像(妄想)が膨らみますねw
良かったです。 (偽バルタン)
- 皆さんピロートークピロートークって、えっちっちーですなぁ(´▽`)
スリビュのエピローグでは、すっかり氷室家になじんでいるように見受けられたおキヌちゃんですが、確かにこのような葛藤があったのだと思います。自らの記憶もないまま周りにいる家族、無意識の恐怖、自我の希薄さなど。それらをやさしく包み込んだ氷室の家の人間や早苗のおかげで彼女は救われたんだなぁと、思いました。
相変わらずお見事なお手前です美尾さん。お疲れ様です (天馬)
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