ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 28 ―  [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 5/ 6)




ブオォーーーン! ブロロロロ・・・ッ!!

 走り去る西条の車。それを猛然と追う神内。

「社長! 社長ーーーーっ!?」

 一人その場に残された秘書は叫びながら走るが、追いつかないし、彼の車も止まらないとやがて悟り、その足を止めた。

「まあ・・・追いかけっこが終わったら知らせもあるか・・・」

 諦めてそう呟くと元の場所へ戻る。連絡が入るまではこの辺で待っていた方が良いだろう。
 段差を跨いで歩道エリアに上った時、彼は足元で何かが光っているのに気付いた。
 まめに清掃されごみ一つないその歩道で、タワーのイルミネーションを反射しているその足元の物体はとても目立つ。

「あ・・・っ」

 彼は声を上げながら屈むと、それを拾い上げる。それは、キーホルダーの着いた車の鍵だった。
 さっき受け取りそこねた美神の愛車の鍵。神内とのいざこざの最中に落としてしまい、忘れていたのだろう。
 彼は考える。選択肢が二つ増えた。美神の車で彼らを追うか、当初の予定通りコーポレーションの駐車場へと運ぶか。
 先の事を思うと後者の方がより良い気もしたが、まずは相談してみよう――いや、あの人の事だから、運転中携帯に出たら事故りかねん。
 取りあえず、駐車場のコブラの所へ向かう事にした。彼は足を進めながらふと思う。
 何だろう・・・海が近いとは言え、この時間にしてはやたら濃い霧が出て来たな。
 タワーの灯も、そこの車のフロントライトもぼやけてるじゃないか。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「でやああぁーーーーーーっっ!!」
「たあーーーーーーーーーっ!!」

―――バシイィィィーーーーンッッ!!

「どう、バカ犬!? さすがのアンタもそろそろバテて来たんじゃない?」

「なんのっ、まだまだでござる!」

「ふん、どーだか・・・ッ!」

 孤軍ながら縦横に駆け、鍛え上げた霊波刀の剣撃を次々と振るうシロ。相対するタマモは狐火をやはり目まぐるしく放ちつつ、直接支援のGメン達を指揮していた。
 互いに相手の戦い方を熟知している者同士の勝負。狐火は主にシロの剣を封じ、撹乱するのに用いられ、彼女へのダメージは対妖怪用の符や神通棍を持ったGメンが受け持っている。

 残りの捜査官は彼女達から距離を置いて包囲しながら、機を窺っている。決着が着いた時の対応の為でもあるし―――また別の新手が来ないと言う保障もないからだ。
 更にその回りを取り囲んでいる数多くの部外者達。
 携帯で友達を、更にその友達の友達を呼んだのか、少年少女の数はさっきより増えている様にも見える・・・いや、元々レディース1チームで少女だけだった筈なのに今では男もいるのだから、間違いなく増えている。
 そして番組ロケのスタッフは、勝手にカメラを回し続けている。
 もはやGメンは彼らを制止するのに人員を割けない。報道規制は事後処理に任せるしかないだろう。

キュイィィィィィィィンッッッ・・・・・・ッ!

ド・・・・・・・・・・・ッッッ・・・!
バリバリバリバリガッ・・・ドドドドッ・・・ッ


ズドオオオオオオオオオオーーーーッッッ!!


 彼女達の奥、建物内部から凄まじい発光。
 一階と二階の全ての窓から炎の様な霊気と光、そして爆風が轟音を伴って一斉に噴き出した。

「―――――――――ッ!?」

「何て爆発だ・・・残留組は、司令達は、無事なのかっ!?」

「・・・一階と二階が同時に作動したのでござる・・・拙者も急がねば。お主らをあしらってから先生達に追い付く手筈なのでござるからなっ」

「あしらう、ねえ・・・アンタ、ちょっと私達ナメ過ぎ。あしらえると思ってるの?」

 タマモは構えていた狐火を収めると、その右手を頭上へと掲げる。すると彼女の全身がホテルからのそれとは別の、眩い光を放ち始めた。

「―――今度はアンタが幻術食らってみなさいよ!」

 彼女が一声と共に腕を鋭く振り下ろした時、シロの視界はTVチャンネルの様に切り替わった。

「む・・・っ!?」






 抜ける様な青空。真っ白な綿雲。
 目の前には平らに踏み固められた地面。
 道は伸び、くねり、巨大な楕円を描いている。
 トラックの内外には芝生が広がり気持ちの良い風にそよいでいる。
 周囲から響く歓声とざわめき。

そうだ。ここはグラウンドだ。

 シロは“思い出す”。

そして、ここはスタートラインで拙者は走者―――

<―――第三ゲート、******、騎手 ****。第四ゲート、マチカネサンポデゴザル、本名 犬塚シロ。第五ゲート、******・・・・・・>

「―――って、競馬でござるかぁぁーーっ!?」

 スタート地点はゲートで区切られ、彼女の両脇に並んでいるのは馬ばかり。

<各馬ゲートに揃いました。これにて投票を締め切らせて頂きます・・・>

 気付けば、顔の横を何かで塞がれ前方しか見る事が出来なくなっていた。
 拙者、馬じゃなくて狼でござるよ・・・。
 そうこぼしつつも自分の置かれてる状況自体にはさしたる疑問も感じぬまま、彼女は前を見る。
 ふと、道の果てにある何かに気付いた。

「む・・・あ、あれはっ!?」

 トラックのカーブ手前、そこにはテーブルが置かれ、大量に並べられた肉料理の数々。
 そしてその傍らには彼女に微笑みかけながら手招きしている横島の姿が。

「せ、せんせえーーーっ! お肉ーーーーっ! さんぽーーーーっ!」

 バタンッという音と共にゲートが開き、各馬一斉にスタート。
 シロもまた、四つん這いで猛然とダッシュしていた・・・・・・






 四つん這いのまま、シロはハッハッと荒い呼吸をしながら虚ろな目であらぬ方向を向いている。腕を組んでそれを冷ややかに眺めているタマモ。
 Gメン達は今にも駆け出しそうなシロの進行方向に壁を作って立ち塞がり、じりじりと迫っている。彼女の背後からも妖怪捕獲用の網を二人がかりで持って接近していた。
 だっと彼女の足が地面を蹴った時、彼らは同時に飛び掛かる。

―――――ズドンッッ!

「うわあああっ!?」

「な、何? どうしてっ!?」

 壁を作っていた内の二人が刀を受ける構えのまま後方に飛ばされ、そこから霊波刀を振るうシロが飛び出して来た。その目は既に正気を取り戻している。

「効いてた筈よ。こんなに早く解けるなんて、あり得ないわ! 一体・・・・・・」

ぽた・・・ぽたぽたぽたぽたっ・・・・・・

 タマモはシロを観察し、次の瞬間息を呑む。
 彼女の左手からは血が滴り落ちていた。攻撃による負傷ではない・・・もっと粗い傷。
 彼女の口元、その周りにも赤いものがついていた。

「こんな目眩ましで・・・惑わされる、拙者では・・・ござらん」

「ア、アンタ・・・何て事・・・どうして、どうしてそこまですんのよ!?」

 左手を自ら深く噛み抉る事で幻夢から覚めた人狼の少女に、妖狐の少女は激昂して問い詰めた。

「・・・だって、先生も・・・先生は、もっと痛いのでござる」

「―――――馬鹿ッ!」

ヒュッッ――ー―バシイィンッ!
バシッ! バシッ! バシッ!

キンッッッ!

 タマモは叫ぶと同時に狐火を繰り出しながらシロへと向かっていた。
 幻術の余波と腕の痛みとで少なからずその動きは鈍っていたが、剣先は余す所なくそれらを捉え、弾き飛ばす。

「だからって、何でアンタまで痛い思いしなくちゃなんないのよ!? 何でアイツと一緒に傷付こうとしてんのよ!? だって、アンタは・・・」

「―――その先は・・・言わんで結構でござる」

 徐々に距離を詰めて行くタマモ。狐火と剣撃の応酬は、彼女がシロに近付くにつれて激しさを増す。
 死角を突こうと右へ左へ回り込むタマモに、シロは足捌きで身体の向きを変えつつ相対する。

「だって・・・アイツは・・・」

「黙るでござる・・・」

「アンタを見てないアイツに一方的に・・・」

「―――黙れと言ったであろうっっ!!」


ザシャアアアアッ!!


「きゃ・・・っ!」

 シロが放った渾身の一振りは、宙に並ぶ狐火の連弾をまとめて薙ぎ払い、新たな一灯を用意していたタマモに衝撃波となって命中した。
 後ろ向きに飛ばされた彼女は数m先の地面に激しく転がる。

「―――シロさんっ」

「ぬ?」

 大きな技の直後は、反動で生じる隙も心身共に大きい。ふいに横から聞こえた、いつもの様な感じで呼び掛けて来た声。
 シロは、素のままで返事しながら振り向いてしまった。

「―――サイキック・猫だましっ!」

パシイイッ!!

「ぬあっ!?」

 横島からシロへ、彼女からその親しい同僚へ伝えられた小技。彼女の作った隙を更に広げるには十分だった。
 両目を閉じながら身じろいだシロへ二人のGメンが向かう。
 それぞれ霊的格闘術と符術攻撃の使い手である事に、シロも目を開けていたなら気付けたかもしれない。

ダダダダダダダダンッッ!!

「――ぎゃんっ!?」

 シロを中心に交差しながら二人はすれ違いざま、それぞれに彼女へとダメージを与える。
 この二人が得意とする連携技――通常の妖怪退治なら、その後にシロの霊波刀が来る筈のものだった。
 だが、続いて来たのはちりちりと焦げる様な気配。かろうじて目を開けた彼女の見たものは、前触れもなく発光し炎に爆ぜる周囲の大気と地面。

―――ボシュウウウッッッ!!

「・・・・・・ッ!」

「どう? アンタを支えて来た、アンタの仲間達の技を食らった感想は」

 地面に伏せていたタマモは膝をついて身を起こし、右手をシロへと向けていた。
 狐火の通り過ぎた後には衣服のあちこちを焦げさせたシロが、彼女同様片膝をついている。
 荒い呼吸の中、シロは前方のタマモへと尋ねた。

「ならば・・・ならば何故、お主は拙者を追って来るでござるか・・・」

「アンタに・・・こんなコトで傷付いてほしくは・・・なかった・・・」

 答えは自然に、口をついて出る。
 タマモの目には怒りや緊張感とは別の色が浮かんでいた。哀しげで暖かい色、シロにはそう感じられた。
 タマモのそんな表情を見るのは初めてだったかもしれない。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 四階、大宴会場。埃の積もっただだっ広い畳敷きを中央まで進むと、横島は手からの血を足元へと垂らす。
 呪文と彼の血液とを吸い込んだ畳は、やがて隠された霊的装置の全貌を赤く浮かび上がらせた。
 Gメンの仕掛けたと思しき結界札や呪法が、それに反応してバチバチと火花を立て始める。ステップを踏んで円陣の上から離れる横島。
 彼は数歩退がると、円陣の一端――七大魔王の名が連なる中、アシュタロスに代わって自分の名前が記された箇所――目がけて生成した文珠を放り込み、今度は駆け足で退避する。
 次の瞬間、轟音と共に建物全体が激しく揺さぶられた。爆発的な光芒に腕で目を覆う二人。

 彼らが腕を下ろして見た時には、大広間の中心に天井へと伸びる太い光の円柱が生じていた。Gメン側の仕掛けが次々とその周囲で弾け飛ぶ。
 装置を動かして行く毎に揺れがより激しくなって来ている――雪之丞にはそう感じられていた。
 廃虚とは言え鉄筋の建物なのに、まるでダンボール箱の中にいる様な危うさ。いつ倒壊したっておかしくねえ感じだぜ。

ヒュオッッ――――!

「あ・・・・・・おいっ!?」

 振動する床を慎重に進み、宴会場から脱出しようとしていた二人。
 突如雪之丞の前で横島の身体が傾げ、とんとんと術者用ラインの外へ二歩ばかり踏み出す。
 暴風の様な霊力の奔流に晒された彼は吹き飛ばされそうになり、更にそこへ悪霊の一体が猛スピードで向かって来ていた。
 雪之丞は素早く横島の前へと出ると、悪霊の鼻先に鋭いカウンターを食らわす――と同時に、横島をライン内へと引き戻す。

「何やってんだ、しっかりしろよ」

「あ、いや、悪りぃ・・・」

「・・・・・・大丈夫、か?」

 不注意を詫びつつも未だ足元が覚束ないでいる様子の横島に、雪之丞は眉を寄せて尋ねる。彼のふらつきが、ただぼんやりしていたからじゃない事は明らかだった。

「血・・・出し過ぎなんじゃねえのか」

「ああ、これ・・・んなコトねーって」

 そうだるそうな声で答える横島の手からは今もぽたぽたと赤い滴が小刻みに落ちている。結構深く切ったのだ。
 最初はきつく縛っていた止血も、回を重ねるにつれておざなりになって来ている。

「そんなんで、ラストまでもつのかよ」

「全然平気・・・後は5階と屋上、だけじゃねーか・・・」

「屋上では3ヶ所あんだぞ。とにかく・・・・・・急ごうぜ」

 不安を感じつつも、今言える事はそれしかなかった。

「おうよ」

 横島は足元を強く踏みしめ、背筋を伸ばす。そうして再び歩き始めた彼に雪之丞も続いた。
 二人の頭上へ天井の欠片が僅かに降り注いでいる。
 外れた襖の向こうは靴脱ぎ場を隔てて廊下へと繋がっていた。そのまま踏み出そうとした横島の足が急に止まる。
 足を止めたまま彼は、振り返らずに背後へと呼び掛けた。

「雪之丞」

「ああ、分かってるぜ?」

 雪之丞は口元だけで薄く笑い、彼に頷き返した。二人が息を詰めて左右に伸びた廊下を凝視する。

ザッ――――ザザッ!

 横島が右へ、雪之丞が左へと、廊下に飛び出しながら身構える。
 だがどちらの視界にも誰の姿も映ってはいなかった。

「「―――そっちもか」」

 二人はほぼ同時に背中合わせの相方へ確かめる。誰の姿もない・・・しかし、先程感じた気配は、今もその場所でひしひしと張り詰めたままだ。
 雪之丞は沈黙の中、横島の呼吸が緊張で乱れ始めているのを一層強く実感している。

「なあ・・・どこにいんのか知らねえが、奴さん、こちらの動きを待ってんじゃねえのか? だとしたら、ここでピリピリしてても逆効果だ。まずは様子見ながら前へ出た方が・・・」

 雪之丞が振り返り横島の向いている通路の先――非常口とその手前の客用階段――へと目をやりながら言うと、横島は抑えた声で答える。

「隊長を甘く見るな・・・どこにいるか分からんって事は、どこにいてもおかしくないって事だ」

 特にあの人の場合だとな。そう付け加えると視線を廊下の奥から手前へと動かし、天井や床の各所を探っていた。
 天井に空いた穴、排気口、違和感のある・・・光の歪んで見える様な、場所はないか。
 飛び回る雑霊を捕えている装置からのオレンジの光で、廊下はかつて営業していた頃の様に照らされていたが、それでも怪しいもの――彼らにとっての――は、見当たらなかった。
 横島は一歩前に出て首を動かし、自分の頭上、続いて雪之丞の頭上へと目を走らせた。
 その時。

「こっちよ!」

――――バァンッッッ!!

「・・・げえっ!?」

「―――っ!」

 今横島が背を向けた通路奥の非常口、扉が弾け飛び、そこからランスを構えた美智恵が突進して来た。
 確かに、居場所の探索などあまり意味がなかった。彼女はその位置から一瞬の間に、人間離れしたスピードで彼らの目前へと迫っていたのだから。
 雪之丞が顔を引きつらせ、横島の振りかえったその時には、彼女の槍は二人をまとめて突き飛ばしていた。

タッ・・・ダダダッ・・・・・・ドンッッ!!

「「――わああああっ!?」」

ずざざざざざ・・・っ!

 二人がかりでかろうじて受けつつも、衝撃で数メートル先まで転がって行く横島と雪之丞。
 顔を上げて見ると、美智恵はその場に留まりながら尚も、槍の切っ先を二人へと向けている。

「隊長・・・先陣切って来たっスか」

「な、何考えてやがんだ、あのおばはんっ!? 屋内でんなモン振り回せる筈もねえ――」

 疑問を口にした雪之丞は続いて聞きつけた背後の足音を一瞥し、一言、ああなるほどなと呟く。
 どこに配置され、どこからやって来たのかも定かでないが、防護服姿のGメンが雪之丞後ろの廊下にわらわらと現れていた。
 重装備の彼らには、霊力の強風も雑霊との接触も全く影響はなかった。広がって通路を塞ぎながらゆっくりと二人へ接近している。
 彼女が槍を「振り回す」必要などなかったのだ――ただ、前へと突き出せば良いのだから。圧倒的な力で。

「こりゃあ・・・どうするよ、オイ」

 答えも期待せずに呟く雪之丞。建物内での戦闘を考えて同行した彼である。どんな装備にせよ、自分の目の前の連中ぐらいなら二人でどうにか片付ける自信はあった。
 しかし、後ろには突貫体勢の美智恵がいる――横島とサシで。
 こちらも二人がかりでやっとどうにかなりそうな相手だ。今の横島では勝ち目はない。彼の問いに答えたのは美智恵だった。

「どうにも、ならないのよ・・・完全に挟んだ・・・ここまでよ」

「そう言えば、俺が諦めてくれるとでも・・・?」

 彼女の言葉へ次に問い掛けたのは横島。美智恵は微かに首を振る。

「諦める諦めないの話じゃないのよ。抵抗してくれても構わないわ・・・無駄な抵抗とやらをね」

「ふーーん?」

 横島が彼女の返事を聞きながらも、身体を起こし立ち上がった。槍は相変わらず横島達に向けられたままで、美智恵はすぐにでも次の一撃を放てる体勢にある。
 横島は眩暈がしたのか少しよろけたが、一歩を踏み出すと彼女を見据え、静かに尋ねた。

「隊長・・・・・・ひのめちゃんは、今どこにいますか?」

「――――ッ!」

 その言葉に美智恵が息を呑む。彼女の反対側に集結していたGメン達の間にも緊張が走った。
 だが最も反応しているのは彼の隣で身体を起こしかけていた雪之丞だった。弾かれた様に飛び上がった彼は、横島の肩を強く掴んで問い詰める。

「何だ、そりゃあ・・・おい、横島、どういう事だよてめえっ!?」

「本気、なの・・・? まさか・・・そんな事・・・」

 掴み掛かるその手は霊力を集めた手で押えながら、横島は尚も美智恵を無表情で見ている。

「不可能だと思うんスか。隊長、よく考えましょうよ・・・これ以上俺らの邪魔なんかしてて、本当に大丈夫なのか」

 不可能とは思えなかった。
 仕事で連れて行けない時、幼稚園を除けばひのめは殆ど美神事務所かGメンオフィスに・・・今日は当然後者に・・・預けられていた。そんな彼女達の事情を知らない横島ではない。
 そして、彼の協力者はまだどこにどんな形で潜んでいるのか、不明なままなのだ。

「あの子に何かあったら・・・・・・アンタ達を、殺すわ」

「じゃあ、そういう事ですかね?」

 低く発せられた美智恵の宣告にも軽く返す横島。その答えの持つ意味に周囲は更に凍り付く。
 氷の様な空気の中、横島はもう一歩を踏み出す。絶句したままの雪之丞の片手は彼の肩から離れた。

「とりあえず・・・通してくれませんか、そこ? “何かあって”殺し合うなんて話よりよっぽど前向きですよ」

「横・・・島・・・」

「さあっ・・・さあ?」

 美智恵は体勢も表情も崩す事なく、横島を見ていた。横島もそれ以上踏み出す事もなく、時間が淀んだ油の様に流れる。
 その中でふいに彼女が口を開いた。

「フフ・・・フフッ・・・フフフフ・・・・・・」

 彼女の口から出たのは、いかにも可笑しげな笑い声だった。もう一歩近付こうとしていた横島の動きが止まる。
 美智恵は視線と槍を横島に構えたまま笑い続けている。雪之丞もGメン達も呆気に取られ、しかし何かを尋ねる事も出来ずに二人を見守っていた。
 やがて彼女が横島へ笑いかけながら言う。

「フフッ・・・ダメよ、横島クン。やっぱりその程度じゃ私を揺さぶるにはまだまだだったみたい」

「あーーー、やっぱダメっすか。“こりゃノセた!”と思ったんだけどなあ」

 溜め息と共に肩を落としつつも、のんびりと横島が答えた。
 その口調とは正反対に、彼の両手に集まる霊気は激しい火花を散らしながら量を増していた。

「がっかりする事はないわ。さすが令子の一番弟子ってだけの演技だった・・・けど、相手が悪かったわね。私はあの子の母親よ?」

「隊長にはかなわんなあ・・・どこで見抜かれたんスかね?」

 横島の脅迫を嘘と断じた美智恵に揺るぎはなく、横島も悪あがきせずあっさりと認めている。
 両手に霊力を纏わせながら横島がもう一歩を踏み出すと、美智恵は槍の角度を僅かに調整した。

「簡単なコトよ―――もしアナタが、目的の為にひのめを人質に出来る様な人間だったなら、それを可能にするだけの動員力は得られてないわ。
 計画を秘密裏に進めて来れたのも、神内氏の食指を動かせたのも、ここまで到り着けたのも、アナタがそんな人間でなかったが故なのよ」

「ふーん・・・いや、俺にも何でこんなに集まってんのかよー分からんのですけどね・・・俺が美神さんや隊長同様、そいつらも騙してるとは考えないんすか?」

「無理ね。アナタにそういう嘘はつけないの」

 美智恵は横島の問いにまたもきっぱりと言い切った。

「物事や道理を欺く事は出来ても、情を欺く事は出来ない。それがアナタよ・・・・・・そしてね、もう一つあるの」

「もう一つ・・・?」

「アナタがそこまでの冷徹な発想を受け容れられる人間だったなら、こんな目的自体、持つ事が出来なかった筈だわ。
 アナタの狂気にはね、正気の人間以上にその手の要素が欠けているのよ」

 彼女が語り掛けて来る間にも、横島は一歩、二歩と足を進める。二歩目に彼は彼女の言葉について尋ねた。

「狂気・・・・・・俺は、狂ってるんスか?」

「自分で分かってるんでしょう?」

「自分が狂ってると思ってるうちはまだ大丈夫だと、よく聞きますけどね」

「残念ながら、それでアウトな時もあるの・・・・・・ねえ横島クン、私の事が許せない?」

 間の抜けた顔で近付いていた横島に、隠し切れない激しい色が一瞬浮かんだ。美智恵の問い掛けは続く。

「世界と引き換えに彼女を犠牲にさせて、そして尚も、今世界の為に彼女と君の希望までも奪おうとしているこの私を・・・許せないのでしょう?」

「何言ってるんですか隊長? 俺が許せないのは・・・俺自身だけですよ・・・・・・気付いてやれなかった、何もしてやれなかった、この・・・」

「アナタの言ってるのは“結論”よ。一体どこの世界にそんなお利口さんにまとまった“感情”があるの」

 横島の言葉を途中で遮り、尋ねる口調で美智恵は断言した。
 彼女の爪先が微かに床上を滑った。何かの動きの――前方への突貫である事だけは明らかだったが――準備と見て取れる。
 彼女に合わせて、雪之丞向かいの防護服の連中も改めて構えを見せた。
 辺りを苦悶の表情で飛び回る雑霊も、彼らの周囲には近寄らない。その人間達の危険さは、たとえ理性を失っていても察する事が出来るのだろう。

「私は・・・アナタ達の友情だの恋だの、そんなものを信じた上で判断する訳には行かないのよ」

「まー、そうでしょーね・・・」

「彼女はどんな形ででも戻って来る事はない・・・それが私達にとっての最善なのよ。大多数の人間の安全を保障する為にね。気付かずにいれば良かったのに」

「で、俺にそれを受け容れろと?」

「おいおい・・・マジかよ・・・っ?」

 驚きの声を上げたのは背中ごしに二人の会話を聞いていた雪之丞。
 今まで半ば横島の妄想だと思っていた事が、美智恵の口から事実として語られている。
 しかし、今はあまりそんな事に気を取られている余裕もない。

「指図はしないわ。否応なく、受け容れてもらうのよ・・・アナタ一人が我慢して不幸でいてくれれば、“なべて世はこともなし”なんだから」

「無駄なトラブルもなく、あんたの地位も安泰だ」

「そういう事」

「しかし隊長・・・何だって結論の出ている話を、途中の感情論に引き戻そうとするんです? 普段の隊長らしくもない・・・つうか逆だ」

「あらっ、そうかしら?」

 美智恵は聞き返しながらわざとらしく首を傾げて見せるが、内心、横島のその問いに少し驚いてもいた。

「何だか、俺にあんたを憎め・・・怒りをぶつけろと言ってるようにも聞こえるんですが。
 こっちとしちゃ、今更そんなの無意味だし、決めた事で集中するのに邪魔なだけなんですけどねえ・・・」

「だから、それが狙いよ。外したかしら?」

「甘いっすよ隊長。見事に外れてるっす」

「そうね、上手くは行かないわ・・・私もアナタを少し侮ってたみたい」

 仕方ないわね、本当に、そう言いたげに彼女は軽く息をつく。
 次の瞬間、たんっと言う軽やかな足音を残して彼女の姿は掻き消えていた。同時に横島の手元も一閃し、彼の前の空間が無数のフラッシュに包まれる。
 続いて何がどうなった音かも判別出来ない衝撃音。二人の勝負は、一瞬の出来事だった。








   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―





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