ザ・グレート・展開予測ショー

GS横島 賃上げ大作戦!


投稿者名:冬御 直矢
投稿日時:(06/ 4/29)

 ゴーストスイーパー。

 幽霊(GHOST)を掃除する者(SWEEPER)、と名がついたこの職業は、その名の通り、幽霊、妖怪、精霊、悪魔、そういった、所謂オカルト類の存在が人間社会の障害となった時、それを排除するのがお仕事である。
 バブル期、土地の価格高騰に伴って、地縛霊や土地妖怪などの排除、対処によって高額の報酬を得た事で、一躍高給取りの代名詞となった。
 生まれながらの才能がなければまずなれない事。才能だけでも伸びてはいかない事。そして、オカルト現象―――霊障による被害に、文字通り致命的なものが多い事。
 これらの要因で、ゴーストスイーパー、通称GSは人数、質共に希少な存在である上に、仕事の内容は一歩間違えれば命を落とす、という訳で、報酬は青天井。昨今の経済不況の煽りを受けて、一部の超一流GSは報酬額に不満たらたらであったりするのであるが……一般の雇われ者より遥かに恵まれた職業である事には、いまだに変わりが無いのである。


 ―――あーおーげーばー とーおーとーしー わーがーしーのー おーんー


 とまあ、そんな世の中の情勢など関係なく。都内の某高校では、春の恒例行事の真っ最中だった。


 ―――おーしーえーのー にーわーにーもー はーやーいーくー とーせー


 感極まって泣きだす声も、斉唱に混じる。


 ―――おーもーえーばー いーとーとーしー こーのーとーしー つーきー


 一番泣き声が大きいのは、何故か古びた学生机を傍らに置いた女子生徒だったりする。


 ―――いーまーこーそー わーかーれーめー


 そう、この高校こそ、日本でもものすごく珍しい事に、まだ学生のゴーストスイーパー達(その他妖怪や貧乏神などのモノノケ連中までも)が集まってしまった、あの高校である。


 ―――いーざー さーらーばー……


 物語は、そのゴーストスイーパー達の中心人物ともいえる青年―――横島忠夫の卒業から、始まる。






「…………」

 つつがなく卒業式を終え、人並みに友人達との別れを惜しみ(まあ、一部とはこれからも頻繁に会うだろうけど)、愛しのボロ家に帰ってきた横島。
 卒業式であったところの今日は三月の一日。月始めにやらないとこのボロ家を追い出されてしまう大事な仕事―――すなわち家賃の納付をしようと、卒業の余韻もそこそこにお金を下ろしに行ったわけなのだが……。

「む、むむむむむ……!」

 通帳を開いて中の数字を睨みつけながら、唸る。
 それに記帳されている金額は、先月の支払いから一円だけ足した額だった。
 つまりは、ささやかすぎる切り上げの利子分だけ。―――毎月、海外赴任中の親から振り込まれているはずの家賃代が、振り込まれていないのである。

「……遅れてんのかな?」

 仕事の都合でどうしても振込みが出来なかった、というのはこれまで数回あった事だった。
 今回もそうだろうと思い、大家さんにはしばらく待ってもらう事を話して了解は取れたのだが……。

 一日経ち、

 二日経ち、

 一週間経っても、振込みはされないままだった。

「ええい、何やっとんじゃあの親どもはー!!」

 美神除霊事務所からの帰り、まだ振り込まれていないことに身勝手な慟哭を発しながら、ボロ家のドアを開ける。

「何かあったとか……いや、そう簡単にどうにかなるとも思えんが……」

 テロリストに人質にされても自力で解決していたあの両親の事だ。

「……しゃーねえ。これ以上大家さん待たせると、部屋おんだされるしなあ」

 渋々と、部屋の黒電話に手を掛ける。
 ―――あまり、かけたくないのだ。何かと口うるさいし、妙に勘が鋭いし、電話代は高いし。
 アシュタロス事件が終わってから、両親とは電話口でも顔を合わせたことは無かった。その間の変化を気取られて、冗談としてでも何か聞かれるようなことがあれば―――誤魔化しきれる自信は、なかった。

「…………」

 じーこ、じーこ
 ぷるるるるる、ぷるるるるる

 余りに古臭い黒電話の機械音が、頭をすーっと澄ませていく。
 ……とりあえずは、日常生活に支障が出るほどではなくなった。
 ふとした瞬間に思い出して、充実感のような喪失感のような、形容しがたい感情が湧き起こって、一晩寝れば忘れている。
 無理をしてるわけでもない。大切な過去の一ページ。誰にでもある、そういう思い出になっただけ。

 ひのめが生まれて、シロやタマモが加わって、毎日てんやわんやだったのも、そんな状態まで立ち直る事の出来た要因だっただろう。

『はい、横島ですが』
「あ、おふくろ? おれおれ、忠夫」
『なんだ、忠夫か。どうしたん? お前からかけてくるなんて珍しいね。いつもは電話代がもったいないって言って滅多にかけてこないくせに』
「生死に関わる事なら背に腹は変えられんわい」

 ともすればくだらない話を延々としだすので、インパクトのある前振りで不自然にならないように話の腰を折り、用件のみをキッチリ伝えるのが関西風味のオバチャンと話す秘訣である。

『生死って、どうかしたのかい』
「仕送りだよ。仕送り。振り込まれてないんだけど、何かあったんか?」
『はあ? 何かって、当たり前じゃないかい』
「はい?」
『あんた、今月で卒業だろ? 自分で稼ぎを出す立場になったんだから、何で親が金を出さにゃならんのさ』
「な、なにーーーーーっ!!?」

 理不尽極まりない正論に絶叫する横島。
 いや、通常の想像力であれば、全くもって正しい意見である。高給取りのゴーストスイーパー、しかも、その道で一番の稼ぎ頭と目される美神令子が師匠であり雇い主なのだ。いくら半人前の弟子でも、衣食住がそれなりに充実する程度は払われていると推測するのが妥当であろう。

 よもや―――よもや、そんな超やり手の直弟子の給料が、労働基準法などハイパーにブッチした時給255円だとは、さすがのスーパーOL、横島百合子でも、想像の埒外なのであった。

『ほいじゃな。頑張るんやで忠夫。余裕が出来たら、外国で苦労しとる親に仕送りでもしぃや』

 がちゃっ。つー、つー。

「…………」

 六畳一間で散らかりたくった、とてもじゃないが金銭的に余裕があるとは言い難い部屋に、真っ白に燃え尽きた男が一人、佇んでいた。



「え、えらいこっちゃああああああああああああ!!!」

 小一時間ほどで再起動した横島は、どかーん、とボロアパートを震わせる勢いで爆発した。

「ど、どうする。どうしよう。あかん、他の事ならどうにでもしたるが、カネについてはどうにもならへんで……!」

 カネの具申をして快く貸してくれるような知り合いは、(その原因は別として)残念ながら心当たりが無い。
 そもそも、借りても返す当てが無い……。

「ひい、ふう、みい……こ、今月分くらいならなんとかなる……か?」

 月末に貰った給料袋を開けて勘定してみると、今月分は何とか払えそうではあった。

「し、しかし、払ってしまったら……」

 全財産を足し合わせて、そこから家賃を引いてみる。

「……ごひゃくにじゅうさんえん」

 それが今月の生活費となる。

「一日に特売カップラーメン一杯としても、一週間が限度か……」

 ドラッグストアの特売なら、一つ50円台で買える。意外と穴なのだ。
 あとは、おキヌちゃんが持ってきたまま置いてある調味料しかない。マヨネーズと塩と水で凌げるのもせいぜい一週間だから、半分ほど足りない計算だ。

「こ、これは……本気でヤバイ」

 生存の危機だ。この飽食の時代に餓死は勘弁したい。

「メシ屋の裏のゴミ箱でも漁れば、何とか半月は持つか……?」

 そこまでするのは久しぶりだが、せざるをえまい。野良猫との生存競争も懐かしい。
 それならば、一応、来月まで命を繋ぐ目処はたちそうだ。

 だが、問題は、だ。
 今月を乗り切ったとしても、何も状況は改善されないという点だ。
 来月も給料全部を家賃に持っていかれて、同じ生活。

「それはさすがに……体がもたんなぁ」

 一時凌ぎではなく、抜本的な改革を行わねばならない。
 古来より、赤字財政改革の方法と言えば、2種類しかない。

 1.収入を増やす。
 2.支出を減らす。

 これを、今の横島の状況に合わせて具体化してみよう。

 1-A.美神に給料を上げてもらう。
 1-B.他のバイトもやる。
 2.さらに生活費を切り詰める。

「……2は問題外だな」

 これ以上切り詰める=餓死、の状態だからこそ改革をせねばならんのだ。
 とすると、1-Aか1-Bだ。
 まず、1-A。

「上げてくれるわけねーよなー……」

 容易に想像できる未来予想図に、るーるー、と滝のような涙を流す。
 では1-Bは?

「他のバイト……学校に行ってた時間を当てれば何とか……何とか……」

 3年生に上がってからは留年しない程度に授業を受けていたが、基本的に授業は寝ていた。
 幽霊だの妖怪だのと渡り合うという仕事の性質上、どうしてもメインの仕事時間は夜になる。深夜を飛び越えて朝に終わる事もちょくちょくで、そのまま学校に行けば、眠るまいと思っても、体は船を漕いでしまった。
 アシュタロス事件以前は一日中入り浸っている事も多かったのでそれほど問題ではなかったが、それ以降は、仕事が暇になったのもあって、学校を優先させていた事もある。

「何ともならんかなあ……」

 体がついていかないだろう。
 もっとも、美神令子が給料を上げてくれる確率を考えれば、事実上これしか選択肢がないのは確かなのだが……。

「とりあえず断られてから考えるか……美神さんも鬼じゃないんだ。事情を話せば少しは……少しは……」

 確かに鬼じゃない。鬼より恐ろしいのだ。そんな考えが頭をよぎる。
 まあ、ガチで餓死の危機なのだ。何でもやってみるしかない。
 後の報復さえ恐れなければ、令子の母親である美神美智恵に密告するという最終手段もある。何せ真っ向からの刑事事件だ。(労働基準法にはちゃんと刑罰規定がある)
 横島は法律など全く知らないが、この給料が標準よりものすごく安い額だ、ということは重々分かっているから、半分警察のようなものである美智恵にいえば何とかなるかもしれない、ぐらいの計算はできた。

「プロレタリアートの権利をぉぉぉぉぉ!」

 横島忠夫、一世一代の戦いの、幕開けである。



「却下」

 その一言で、戦いは終わった。

「み゙がみ゙ざぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!」

 顔から出る体液を全て垂れ流しながら、今まさに冷たく意見を却下した雇い主、美神令子に懇願する横島。

「美神さん、ちょっと冷たいですよ……」

 その尋常ならざるリアクションに、苦笑いの汗を垂らしながらフォローをいれるおキヌ。

「おキヌちゃんは甘すぎんのよ。家の事情なんか知ったこっちゃないわよ。高い報酬が欲しければ、それ相応の実力を身につけて、相応の働きをすることね」
「…………」
「…………」
「…………」
「な、何よ、その顔は」

 オフィスにいたシロ、タマモ、おキヌの三人の美少女が、同じ表情を浮かべて美神を見ている。
 その顔には、『言ってることだけなら正論だが、まず根本的なところから間違ってます』と思いっきり書いてあった。
 つまりは、『じゃあ、美神が払っている時給255円は、今の横島の実力と働きに相応なのか』という根本だ。

「この間厄珍に聞いたんだけどさあ」
「な、何よ、タマモ」
「文殊って、一つ数百万円するらしいわね」
「うぐっ」
「な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」

 タマモの言葉に、横島が絶叫を上げる。横島だけではなく、おキヌとシロも驚きの表情を浮かべていた。
 唯一、美神は痛いところを突かれた、という顔をしている。

「別に、効果を考えたら不思議じゃないと思うけど。使い道はものすごく広くて、効果は強力で、誰にでも使えるっていう万能道具なのよ。攻撃するだけの破魔札が一枚百万だの一千万だのするんなら、決して高くないっていうか、安すぎるぐらいだと思うわ」

 冷静なタマモの言葉。まだイマイチ今の時代の金銭感覚に鈍い事と、メンバーとの付き合いが浅い(=横島への先入観も少ない)事が、そういった冷静な意見を言える下地なのだろう。
 なお、つけ加えるならば、元々文殊は、一部の神族や魔族が人間に使い捨て的な力を貸し与える為に作り出すもので、人が作り出せるという例は極稀なことなのだ。
 基本の霊力の大きさや生成の方法などで、横島製の文殊は、神・魔族製のものと比べればその威力は低いと言わざるを得ないが、それを差し引いても、安すぎるというタマモの感想は正鵠を射ていた。

 価格が安い理由は、知名度と、供給量と、保存性だ。

 文殊は、その希少さゆえに知名度が低い。超がつく一流のオカルト専門家である美神令子、そして、神族である小竜姫ですら、最初に横島が出した文殊を見た時にそれとわからなかったほどだ。
 一般のGSであればなおさらで、使い方もおぼつかない道具に、自らの命を預ける事は出来ないだろう。よって、買い求めるというGSは少ない。

 次に供給だ。文殊を作成できる人間は、今のところ横島だけ。しかも、除霊作業で消費し、余りが出ることはほとんど無いと言っていい。
 神・魔族でも、作る事の出来るものはごく一部だ。商品として売るには供給が足りなさすぎる。耐久財なら希少さもプレミアという価値になりうるが、消耗品ではどうにもならない。

 最後に保存性。文殊は、純粋に霊気を固めた物。霊気とはすなわち、アストラル体のエネルギーだ。
 エントロピー保存の法則はアストラルプレーンにも働いている。つまり、エネルギーは拡散し、霧散し、自然に集まる事は無い。
 つまり、作成者の手を離れた文殊は、徐々に霊気を拡散させて、最後には消えてしまう。ドライアイスが溶けていくイメージが妥当だろうか。
 既に発表されている『アストラルエネルギーのエントロピー係数を観察した実験論文』によって割り出された計算式を当てはめると、文殊相当量の霊気が拡散するのには、一週間ほどかかると計算される。
 つまり、放りっぱなしでの保存期間は一週間。消耗品であることを考えれば無茶苦茶に短いというわけでもないが、常備しておくには物足りない数値だ。
 蛇足であるが、横島自身が持っているなら半永久的に保存が効く。

 以上三つの理由により、その効果からすれば安いと感じる値段となっているのである。
 もっとも、いつも何かしら怪しい儲け話を画策している厄珍が、もし商売にするなら、という仮定で出した金額であるため、実際にその値段で売りさばけるわけではない。
 タマモの言葉も、大体が厄珍の受け売りだ。

「そ、そういえばそうかも……」
「た、確かに、便利な能力でござるからな……」

 が、おキヌとシロは納得の声を上げる。
 昔、一枚八千万円の破魔札を破いてしまった経験のあるおキヌは、かなりの実感が篭もっている。
 シロの方は、その金額がどれほどのものかというのはわかっていなかったりするのだが、『タマモが先生を庇っている』という事実で、その凄さを実感できているようだ。

「うぐぐ……」

 美神は二の句が継げない。さすがに興奮した頭では、理論的な反論が浮かばないようである。

「それを、一週間に一個作れるんでしょ? なら、月に2000万ぐらいが横島の働きじゃない?」
「にっ……!」

 絶句は、おキヌのもの。
 単純計算で出た数字は、一同を黙らせるのに十分な威力があった。

「ただ作った文殊だけでそれなんだから、よくミカミが言って報酬を上乗せしてもらってる"きけんてあて"っていうのもつけると、もっと行くかもね」
「うぐぐぐ」

 自らがいつも振りかざしている論理も使われて、何も言い返せなくなる美神。

「つきにせんまん……? お、俺が……?」

 横島は意識がおそらに飛んでいってしまっていた。
 一番ショックがでかかったのは本人だったらしい。

「まあ、私はどーでもいいけど。生活苦で家も追い出されそうだから賃上げ要求してるんでしょ? 少しは上げてやらないと、本気で餓死するか、ここをやめるかしかなくなっちゃうと思うわよ。ま、普通ならやめるわね」

 容姿に似合わず、現実問題の要旨をズバッと言い当てた発言をすると、タマモは読んでいた少女マンガに再び目を落とした。

「そ、そうですよ美神さん。横島さんやめちゃいますよ!」
「うう、拙者、先生がやめてしまうのは嫌でござるよ!」

 おキヌとシロが慌ててフォローに戻る。

「…………」

 美神は、ふるふると肩をいからせて震えていた。 

「やめる……? 横島クンが……?」

 ふ、と少し俯き加減になって、緋色の前髪に表情が隠れる。 

「そんなこと……」
「え?」
「そんなこと、あるわけないじゃないのよっ!!」
「あたーーっ!!?」
「美神さんっ!?」

 すこーん、とどこからか取り出した神通ハリセンで横島の頭をどつく美神。

「横島のくせに二千万なんてありえるわけないでしょ! 今まで通りの時給255円で十分! はい、この話終わり!」
「しょ、しょんなぁ〜」
「美神さああああん!」

 意固地になってしまった美神には、もはや何を言っても通じない。

『じゃあ、私はママに用事があるから!』

 と、美神が逃げ出すように事務所を出て行って、横島の賃上げ大作戦は見事に頓挫したのだった。



「えと、その、後で話せばきっと上げてくれますよ! 虫の居所が悪かったんです。だから、元気出してください……」
「うう、ありがとう、おキヌちゃん……おキヌちゃんはほんまええこやなー……」

 意気消沈する横島に、慰めの言葉をかけるおキヌ。
 
「しかしマジでどうすっかな……」
「その、そんなにお金、無いんですか?」
「家賃を払った残りの全財産が523円」

 言いづらそうに聞いたおキヌに、横島は自嘲の苦笑いを返しながら答える。
 その答えに、おキヌは頬を引きつらせるしかなかった。

「えと、そ、それは……大丈夫なんですか?」

 どう考えても大丈夫ではなかったが、とりあえず聞いてみる。

「あー、っと、一週間をカップラーメン、もう一週間をマヨネーズと水と塩で凌いで、あと半月はメシ屋のゴミ箱でも漁れば何とかもつかなって……」
「…………」

 結果は、やっぱり大丈夫ではなかった。

「いや、そんな固まらないでくれおキヌちゃん……」
「ゴミ箱漁りとは……先生、そこまで……くぅっ」

 シロは、師匠と決めた男の生き様に涙している。
 『いや、前はよくやってたし……』などと口走りそうになった横島だが、余計面倒な事になりそうなのでやめておいた。
 今となっては笑い話ではあるが、笑ってくれる人間はそう多くないだろう。

「……まあ、今月をそうやって凌いだとしても、また来月も同じ状況なわけだしな。だから給料上げてもらわんと、抜本的な解決にならんのやけど……」
「あの様子じゃ、しばらくは無理そうね」
「だよなぁ……はぁ」

 タマモの客観的かつ容赦ない一言に、がっくりと肩を落とす横島。

「これ以上切り詰めろって言うのは無理な話だし……」
「あ、あはは……」
「どうしたもんかなあ」

 おキヌの乾いた笑いに、大きく溜め息をつく。

「えーと……もっと安いところに引っ越すとか……」
「一人暮らしを始めた時に散々探して、あそこが一番安かったんだよ」
「あのボロ加減だしね」

 どーでもいいと言いつつ、遠めのソファーで転がりながらも、タマモの発言は多い。
 逆に、近くでうんうん唸ってばかりで言葉が無いのがシロ。
 まあ、こういう処世についての話題では、シロよりタマモの方に軍配が上がるのは当然と言えるが……。

「何か別のバイトを一つやるとか……」
「除霊の体力が無くなっちまうよ。学校なら適当に寝てりゃよかったけど、徹夜で除霊作業で、朝シロの散歩に付き合って、昼間バイト、なんて、俺はマリアじゃねぇっつの」
「うう、そーですね……」

 いや、学校も寝てていいはずはないのだが、横島のハードワークを間近で見続けてきたおキヌは妙に納得してしまう。

「一通りそういうのは考えた上で、給料上げてもらうしかないって結論だしたんだしな。まあ所詮俺の頭だから、おキヌちゃんとかならもっといいアイデアが出るかもしれんけど……」
「うう、お役に立てなくてすいません……」
「いや、おキヌちゃんが悪いわけじゃないじゃん。謝られても困るよ。……はぁ、それにしてもどうすっかなぁ」

 進退窮まった、といった感じで、横島は空を仰いだ。
 おキヌもタマモも、ぱっと思いつくものは無く、それを見て黙ってしまうだけ。
 おキヌの方は、しきりに何か言いたげな顔をしていたが……。

「……そうすると、美神殿を思い直させるしかないでござるな」

 ずっと押し黙っていたシロが、口を開いた。

「それはそうなんだが……どうすればいいかが問題だろ」
「美神殿が言ったようにすればいいではござらんか」
「言ったように?」

 イマイチ意味が掴めず、おキヌが反芻した。

「先生の実力を見せ付けてやればいいのでござるよ!」
「……はあ。やったじゃない。さっき私が」

 シロの言葉に、タマモが呆れた声を返す。
 実力、という曖昧なものを、わかりやすく具体的な数字にして表してみせたのだ。美神がこの世で最も愛する、お金という数字に。
 もっとも、あれはかえって逆効果だったんじゃないか、と、美神の人となりを把握しているおキヌは密かに思っていたが……。

「そ、そうではなく、もっとこう、ずばーんと敵をやっつけるとか……」
「美神が素直に感心するぐらいの? それってどんな敵よ」
「う、うう……」
「ま、バカ犬にはその程度のアイディアが関の山ね」
「うう……」

 タマモの悪態に、シロはがくりとうなだれる。
 いつもなら、『このバカ狐! 拙者は犬ではない! 狼でござるっ!』などとくってかかるのだが、さすがに敬愛する師匠の一大事とあって、力になれない無力感の方が先に立ったようだった。

「……まあ、悪くないアイディアだとは思うけどな。やれるかやれないかってーとちょっと難しいところだ。ありがとな、シロ」 
「せ、先生ぇ……」
「実力、か」

 うるうると瞳を潤ませるシロの頭をぽへっと撫でながら、そう遠くを見る。

『高い報酬が欲しければ、それ相応の実力を身につけて、相応の働きをすること』

 まあ、美神が横島に言うからおかしな事になるのであって、これ自体はまったくもって当然の話だ。
 特に、ゴーストスイーパーと言う業界では。
 美神自身も、辣腕GSとしてこれを体現している一人なのだから。

 あの時も、もっと力があれば―――。

「……そうだなあ。修行でもして、美神さんに認めてもらうのが一番の近道か」
「ええっ!?」
「……おキヌちゃん、何でそこで驚くの……」

 聞きながら、自分でもわかっているように、床に『の』の字を書いていじけ始める横島。

「ああ、いえ、そ、そういうわけじゃなくて……!」
「そういうわけで言ったんだな。どうせおれなんかあー」
「ああああああ、そ、そうじゃないんですぅー!」

 慌てるおキヌちゃんは可愛いなあ。などと横目に見つつ、からかい半分で落ち込む動作を続ける横島。外道である。

「ならば、拙者と山ごもりでもするでござるか?」

 きゅぴーん、と尻尾を振りながら、シロがそう提案してくる。

「山ごもりか……」

 いつものシロのとぼけた提案だが、実は悪くない。
 修行、と言っても、当座の生活費にさえ困窮してる現状、生活を続けながら+αで修行をする、というのはボツなのだ。
 正直な話、メシ屋のゴミ箱を漁って生き延びるよりも、山の中で狩猟採集しながら修行、という方が、こう、人間として大事なものを失わずに済むような気もする。
 『俺は文明を離れては生きられないんだよっ!』などとナルニアの両親に言って日本に残っている横島に、都市より自然の方が優しいとは、何とも皮肉なものだが……。

「むむう」

 だが、致命的な問題が一つある。
 
 山の中には……ないすばでぃのねぇちゃんがいないことだっ!!!

 いや、半分は真面目な話。
 横島は、煩悩の強さ=霊力の高さだ。霊的な訓練という意味では、人里離れた山の中という環境は致命的なのである。
 と、本人は大真面目にそう思っている。

 ああっ、どこか、お金が掛からなくて、三食昼寝付きで、ないすばでぃのねぇちゃんが修行をつけてくれるような場所はないものか……っ!!

 そこからいつも通りの妄想に入るのは、最早お約束も言えるパターンではあるが……。

「うはは、そんなんあるわけねー……って、あるじゃねえかっ!!」

 だが、どんな奇跡的な確率か、その妄想は現実に存在するものであった。
 しかも、人間界で最高峰の修行場。
 横島の一人ノリツッコミに言葉を無くしている二人と呆れている一人を尻目に、横島は思い当たったその場所の名を叫んだ。

「山は山でも、妙神山だ!」




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とまあ、誰でも思いつきそうな展開ですが、一筆。

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