ザ・グレート・展開予測ショー


投稿者名:veld
投稿日時:(06/ 4/21)






 桜の花びらがどこからともなく舞い落ちた。散歩道には桃色のマークがちらついていた。


 「今年もまた、春が来たんだなぁ」

 横島はほけ、っとした顔で暖かな季節に感謝しつつ太陽を見た。冬の間の間断ない寒さになれた身体はかすかな居心地の悪さを感じつつも、少しずつ環境に適応しようとしていた。

 「そうでござるなぁ」

 師と同じようにほけ、っとした顔で隣を歩くシロの顔はどこか眠たげだった。まぶたはとろん、と落ち、前も見えているのか解らない危なっかしい状態だった。横島はそんなシロの顔を見ながら、『狼は冬眠とかするんだったか?』と、首を捻った―――はて。
 考えてみても答えは出なかった。確たるものがない以上、全てはあてずっぽうの推論にしかなりえない。そして、この疑問は結局のところ長続きする類のものでもなく、帰る頃には忘れているだろう。横島は忘れる事にし、眠そうな顔をするシロにまた、視線を移した。

 「眠いのか?」

 尋ねると、シロは狼らしからぬ「にゃ?」と言う返事(何ていうか変事?)を返しつつ、こちらを見た。

 「春眠暁を覚えず、と言うでござる。眠くない、と言えば嘘になるでござるが」

 「素直に眠い、って言えよ」

 「武士は眠いなんて言っちゃいけないでござるよ」

 きりっ、とした顔を一瞬作り、すぐにその顔を弛緩させ、シロはゆるゆると歩き始めた。
 まぁ、確かに、武士はくわねど高楊枝、とか言うけども。

 「・・・武士って何なんだ」

 横島は首を捻りつつ、歩道から軽やかに車道に脱線しようとするシロの身体を無理矢理に歩道に引き寄せた。 






 
 春休み、ということもあってか、公園内はそれなりに人の姿があった。
 奥様方は井戸端会議をしているし、その子供達は園内を無邪気に駆け回っている。
 老夫婦らしき二人が体操をしていたり、母親連れよりもちょっと図体の大きな子供達がべーゴマやメンコをしてたり―――。
 
 「・・・リバイバルって奴か」

 いつかはミニ四駆の時代がまた訪れる日もくるんだろーか・・・。
 横島は頭を掻きつつ、ベンチに座りながら園内の光景を眺めていた。
 隣に座らせたシロはすでにぐーぐーと鼾を掻いている。春眠暁を覚えず。何時頃になれば暁を覚えるようになるんだろう?とか変な考えが不意に浮かび、それはやっぱり春眠でなくなる頃だろう、と思い直し、横島はベンチに身を沈めながら、自分もシロとそう変わらないのかもしれない、と思い直して目を閉じた。




 その重い瞼が閉じられる瞬間に、ひそやかに舞い落ちる桜の花びらを見た気がした。








 


 シロが目覚めたのは、不思議と園内に人気がなくなった空白の時間だった。
 ベンチの隣で横島が眠っているのを見ると、シロは少し気まずげに頭を掻いた。
 立ち上がると、眠っている横島の顔を覗き込む―――しばらく起きる気配は見えなかった。

 (むむっ。先生隙だらけでござるよ?)

 えい。
 と、頭の上に手刀を音が出るほどの速度で振り落ろし―――紙一重で止める。
 横島は鼾を立てたまま微動だにしなかった。シロのこめかみから一筋汗が伝う。

 (さ、さすが先生でござる。拙者に殺意がないのを見越して全く反応しなかったんでござるな!)

 さすが先生―――シロは呟くと、さらさらさら・・・という枝葉のすりあう音を聞き、頬を掻いた。

 (って、そんなわきゃないでござるな)




 空を見上げる。まだ日は高かった。白い太陽の光、無理矢理に千切り取った綿雨のように隙間だらけの雲。色素の薄い青よりも水色がかった空―――そして、桃色の混じる白い花びら。

 「桜でござるか」

 手を伸ばし、その花びらを掴もうとした。ただ、その指が花びらに触れようとした瞬間に、誰かの声が聞こえた気がして、シロは伸ばしていた指を曲げ、腕を引いた。園内にシロと横島以外の人の姿は見えないように見えたのだけど―――首を傾げるシロの目に、大きな桜の木が飛び込んできた。

 とことことこ、とそちらに近づき、シロはその桜の木を見上げた。枝葉の隙間に、緑色の何かが見えた。
 毛虫でござろうか?―――いや、こんな大きな毛虫がいるはずはござらん。・・・未知の生物との遭遇でござるか
!大発見でござるか!
 と、思ったら、その緑色の何かがこちらに気づいたらしく、枝で身体を支えながら、こちらに身を乗り出してきた。毛虫の身体には可愛らしい女の子の顔がついていた・・・
 のではなく、可愛らしい女の子が緑色の服を着ていた。彼女は訝しげにこちらを眺め、見下ろしていた。
 シロは少しがっかりしつつ、尋ねた。
 
 「何をしてるんでござるか?」

 その質問に、少女はぱちくり、と瞳を瞬かせると、恐る恐るシロに尋ねた。

 「あなた、私が見えるの?」

 「見えるでござるよ?」

 何を当たり前の事を?
 今度はシロがぱちくり、と瞳を瞬かせた。
 少女はその姿に微笑むと、手招きをした。

 「そう・・・ちょっと、ここに来ない?」

 大人が三人囲んでもまだ余りそうな太い幹から別れた枝は随分太い。それでも、シロの体重を支える事が出来るほどの強度があるかは疑わしかった。シロは少女と幹に視線をひっきりなしに移し、首を捻った。

 「ここから見る景色はとっても素敵なの。あなたにも見て欲しいわ」

 笑顔を浮かべる少女に、シロは頷くと、幹に抱きついてよじ登り始めた。
 そんな彼女の様子を少女は見下ろして微笑み、また、視線を彼方へと移した。

 
 昔―――と言うほども前のことではないが。シロは思い返していた。
 木に登って遊んだ。そこから見る景色を自分は楽しんでいた。

 こんな公園の中だから、故郷の山の中ほどの景色は期待出来ないだろう。
 ただ、無邪気に自分に薦める少女の好意がシロには嬉しく思えた。
 よじのぼり、少女のいる枝の高さまで訪れると、少女は自分の隣をぽんぽん、と叩いた。
 シロは躊躇いがちに少女に「大丈夫でござろうか?」と尋ねた。少女は大丈夫よ、と笑った。
 頷き、恐る恐る腰を下ろした―――枝は微動だにすることはなく、シロの体重を支えてくれた。

 (これも日頃のだいえっとの成果でござろうか?)

 体重計の前でうーんうーんと唸るおキヌちゃんの姿がふと浮かんだ。

 
 と、少女が肩を擦った。その目は、早く早く、とせきたてているように見える。
 そうだった―――と、シロは思考に耽っていた意識を戻すと、何時の間にか俯いていた頭を起こした。

 ―――桜が、見えた。

 「どう、とても、綺麗でしょ?」

 少女の言葉に、シロは半ば呆然としながらも頷いた。
 桃色の花の中で見る公園は、いつもみるそれとはまるで違ったものだった。
 別世界にでも入り込んだような錯覚に陥りながら、何度も目を瞬かせる。

 小さな枝。大きな枝。重なり合いながら、桃色の花の中に交わる。

 花。桃色の花びらが宙を舞っている。
 幾千、幾万の花が風にたなびく。全方向からさざめきが聞こえる。

 「私が、見つけたの。綺麗な、景色・・・」


 少女はうっとりと、言った。
 シロもうっとりと、応えた。
 

 「・・・本当に、綺麗でござる」

 

 春の景色―――故郷の山をまた、思い出した。
 比べられるものではなかった。あの山も美しい。でも、この桜の海も美しい。
 少し前に浮かべた自分の浅はかな、一種、傲慢とも言える考えが痛々しく感じられた。

 

 ―――頬を涙が伝った。何故だろう。解らない。
 ただ、それは当然であるように思えた。
 それが、この景色の所為なのか。
 それとも、漫然と過ぎる時間、美し過ぎる程に懐かしい過去を思ったからなのか。 



 シロ―――声が聞こえる。力強い声。
 シロ―――また、聞こえた。






 目を擦り、シロは隣の少女を見た。
 少女はシロを眺めていた。いとおしげに見つめていた。
 照れくさくなり、シロは鼻を啜った。
 少女はそんな彼女の反応にまた微笑みで返した。


 シロ・・・

 さきのものとは違う声にシロは耳を澄ました。

 「シロ、どこだ〜?」

 「先生?」

 枝葉の下、ベンチからの声にしては妙に遠い。
 シロは少女に視線を向けると、彼女は溜息を吐いた。

 「お迎えが来たみたいね」

 「先生にも、この景色を見せたいでござる!・・・駄目でござるか?」

 「残念だけど」

 少女は悲しげに目を伏せた。シロは何となく、彼女に逆らう事は許されないような気がしていた。

 (この場所はこの子が見つけたものでござる。拙者は勝手に誰かに教えていいものではござらん)

 「そうでござるか・・・」

 心から残念そうに呟くと、少女は尋ねて来た。

 「ねぇ、あなた、また、来る?」

 感情の色を幾つも混ぜ合わせて、結局生まれたものが、笑顔だった。
 シロはその彼女の感情を幾つも読み取る事が出来ない自分を悔やみつつも、自分も笑顔を返した。

 「きっと」

 「楽しみにしてる。私はいつまでも、ここにいるから」

 シロは頷くと、その身を翻した。





















 冬の終わり、春の訪れ。
 その境目は何時?

 ―――解らない。

 ただ、私は訪れを伝える。

 冬が訪れる。春が訪れる。
 それは巡る季節の中の一小節に過ぎないことを。

 

 














 横島は酷く眠そうな顔で周囲を見回していた。人の姿は無い。当たり前だった。春休みだろうが、何だろうが、早朝5時に公園を訪れる人なんているか?
 と、思ったら、一人、おばあさんらしき人がジョギングがてらに公園の前を通り過ぎていった。訪れる人、いるかも。

 ま、それはいっか。―――目を擦り、欠伸をしつつ、横島はシロを見た。シロは大きな桜の木を見上げていた。その木の周囲に花びらが泥に塗れている。いや、その花びらはその木の周囲だけに留まらず、園内一面にまるで絨毯のように降り落ちていた。
 シロは一本の枝を見つめていた。横島は訝しげにその枝を眺めた。何の変哲も無い、ただの枝だった。


 「桜、散ってるでござるな?」

 ぽつり、と雨のようにシロの声は地面に落ちた。
 その声を拾い上げるように横島は言葉を返す。

 「昨晩は風も強かったし。雨も降ってたからな・・・」

 「・・・あの子、どこにもいない・・・桜が散ったから・・・」

 「待ち合わせしてたのか?」

 「昨日、女の子と会ったんでござる。桜の木の上で」

 「へぇ」

 桜の木の上―――。
 ん?―――何かに気づき、横島はシロの見ていた枝を睨むように見つめた。

 「・・・花?」

 花?―――シロは横島に尋ね返した。
 横島は、すっ、と一点を指差した。
 その方にシロが目を移したその時。




 一枚、花びらが舞い落ちた。







 その花びらにシロは手を伸ばし―――

 ―――またね―――

 声を聞いた。


 花びらは風に舞い上がり、指先をすり抜けてしまった。
 その行方を目で追い続け、見えなくなった頃、伸ばしていた指先を曲げ、腕を引き。
 シロは、そっと目を閉じた。



 桜のさざめき―――そして。
 少女の微笑みが浮かんで、消えた。





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