ザ・グレート・展開予測ショー

     父     (絶対可憐チルドレン)


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 4/20)






「我々はーーーっ!」 「“普通の人々”であるっっ!!」

ドンドンドンドンドンドンドンドンッ!





 人知れず存在する射撃訓練場。
 絶えず響き渡る銃声と着弾音の中、男は声を上げ、何度も引き金を絞る。

「エスパー追放!」 「追放っ!」
「エスパー反対!」 「反対っ!」
「エスパーに死を!」
「B.A.B.E.Lに死を!」

ドンドンドンッ! ドンッ! ドンドンッ
―――バシュッ! バシュバシュバシュッ!

「“チルドレン”は的が小さい! すぐさま膝をつき、射線を水平に合わせろ! 集中して狙えっ」

 成人サイズの標的に混じり時折、子供の背丈のそれが現れる。
 その小さな標的には、「チルドレン」―――超能力支援局B.A.B.E.Lの擁する最強の特務エスパー、薫、葵、紫穂の姿が印刷されていた。
 男は誰よりも素早く身を屈め、銃口の先の子供達を誰よりも正確に、躊躇せずに撃ち抜いて行く。
 顔から流れる汗も気にせず、弾倉を交換し、撃ち続ける。

「迷うな! 奴らは化け物だ!」  「奴等は悪魔だ!」  「殺せ!」
「普通の人々の平和の為に!」

ドンドンドンドンッ―――!

「何度も言うが奴らの的は小さいっ。何発でも、完全に動かなくなるまで撃ち込めっ!」

ドンドンドンドンドンッ―――!

 立ち込める硝煙と熱気と不穏な破裂音の中、男の意識を横切る声。





・・・本当は、こんなのおかしいってずっと思ってたの。
だって、あの子だって、傷付けられたら痛いし、こんなのとてもつらくて悲しい・・・
きっと、そう思ってるんだよ?
あの子はあたしと同じ、人間で、心を持ってるんだもの。

 声と共に浮かぶのは、その男の中に強く焼き付いていた少女の顔。
 しばらくぶりに――そして最後に見たその顔は、珍しくも思い悩んでいた。





ね、お父さん、来週も話聞いてくれるかな?
勇気出したいから・・・でも、弱気になっちゃいそうだから。
あたしのこと、また励ましてほしいの。





 男は撃った。
 撃って撃って撃って撃って撃ちまくった。
 銃弾が子供達の全身に、頭部や左胸に、幾つもの真っ黒な死の穴を穿つ。
 喉も裂けよとばかりに男は叫ぶ。叫びながら撃つ。

「普通の人々はぁぁぁぁぁぁーーっ!」

「どこにでもいるぞぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっっ!!」

ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!!







        ――――   父   ――――







「アサイ君・・・とうとう、ついに、君の出番が来たのだ」

 反エスパー組織「普通の人々」。
 その指導部に呼び出された時、男の覚悟は既に決まっていた。

「君が我々の下へ来てから一年余り。だが今や、君は我々の中で最も優秀な戦士であり、我々の正しさの生き証人として同志達の精神的支柱ともなっている」

 組織の幹部はそう男に告げながら机の上に何枚かの書類と写真とを広げる。
 写真の一枚を手にとって男は呟いた。

「三宮・・・紫穂?」

「うむ。B.A.B.E.Lの“チルドレン”超度7の接触感応能力者、三宮紫穂。だが・・・今回の任務で最も重要な標的は別となる」

 標的――男の覚悟通り、男に与えられた任務とは、暗殺だった。
 幹部は机上に残った写真を一枚、指で押さえながら男の前へと持って来る。そこに写っていた人物も、男の良く知るものであった。

「その父親でもある警察庁長官の三宮だ。公安であった君に余計な説明も要らないだろうがな。
 エスパーどもの社会的地位の不当な底上げを意図した超能力捜査。それを先頭に立って推進するこの男は、B.A.B.E.Lの桐壷にも匹敵する有害分子である。
 奴を――出来れば、娘もろとも――粛清するのだ」

「私一人で、でしょうか? 三宮長官の周囲には、邸宅を含め、常に厳重な警備が敷かれているのでは」

「テルイ班とナカムラ班を陽動につける。だが、それでもアサイ君、奴へと辿り着き仕留められ得るのは、君をおいて他にいない。
 その為に必要な資料はここに用意してある・・・邸内の見取り図も、警備配置一覧も」

 書類を一つ一つ確かめる男の表情に驚きの色が浮かぶ。緊張を含んだ声で男は幹部に尋ねた。

「これらの情報は全て極秘扱いの筈。この様な物を一体どこから・・・」

「この作戦には・・・与党のサキヤマ先生、そして、あのハナタケ先生からも厚く期待が寄せられてるのだよ」

「何ですって、元、国家公安委員―――」

「君、忘れてはいけない・・・“普通の人々は、どこにでもいる”のだからね」

 そこで一旦言葉を切り、続く幹部の口調が静かなものに変わる。

「時が来たのだ・・・今こそ君の、そして娘さんの無念を銃弾に換え、奴らに報いたまえ」

「――――!」

「これは作戦の一つであり、君はそれを遂行する一戦闘員に過ぎない。しかし、君の復讐は我々の、“普通の人々”の願いでもあるのだ・・・
 私もいずれ、娘さんの墓前に参らせて頂くとしよう」

男は机の書類を束ね小脇に抱えると、幹部に深く一礼した。


            ◇

            ◇

            ◇

            ◇


「・・・四人は被害者の母娘をその場所まで連れて来て、まず母親を車外に引きずり出し、交替で何度も暴行を加えた後に殺害・・・
 検視資料にある通り、素手による殴殺よ。その後、四人の内三人が引き続き車中で七才になる娘の方を・・・」

 山中で発見された母娘二人の死体。現場に残された遺留品の数々に手を触れつつ、紫穂は意識へと伝わる凄惨な光景を淡々と告げて行く。

「それで、犯人達の特徴などについて、何か分かった事はあるのかね?」

 彼女の父、三宮警察庁長官は、娘の傍らで表情も変えず冷徹な口調で尋ねた。だが紫穂の表情がその時さっと曇りを見せる。
 答えず黙り込む娘に、長官は眉根を寄せ、もう一度尋ねた。

「どうした」

「四人とも二十代の男性。身長180p前後。
 内二人は土地勘の良さから地元住民みたい。一人は茶髪の長髪で太り気味、もう一人は金髪の坊主頭で筋肉質、顔ににきびの痕がいっぱい。
 でも、残り二人は・・・白人男性。二人とも角刈り、一人は首から認識票まで下げている。きっと・・・近くに駐留しているコメリカ海兵隊の隊員だわ」

 その答えに、今度は長官が僅かに重い表情を浮かべた。長官だけではなく、紫穂のサイコメトリーを見守っていた他の関係者達の間からも、気まずい空気が漂い始めている。
 彼らの中に立つ皆本は額を押さえ、ひときわ険しい表情を浮かべていた。
 こうした事件に関わり続けていれば、いつかは直面したであろう現実だ―――これだけの事をしても決して罰せられる事のない者が存在すると言う現実。

 十才の少女を数多の残酷な事件に向き合わせる彼らの超能力捜査にも、以前程には気を揉まなくなっていた皆本だった。
 しかし、今度ばかりは、その心配がぶり返して来る。紫穂は―――大丈夫なんだろうか。
 彼女だって知っているだろう。逮捕されたコメリカ兵は日本の法で裁かれずに本国へと送還され、日本側はその先での判決も・・・裁判が行なわれたかどうかさえ知る術はない。
 大抵は証拠不充分で無罪となってしまうとも言われている。

 皆本が何か言いたげな顔を向ける度に鋭い眼光で制して来る長官だったが、今はその眼光も精彩を欠いている様に感じられた。
 罰する事の出来ない罪人の登場など、彼らにとっても苦痛であるのだろう。だが、紫穂の受ける痛みは、そんなもので済むだろうか。
 自分のサイコメトリーが事件を解決し被害者の無念を晴らすのに、そんな事件が起きにくくなるのに役立っている。
 そう信じられるからこそ、こんな捜査に耐えて行けると言う側面もある筈なのに。
 それが無効であった時、視てしまった光景の贖いがどこにもないと言う重圧は、彼女の心にどれほどの負担を与えるだろうか。

 皆本の見つめる先の二人は、いつもと変わらず、更なるサイコメトリーの結果について淡々と語り合っていた。
 やがて、今日のサイコメトリー捜査は終了し、警察関係者が揃って引き上げ始める。

「パパ、今日はこの後、予定どうなるの?」

 その時、長官の背中に向かって紫穂が呼び掛けた。長官は振り返り、娘を見る。

「ん・・・ひとまず本庁に戻り、捜査方針会議を開く。その他に二、三、打ち合わせる件もあるな」

「・・・かかるの?」

「まだ分からん―――何故、私のスケジュールなど知りたがる?」

「別に・・・ただ、待ってたら・・・帰って来るかなって思って」

 皆本は思い出す。今夜から明日明後日と、チルドレンがそれぞれの実家に戻って過ごす日だったと。

「何故待つのだ? 何か私に用事でもあるのかね?」

「ううん、そうじゃ・・・ないけど」

 厳しく尋問口調で聞き返す父に、娘は言葉を濁らす。
 この親父にもサイコメトリー能力付いてりゃいいのに、そんな事を心の中で呟く皆本。付いてたら付いてたで何だか余計性質悪そうだが。

 紫穂のこの態度は、恐らく、先程視たものから来ている。やはり彼女は不安になっているのだ。
 自分の能力に無力さを覚える事で急に圧し掛かって来た負担。そんな所から色々な不安が、語り尽くせぬ程に涌き上がって来る。
 大の大人でさえ、そうなる事はままあるのだ。まして十才の子供なら。こんな重圧に耐えている十才の子供なら。
 そんな時、誰かにいてほしいのだ。話を聞いてほしいし、何か言ってほしいのだ。

 紫穂は語尾を濁したままで押し黙っていた。そんな自分の娘を、やはり無言で見下ろしている長官。
 この子は言わないだろう、不安だなどとは、早く帰って来てほしいなどとは。
 お節介を承知でこの冷血親父に耳打ちしてやるべきだろうかと皆本が逡巡し始めた時、長官はぽつりと口を開いた。

「会議の進み次第だ・・・他にも、気がかりな事も幾つかある。だが・・・・・・努力はしてみよう。何とか早く帰れる様に」

「え――――べ、別に私、そんな事、お願いしてないわ?」

「こう見えても・・・・・・私はお前の父親だからな」

「だからって、サイコメトラーな訳じゃないでしょう・・・?」

「私がお前を“視る”のに、そんな能力は要らんよ・・・待っててくれると有難い」

「うん・・・分かった―――――じゃあ、待ってる」

「だが、やはり遅い様だったら、きちんと寝るんだぞ」

「・・・うんっ」

 紫穂の声は、皆本にも分かる位に弾んでいた。
 それだけじゃない。長官の言葉にも、徐々に普段の冷徹さとは違った響きが感じられて来る。
 皆本は息をついて、先程までの葛藤から自分を解放した。
 本当に外からは分かり辛い親子だ・・・でもまあ、やはり気を揉んで余計な口を挟むべきではなかったと言う事か。
 彼らは僕が想像するよりも強く、深い所で支え合っている―――二人の絆に皆本は思いを馳せた。

 しかし、心配事は他にも山程残っている。遠い未来の予知は言うまでもなく、すぐ先の事も。
 例えば、長官の「気がかりな事」。これは皆本の知る所でもあった。

 『あの“普通の人々”が、今度は警察庁長官の殺害を目論んでいる』
 その発生時刻も不明瞭な予知は、二時間ばかり前、プレコグセンターから報告されたばかりのものだった。


            ◇

            ◇

            ◇

            ◇


「我々はぁぁぁぁーーっ、“普通の人々”であるっ!!」
「エスパー反対っ!」 「エスパー追放っ!」

 陽動部隊によって三宮長官邸前で突如始められた銃撃戦。連なる銃声を男は遠くに聞いていた。
 闇の中、外灯の影から影へと、男は邸の裏手を塀沿いに走り抜ける。既にホルスターから抜かれた拳銃を両手に持ち、身を屈めて、駆けている。
 帰宅し正門から入ろうとする所で、長官とSPを襲う――と言うのが、彼らのシナリオだった。
 そして、彼らを凌いで一旦邸内に入り、そこからの退避を試みるであろう三宮親子を仕留めるのが、男のシナリオ。
 男は資料の記述を思い出す。

――三宮紫穂は毎週末にB.A.B.E.Lから戻り、自宅にて過ごす。三宮もまた、比較的にその日は帰宅を早める傾向にある。
――娘が在宅中の緊急時対応は必然的に三宮と娘の同時避難が最優先となり、通常よりも警備が分散され一ヶ所一ヶ所は手薄となる。
――何よりも、親子まとめての処理を可能とする絶好の機会でもあると考えられる。

 三宮警察庁長官とチルドレン・三宮紫穂の死はB.A.B.E.L及びおぞましき超能力政策へ多大なダメージをもたらし、普通の人々の普通に暮らせる世の中を取り戻す、大きな一歩となるだろう。

 三宮も・・・子供と顔を合わせる機会が滅多にないのだろうか。三宮紫穂も父の帰りを待つ夜があるのだろうか。
 男の脳裏を掠める思考。今この時、最も考えてはいけない類のものだとは十分承知していた。
 奴らもまた、父と娘であるなどとは―――忙しい中でも、何とか娘と会う時間を作ろうとする父であるなどと。

「超能力捜査はエスパーに日本を売り渡さんとするB.A.B.E.Lの陰謀! それに加担する裏切り者三宮に天誅! 今こそ天誅っっ!」

「日本は普通の人々の生きる普通の国! 普通の人々はどこにでもいるぞーーーっ!!」

 そうだ、天誅だ――いや、天が許そうとも俺が許さん。
 エスパーよ、エスパーを擁護する腐敗した勢力よ、これはどこにでもいる普通の人々の下す鉄槌なのだからな。
 だが、お前らを討つのは表の連中ではなく、この俺だ。
 エスパーに、超能力政策に、娘を奪われ思いの全てを踏み躙られたこの俺だ。

 憎悪と殺意のさなかでも、耳に浮かぶ少女の声はいつも無邪気で、能天気なくらいに弾んでいた。





お父さん、今日はとても楽しかったね。また連れてってね。


お父さん、お父さん、見て見て、エルに子供がうまれたよ。みんなすごく小っちゃくてカワイイの。


ねえ、今度の算数ぜんぜん分かんないの。ゴメンっ、ちょっとだけ教えて?


お父さん聞いて、ビッグニュース。今日ね、エスパーの子が転校してきたの! テレポーターなんだって。
教室の中ぐらいならどこでもピョンピョン移動しちゃうんだよ! まるで手品みたい。
人懐っこくて気さくな子みたいだし、友達になれるといいなあ・・・・・・





 塀の先に、今着いたばかりと思われる防弾仕様車から降りて、小さな扉を開けようとしている黒スーツの者達が見えた。
 資料にもあの扉が緊急避難用の出口とある。三宮達を案内する手筈となっているのだろう。
 彼らは一斉に、駆け寄る男に気付いて身構えるが、男の動きの方が早かった。

ドンドンドンドンッ!

 彼らを一人残らず撃ち倒した男は弾倉を交換し、解錠された扉の中へと滑らかに潜り込む。


            ◇

            ◇

            ◇

            ◇


「紫穂、早くここを出るんだ! “普通の人々”だ・・・分かるな?」

「長官っ、お急ぎ下さい―――こちらへ!」

 慌ただしく居間に現れた長官は、本を読みながらその帰りを待っていた娘の手を取ると、SPの誘導にて廊下を足早に進む。
 突然の事に目を丸くしていた紫穂も、父の手に触れた時、何が起きているのかを瞬時に理解した。

「あの人達・・・まだいるのね?」

「ああ。未だ正門からの進入を試みている。間もなく警察とB.A.B.E.Lからの増援も着くだろうが・・・
 万一の事を考え、今夜は本庁で様子を見よう。母さんも出先からそっちに向かっている・・・」

 歩きながらそこまで言うと、長官は後ろ手に引いた紫穂へと振り返る。

「すまない。こうなるかもしれんと分かっていたのだ。お前の事を考えたら、やはり帰宅を見合わせるべきだったのだ・・・」

「ううん、いいの・・・ありがとう、パパ」

 彼が口を開く前からその思い―――申し訳なさ、自責の念、何故それでも帰宅を選んだのか―――を知る娘は、首を振りながら微笑んでみせた。
 父を責める気持ちなどなかった。自分の、口にも出せない我侭を聞き届けてくれたのが、ただ嬉しかった。
 そして、何があろうと今は平気―――だって、パパがここにいて、守ってくれるもの。

「長官、お嬢さん、こちらです!」

「長官!」

 非常口の手前付近で新たにSPと合流し、父と娘は庭へと出た。
 裏手の通用門の一つに車が用意され、そこから避難する段取りとなっている。
 塀の所から更に一人、黒スーツの男が駆け寄って来た。

「長官っ、こちらへどうぞ! この扉の先に車が・・・!」

「―――――君は!?」

 もし、この時紫穂が地面をサイコメトリーしていたなら、近付くその男がSPなどではない事に気付けたかもしれない。男が手に持ったピストルをこちらへと向けるその前に。
 だが、長官が声を上げていた。彼は男の事を良く憶えていた―――その顔も、名前も、その与えられた運命の事も。

「三宮ぁぁぁっ!! 普通の人々はあっ、どこにでもいるぞぉっ!!」

ドンッドンッドンッドンッ!

「―――――パパっ!?」

 男が撃つよりも先、長官は両手を広げて娘の前に立ちはだかっていた。急所は外したとは言え、左肩と胴体に被弾した彼はがっくりと膝を折る。
 だがそれでも、彼の長身は男の視界から娘を完全に覆い隠していた。紫穂は父の背中へと取り縋る。

「パパっ・・・パパ!」

「そのままだ・・・そして、合図をしたら、走るんだ・・・いいな?」

 口中に溢れる血を吐き捨ててから紫穂に告げると、長官は顔を上げる。銃口をぴたりと彼に据えたまま男は、じりじり彼へと近付いた。
 倒された者に代わって近くにいたSP達が駆けつけて来るが、男と父娘の位置に手出しが出来ないでいる。

「三宮・・・エスパーを担ぎ上げる超能力捜査でエスパー社会化に加担する貴様へ、我々“普通の人々”が今夜、裁きを下す」

「普通の人々・・・普通の人々だと? 君には・・・今ここで名乗るべき、自分の名がある筈だ・・・・・・違うかね、アサイ君?」

「俺を―――知っているのか!?」

 男の表情が固まる。銃と銃口の先から気をそらさぬ様にしつつ、男は長官に尋ねた。

「知っている、のではない・・・憶えているのだ。この私が忘れる訳もない・・・あの事件を・・・あの小学校の・・・
 エスパー児童による、無差別殺傷事件を。まして君は、我々警察庁の・・・」

「―――無差別、ではない」

 男は長官の言葉を遮りながら、一歩前へと進む。

「そのエスパーの子供は、あるグループから・・・やがてクラスの皆から、酷いいじめを受け続けていた。無差別なんかじゃなかった・・・
 その子供が殺したのは、実際にはいじめの中心になっていたグループの連中だけだった・・・・・・そして、俺の娘は、そのグループの一員だったんだ」


            ◇

            ◇

            ◇

            ◇


 友達になる事など、出来なかった――彼女の味方をすれば、自分までもが仲間外れとなり、いじめの対象とされるのだから。

 異質な存在である必要はない。ほんの些細な事からでも始められる。
 「アイツ最低だよね」 「おかしいよね」 「許せないよね」
 そう言って皆でうなずき合えれば、その流れが作られれば、以降その対象が何をしても何を言っても、不快な人物の不快な言動として片付けてしまえる。
 ましてエスパーなどと言う存在であったなら、その事に屈託のない性格であったなら―――その少女の机に毎日ゴミが詰め込まれる様になるまで、然程長くはかからなかった。

 彼女への行為は、その後もますますエスカレートして行く。彼女のテレポート能力では、取り囲むクラスメート達から逃げ切る事も出来なかった。
 ハサミで髪と服をざくざく切り裂かれ、下着姿で授業を受けさせられたのはいつ頃の事だったか。
 何度も深い川底へのテレポートを強制され、溺れさせられたのはいつ頃の事だったか。

「あの子が自分でやってるんですよ。エスパーですからね、普通じゃありませんから、普通の人と違うセンスしてるんじゃないんですか?」

 グループリーダーの女子生徒は担任にそう説明していた。

「生徒同士の事は生徒同士で解決をね。ほら、どうしてもクラスに馴染めない子ってのは、当人の問題である事が多いんだよ。
 協調性に欠けてたり、集団生活上の問題があったり。何せ、エスパーでもあればねえ・・・」

 クラスの担任はまるで自分に言い聞かせるかの様にそう言っていた。


            ◇

            ◇

            ◇

            ◇


「確かに酷い話だった・・・理性的な救いなど見出しようもない問題だったかもしれん。だけどな・・・それが、俺の娘が殺されても良い理由だと言うのか?
 自分を守る為、エスパーを迫害し、いじめに加わったのが死に値する罪だったとでも言うのか? 貴様らは、そしてマスコミとそれらに踊らされた奴らは!
 加害者のエスパー児童は、少年法の裁きすら受けずにB.A.B.E.Lに引き取られ、今では精神治療を受けつつ通常の学業と専属エスパーとしての訓練とを受けている・・・
 俺の娘は、そいつのテレポート能力で六階から投げ落とされたのにだぞ!」

 長官は男の言葉途中で顔を下に向けていた。左肩と腹部、そして口から流れる血は、手で押さえようと止まる筈もない。
 だが最後の言葉と共にもう一歩を踏み出した男へ、彼は苦しげながらにも顔を上げ、問い質した。

「それを理不尽だと言うのなら・・・・・・今それを手に、ここに立つ君は・・・何だと言う・・・つもりかね」

「そんな顔で俺を見るな――――ああ・・・分かっているとも」

 男は口元だけを歪めて笑う。自嘲している様にも、長官への蔑みと憐れみの様にも見て取れる冷笑だった。

「俺のやっている事にそいつと何の違いがあるかとな・・・その通りだ。だが・・・今、俺に出来る事、俺のしたい事は、もうこれしか残っていない。
 よく思うよ、この世界はどこまで行ってもこんな調子なんだろうって。
 それでも・・・だから俺も、エスパーと、エスパーへの優遇措置を採り続ける貴様らを決して許しはしない。そして、暴力でその意志を表明し続ける。
 残念だったな三宮・・・貴様が我々の再三に渡る忠告を聞き入れ、超能力捜査を打ち切っていたなら、貴様ら親子はもう少し長生き出来ただろうに」

「・・・・・・そんな事は、出来ぬ・・・たとえ、殺され・・・ようとも」

 咳き込み、血を吐きながらも、長官はかぶりを振って男の言葉を否定した。

「その優れた能力で社会に貢献するのは・・・能力持つエスパーの義務だ。そして・・・貢献させるのが・・・エスパーに活躍の場を与えるのが・・・我々の義務だ。
 我が身を・・・娘さえも危険の前に晒そうと・・・この使命は揺るがん」

「ふん、信じる大義の為に娘を差し出すのも構わんと来たか。エゴイストめ・・・そうだ、貴様の様なのをエゴイストと言う。最低の父親だ」

「違うわっ! エゴイズムなんかじゃない。パパの言ってる事は――」

「紫穂・・・黙っているんだ・・・」

 父の背中にしがみ付き、その思念の全ても伝わっていた紫穂。嘲る男へと思わず向けた反駁の声は、長官によって制される。

「まあ、そんな事はもうどうでもいい。お望み通り、親子揃って仲良く死ね―――エスパーに死を。超能力政策に死を」

(―――紫穂・・・扉へ向かって走れ!)

 男が引き金の指に力を入れ始めた時、長官は口には出さず、思念で紫穂に合図を放った。
 紫穂はそこにある判断、その思いまでも瞬時に受け止めていた―――だが、彼女の足は尚も動くのを躊躇っている。

「――行けぇぇぇぇっ!!」

 前を向いたまま、父が声の限りに叫ぶ。
 同時に娘はその背後から飛び出すと、男の脇を通り抜け、扉へと向かって走っていた。男は反射的に銃口を紫穂へ向けようと動く。
 その時、膝をついたままだった長官が猛然と男に駆け寄り、その腕へと飛び付いていた。

「くっ・・・!?」

 二人はもんどりうって倒れ、地面を転がる。
 長官は銃を握る男の手元を右腕と全身で押え込んでいる為、振りほどこうとしてもびくともしない。
 だが、次に長官は、引き付けた銃身を掴むとその銃口を自分の胸へと押し当てていた。彼の行動にSP達も男も驚愕する。

「―――長官!?」

「な・・・何のつもりだっ?」

「・・・紫穂は撃たせん・・・君の一番の狙いは私だ。違うかね? このまま撃ちたまえ・・・だが、それでお終いだ。
 私が死んでもこの腕を引き剥がす事は出来んぞ・・・その間に紫穂は安全な所まで逃げ切るだろう。そして君は彼らに取り押さえられる」

 手を出す事こそ出来ずにいたが、二人の周囲は既に十人近いSPに包囲されていた。

「私の死後、超能力捜査は優秀な後任へと引継がれるだろう・・・君らの思惑通りになど、ならんのだ。
 今の私では、君を完全に押え込む事など出来まい・・・でもこの手だけは離さん・・・その銃口を、娘には向けさせん・・・」

「娘がどうなっても・・・良かったんじゃ、ないのか・・・?」

 長官が銃を引き付ける事で、二人の顔は間近に迫っていた。表情を強張らせ疑問を口にする男をしっかり見据えながら、彼はその質問に答える。

「いかにも・・・私はエゴイストだ。自分の都合で進んで娘を苦しめ・・・時には危険に晒す・・・駄目な父親だ。
 しかし・・・その危険の中で、娘の盾となれるなら・・・我が命など惜しんだりはしない」

「何・・・だと・・・」

 塀の向こうから紫穂を乗せた車の遠ざかる音が響く。
 長官は笑みを浮かべた。

「それでも私は・・・あの子の父親なんだよ。君なら分かるな・・・・・・君も、そうだろう?」





ねえお父さん、聞いてくれる? あたしね―――――






「――――黙れっ!!」

 男は怒鳴りながら銃口を強く長官へ押し付ける。腹の傷に響いたのか長官は息を詰めた。
 引き金を引こうとする指は何故か動かない。
 鉄の小さなレバーが血と汗でずるずると滑るのを感じる。男は、黙れと繰り返した。

「黙れ・・・黙れっ、貴様と一緒にするなっ! 確かに、そうだったかもしれん・・・だが、今そうであるかの様に言うな!」

「いいや・・・やはり、現在形でそう言わせてもらおう・・・・・・・・・君は、今でも父親なのだ・・・っ」

「・・・・・・殺すぞ・・・」

「殺せ。それが・・・父として娘の為になすべき事だったなら。私もまた・・・娘の為に・・・父として死のう」

 男に向けられた長官の顔には恐怖も迷いもなかった。怒りも悲しみもない。穏やかな、強い意志だけが浮かんでいた。
 静寂が流れる。銃声はいつまで経っても響く事はなかった。
 やがて、銃口を押し付ける力の引くのを感じた。押さえていた男の両手から力が次第に抜けて行く。
 長官は、ふいに男がその肩を震わせて呟く声を聞いた。

「・・・・・・娘は・・・事件の前日、決心していたんだ。いじめをやめようと・・・止めさせようと。
 仲間外れになり、クラス全員を敵に回してでも・・・そのエスパーの味方になろうと」

 男は、熱に浮かされた様な、何かの夢の中にいる様な声でそう言っていた。



本当は怖い・・・・・・だけど、あの子はもっと怖かったんだよ。
もっとひどい目にあってるんだよ。
あたしも・・・その・・・ひどいことを・・・・・・・・・



 やがて、銃身は男の手の中を傾きながら滑り落ちて行き、男の言葉が終わるとほぼ同時に地面の芝草でバウンドする。
 いつまでも撃たないばかりか、銃を取り落としてしまった男の変化に長官も気付き、その顔を覗き込みながら呼びかけた。

「アサイ君・・・・・・?」

「そして・・・俺に勇気が欲しいと言った・・・」





 多忙な毎日。久しぶりの娘との会話。
 彼女はいつの間にかそんな大きな問題に直面していた。いつの間にか、そんな事に深く思い悩む様になっていた。
 いつの間にか・・・そんな誰もが選べる訳ではない選択を出来る様になっていた。
 娘の語る教室の有様は男にとっても驚くべき事で、その中に娘が加わっていたと言う事実も衝撃であった。
 しかし、彼女の思いを聞いた時、自分は何を思ったのか?
 彼女に何と言ったのだったか?





「お前は・・・・・・復讐など望んでないのか? これも間違ってるって・・・言うのか・・・俺に・・・俺は・・・」

 銃を取り落とした男はいつの間にか天を仰ぎ、涙していた。

「・・・君・・・・・・・・・」

 長官は薄れ始めた意識の中で、その涙を凝視する。





・・・また迷った時、色々教えてね。
・・・またあたしのこと、励ましてね。





「正しい事をしようとするのは、人に優しくなろうとするのは、いつだって怖くて勇気を振り絞らなくちゃいけない事なんだ。でも・・・とっても重要な事なんだ。
 クラスの皆や教師が何を言おうとお前の言う通りだ。そんなの間違っている・・・だから、自分を信じてみろ」

 父は娘に答える。
 そう語りつつも彼には、そんな彼女の決意が嬉しく、そして誇らしく思えていた。

「お父さんは忙しいけど、いつもそうやって正しい事の為に頑張ってるんだよね?
 うん、頑張る・・・頑張れるよ。だってあたし、お父さんの娘だから」

「ああ、お前は俺の自慢の娘だ。大丈夫、いつでも俺がついてる。いつでも励まして・・・助けになってやる―――そして、守ってやるから」

 果たせなかった、その誓いの言葉。





今日はいっぱいお話したから、勇気もらえちゃったみたい・・・・・・ありがとね、お父さん。





 包囲していたSPが慎重に距離を詰め始めた時も、一斉に飛びかかり取り押さえたその瞬間まで。
 男は銃を拾う事もなく、そのまま空を見上げ、涙し続けていた―――――


            ◇

            ◇

            ◇

            ◇


「パパのばか・・・・・・そんなの、ちっとも嬉しくなんかないんだから・・・」

 紫穂はベッドの脇で、こちらに顔を向けている父の手を取りながら呟く様に言った。
 襲撃犯が捕えられた直後、遂に失血で意識を失い、すぐさま病院へと搬送された長官。
 彼の容体が安定し面会出来る様になると、警察庁を経由してB.A.B.E.Lに避難していた紫穂は真っ先に病室へと駆けつけていた。

「すまんな・・・」

「何が“娘の盾”よ・・・死んじゃったら、何にもなれないわ・・・」

「その通りだ」

「“でもいつかは”なんて、縁起でもない事考えながら謝らないで・・・」

「・・・・・・」

 心を読みながら彼の無謀な自己犠牲を叱りつける娘に、父親は困った顔で黙り込む。
 黙り込んでも、彼女の前では余計な事までペラペラ喋っているに等しい訳だが。

「お加減はいかがですか、長官・・・何だ、やはり先に来てたか。紫穂」

 心配げな顔でB.A.B.E.L局長の桐壷、その部下でありチルドレン担当官の皆本、そして紫穂と同じ「チルドレン」薫と葵がどやどやと入室して来る。
 長官の容体を確認する他に、事後処理関連の報告と紫穂の迎えが目的であった。

「B.A.B.E.L側の現場収拾は完了しましたよ・・・後は警察に全権が渡ります」

「うむ・・・ご苦労だった桐壷クン。プレコグセンターの予知データの提出も頼むよ」

 紫穂の反対側に立つ彼らに視線を移し、長官は報告の後にうなずく。

「はっ。しかし・・・解せませんな、長官」

 ただでさえ険しい顔を更に引き締め、桐壷が一歩前に出て長官へと尋ねた。

「・・・何がかね?」

「あのアサイと言う男、公安時代の技能評価と言い、エスパー憎悪に至った経緯と言い、襲撃時の手腕と言い、恐らくは奴らの中でもトップクラスの暗殺要員ですぞ。
 何故、それ程の者があの状況で、長官だけでも撃とうとせずに戦意を喪失したのか・・・・・・?」

「本当はあの組織のスローガンらしいが・・・つまりは彼の言葉通りだった訳だよ・・・“普通の人々は、どこにでもいる”のだ」

「―――――?」

 桐壷と皆本、葵と薫はそれぞれ狐につままれた様な顔を見合わせる。
 彼らの反応を見渡してから長官は、ベッドの反対側に視線を移した。
 自分の手を握ったままうとうとし始めている娘を見て、次に窓の外に広がる街並と空を眺める。

 そう、普通の人々・・・・・・
 愚かで、過ちを繰り返して、それでも子供を愛しその幸せをどこまでも願う。
 そんなごく「普通の」親は、「どこにでもいる」のだ。
 治安を守る側にも、治安を破壊するテロ集団の中にも。
 エスパーを守る者にも、エスパーを排斥する者にも。
 そして、エスパーにも・・・・・・ノーマルにも。

「何だよ。紫穂のやつ、もう眠っちまったのか」
 
 薫の言葉に長官は再び紫穂を見る。僅かに開く窓から流れて来た春先の風はまだ少し冷たく、包む様に握る手の温もりばかりが際立って感じられた。

私だって、パパを失いたくなんかないの・・・

 空いた手で娘の髪を撫でた時、父はそんな“声”を一瞬だけ聞いた気がした。
 だが、耳をすませど彼女から聞こえるのは春風の中、すやすやという寝息ばかり。








      ====  F i n  ====




今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa