ザ・グレート・展開予測ショー

甘いおやつ(絶チル)


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(06/ 4/18)






 宿木明と犬神初音の二人『ザ・ハウンド』が正式にバベルの特務エスパーに採用されて数週間が過ぎた。
 しかし、これといって事件のない時の二人は普通の中学生と何ら変わることはない。その日も、いつものように二人はそろって登校していた。
 通学路を歩きながら、初音は隣を歩く明をそっと見る。表情はどこか明るく、鼻歌を歌ったりと上機嫌だ。自分達が特務エスパーとして採用された日から、明はずっとこの調子である。というのも、初音の膨大な食費をバベルが負担してくれることになり、心配の種がひとつ消えたからなのであるが。
 初音はその事情を知らないものの、嬉しそうにしている明を見るのは嫌いではなかった。
 二人は学年が違うので、学校に着くとそこで別れた。

 昼休みになると、初音の教室に大きな包みを持った明がやってきた。男子生徒に机を借りると、初音の机とくっつけてテーブルのようにして包みを置く。その中身は、山のように重ねられた手製の弁当。初音は目を輝かせながら、ゴキゲンな表情でそれらを食べ始めた。
 明はと言うと、それとは別に小さな弁当箱を取り出し口に運んでいる。
 そんなふたりの様子を見ながら、初音のクラスメイトの女子数人が話し込んでいた。


「宿木先輩ってカッコイイよね〜」

「何か落ち着きがあるって言うか。私の兄貴も1コ上だけど大違いだよ」

「でもやる時はガツンとやってくれるし、面倒見も良いみたいだし」

「「「素敵よね〜」」」


 呼吸のぴったり合ったため息をつくと、クラスメイト達は初音に目をやる。


「犬神さんって宿木先輩の幼馴染みなんでしょ?」

「小さい頃からずっと一緒らしいよ」

「ふーん……でも、犬神さんってクールで、近づきにくい雰囲気が……」

「それに、怒らせるとものすごく怖いし」

「聞いた話によると、犬神さんが大暴れしたせいで、宿木先輩が怪我したことあるんだって」

「わー、こわーい」

「エスパー同士っていっても、宿木先輩も良く付き合ってられるわよねー」

「そーだよねー。それでさー……」


 やがてクラスメイトの話題は別の方に向かい、彼女らは年頃の娘らしくケラケラと笑いあう。
 ふと、明が初音に目をやる。いつもなら食事中は止まらない彼女が箸を止め、じっと明の背後――クラスメイトのいる場所――を見つめていた。


「どうした、初音?」

「……なんでもないわ」

「ん、そうか」


 何事もなかったかのように食事を平らげていく初音を見て、明も再び箸を動かしていた。
 午後の授業も終わり、下校時間。朝と同じように明と帰る初音は、僅かにうつむき押し黙っている。その様子に気付いた明は、初音の顔を覗き込みながら尋ねた。


「おい、気分でも悪いのか?」

「ううん、平気」

(うーん、何か考え込んでるみたいだけど……微妙に嫌な予感が)

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」

「何だ?」

「……私が暴走して、明に止めてもらったのって何回だっけ」

「あーもう、そんなことわざわざ蒸し返すなよ。思い出しただけで痛すぎる」

「昼休みに、クラスの子が話してた」

「……何が言いたいんだ初音」

「明はどうして……私に付き合ってくれてるの?ずっと考えたんだけど、私と明が入れ替わったとしたら、とっくに逃げ出してると思うし。だから答えて」

「……」

「……」

「えーと……本気で言ってるのか?」

「冗談は嫌い」

「……だよな」

「とゆーわけで答えて」

「断ったら?」

「認めない」

「どんな暴君だお前は……」


 明はこめかみを押さえつつ、立ち止まる。そして初音の方に身体を向けると、その肩にそっと手を置く。じっと瞳を見つめ、真剣な表情だった。
 そしてカバンからゴソゴソと何かを取り出すと、それを天高く放り投げた。


「あっ、ソーセージ!!」


 初音は反射的に弧を描くソーセージを追いかけ、見事に空中でキャッチ。それをくわえたままくるりと振り返ると、明がスタコラと背を向けて逃走していた。


「冗談じゃないっ!!俺の口からそんなこと言えるかっ!!」


 額に井桁を貼り付けながら超能力を発動した初音は「逃がさない!」と叫びながら猛スピードでその後を追い始めた。
 生身の人間が狼に変身した初音からそう逃げ切れるものではない。やがて明は追いつかれ、あと一息で服の袖に牙が引っ掛かりそうになる。が、その瞬間鼻先に赤い粉末を吹きかけると、初音は鼻を押さえて仰け反り、狼状態も解除されてしまう。


「何、これ……辛っ!!鼻が痛いっ……うぷっ!!」

「食卓用の唐辛子だけどよ、感覚の鋭くなってるお前には効くだろ?というわけでアディオス!!」

「ま、待ちなさいよバカァ!!」


 その隙に明は駆け出し、人混みの向こうへと消えていく。唐辛子の痛みと涙で苦しんでいた初音の感覚がようやく戻った頃には、明の姿はすっかり見えなくなってしまっていた。






「やれやれ……絶対自分の言ってることの意味がわかってないよな、あいつ。はぁ……」


 明は、隣町に向かう電車に揺られていた。いくら遠く離れようと、徒歩で初音の嗅覚と身体能力から逃げ切るのは不可能に近く、それは明が誰よりもよく知っていた。
 去年の夏に二人で海に遊びに行ったとき、地元の不良中学生数人にからかわれてしまった事があった。明も初音も最初は相手にしていなかったのだが、連中が初音の食事をひっくり返してしまったのがいけなかった。完全にプッツンした初音は能力を発動し、不良達を次々にシバき倒してしまう。そのうちの一人が原チャリで逃走したのだが、結局20Kmも追い回されたあげく観念し、泣いて詫びを入れるハメになったのである。
 そしてこの時も、走りすぎて空腹になった初音は暴走し、明がその身を挺して止めたのであった。
 こうして電車などで匂いの跡を絶ってしまえば、初音の目をいくらか誤魔化すことは出来るはずである。盛大なため息をつきながら、明は疲れたように背もたれに身体を預けていた。


「あれっ、宿木先輩?」

「え?」


 呼ばれて顔を上げると、目の前に同じ学校の制服を着た女子生徒が立っている。それも、どこか見覚えがあるような顔だった。


「お前、確か初音と同じクラスの?昼休みに見たような……」

「はい、そうです。でも、どうしてこの電車に?家は反対方向のはずですよね」

「なんつーかその……いろいろあってな」

「もしかして、犬神さんとケンカでもしたとか」

「ぎくっ」

「でも珍しいですね、いつも一緒に――」


 女子生徒の妙に鋭いツッコミに乾いた笑いを返す明であったが、次の瞬間その表情が凍り付いた。ちょうど正面の窓ガラスの向こう、流れていく景色の中に見覚えのある巨大な猛禽類が羽ばたいていたのである。それはこちらをギロリと睨み、速度を合わせてぴったりと付いてくる。


「うわあああ!?」


 青ざめ、総毛立った明は初音のクラスメイトを置いて走り出した。しかし、どの車両に逃げようが例の猛禽類――初音は窓の向こうで動きをマークしてくる。すでに、退路は閉ざされていた。やがて電車が止まりドアが開くと、明は観念したようにトボトボと降りていく。その目の前には、ずいぶんと呼吸の乱れた初音が仁王立ちして待ち構えていた。


「逃がさないって言ったでしょ」

「まいったぜ……新しい技を存分に駆使しやがって」

「人が必死に追いかけてるのに……他の女と喋ってる余裕まで見せてくれるとは思わなかったけど」

「あ、あれは偶然で……まさか怒ってるのか?」

「べつに気にしてない。そんな事よりも――」


 息の荒い初音の目がギラリと光ったのを、明は見逃さなかった。それは人間の瞳というより、獣のそれに近い――まさしく暴走の前兆に他ならないものだった。


「お腹空いたわ……ゴハン……チョウダイ!!」

「こ、このバカ!!使い慣れない力でぶっ飛ばしたから――!!」

「ガルルルル!!」

「やめろ初音ーーーッ!!」


 正気を失い狼に変身した初音を取り押さえようと、明は必死にしがみつく。しかし、一人ではやはりどうすることもできず、初音は明を背中に乗せたまま街中を疾走する。だが、明が降りた駅の周辺は住宅地であり、初音の空腹を癒すようなめぼしいものは到底見あたらない地区だった。しばらく迷走していた初音は突然立ち止まり、周囲の匂いを嗅ぎ始める。


「いい加減に目を覚ませ!!メシなら俺が作ってやるから!!」

「グルル……」


 鋭い眼光を明に向けて威嚇すると、初音は何かを感じたのか再び疾走を始める。それはさっきまでのデタラメな走り方ではなく、どこかへ一直線に向かっていた。その背にしがみついたままの明はバベルに連絡して止めてもらおうとも考えたが、もはやこうなっては自分が始末を付けるしかないと覚悟を決めた。


「なあ初音。俺だってな、好きで痛い目に遭ってるわけじゃねーんだぞ。どーせ聞こえてないと思うけどよ」

「ハッ、ハッ、ハッ……!!」

「お前の能力は不安定で、こうやってすぐ暴走しちまう。こればっかりは、はっきり言ってものすごく迷惑だ。でもな――」


 明の脳裏に、初音と過ごした今までの思い出が蘇ってくる。噛み付かれたり、穴に埋められたり、食事を根こそぎ奪われたり、それどころか自分自身が食われたり。


(なんだろう、景色が滲んでよく見えない……いや違う違う。これじゃなくて)


 次々に現れるトホホな思い出を振り払うと、小学生時代のある記憶が蘇ってきた。
 当時から明も初音も超能力者として特別な目で見られていたが、精神感応系の明はまだしも、初音はその能力ゆえに恐れられ、周囲と馴染むことができなかった。そこへ生来の気の強さと口数の少なさも手伝って、彼女はますます孤立してしまう。
 ある時、明が田舎の山道へサイクリングに出かけた際に、乱暴な運転の車に引っかけられて崖下に転落してしまったことがあった。足をくじいた上に携帯電話も圏外で、近くの小鳥を使って辺りを見回してみても、民家は遙か彼方。いよいよここまでかと思った明の前に現れたのは、ボロボロになった靴を履いた初音だった。


「お前、どうして?」

「嫌な胸騒ぎがしたから、匂いを追いかけてきたの」

「追いかけて、って……そんなになるまで走ってきたのかよ」

「明に何かあったら嫌だから……」

「……ありがとな、初音。本当に助かったよ」

「うん……無事で良かった」


 初音はいつもと変わらず――まるでここにいるのが当然のような顔をしていた。
 そんな彼女の姿に、明は胸が締め付けられる。こんなにも優しい幼馴染みが、どうして恐れられ、孤立しなければならないのか。
 その日、明は密かに決意したのである。


「――お前の『力』は人のために使えるんだ。それを俺達二人で証明して……認めさせるまで離れるわけにはいかねーだろ!!」


 明の腕に力が入る。決して振り落とされないようにと、首もとに手を回してしっかりと捕まえる。
 顔を上げて前方を見据えると、そこに一台の屋台があった。軽自動車を改造した、たい焼きの屋台だった。そこからは甘く、どこかノスタルジックな匂いが漂ってくる。


(初音の狙いはあれか……)


 屋台ではもじゃもじゃ頭で青いオーバーオールのおじさんが、鼻歌を歌いながらたい焼きを作っていて、初音の接近などまったく気が付いていない様子だった。このままでは初音の突撃を受け、彼が怪我をしてしまうのは目に見えている。バベルに採用されたばかりで、いきなり不祥事など起こすわけにはいかない。さっきから獲物代わりの動物がいないか探していた明であったが、運の悪いことに手頃な動物が見あたらないまま、ここまで来てしまった。


「くそっ、どうにかならないのか!?このままじゃ――!!」


 諦めかけていた明の耳に、おじさんの歌声が飛び込んできた。それは昔、幼児番組で大ヒットしたという有名な歌だった。その瞬間、自分でさえバカバカしいと思うようなひらめきが脳裏を過ぎる。


(この状況で何て間抜けな考えが……とはいえ他に方法がないし。最悪、手足の一本や二本は覚悟しておくか……)


 明はありったけの精神波を『ある物』に送り込むと、あり得ないはずの可能性に賭けて心の中で叫んだ。


「まぁ〜いにち♪まぁ〜いにち♪ボクらは鉄板の……おおお!?」

『うえで焼かれてイヤになっちゃうよっ!!とゆーわけで俺を食え初音ぇぇぇ!!』

「た、たいやきくんが……泳いだ!?」


 おじさんがたい焼きを取り出そうとしたとき、突然ひとつのたい焼きが起き上がり、道路の向こうから爆走するケモノめがけて飛んでいく。



「オヤツ!!」

「うがあああああああ!!!!」


 条件反射でたい焼きをキャッチした狼が嬉しそうにそれをむさぼり始めると、少年の断末魔にも似た絶叫が住宅街に響き渡ったのだった。






 明は自宅で床に伏せていた。全身至るところが噛み跡やら何やらでズキズキと痛み、身動きひとつ取れない。結局、明が食われることで初音は正気を取り戻して事件は解決したのだが、どうにも腑に落ちないことがひとつあった。あの時、なぜ自分はたい焼きに乗り移り動かせたのか、ということである。
 顔だけを動かすと、枕元にはおじさんがくれたというたい焼きが置かれている。試しに何度も精神波を送り込んでみたのだが、たい焼きはどこまでもたい焼きのままでピクリともしない。6回目のアクセスが無駄に終わったところで『あれは極限状態が生み出した奇跡だった』と結論づけ、考えるのをやめてまぶたを閉じようとした。


「……明、起きてる?」

「ん……初音か」


 いつのまにか、ベッドのそばで初音が自分を見下ろしていた。いつも物音を立てずに入ってくるので心臓に悪い。目を開け見上げた先にはいつもと同じ――だが、どこか小さくなった犬のような表情の――顔があった。椅子に腰掛けた初音は、包帯でグルグル巻きになった明を申し訳なさそうに見つめながら口を開いた。


「怪我……大丈夫?」

「なわけねーだろ。立てないほど痛てーよ」

「あのさ……こないだの質問なんだけど」

「まだ言うかお前は!?」

「そうじゃなくて。もういいの、あのことは」

「……えらく諦めがいいじゃないか」

「だって……全部聞いたから」

「は?」

「だから、もういいの」

「ちょ、ちょっと待ってください初音さん……何を聞いたって?」

「ひみつ」

「うわ……あっあああ……」


 あまりの恥ずかしさに、明は真っ赤になってぷるぷると小刻みに震えだした。そんな明にそっと顔を近付けると、初音はにこっと笑ってこう言った。


「それより明、お腹すいてない?」

「いや……もういいです。悪いけど一人に――!?」


 顔を背けて毛布に潜り込もうとしたその時、明は顔を掴まれた。そしてその瞬間、唇に何か柔らかい物が触れたような――そんな気がした。呆然としていると、初音の顔が目の前から離れていく。


「なっ、なななっ……お、お前……今!?」

「そういえば手が使えないんでしょ。口移しで食べさせてあげようか?」


 たい焼きをひとくちかじると、初音はもう一度明に迫る。その表情は最良の獲物を見つけて満足している――そんな風にも見えた。


「まてまてまてぇぇぇ!!早まるな初音ーーー!!」


 それからしばらくして、明の家から帰る初音の口元には、餡がちょっぴりくっついていた。
 その日のおやつは、とっても甘かったと彼女は話しているそうだ。



 

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