ザ・グレート・展開予測ショー

花見


投稿者名:NATO
投稿日時:(06/ 4/16)

満開の花見を大人で済ませたことを知ると、少女はふくれっつらで青年にねだった
不参加の原因、長めの昼寝で元気な夜の少女に押し切られ、苦笑で青年は頷いて。
酒はない、ただ、少女にとっては遅い時間に、自動販売機で買ったジュースを二本。
気まぐれな狐をお供に、粋な夜桜と洒落込んで。
少女にとってはちょっとした冒険。
青年にとっては。

綺麗だね。
少女にとって、それは最大の賛辞だった。
そうだね。
頷く少女の兄のような男もまた、その光景を静かに見入る。
傍らに控える金色の狐が、青年の悲しい瞳を愛しげに見上げた。

近所の名所は限られる。当然ながら昼の宴場。
大人のモラルで片付いて、その面影や今は無し。
かえってそれが寂しくて。それでもやはり、美しく。
駆け出す少女を追いながら、しばし桜に囚われる。
花見とは名ばかりの宴会では、桜など酒の余興にすぎなかった。
だからこそ、夜に輝く今の桜がやけに己を誇って見える。



本当に、綺麗。
舞い散る花弁を身に纏い、はしゃぎまわる少女を眺めながら、年端の変わらぬ外見に大人びた瞳を持つ少女が言った。
ああ
答える青年に、宿る静かな悲しみ。
その感傷にあてられたか。
――春は、死んだ人を思い出すの。
ふと、口の端に上る。
――いちばん、外が優しいから、だから内の傷を、少しだけ表に出すの。
なるほど。口の中で消えたつぶやきは、妖狐の聴覚に拾われた。
――だから、桜に死を重ねるの。
……桜が無ければ、思い出さないのか?
――思い出すわ。散っては、くれないけれど。
あって、良かったな。
くすり。少女が、かすかに笑う。
どうした。苦笑しながら、青年が問いかける。
――昔、歌合せの席で。こんな話をしたわ。

この世にぞ 絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし

綺麗な声で、諳んじる。
花見の席で、詠ったのか。
私じゃないけどね。
笑いながら、狐は頷く。
返歌、どうしたと思う?
青年は少し考えて。僅かに一つうなずくと。
さあ、な。
その様子を少女は微笑。
声を二三度整えて。

散ればこそ いとど桜は愛でたけれ 浮世に何か 久しかるべき

やはり、綺麗な声だった。
ふと、変じた狐が無邪気な少女の手招きに応じる。
金色の毛に月光を返し、桜の花びらを纏いながら、一寸立ち止まり、振り返る。
――あなたなら、どう返したのかしら。
返事を聞くことも無く、狐は少女の下へ駆けていく。
同じ、さ
片手に減った缶コーヒーを弄びながら、青年はじゃれあう少女と子狐を眺めていた。

――それでも、やっぱり、散って欲しくは無いけれど、な

花びらの一枚、どれとも変わらぬそれが、なぜかふと目に留まる。
ひらひらと、微笑しながらおちる花弁。
おちるまで、おちてなお、目で追う自分。
死んだ人、か。
陳腐な恐怖譚、子供の頃はなぜ怖いのかもわからずに、わかってくると大した話ではない。
そう思っていたそれは、実はとても優しく、悲しい思いの生んだ創造。
桜の美しさ。その美しさの根本に、愛でる己の想いが宿る。
死を吸う桜とは、よく言ったものだ。

大人の抱えるあれこれを、何もかも酒と騒ぎに流す花見は終わった。
しばらくすれば、ただ無垢な美しさに見入る少女は眠るだろう。
そうしたら。
自分と同じ桜を見られる狐と、もうしばらく散りかけの花見に興じるのも良いかもしれない。
また一枚、今度は少々拗ねたように花弁が鼻先をくすぐった。

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