ザ・グレート・展開予測ショー

前夜


投稿者名:斉貴
投稿日時:(06/ 4/12)




 静かな夜だった。

 風も吹かず、虫も鳴かず。公園というにはあまりにも静かだった。

 仕方ないのかもしれない。

 昔この公園に悪霊が現れたという噂以来、昼でもこの公園には人の出入りはすくない。それが夜ともなれば昼以上に人気はなくなってしまうのだ。

 だが、今夜はいつもと違った。

 静寂が広がる公園に一人ベンチに座る男。寒さを紛らわすためか、その手にはホットの缶コーヒーが握られていた。

 男は公園に備え付けられた時計をじっと睨むように見ていた。逸らすことも瞬くこともない。その顔に浮かぶ感情は闇に隠れてよくは見えなかった。


 そうしてる間に時計は九時を告げる。

「さて、もうそろそろかな」

 男は缶コーヒーに一口つけて辺りを見回した。しかしするまでもなかった。

 ジャリッと音がする。

 足音だとすぐに分かった。

 公園の地面は芝生ではない。あまり手入れがされてなく小石と砂が散らばっているのだ。だから歩くごとに靴の下では砂同士が擦れ合う独特の音がする。

 足音は男の方へゆっくりと近づいていった。

「こんばんわ、美知恵さん」

 街灯のスポットライト全身に浴び、彼女は男の前に立った。

「横島君、先に来てたんだ」

 座っていたベンチから立ち上がり、男――横島は美知恵に座るように促す。彼女も一つ頷きベンチに座った。

「悪いわね。呼んどいて遅れちゃうなんて」

「いえ、お勤めご苦労様です」

 横島が言ったのはオカルトGメンのことだった。美知恵はそこで現場指揮官の地位にいる。時間の余裕などほとんどないといっていい人だった。美知恵もそんな横島の気遣いに笑顔で返した。

「それで用というのは?」

 ちょっとね、と言い美知恵は夜空を仰いだ。都市街のため星などほとんど見えない夜空だが、それでも彼女はそこに何かを思い馳せる。

「いよいよ明日ね」

 美知恵の言葉。横島はそれが何を意味するかすぐ分かった。

「貴方と令子が、そうなるような展開を期待してはいたけど・・・実際なってみると感無量ね」

「そうっすか?あ、いや、まあ・・・心当たりはありますが」

「でしょ?あの意地っ張り娘はねえ・・・」

 横島と美知恵は遠い目をした。

 テレ隠しのために殴る蹴るの暴行。横島が他の女に手を出せば殴り、当人に手を出せば殴る。因みに出さなかったら出さなかったで殴る始末。まさに飼い殺し状態だったといっていい。さらに悪循環というべきかそれに同情する女性まで現れたのだ。

「ふふ、聞いたわよ。『カフェ店員は見た!男性一人に女性多数による無言の修羅場三時間!?』だっけ?」

「・・・なんで知ってんですか」

 微笑む見知恵とは対照的に顔をしかめる横島。その手に持つ缶コーヒーが震えだしている。

 あれは横島にとってまさに悪夢なような出来事だった。あの時は冷や汗で体中の水分半分は出してしまった気がした。事実、修羅場の終了は横島の脱水症状のためである。

 その後も空気がぴりぴりして、目を開けるのが怖い。けど目を閉じるのも怖い。というまさに某ホラー映画のような状況だった。

 さらにその後のエピソードも・・・・と、横島は話が脱線していることを気付いた。

「用ってのはまさかこれですか?」

 本当にこれだけなら美知恵への認識を改める必要がある。横島は半眼になって美知
恵を問い詰める。

「いいえ違う。私は横島君に聞いてみたいことがあったのよ」

「俺に、ですか」

「そう、君に」

 自分の顔を指す横島に美知恵が頷いた。その顔は真剣に彼を見つめている。

 横島は思わず視線を逸らした。

「ねえ、何で私を恨まなかったの?というより何で復讐しなかったの?」

「え・・・?」

「アシュタロス、ルシオラ、そういえば分かるかしら」

 カコンと缶コーヒーが小さく凹む。

 横島の表情は場の空気と共に一気に変わる。困惑と悔恨、それと慙愧の念に包まれ
た顔に。

 想い出は走馬灯のように駆け巡った。

 ルシオラの笑顔。

 優しさ。

 暖かさ。

 身代わりになった。

 助けられた。

 恋人か世界の選択。

 止めを刺した自分。

 最後の、言葉。

 ―― ヨコシマ・・・・・、ありがとう

 色褪せぬ感情が渦となって横島を襲う。

 だが横島は顔に出さなかった。まるで仮面の下に隠すかのように。しかしその口から漏れる声は紛れもなく怨嗟に満ち溢れたものだった。

「・・・・怨まなかった訳ないじゃないですか」

 横島は淡々と言い始める。

 あの時、美知恵はアシュタロス事変全ての結末を知っていた。というのも美知恵は過去に、アシュタロス事変前にそれを体験していたのだ。何故かといえば、それは彼女の能力【時間移動能力】によって起きたことだった。美知恵は時間移動能力を使い、未来へ行ってアシュタロス事変を体験した。だが帰ってきた美知恵はそれを一部の高官にしか公表せずに、死を装って雲隠れをしたのだ。

 それが何を意味しているかは一目瞭然であった。美知恵は見殺しにしたのだ。未来が
変わらないように。

 未来のアシュタロス事変における死を全て同じように再現させた。

 そしてルシオラもその一人だったのだ。

 横島はそれを知った時どんなに絶望しただろうか。足掻いたそれが全て無意味だったということに。そしてどんなに怨んだだろう、教えてくれなかった美神美知恵を。

 だが横島は耐えていた。宇宙意思、それが思い留まらせた理由だった。

 以前、美神令子は言った事だが、宇宙意思による時空の復元力は全てに平等に行使
される。ということは例え美知恵が横島に先に事の顛末を伝えたとしても、復元力によりルシオラは死んでいただろうという事だった。

 その事実に横島は自分の憎悪に目を背けた。納得したふりをした。

 しかし真実はとてつもなく残酷なものだった。

「【宇宙処理装置(コスモ・プロセッサ)】。あの時だけは宇宙意思の干渉は一切受け付けなかったらしいっすね」

 少し考えれば分かることだった。アシュタロスの目的は宇宙意思を排除し宇宙を変換処理するということだ。つまり【宇宙処理装置】は宇宙意思による介入を取り除くためのものだったわけである。それはあの時だけなら運命を変えられたことを意味していた。

「俺は美知恵さんを殺したいと思うほど怨みました。知ってましたか?俺は貴女を殺しに行こうしたことがあるんですよ」

「知ってたわ。あのころの横島君はそうゆうの隠すの下手だったから」

「あ、やっぱそうでしたか」

 横島は苦笑した。しかしその目は冷ややかに美知恵を見ていた。

 だが美知恵は平然と笑っている。そこからは胸の淵にどんな感情を宿してるかは計り知れなかった。

「けど、何でしなかったのかしら」

「・・・してたらどうしました?」

 横島は不適に笑い挑発する。

「それは勿論――」

 瞬間、美知恵は背後から取り出した拳銃を横島の眉間へとポイントした。

「眉間を吹っ飛ばしたわ」

「はは、容赦ないっすね」

 笑顔を崩さないまま美知恵は言う。しかし横島も苦笑を崩さない。それどころか少し嬉しげに口元を歪めてさえいた。

「当たり前よ、正当防衛だもの。・・・それに貴方結局やらなかったじゃない」

 美知恵は拗ねた顔をして銃口を下に向ける。

「おかげで命拾いですよ」

「で、何でしなかったの?」

 まるですれば良かったのに、とでもいうように美知恵は言う。そんな美知恵の態度に横島はほうを掻いて愛想笑いする。

「あの時だけは、まあ・・・ひのめちゃんがいましたから・・・」

「ひのめが・・・?目の前で母親を殺すのは目覚めが悪いとか?」

「まさか、そんな中途半端な甘っちょろさじゃないですよ」

 憎悪は人をいくらでも醜くくも強くする。横島だからといってそれは例外なわけがない。けれどそれでも唯一超えてはいけない一線が彼にはあった。

「俺はひのめちゃんからだけは何も奪えないんです。あの時気付きました」

 あの時。美知恵を殺そうとした時。美神ひのめの目を見た時。

「こんなのひのめちゃんにとってはいい迷惑かもしれないですけど・・・・彼女は証なんです」

「証?」

「そうです。俺が選んだ世界の確かな証。ルシオラが導いてくれた世界で誕生した確かな存在」

 失ったものがあるなら、得た物だってあった。

「俺の罪の形であり、救いの形でもある少女。俺はあの子からだけは何も奪えません」

 静かに、懺悔するように横島は言う。いや事実それは懺悔だった。

 愛した存在を殺した罪。理由があった。しょうがなかった。どんなオブラートに包んでも、例えそれが間接的であってもまごうかたない事実。

 罪がほしかった。罪悪感と自責に押しつぶされそうな自分を償う方法がほしかった。

 そんな時、美神ひのめは生まれた。

 最初のころは怨んだ。というより八つ当たりに近かったのかもしれない。自分は世界を守るために大切な者を喪ったというのに、喪わせた当人は幸せそうに新たな娘の誕生を喜んでいる。なんの無垢もない赤子。人の苦しみなど知ることのないだろうそれ。

 憎かった。人の幸せが憎かった。

 けれど、それでも思いとどまった。理性が訴える。それは単なる八つ当たりだと。人情が訴える。美神令子にまた家族を失わせるのか、と。踏み出せない自分。それが臆病と感じて恥じたこともあった。

 だから凶器を持った。美知恵のとこへ駆け出した。そして美神ひのめの目を見た。

 気付いた。気付いてしまった。それはルシオラが守った世界の冒涜であることに。

 ルシオラが文字通り命をかけて守ってくれた世界。その先で生まれた新しい命。それを自分は壊そうとした。守った幸せを踏みにじろうとした。

 何て、馬鹿だったんだろう。

 凶器が手から滑り落ちる。それと共に嗚咽した。

 それでもう横島は何も出来なかった。

「だから止めたというの?」

「はい。まあそういっても貴女を怨むことは止められたわけではありませんけどね」

「そうでしょうね」

「そうです。俺は聖人でもなければ正義の味方でもありません。怨みを許せるほど優しくもありません。それはあの時の貴女の立場が分かっている今も変わらない。そう、けっして癒えはしませんよ」

 憎悪に歪む暗い瞳が語る。

「ならやる?」

「今はやりませんよ」

「殺人計画でも練ってるの?」

「まさか、殺りたくなったらいつでも出来ますから」

 事も無げに言う横島に美知恵の顔がしかめられる。横島の言葉が嘘でないことが彼
女には直感で分かったのだろう。自然その手に持つ銃の重さを再確認していた。

「そう?私としては娘と結婚する前にやってほしいんだけど。ほら、正当防衛とはいえ娘の亭主殺すのはちょっとね・・・・」

「はは、すいません。けどこれが狙いですから」

「・・・本当に?」

 思わず美知恵が鼻白む。それでは復讐というより嫌がらせである。

 横島はそんな美知恵の顔を見て、してやったりと笑っていた。

「勿論冗談です」

「どこまでが?」

「秘密ですよ」

「食えない子ね」

「妻の母親に食われるのは流石に・・・そういうアブノーマルな性癖はないんで」

 横島が苦笑する。でも何かしら期待するような目が説得力を感じさせない。

「こらこら、そっちに持っていかない。私にもないわよ」

「そうっすか?それは良かった」

 ほっとしたような、残念そうな曖昧な顔をする横島。

 そんな横島を美知恵は冷ややかに見つめた。それは暗にこれ以上の戯言を聞く気が
ないという美知恵の意思表示だった。

「・・・分かりました。さっき言いましたけど、あの時の貴女の立場を知ってます。だから俺はある賭けをしたんです」

「賭け?」

 美知恵は言葉を鸚鵡返しする。それに横島は一つ頷いて続けた。

「そうです。けどその前に教えてください。あなたは俺に罪悪感を感じてますか?」

 その目は内面まで見通すように美知恵を見つめる。だが美知恵はその視線を真っ向
から見返していた。

「ええ、勿論」

「何で謝んないんですか?」

 淡々と横島は呟いた。そこには感情が感じられず読み取ることができない。

「して欲しかった?」

「そりゃ勿論。言ってくれないとあなたを殺しそうです」

 空気が変わる。横島の内面から溢れ出すような殺気が美知恵を襲う。それが美知恵
に対する憎悪だということは美知恵自身理解していた。

 けれど、それがなんだというのだ。

「言わないわ」

 美知恵は謝らない。というより安易な謝罪に意味がないことを美知恵は知っている。

「どうしても?」

「どうしてもよ」

 再び鸚鵡返しするように答える。それは一切の例外を認めず断言する美知恵の意思
が感じられた。

「じゃあ、しょうがありません」

 夜風が一気に冷える。横島の周囲からは鋭利なる霊気が立ち込めていく。

 美知恵はこれから起きるもっとも最悪な事態を想定して体を緊張させる。頭の中にはあらゆる方法での横島忠夫への対処が構想される。だがその中で勝算があるものは
極めて少ない。というのも不確定要素が多すぎる。現在の横島の実力は彼の回りの人間でも知っている人間は極僅かだった。

「殺すってことかしら?」

 警戒して訊ねる美知恵。しかし続いて出てきた言葉は美知恵の予期せぬものだった。

「いえ、貴女は謝りませんでしたから」

「・・・・謝ってほしかったんじゃないの?」

 矛盾した横島の言動。思わず美知恵は怪訝としていた。正直横島が何を考えている
か美知恵には分からなかった。その顔はただ淡々に美知恵を見つめるだけであった。

「ええ、そうしたら――」

「これを使えたのに」

 瞬間、頭が理解する前に体が勝手に動いた。ベンチから飛び出し、銃口を横島の眉
間へと向けようとする。しかし半瞬遅い。彼女を中心に取り囲むようにそれは現れる。もはや動くことも出来なかった。

 そして現状になって理解した。自分を取り囲む七つの宝玉、文珠。

「文殊の七文字制御。ここまで出来るようになったとはね。・・・これが賭け?」

 美知恵の米神に冷や汗が流れる。文珠に刻まれている文字はこうだった。

 美、神、美、知、恵、抹、殺。

 早すぎた。対処の方法など全部が意味を成さないほどの早さ。さらに言えば七文字で個人に指向された威力は想像を絶する。

「そうです。謝れば殺す。謝らなければ殺さない」

「おかしな話ね。矛盾してるわ」

「そうっすね。けど俺がほしかったのは謝罪じゃありませんでしたから」

 再び首を傾げる。美神美知恵は横島忠夫の憎悪の対称だったはず。しかし今彼が言
った言葉は明らかにおかしい。そんな美知恵の疑問を横島は自嘲しながら返した。

「貴女は俺に謝らなかった。振り向いても立ち止まらずに進みました。罪に救いを求めず受け入れました」

 横島の言うように彼自身は謝ってほしいわけではなかった。謝られたところで何も帰って来はしないし、それどころか当時の頃の横島にとってはそれは単なる言った人間だけの救いでしかない。

 謝って救われるのは謝られた人間ではない。謝った方の人間なのだから。

 人が罪を償うのは自分自身のためだ。自分の抱える罪悪感、良心から逃れる方法、それが謝るということだ。だが横島にとってそれは冗談ではなかった。自分が罪に苛まれているというのに他人が救われるというのはとても受け入れられる事ではない。ことそれが美知恵だとしたら絶対に許せはしなかっただろう。

 しかし美知恵は謝らなかった。自分を正しいと思っているかはともかく間違っていたとは彼女は認めなかった。

 それは皮肉にも横島にとってどれほどの救いになっただろう。

 美知恵がした、少数の人を捨てより多くの人を救った行動に全ての、横島自身の責任までも押し付けることが出来たのだから。

 横島の言葉に彼の考えを察した美知恵は、呆れながらも悲しげに笑った。

「・・・・気付いて、たんだ」

「はい」

「馬鹿ね。気付かなければ楽に生きられたのに」

 美神美知恵はアシュタロス事変における犠牲所を全て見殺しにした。誰かに話すことでアシュタロス事変での付加要素を作りたくなかった。例え宇宙意思という修正力があろうと【宇宙処理装置】発動時にはどうなるかわからない。それならば下手な要素を作らず、多少の犠牲を払ってでも世界が救われる方向で進んだ方が確実だ。天秤にかければ当然の結果だった。

 実際政府高官達はそれを了承し、過去の美知恵が着次第、全権を委任することが出
来た。しかし納得しない者もまたいた。彼らは言う。美神令子を暗殺すればアシュタロス事変、延いてはそれに関係する犠牲者はでないだろうと。確かにその通りだ。付加要素にはなるだろうが筋は通っている。しかし美知恵はそれに反対の意を示した。付加要素による予測不可能な事態を可能な限り避けるべきだと言ったのだ。けれどそんなのは建前だった。

 娘を死なせたくない。美神美知恵一個人の感情を優先させたのだ。

 それに美知恵は言い訳しなかった。エゴイストと言われてもいい。罵倒だって甘んじて受けよう。だが絶対に死なせはしない。これは美神美知恵という全存在をかけての意地とプライドといえただろう。その結果、美知恵は反対派を黙らせることが出来た。

 だが代償を求められた。それは、

「アシュタロス事変における本当の意味での全責任を負う。そうですね?」

「ええ。大まかに言ってしまえば、犠牲者遺族全ての恨みを買うって所だったかしら」

 そう。全ての決断は身神美知恵の一個人の独断によって決められた。そこに政府の介入は一切なかった。そう公表することが政府の出した美知恵への代償行為だった。

「罪も責任も一手に引っ被れって言うことね。まあ事実ほぼ嘘じゃないしね。それにあの娘のためならそんなの軽い軽い」

 軽く言ってのける美知恵。横島はそれに苦笑だけを返した。

 実際問題そんな簡単なことではない。人の感情、念は決して馬鹿にならないものだ。その感情が憎悪などの負の類のものなら呪いにだって昇華しうる。それこそ多人数にでもなればより強力な呪いへと変わるだろう。事実それは確実に美知恵に何らかの悪影響を与えているはずだった。だが横島の目の前にいる女性はそんなこと意に返さないほどに平然としていた。

「ま、別に政府に言われなくても罪は背負う気でいたわ。勿論償う気はないけどね」

 どれほどの憎悪を、呪いを受けようと死んでやる気など全くない。罪悪感を感じようが謝る気も毛頭ない。死んでやるくらいなら、犠牲になった人達のためにも世界を平和に導こう。謝るくらいならこの犠牲が正しかったことを証明してみせよう。

 それこそが美知恵なりの罪の背負い方だった。

「君だって私に押し付けたままの方が楽だったはずよ?」

「かもしれませんね。けどそれでもルシオラを背負うのは俺なんです。俺でいたいんです」

 自分の胸元を握るように拳を作って横島が言う。

 確かに横島は罪を償う方法を逃れる方法を探していた。不甲斐ない自分がルシオラを殺したことを認めきれなかったからだ。だから美知恵に責任を押し付けたこともあった。

 だけど結局そんなことは出来なくなった。

 どんな状況であろうとあの選択を、世界を選んだのは間違いなく自分なのだ。そしてルシオラを見捨てたのもまた自分。

 目を背けきることなんて出来やしない。

「なんだかんだいっても、あの時貴女がいたってルシオラは救われたとは限りません。歴史が変わっただけで世界が救われたとも限りませんし」

「かもしれないわね。けどそうでなかったかもしれないわ」

 美知恵の言葉に横島は自嘲気味に笑って返した。

「そうです。だからあのころは悩みましたよ。誰かを怨まずにはいられなかった」

 IFにはIFだけの救いがあるかもしれない。だけど、それでもIFはIFでしかないのだ。横島はそこに救いを見出しきれなかった。

 だからこそ横島は美知恵を怨み通すことが出来なかった。

「あなたは優しすぎるわね・・・。というよりお人好しというべきかしら」

「あなたが言いますか・・・」

 横島は苦笑する。他人の責任を全て背負うつもりだった美知恵が言えたことではない。美知恵も笑いながらそれに同意した。


「最後に聞きますけど絶対に謝りませんね?」

 美知恵は瞼を閉じて沈黙する。心は常に他人の憎悪に憔悴し、罪悪感に晒されている。けれど彼女の中の答えは揺ぎ無く変わらない。

「謝らないわ。私は娘達のためにも、今を生きる人達のためにも謝罪しない」

「死んだ人の事はどうでもいいとでも言うんですか?」

「少なくとも私は、死んだ人より今生きている人を尊重する。それが私の生き方よ。それを阻む者がいるというなら誰であろうと容赦しない。無論、貴方でもね」

 双眸を見開き美知恵は断言するように語った。そこにあるのは紛れもなき強い意思だった。

 横島は満足気に笑って思う。どんなに強くなっても本当の意味ではこの人には敵わないのだろうと。

「そうですか。じゃあもうこれはもういらないっすね」

「私もこれは必要なくなるかしらね」

 言うと、それまで美知恵を囲んでいた文殊が消失していき、それに合わせるように美知恵が構えてた銃は彼女の懐へと仕舞われた。

 それまで殺伐とした空気だった公園は、立ち所に元の夜の公園へと姿を戻した。

 相変わらず人気のない公園だったが、今はその静寂さが二人には心地よかった。

 さて、と呟いて横島はベンチから立ち上がり、ぐぐっと背伸びした。いつの間にか手持ちご無沙汰になっていた缶コーヒーはすっかり冷めきっている。いまさら飲もうという気にはならなかった。

 横島に習うように立ち上がった美知恵は、尻目に横島を見ながら彼に背を向けた。

 見れば時計の針の位置はすっかり角度を変えている。仕事の合間に抜け出してきた美知恵は思わずオフィスで呻く自分の一番弟子の姿が思い浮かんだ。

「行くんですか?」

 何気なく問う横島。そんな彼を美知恵は振り返って笑顔を向けた。

「ええ。じゃあまた明日ね。忠雄君」

 その言葉に、美知恵の今までとは違う呼び方に横島は小さく驚き、そして満面の笑みで笑い返した。


「――はい、お義母さん」


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