ザ・グレート・展開予測ショー

花の雲 鐘は上野か浅草か


投稿者名:とおり
投稿日時:(06/ 4/10)

「ふう、ようやっと東京に帰ってこれたわね」


日が高い時間、明るい日差しを受け車を走らせながら、美神が呟く。
本来の予定であれば今日の朝頃にはとっくに帰り着いているはずなのだが、思ったよりも除霊に手間取って、向こうを出る時間が遅くなってしまった。


「そうですねー、でも遅くなっただけでよかったです。
 今回も怪我をする人が出なかったし」


答えたのはおキヌ。
開けた窓から飛び込んでくる、春の季節らしいすがすがしい風に髪をなびかせながら言う。


「でもやっぱり、俺は荷物扱いというか、狭いところに押し込められるンすね」


横から水をかけるように、ぼやくのは横島。
新調なった4シーター。
前と違い多少は広くなった車内なのだが、それでも狭く用を成していない後部座席は横島の指定席だった。


「気にしない、気にしない。
 それとも何?
 か弱いあたしやおキヌちゃんを差し置いて、助手席に座ろうとでも?」


バックミラーで後の横島を確認しつつ、ハンドルをくいくいと動かし車路を行く美神の言葉に、横島が反論出来ようも無く、聞き取れない小声で愚痴るのみ。


「ごめんなさい、横島さん」


毎回の事とはいえ、自分ばかりが広い座席に座る事に申し訳なく思うおキヌが、今度は私がと言うと、美神が割って入る。


「何言ってんのよ、おキヌちゃん。
 こいつを助手席になんか座らせたら、それこそ仕事場にたどり着く前に事故起こしてけが人が出るわ。」


どんだけ太ももとかを触られるかわかったもんじゃないわ。
そう言いたげな口調に、横島は文句の一つも言いたくなる。


「だからって、毎回こんな扱いはないでしょうーが。
 そりゃ、前みたいにトランクに押し込められるよりはマシっすけど」

「うるっさいわね。
 大体おキヌちゃんがいなかった時に、アンタどんだけセクハラしたか覚えてる!?」


四谷怪談の幽霊みたいにただれた顔してたでしょ、もう忘れたのとにらむ美神に、横島がぼそっとささやく。


「…なら、今はおキヌちゃんいるからいいじゃないっすか」


もう席をどうこうと言うよりは、美神に反論したいが為に反論している状況だった。
ええい五月蝿いとばかりに美神が空き缶を勢い良く投げつけて、横島が血を流していると、マイペースなおキヌが嬉しそうに窓から望む景色を語った。


「あ、ほら!
 二人とも、見てくださいよ。あんなに桜が咲いてます!」


橋梁を走る車から見下ろす隅田川の河川敷、墨堤には、見渡す限り桜雲が広がっていた。
その中を人が楽しそうに行きかい、出店なども出て、川辺には屋形船が浮いているのが見て取れる。
桜の祭り、だろうか。


「うわ、綺麗っすねー」

「そうか、今はちょうど満開の時期ね」


運転している為、他の二人の様には見ることは出来ないが、それでも視線の先にある桜の見事さは十分に感じ取る事が出来た。


「しだれ桜に、山桜、か…。
 中々良い趣味してんじゃない。
 まさに爛漫と咲き乱れる、ってね」


和やかな表情で喋る美神。
横島は美神の意外な一面に意外そうな顔を隠せない。
また余計な事をしゃべると折檻を食いそうなので黙っていると、おキヌが言う。


「ふわぁぁ、あんなにたくさんの桜が咲いてるのは、初めて見ましたー」


窓から乗り出すように桜を見つめるおキヌに、美神が意外そうな顔をして答える。


「あれ、おキヌちゃん、今までだって桜ならいくらでも見たでしょうに」

「いえ、あたし幽霊の時は事務所からあんまり離れなかったですし、生き返ってからは今が初めての春ですから」


振り返りもせず答えるおキヌに、美神は苦笑いを浮かべる。
あたしはそんな事もしてやって無かったのね。


「そ、か…。
 じゃ、これからはいくらでも見られる事だし、早速今度の休みにでも繰り出しましょうか?」

「はい、ありがとうございます!」


おキヌは今度は美神を見て、元気な声で言う。
美神は安心した様に大きく息をすると、横島が苦々しくささやく。


「…場所取りすんのは、誰なんすか」

「あんたに決まってるでしょ」


さも当然、決まりごとでしょ、といった美神に、横島は力なくうなずくしかなかった。


「ああ、そんな横島さんの手をわずらわせなくてもいいですよ」


後部座席に押し込められる様に横になっている横島に、おキヌが座席に手をかけながら振り返り、申し訳なさそうに言うが、美神の言葉は厳しかった。


「何言ってるの、おキヌちゃん。
 このセクハラ煩悩小僧を雇ってるのは、こういう時のためでしょうーが」


分かってるわよね、そう念を押す美神に、横島もおキヌも何も言えず、ただ苦笑いするしかなかった。


「あ、じゃあですね。今日寄ってもらえるなら、桜を見ていきたいんですけど」


ぱちんと手をたたくと、うんそうしましょうとばかりに美神に提案する。
風でなびいた髪を手ですくと、美神はどこに行きたいのと聞き返す。


「ほら、事務所の近くにも川が流れてるじゃないですか。
 あそこの河川敷に」

「ああ、目黒川の」


川べりの桜並木、あそこもここほどではなくとも、川を挟んで両岸に桜のトンネルが続くさまは、川面の光が乱反射して桜の色と溶け合って、それはそれは綺麗で美しい。


「あそこは案外花見の人も出ないしね。
 じゃ、行きましょうか」


美神がアクセルを踏み込もうとすると、おキヌが申し訳なさそうに言う。


「あ、いえ。
 そこじゃなくて、ほら。
 少し離れたところにある、ちょっと大きい桜があるじゃないですか」


んーと、人差し指を顔の前でくるくる回して思い出すおキヌに、横島が助け舟を出す。


「あー、川に掛かってる、ちっさい橋のたもとにあって。
 桜並木からちょっと離れて、ぽつんと一本だけ立ってる、あの桜」

「そう、あの桜です!
 あれを見に行きましょうよ」


嬉しそうにそれですそれですと、はしゃぐおキヌに美神が意地悪をしようはずも無く。


「そこでいいのね?
 じゃ、近くまで行くから、横島君道教えてね」


言い終える前にぐいと美神はアクセルを踏み込んで、一行の車は目的地に向かって加速していった。










「えと、その小道を右に入って、んですぐに左折してですね…。
 あ、あったあった」


横島にしては珍しく正確な道案内で、おキヌが言っていた桜にたどり着いた。
日はもう傾き始めているが、日差しは一層強く、吹きぬける風も爽やかさを失わず春めいている。


「わぁ…、今年も元気に咲いてる」


川が間近にあるせいか、青空がすうっとすぐそばまで伸びてくる。
青く抜けた空に、木を埋め尽くす淡紅白色一重の花が映える。
この桜は、ソメイヨシノだろうか。


「おキヌちゃん、ここで良かったの?」


美神が車のボンネットに腰掛け問うと、おキヌは言った。


「ええ、ここがいいんです。
 それに、この時間帯が一番綺麗なんですよ」

「一番日の高い時とか、夜桜とかじゃなくって?」


横島も一本の桜を見つつ、不思議そうに言う。
するとおキヌは、得意げに二人の手を引っ張ると、桜を背にしてちょうど逆光になる位置に導いた。


「ほら」


そう言ったおキヌの視線の先。
桜の木一杯の花弁が強い光を受けて、その淡紅白色をより鮮やかに映し出し、桜自身の影であろうか、ところどころに陰影の効いた枝振りの力強さが、二人を圧倒し、時折吹く風が花びらを舞い散らせるさまは、まさに幽玄と言って良かった。


「うわ、これは…」

「綺麗、ね…」


凡百の言葉ではあるが、二人の口から出たのは真実本当の言葉。
おキヌには、それがなにより嬉しかった。


「えへへ。
 あたし、ここの桜が一番好きなんですよ」


満足げに語るおキヌに、美神がいたずら心を出す。
桜の幹の太さが、力強く印象に残ったからかもしれない。


「でもおキヌちゃん、さっきあんなにたくさんの桜を見たのは初めてだっていったじゃない。
 あそこの他に、上野だとか。
 あんまり桜の名所とか行って無いんでしょ?」


おしゃまで可愛い妹への、姉の意地悪だろうか。
美神は笑みをたたえたまま、おキヌに言葉を投げかける。


「そりゃ、もちろん。
 知りませんけど」


ちょっとだけ、悔しそうなおキヌが水面に視線を移す。
揺らめく桜の木立に光が入り、時折眩しく輝く。
顔を伏せたおキヌに、横島が言葉を添える。


「あ、でもおキヌちゃん、別にこの人の言う事気にしなくたって。
 今日はちょっとばかり、桜に詳しいところを見せていい気になってるだけだから」


横島は美神に毎度のごとく吹き飛ばされるが、おキヌは笑い返すと、こう言った。


「あたしは、ここの桜くらいしか知らなくて。
 でも、それが一番で。
 それで、いいんですよ」


水面から顔を戻したおキヌが、やけにきっぱりと言う。
その顔は、もう伏せてなどいない。


「たまたま、知っていただけなのに?」


本当に、楽しそうに美神がまた問う。
びゅうと強めの風に、桜の木が揺れて、たくさんの花が枝と一緒に踊り、いくばくかの花弁が三人の間に舞って落ちる。


「ええ。
 それが、たまたまでも」


おキヌは二人の側から足を進めて、桜の幹に手をかけ見上げる。
視界を覆いつくさんばかりの淡紅白色の花から、甘いかぐわしい香りが漂う。
枝が風で揺らめいても、幹はしっかりとして動かない。


「なにかと比べて好きになるんじゃなくて、そう。
 好きになるって、そういう偶然みたいな物の集まりなんじゃないですか」


おキヌは振り返ると、美神と横島を見据えて、言った。
枝を広げた幹の、その足元は、力強い根が張っていた。


「そりゃ、世界中探せば、ここより綺麗で凄い桜は、一杯あるんでしょうけど。
 でもあたしは。
 偶然出あったこの桜が好きで、それが一番いいと思ってますから」


一息置いて、すぐに言葉を継ぎ足す。
すぐ近くの二人に、ちゃんと届く様にと。


「それで、いいんです」


陽光が一層強くきらめき、桜とおキヌを照らす。


「偶然出あって、でもそれが一番好きで、か。
 …そっか、そうよね」


桜の木を見据えた美神が納得したように、つぶやく。
こぼれる日差しが、眩しいのだろうか。
目を細めて、じっと見ていた。
おだやかな風が流れるなか、おキヌの言葉を、横島はどう捉えたのか。
指の腹で鼻をすすり、へへっと笑うと、言った。


「そっすよね。
 世界中探せば、美神さんとか以上のナイスバディが…」

「話の腰をおるんじゃないっー!!」


ガス、と鈍い音がしたかと思えば、ドボンと川に転がり落ちる横島。
殴られたショックで目まいでもするのか、あっぷあっぷと水面から顔を出す。


「よ、よこしまさはーん!?」


大変とばかりに駆け寄ろうとするおキヌの手を、むんずと美神が掴んで離さない。


「いいから、放っときなさい。
 全く、あの煩悩馬鹿は」


こめかみに力を入れながら、でもどこと無く笑っているような美神に、おキヌの手の力も抜けて。


「…でも、横島さん本当におぼれてません?」


さすがに演技には見えない慌てぶりに、心配になるおキヌに、美神がちくりと言った。


「大丈夫、死んでも生きられます―――なんでしょ?」


ね、と可笑しそうに笑う美神の笑いに引っかかるが、その美神の笑いに、またおキヌも笑いが起きて。
あはははと、二人でひとしきり笑う。


「じゃ、そろそろ助けてあげましょうか」

「そう、ですね。」


助けに向かって、岸を降りて行って。
こら、このシリコン女ーとあらぬ事を叫ぶ横島を、美神がまた沈めて。
ああもうと、おキヌが止めに入る。
ひとしきり騒ぐ美神事務所の面々は、いつになく楽しそうで。

花の雲鐘は上野か浅草か。

ここに鐘の音はならないが、桜雲の空に、美神たちの声が響く。
春のうららかな、昼下がり。
空はとても高く、抜けるように青かった。





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