ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 27 ―  [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 4/ 9)





 二台のオフロードバイクはターンを切りながら、僅かに前庭に残っていたGメン捜査官の追跡や制止を翻弄しつつ、廃ホテルの建物に迫っていた。
 壁とそれを覆う足場、その手前まで寄せるとスレスレに走り出す。
 前のバイク、横島の後ろに乗っていたシロが右手を斜め下に出すと、長めの霊波刀を作った。彼女はそれを眼前で横向きに構え、足場の鉄パイプを縫って次々と窓を突き始める。
 突き出された霊波刀は対人結界壁に反応し、バチバチと火花を撒き散らした。

「何やってんだ、あれ・・・?」

「私達の結界の進入口を探してるのよ!今のうちに捕えられるわ!」

 美智恵を先頭にGメン捜査官、続いて新たなパニックに乗じたレディースの少女やカメラチャンスの匂いを嗅ぎ取ったロケスタッフも、広いホテル前庭にどっと雪崩れ込む。
 Gメンは包囲する形で、一旦四方に広がってから二台のバイクへと駆け寄って行った。
 横島とシロが窓やドアを突きながら建物の端まで来た時、追手は数m後ろまで迫っていた。二台のバイクは減速し、Gメンが彼らに追いつく――
 間際、雪之丞のバイクが左へずれ、横島はアクセルターンで逆方向へ・・・Gメン達の方へと向かって来た。

「うわあっ!?」

 飛び退いたGメン達を引き離して二台は来た道を走り出す。それに引きずられる様に向きを変えながら、二台の後を追うGメン達。
 さっき列の後ろにいた者が今度は横並びに彼らへと迫る。

「進路よ!進路を塞いでっ!」

 横並びの中から数人が先頭に踊り出た。手に銃、あるいは何らかの遠距離攻撃手段を持っている捜査官達だった。
 走りながらそれぞれのアイテムや技を構え、横島達の前方4〜5mの地面に狙いを付ける。
 後ろからバイクを追っていた美智恵も立ち止まると、神通棍に霊力を集めつつ手持ちの爆砕符を巻き付ける。その中程を指でつまむ様に持ち、投擲の構えを取った。
 その時、タマモが突然叫ぶ。

「待って!」

 美智恵は振り返る。彼女に駆け寄りながらタマモはもう一度、全員に向けて呼び掛けた。

「追っちゃダメ―――“あれ”を追っちゃダメよっ!」

「タマモ、何言ってるの!?」

 答えの代わりにタマモの全身から眩い光が放たれ、辺りを包む。
 すると、建物のもう一端へと向かっていた筈の横島達のバイクは跡形もなく掻き消えていた。

「・・・・・・え?」

「幻術をかけられていたのよ、私達全員!」

 言い放ち、彼女は今通り過ぎたばかりの正面ロビー入口付近へ顔を向けた。視線の先――入口左端にある小さなガラス扉跡。その手前で停まった横島のバイク。
 後ろのシロが進入を阻む足場の鉄パイプを一刀の下、斬り飛ばしていた。
 現在はガラスの割れ落ちているその扉こそが、Gメンの設定した結界出入口の一つだったのだ。
 横島のバイクが離れると同時に雪之丞のバイクが前輪を上げながら建物内ロビーへと突入する。続いて、向きを変えた横島のバイクも。

「ま、待てえーーーーっ!!」

 その周囲にいたGメン10人ばかりが一斉に建物内へ彼らを追おうと詰め掛けた。

―――ドンッッ!!

 だが次の瞬間、衝撃音と共に3、4人が同時に吹き飛ばされ、宙を舞っていた。残りのGメン達は上り段の所まで散りながら後退する。
 彼らが退くと、扉の前に立ち塞がっているシロの姿が見えた。
 彼女一人、バイクから飛び降りてこの場に留まったのだ。霊波刀を振るいながら眼前の追手を見据え、声高に言い放つ。

「これより先は通さんっ!先生を追う者は拙者が相手でござる―――さあ、来るなら来い!!」

 居並ぶGメン達の中には彼女の顔や活躍ぶりを知る者もいた。一時は気圧され戸惑った彼らだが、すぐに陣形を整え彼女にじりじりと距離を詰める。
 数名がそのまま飛び掛かろうと一歩を踏み込んだ時、辺りの空気が再び発光した。

「―――あ・・・・・・あれ・・・っ?」

 捜査官の一人は足を止めたまま、凍り付いた表情で周囲へと視線を走らせる。
 謎の光が消えた時、彼の目には彼を取り囲む様に立っている大勢のシロの姿があった。

「――――っ!」

 反射的に飛び退きながらすぐ近くにいた二体のシロに霊波を乗せた掌底を当てる。すると、吹っ飛びながら悲鳴が上がった――太い、男の声で。

「なっ!? 何するんだ!? え――犬塚っ!?」

 その場にいた全員が同じものを見ていた。自分を取り囲む大勢のシロを。
 よく見ると、シロ同士で攻撃しあっている所もあるのに気付けただろうが。

「また幻術だ! 犬塚への攻撃を止めろっ。同士討ちになるぞ! 互いを確認しろっ」
「俺だ! 小坂だ!」
「長瀬だ!」
「お前は?」

 周囲のGメン達に確認を呼び掛けた男は、すぐ目の前のシロにも名前を尋ねた。
 彼女は答えず、霊波刀を繰り出して来た。

ズダアアアンッッ!!

「ぐああーーーっ!?」

 いつの間にか彼らの中に紛れ込んでいた本物のシロは、自分以外のGメン達を次々と薙ぎ倒して行く。
 美智恵のいる所からもシロ同士が固まって同士討ちを繰り広げ、四方八方に飛ばされて行くのが見えていた。
 何とか本物のシロを見分けようとするが、そう上手くは行かない。

「――――そこよっ!」

 タマモが叫びながら、手に集めた狐火を彼らと正反対の方向――建物隅の足場の陰へと投げつけた。

「ギャッッ!?」

 その場所から火に包まれた虎面の大男が転がり出て来る。
 それと同時に幻術は解け、無数のシロは捜査官の姿に戻った――一人、本物のシロを除いて。

「タイガーどのっ!?」

「―――確保っ!」

 ぷすぷす煙を立てながらノビているタイガーにシロも注視した。美智恵の号令で数人のGメンが彼へと駆け寄る。

「もう一人、近くにいる筈よ!」

「・・・・・・ちいっ!」

 どさくさで前庭まで入り込み、遠巻きに逮捕劇を眺めていたレディースの中から一人、顔半分を布で隠した特攻服姿の女が走り出る。
 露出した目元も袖口から覗かせた手も小麦色に焼けていて、呪術用の――タイガーの幻術能力を制御する為の笛も持っていた。

「小笠原エミだ!」

「追えっ!」

「タイガーがしくったんなら、私の仕事はここまでなワケっ!」

 ノビてる所をよってたかって押え込まれたタイガーを尻目に、エミは停めっ放しの適当なバイクに跨ると爆音を響かせてその場から逃走した。

「追えーっ! 車両出せ車両っ!」

「てめっ、それあたしの単車・・・!」

「ううっエミさん、ワッシは本当に置き去りですカイノ・・・」



ざざっ・・・・・・

 遠く、捕まるタイガーと逃げたエミとを見ていたシロは、近い足音を聞いて正面に向き直る。
 視線の先にはタマモ。Gメン数人――かつてのシロの同僚達――を後ろに率いていた。

「次は・・・お主らでござるか」

「さあ、しつけの時間よバカ犬。横島の前に、まずはアンタから性根を叩き直したげる・・・」

「やってみるが良いでござろう・・・っ!」

 マシンルームでの決闘再び。シロは霊波刀を中断に構え、タマモは両手に狐火を集めた。
 Gメン達はタマモの後ろから二人の両脇へ展開して行く。
 その時、シロの背後、エントランスロビーの奥からぼんやりしたオレンジ色の光が広がるのをタマモは見た。一階の窓々も同じ色で淡く輝き始める。
 次の瞬間、地の底から突き上げる様な轟音と振動。



――――ドンッッッ!!



「な・・・何?」

「―――隙ありィーーーッッ!!」

 タマモ達がそれに気を取られた時、シロは彼女へと一直線に突進して来ていた。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 ロビーから廊下へと、横島と雪之丞の二人はバイクに乗ったまま走り抜ける。
 至る所に工事用照明が設置され、作業担当のGメンが待機していたが、彼らには迎撃や制止の準備はなかった。
 横島がカオスから教わっていた呪文コードを短く唱えると、薄暗い廊下の奥まで一挙に、術者用通路と様々な呪式が赤く浮かび上がる。
 館内全域にサイレンが鳴り響き、次に美智恵の声でアナウンスが入った。ワイヤレスマイクを使っているのか、彼女の周囲――入口前での騒ぎも共に聞こえて来る。

「緊急事態発生。
 横島忠夫・伊達雪之丞の両名が館内へ進入。横島・伊達両名が館内へ進入。
 装置作動時非常に危険な為、所定系統を除く全系統は屋外へ退避。
 所定系統は所定配置04にて。
 所定系統を除く全系統は屋外へ退避。所定系統は所定配置04へ――」

 角を曲がると、中庭に面したガラス壁跡から、作業服姿の職員がバラバラと出て来て廊下奥の非常口へ向かっているのを見た。
 構わずに彼らと入れ替わりで中庭へと乗り入れる。
 美神によって焼き払われていた雑草の茂みは更にGメンによって刈り取られていて、そこに巨大な魔法陣が赤い光を放っていた。
 しかし、横島達はそれを迂回し、中庭隅で地面から突き出している円筒へと向かう。
 それは地下大浴場用の換気口。ファンは取り外されていて、覗き込むとここ同様に、雑霊飛び交う中で魔法陣の浮かび上がる浴場を直に見る事が出来た。
 円筒の端に命綱を取り付け、横島一人で降下する。地下の魔法陣でやる事は少ない。横島は地面まで降りず、魔法陣の上3〜4mの所でぶら下がった状態のまま止まった。
 身体をロープに固定して両手を離し、少し躊躇ってから左手に持ったナイフを右肘の裏少し下に当てる。

「・・・っ」

 右手をだらんと下ろすと程なく、手のひらまで赤いものが滴り落ちて来る。
 拳を握り、魔法陣の狙った位置へその血液を落として行くと、地面のそれが淡く輝き始めた。
 そのオレンジの光は浴場全体へと広がり、雑霊達が騒ぎ出す。
 血液を陣へと垂らしながら、横島は長めの呪文を呟く様に唱える。それに伴い魔法陣の光は強さを増し、ピンクや紫や、様々な色をも持ち始めた。
 仕上げとばかりに横島は右手へ霊力を一気に集めると、そっと指を開く。掌に乗った文珠――「動」の字が浮かんでいた。
 血まみれの文珠が発光する地面に吸い込まれた時、世界の弾ける時みたいな轟音。


―――ドゴオオオンッッ・・・!!


 横島とロープも空中で激しくバウンドする。眼下の魔法陣が、辺りの空気が、眩い光を放つ渦となって雑霊や妖怪を呑み込み出す。
 それに巻き込まれない様に素早くリールを回し、一階へと戻った。
 戻ってみると中庭も淡く光り始めている。
 二の腕を縛って取りあえず止血していると、雪之丞が大丈夫かよと尋ねて来た。

「ああ。今までの戦いや・・・美神さんの折檻と比べたって、どーって事ねえよこんなモン。サクサク片付けてこーぜ。さっきの放送聞いたろ? 中のGメンも逃げる奴ばっかじゃねえみたいだからな」

 横島はそう言いながら術者用通路を早足で辿ると、続けて中庭中央の魔法陣へと向かった。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「こちらへは、お車で?」

 乗れと言われても、こっちは自分の車で来てるのよ。美神がそう口にするよりも先に、先手を打って神内が尋ねて来た。

「御心配なく。この者がコーポレーションの駐車場までお車お運び致します。あとはお帰りの際乗って行かれれば大丈夫な様、手配を」

 助手席から降りて来た秘書を示しながら言う。追って社用者にて合流させて頂きますからね。そう神内に断りながら彼は美神の前に立つ。
 日が傾き始めた頃、会議を終え西条達の追跡も撒いた彼ら。美神事務所に向かう前に電話を掛けて確認してみた。
 電話には誰も出ない――あり得る事だとは思っていた。逃げたか、あるいは一人どこかで考え続けているのか。いずれにせよ待ちぼうけを食うつもりは毛頭ない。
 神内はコーポレーション内のデータベース局に連絡し、コブラとGS美神令子、それに該当する外見の女性、霊現象・除霊作業に関して今日一日、都内で発生した情報を収集し分析する様指示した。
 40分ほど後、目ぼしい情報が整理された形でメールにて送られて来る。
 心霊トンネル内で大立ち回りを演じた20代女性、その入口に停められたコブラ。首都高の暴走車。
 赤坂でカメラに写った若い女の運転するオープンカー、三田方面へ向かっていた―――

「このデータが全て彼女だとするなら・・・一体、何をやってるんですか?」

「ん? ―――まあ、心の整理ってやつじゃないか?」

 画面をスクロールしながら呆れた顔で疑問を口にする秘書に神内は答えるが、彼が納得した様子はない。
 いちいち危険に取り憑かれていないと自分の立ち位置を確かめられない人間は、少なからず存在する。
 彼らは好き好んで敵を作り、好き好んで返し切れない借金を背負い、好き好んで何かに首までハマり込み、好き好んでトラブルを招き寄せる。
 何かが欠けているか、あるいは過剰なんだ。きっと、僕や彼女やあの青年のように。
 そして、どうしてもそれが理解出来ない人間だっている―――それは別に悪い事じゃない。
 三田方面に向かった美神の愛車。これが横島をめぐる彼女の清算の旅なら、その終着点はまるで蛍の灯を追うかの様に明らかだと神内には思えた。
 直感の赴くまま彼は東京タワーへと車を走らせ、そして彼女に辿り着く。

「では恐れ入りますが、鍵の方お預かりさせて頂きます」

 美神の前に立った秘書が一礼しながら言う。神内よりも少し背が高い筈のその男は、妙に小さく感じられた。
 よく訓練されている――美神はそう思った。気配をコントロールし尽くしてる者特有のイメージだ。
 彼女はハンドバッグを手に取り、中からキーホルダーの付いた車の鍵を出す。鍵の中程をつまんで前に運ぶと、男が丁寧な動作で右の掌を差し出した。そのままその上へと乗せれば良い様に。
 鍵と彼女の指は彼の手の上に向かって動く。その真上で動きは止まり、鍵をつまんだ指先を緩めつつ静かに落とす―――刹那――
 薬指と小指でキーホルダーを絡め取り、親指と人差し指を鍵の付け根へスライドさせながら手首を捻った。

――パシィッッ!

 下から上へ、男の手を掠る様にその手を振り上げると、鍵を頭上高く放り投げる。
 少し首を傾げ、宙に舞うそれを一瞥してから、爪先で円を描いて神内の方を向いた。

「神内さん・・・お誘いのショーは確かに絶景でしょうね。だけど―――」

 言葉を切り、左手を頭の後ろへ。

ヒュッッッ――――チャリッ

 その手を横へ払いながら、落ちて来た鍵をキャッチする。

「だけど、やっぱり私の性には合わないみたい。高みの見物ってやつは」

「それはまた・・・どうした事ですか?」

「どうしたもこうしたもないわ。私は行かなくちゃ・・・バカ騒ぎの真っ只中へ。同じ阿呆ならってコトね」

「そこに、貴女の踊るスポットは用意されてなくても?」

「そんなもの、自分で勝手に作るに決まってる。主催者の都合に合わせる必要なんかないわ。私の性格、お分かりでしょう?」

「行って、その中で踊る事に何の意味が?」

 眉に指を添え、思案顔を浮かべながら彼女の斜めをゆっくりと歩く神内。顔を上げると苦笑混じりで更に尋ねる。

「はて、どこかで重大な思い違いをされているのでは、ありませんか・・・?」

 何を意地張ってるのか知らんが、所詮ガキって事か。多少読みに買い被りが混じってたかな。
 そんな事を思いながら神内は美神の真横まで来ると、彼女の出て来た東京タワーの上部へと視線を移した。
 イルミネーションに彩られながら天へと伸びている鉄骨の塔。
 神内は呟く様に言う。こんな場所に来るから間違えてしまうんですよと。

「あの上へ登って行かれたのでしょう? ルシオラさんとご自分を重ね合わせてしまわれたのでは・・・良くある事なんです、誰かの思い出の場所に上がり込む事で、その人の思い出にまで割り込めそうな錯覚を覚えるって事は」

 言葉の後、見下ろす様に美神へ視線を戻す。彼は噛んで含める様に、諭す様に言葉を続けた。

「でも錯覚なんです。貴女は彼女にはなれない。これは可能不可能の問題じゃない――何よりも貴女自身がそれを望んでいないって事なんですから。彼女になりきって彼の下へ飛び立つ――そんな幻想は結論とは言えない。一時の気の迷いです」

 だが、美神はそんな彼へ顔だけ向けるとゆっくり首を横に振る。

「そんなのよく分かってるわ。だって、私はその事をこそ確かめていたんです。今日一日かけて」

「ならば・・・」

「私はあの娘じゃない。私は私・・・そして、横島クンは横島クン。実にシンプルで、簡単な事だったわ」

 美神は神内に頷きかける。
 だが彼女の爪先は彼の反対側――駐車場の方向ー―へとずらされ、一歩一歩と進み始めていた。
 歩き出しながら彼女は言う。

「余計な思い込みやIFを捨て去った場所に真実があるのよ。そういう事でしょう?」

 神内が美神を早足で追い、その隣に並ぶ。更にそこから一歩踏み出して彼女の前へと回り込んだ。

「ま・・・待って下さい。ならば、なら尚更、貴女が彼の許に向かうのは無意味ではないですか」

「そんな事はありませんわ。残念ながら」

「仰る事が・・・良く分かりません」

 神内は美神の進行方向に立ち塞がっている。彼女が足の動きで右にずれると右へ、左にずれると左へ、右にずれ・・・ると見せかけて更に左にずれるとそのまま左へと、合わせて動く。
 美神が動くのを止めると、二人は無言のまま向かい合った。沈黙の後、神内が思案顔で彼女に尋ねる。

「未だに・・・僕が僕の誘導した答えへ、貴女を誘導しているとかお思いなのでしょうか?その為に僕が真実を捻じ曲げて伝え、貴女に偽りを暗示し続けていると?」

 美神は答えない。静かに彼を見返している。その態度を肯定と取ったのか、神内は口元に手を当て、その手をゆっくりと下ろしながら口を開いた。

「いいですか、美神さん」

「・・・・・・」

「いいですか。僕は確かに貴女に望む所があります。それ故に貴女に多くの事をお話しし、多くのものを見せて来ました。その全てにおいて公平であったとは確かに言い切れないでしょう」
「ですが、貴女は今、貴女が今までの毎日の中で知り得たであろう以上の事を知っています。そして、その中から見出される答えは自ずと限られている――」
「僕の意図を差し挟むまでもなく、貴女の行き着くべき答えも一つであり、それは貴女自身の中から出た答えなのですよ」

「同感です」

「―――え?」

 神内の長口舌にあっさりと肯定を見せた美神。逆に神内が拍子抜けして聞き返すと、彼女は繰り返した。

「同感と申し上げたのよ。神内さん、貴方にも十分感謝してるわ。貴方がいなければ、私はここまで辿り着けたかどうか分からない・・・きっと、未だに同じ所をぐるぐる回ってたでしょうね」

 美神は一歩踏み出す。彼女の自信に圧されたのか、合わせて引きかけた神内。
 だが、すぐに踏みとどまって立ちはだかる姿勢を保った。

「待って下さい美神さん。別に感謝の言葉が欲しい訳じゃありません・・・どういう事なのですか?貴女はご自分にとっての横島さん、彼にとっての貴女というものを十分にご理解頂けた筈です」
「そして今、誰が貴女に最も相応しいかを・・・いや、その結論はまだでも構わない。ですが、そのことは、そのことだけはハッキリさせた筈です。何故、今になってそれを否定しようとするのですか?」

「理解したものから目を背けたりなんかしていません。一日中探し回って、やっと見つけたんです―――“私にとってのアイツ”を」

「何ですって・・・?」

 彼女の言葉に今度ばかりは神内も動揺と疑問を表から隠せない。これは、完全に予想外で理解不能。
 相変わらずそれを気の迷いか間違いとして処理しようとする思考、自分の手の中にあると思っていた状況が覆されこぼれ始めているかの様な焦燥。
 そして、自分の想像を越えた所にある――未知なる彼女の答えとやらを知りたいという探求心。
 彼の意識の中でそれらのものが混然となって膨らみ、大きな位置を占めていた。
 彼が固まった隙を彼女は見逃さなかった。脇をすり抜けようと鋭く足を踏み込む。
 しかし、彼もいち早く気付いて彼女の先へ回り、その腕を掴み取った。

「待ちなさい。まだお話は済んでいません」

「離して」

「僕にはまだ納得が行きかねます・・・貴女の見ているものが、信じられません」

「私・・・これでも急いでるんです。込み入ったお話は後でという事に――」

 美神の腕を掴みながらの神内の口調は、より露骨に威圧的なものとなっていた。話を切り上げ前へ出ようとする美神の申し出も遮る。

「僕だって急いでるんです。後回しで見送る事は出来ないし、間違ってる事は改めなくちゃいけない――何を見つけたと言うんですか?今更、彼が、横島忠夫が何だと言うのですか?」



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「いましたっ、あそこです!」

 助手席のおキヌが指差した先を西条も見る。そこに何かやり取りしながら立っている三人の男女の姿があった。
 夜目に近い距離でもなかったが、内二人が美神と神内であるとすぐに分かった。西条は車を彼らへ向かって接近させる。
 何を話してるのかは分からない。どちらかが前に進もうとしてるどちらかを押し止めてる様にも見える。
 だが二人の空気を読んでやる事もあるまい。僕らのする事は一つだ。

「美神さーーーんっ!」

 おキヌは窓から顔を出し、美神に向かって大声で呼び掛ける。
 西条の車は減速なしで、三人に横付けされた神内の車へと突っ込んでいた。彼らの視線が一斉に西条達へ集中する。
 急ブレーキ。神内の車手前で大きく後輪を振りながら、斜めに三人へ寄せる形で停まった。

「おキヌちゃん!? それに・・・西条さん・・・」

「令子ちゃんっ!」

 運転席の西条も美神へと呼び掛ける。美神は西条の車、そして目の前の神内へと、素早く視線を走らせた。

「お邪魔だったかもしれないのは十分承知だ。だが令子ちゃん、もう一度だけ僕らについて来てはくれまいか。今、君と横島君の―――」

 西条の言葉が終わらぬ内に彼女はダッシュで彼らへと駆けて来ていた。
 後部座席のドアを乱暴に開けて転がり込み、叫ぶ様に指示する。

「出してちょーだいっ! 向こうへ行くんでしょ? 急いでっ」

 事情の説明も説得もしない内から車に乗り込んで来た美神に、西条とおキヌの方が面食らう。

「しかし令子ちゃん、大丈夫なのか? その・・・アレ・・・」

「いーから早く!!」

 言われるままに西条がアクセルを踏み、車を急発進させた。
 美神を引き止め損ねた神内は、走り去る車を一瞥すると、自分の車に駆け寄り運転席へ身を滑り込ませる。

「・・・逃がさんっ」

 直後、エンジンの重低音が辺りに響いた。秘書が慌てて叫ぶ。

「社長!?」

「このままで・・・・・・行かせたりするものか」

ドオオオオーーーッッ
・・・・・・キ・キキキィィッ!!

 タイヤを軋ませながら神内の車は、秘書を置き去りにしたまま西条達を追い始めていた。








   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―



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