ザ・グレート・展開予測ショー

夜桜


投稿者名:竹
投稿日時:(06/ 4/ 9)

「……ねえ、横島さん」
「ん? なあに、おキヌちゃん」
「桜、綺麗ですね」
「そうだね」
「……」
「……」
「……何か言って下さいよ」
「え、何かって何を?」
「もう……」



 言葉が出ないのは野暮ゆえか、それとも彼なりに風流を解したつもりか。
 心地よく冷たい春の夜風に吹かれる桜並木を、おキヌちゃんと並んで眺めている横島である。





【夜桜】





「そう言えば、今年はまだお花見行ってませんねー」
「ここんとこ、仕事忙しかったからね」
「春の陽気には、幽霊さん達も浮かれちゃうものなんですよ」
「悪霊も?」
「悪霊さんも、元は生き物ですから」



 近くの国道から偶に遠く自動車の排気音が響いてくる以外は、互いの声しか聞こえない静かな世界。
 枝葉のそよぎや街灯の放電音まで、耳に届くような気がする。
 なにか清涼な気分にさせてくれる、冷気と薄闇。
 浮かび上がる桜色を、二人は飽きもせず見上げる。



「今年の桜は長いですねー」
「でも、流石にもうすぐ終わりじゃないかな」
「散る時は、すぐに散っちゃいますからね。桜吹雪の頃までには、みんなで一度お花見行きたいですね」
「まー、やる事は花があろうとなかろうと同じだろうけどね。呑んで騒ぐだけ」
「それは、そうかも知れませんけど」



 騒ぎたいだけの名分かも知れないけれど、そこには名分たるだけの所以がある。
 万人の目を惹く、何かが。
 春先の柔らかな陽射しの中を我が世とばかり咲き誇る花々は、夜の闇にも優美な裾野を広げている。
 そうして、短い春を悠々に謳歌している。
 一刻たりと無駄に出来ぬと。



「でも……、綺麗だね」
「ええ……」



 まだ少し冷たい夜風が、二人の頬を撫で木枝を揺らす。
 爽やかな微風に、二人は無言で身を任せた。



「……」
「……」






 夜の花見に、期せずしていい雰囲気となっちゃった二人。
 けれど、所詮は忠夫くんとおキヌちゃん。
 いい雰囲気が、長続きする筈がない。


 それは、桜並木の向こうから聞こえてきた。




『グオォオォォォオーーー!』



「? あれ」
「何か、こっちに来る……」
「あれは……」




「横島くん、おキヌちゃん、そっち行ったわよ!」



「うわ、そう言えば仕事中だった!」
「お、思わず忘れてました……」


 アスファルトの道を滑るように疾走する悪霊と、それを追う我らが美神令子女史が、こちらに向かって走ってくる。
 舞い散る花弁は、鬼気迫る除霊の光景さえどこか長閑に見せてしまう。
 それは、他愛無い会話で風情を感じていた先程の二人と同じにだが、あくまでそう見えているだけに過ぎない。
 桜色の幻想。
 現実は、こちら。



『グオォオォォォオーーー!』
「ぎゃああ、来たぁ〜〜〜っ! くそっ、栄光の手!」


 情けなく喚きながらも霊波を纏い伸ばした横島の栄光の手が、悪霊に蹈鞴を踏ませる。
 その一瞬に奏でられたおキヌちゃんの笛の音色が、理性を失くした悪霊の耳にも微かに届き、彼の動きを止めた。


 そう、二人は呑気にも失念していたが、今は仕事中だったのだ。
 美神がターゲットの悪霊を叩き出し、誘導した先に待ち伏せていた横島とおキヌちゃんがこれを祓うと言う作戦。


 籠手から霊波刀へと変化させた栄光の手の一閃で、悪霊は消滅した。








「よし、これで依頼完了ね。よくやったわ、二人とも」


 二人の下に駆けて来た美神が、悪霊を仕留めた弟子達に労いの言葉を掛ける。
 楽に仕事が終わって晴れやかな笑顔の美神に、息を整えたおキヌちゃんがぼそっと呟いた。


「折角、ちょっといいムードになってたところだったのに……」
「? 何か言った、おキヌちゃん」
「な、何でもないです……」
「そう? じゃ、帰りましょうか」


 気の所為かちょっと険がある気がするおキヌちゃんに、まあ難しい年頃だしねと思い踵を返したところで、美神は立ち止まる。
 らしくもなく神妙染みた顔で、桜の木を見上げる横島が目に留まった。
 煩悩だらけのこの男でも桜に風情を感じるのかと、少し感心しながら声を掛ける。


「横島くん? 帰るわよ」
「あ、はい」
「横島くんでも、桜は綺麗だと思うのね」
「ちょっ、あんた俺をなんだと思ってるんすか! ああ、いや、でも美神さんのが綺麗っすよっ」
「はいはい」


 そう言いながらもさりげなくセクハラしようと擦り寄ってきた横島に肘鉄を喰らわして、美神は乱れた髪を手櫛で直した。




「いたた……、ちぇっ。ちょっとくらい、いいじゃないすか」
「馬鹿、何がちょっとくらいよ」
「あー……、ねえ、美神さん」
「なあに」
「花見、してきません? そこのコンビニで適当に買って」



 横島の提案に、頭上の花を見上げる美神。
 そう言えば、今年はまだ花見に行ってなかったっけと思い出す。
 今日は土曜日(正確には日曜の深夜)。横島もおキヌちゃんも、明朝は学校お休みだ。




「そうね、それもいいかもね」


 街灯の淡い光に照らされた桜の木々が、風に微かに花を揺らした。

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