ザ・グレート・展開予測ショー

GS新時代 【鉄】 其の五 エピローグ


投稿者名:ヤタ烏
投稿日時:(06/ 4/ 6)


東の空が僅かに白できた。それと同時に夜の闇が少しづつ、西の空へと追いやられている。
もうまもなく、夜が明けようとしていた。


依然夜の闇が残る地上で、古牙 汰壱はふらりと立ち上がった。のそり、のそりとと起き上がる姿からは、とても力強さは感じ取れない。
頭をもたげて一つ角を探す、だが自分の目に映るのは頼りなく霞んでいる映像ばかりで、どれも姿をを特定させるには情報不足である。

これでは相手がどこに居るのかすらも解らない・・・・
ならばと追撃に備えて構えようとするが、持ち上げた手が、足が、体が鉛のように重い。
さっきまで熱かった体がやけに冷たいし、四肢の先端が小さく震えていた。



(どこだ?さっきまで近くに・・・・・・)

叩きつけられた一撃があまりに強すぎて、視力が正常な力を失っていた。 
目に映る全てがぼやけ、グニャリと歪んでいる。

(なんで、こんなふらふらしてやがる)

強烈な打撃を受けたせいなのか、バランスを保つ三半規管は平衡感覚を失っていた。
一歩踏み出すごとに感じる地面の情報が、普段とまるで違い泥沼を歩くように頼りなかった。



「うぅぅ・・あぁあぁっ・・ぐぅ」
猛烈な痛みに呻き声をあげる。
意図せずして出た声は、まるで幽鬼の呻き声のようだった。




一歩踏み出そうとしては前によろけ。

二歩踏み出せば、尻餅を着きそうになる。

それでも汰壱は一つ角を探す事を止めなかった。

執念・・・・それが汰壱の両の足を支えていた。


(どこに・・・いや・がる)
自分の中の思考ですら途切れ途切れとなっていた。
頭の中でノイズがかき乱し、電波に拾わないラジオの様な鬱陶しさ・・・

しかし程なくして大きな気配を拾った。
ポンコツ寸前、否、既にポンコツの体で感じ取った、その大きく強い気配を。

霊気うんぬんではない、強い存在感を感じさせた。

(い・・・た・・)
その強い気配に向き合う。
曖昧である筈の肉体にも、その存在感は明確な圧迫感をなって汰壱を刺激した。

(まるで壁だ)



その存在感は自分はここに居ると言っていた、堂々を誇示するかの様な存在感であった。
そしてその存在感を汰壱は、羨ましい・・・・とすら思った。


もはや輪郭もぼやけ、姿形すらまともに掴めないがソレが、自分の今倒さねばならない相手だという事は解った。

すでに焦点の合わない目は何処か虚ろで、いつもの力強さに欠ける。

それでも汰壱はソレに向き合い構えた。幾千幾万と繰り返した、いつもの構えで・・・・・


壁なら壊すまでだ・・・・

焦点の定まらぬ瞳の奥で光がぎらついた。

暗い地の底で出口を探すように、もがいていた。











一つ角を通して観える映像に、タマモは僅かな動揺を禁じえなかった。
「・・・うそでしょ」

同様にシロは離れた場所で行われている、戦いの気配をつぶさに、肌で感じとっていた。
「・・・なんとまだ」


『『戦う気なの』でござるか』

(続行する気?・・・・いや違う!こいつは・・・この馬鹿は勝つ気でいる。)
感じ取った汰壱の考えに、タマモはかぶりを振った。
馬鹿なことを、その状態で何が出来る。霊力が尽きたところを完全に狙い打った最悪の一撃を食らったのだ。
もう勝負はついている。汰壱は満身創痍、こちらはほぼ無傷・・・汰壱の攻撃には何の痛痒もなければ弊害すらない。
もう戦いにすらならない。


ここまでだ


タマモにそう判断させるには十分すぎる材料が揃っていた。

だがどうだろうか・・・・こちらを見る、あの焦点の定まらない目からは、ぎらついた光が消えていない。
満身創痍の体からは、手負いの獣じみた攻撃的な気迫が滲み出している。

アレはまだ戦闘状態だ。



だめだ、だめだ、だめだ、だめだ、だめだ。

解っていない。汰壱は解っていない。自分の事も、相手の事も、周りの事も

立てば何とかなるとでも思っているのだろうか?
気迫と根性だけで太刀打ちできると思っているのか?

策を練りチャンスを伺い、蜘蛛の糸より拙い希望に縋って、有りっ丈の全てを叩き付けた一撃をぶつけたはずだ。
そしてそれが無駄と解ったはずだ。


ここより先は死ぬ覚悟ではない。
唯の自殺行為に等しい。


この子は危うい。

普段は冷静で落ち着いた思考を持っている。
意外と分別があり、人の話も良く聞く。

だがこの子は退く事しない。
確かに作戦上、逃げることを選択するだけの判断力もあるし。
猪突猛進という訳でもない。


しかし獅子猿や白蛇に追い詰められ、文字通り命を落とす間際では。
この子は、汰壱は己の命対する執着をいとも簡単に放り出す。


まるで生存本能が消え去るかのように。


九尾であるタマモには理解しがたい感情である。

その感情は、自分の命を守るためでもなく。
大切な誰かを守るためもでもない。


横島の息子で有りながら、まるで真逆なのだ。
横島は何が何でも生き抜いて、自分の大切な家族と仲間を守るだろう。
そのためには自分の矜持や信念など、意図も簡単に投げ捨てる。

横島は本質的に優しいのだ。
自分の敵であった者にまで情けをかける。
牙をむき敵意をむき出すものすら最終的に受け入れる。

かつての自分がそうであった様に

自分達は横島忠夫のそこに惹かれたのだ。


だが汰壱は自分の今まで生きた足跡を、そっくりそのままチップに代えて大穴一点狙いで勝負を掛けてくる。

命をなんだと思っている。



そして改めてタマモは思った。
この子は・・・・私の一番嫌いなタイプの人間だ。






『主よ、如何なされますか?』

忠実な僕の声がタマモの頭に響き、その声に意識を戻した。

『・・・立ったことは認める。戦う気概が未だに折れていないのも解るわ』
『でも勝負は付いた。もう押せば倒れる。倒れれば二度と起き上がらないわ』

『汰壱!もう終わりよ、その折れた指じゃ拳は作れない、その震える足じゃ歩く事もできない』


どんな素人であっても見れば解る。半死半生なのだ。
戦う云々の問題ではない。今すぐ治療をしなければそれこそ命が危ない。
『一つ角、オーダーの変更、戦闘終了、目標の回収後帰還して・・・抵抗するんだったら取り押さえなさい』

『御意』

主の命令を忠実に実行するために、一つ角はゆっくりと汰壱に近づいていく。
にもかかわらず汰壱はなんのアクションも起こさない。

霊気の枯渇、極度の疲労とダメージは、汰壱の持ち直した意識を容赦なく揺さぶった。
未だ晴れぬ視界であっても、一つ角であろう圧迫感が、自分に接近するのが解った。

だが汰壱はとても不可解な点に気が付いた。

朦朧とする意識であっても相手の殺気や闘気は感じ取れる。むしろこと危機的状況では精神は鋭敏化されるのだ。
しかし接近してくる相手からは、どれほど注意して探ってもその気が感じ取れなかった。

気配を殺しているのではない。



程なくして汰壱は気付いた。


もう一つ角(タマモ)は戦う気が・・・・ないのだ。


「さて、遊びはしまいだ」




ザワッ

腹の奥で何かがざわついた。

体の中に【底】という物あるのならば、それはそこから湧き出てきた。
ひどく熱い、荒々しく猛々しい感情。

この感覚に汰壱は覚えがあった。

白蛇に自分から殺してくれと頼みそうになった。最も唾棄すべき感情を消し飛ばした。


あの激情だ。






一つの角の手が届こうとした、その時であった。


「・・・・なめんなドチクショウ」
「なっ!!」
一つ角の天と地が逆転した。

ソレは流れるような動きだった。
伸ばした巨大な手の力を完全逸らし、相手の動きに同調する。半身を回転させ両の手を絡め、相手の重心を僅かに前方にずらし、一つ角を背に背負う。
先程まで定まらなかった足はしっかりと地面を掴んでおり、一息つかぬままに腰を跳ね上げた。

そこから汰壱は背負いの体制からそのまま飛び、回転力と自重と重力をブレンドさせた膝を、地面に叩きつける同時に一つ角の喉にねじ込んだ。



ドグシャ!!




空がうっすらと白んできた。
夜明け前の森の中に、すでに何度目かわからない轟音が空気を震わせた。




「はぁっ、ぁはぁあっ!なめやがって!!糞野郎がっ!俺はまだ立ってるだろうが!のこのこと無用心に近づきやがって
油断しやがったなっ!まだ戦いの最中に敵が立っているのに、なんだそりゃ?なめるのも大概にしろよバカヤロウ!!」

声を荒げ、地面に叩きつけた一つ角を、凄まじい形相で睨み付けた。
大気に怒声を叩きつけるように声を荒げた。

汰壱は怒っていた。


「あんたもだタマモさん!!見てんだろうが!、聞いてるんだろうがっ!!シロさん!!感じてるはずだろうがっ!!」

「足元が定まってないだと?だったら!!」
ダァン!!
叫ぶなり地面に震える足を叩きつけて黙らした。

「折れた指でどうするだと?ぐっっぅぅあぁっああっ!」
ゴキッベキッ
歪な音をたてて、折れ曲がった指を強引に拳の形に作った。

「俺は、俺は、俺はまだ戦えるぞっ!!かかって来やがれ!!」
血反吐を吐き散らしながら、そこらじゅうに吼えた。
アドレナリンが痛みを忘れさせ、人体に残る最後のエネルギーを捻り出そうと丹田が、チャクラが、軋みながら動き出した。
血と泥に汚れ、腫れ上がった顔は人か獣か判別をつけるのが難しかった。
息を荒げ、唸るように前を見据えた。

激情が満身創痍の肉体を凌駕し始めていた。


だがコレはいわば暴走に近い。
それは蝋燭の最後の輝きに等しく。余りに頼りなさ過ぎる。

殺気染みた気迫が森の中から流れ込んでくる。
しかし幾ら凄まじい気迫であっても、その質は何処か薄っぺらく、軽いのだ。
「馬鹿者め・・・激情ではこえられぬ」
「タマモ・・・引導を渡してやってくれ」
顔を歪めてシロが言った。
もはや平常心すら見失い、自分の現状すらも把握していない。
僅か五十日余りの師弟の関係が、これで終わりであるとシロは思った。
そして自分の無力さを恥じた。

「解ってる」
タマモの目がスッと半眼になる。
そこまで言うのであれば、もう本当に叩き潰すしかない。
僅かでも意識があるのであれば、それを杖にして何度でも立ち上がろうとする。

ならばその杖ごとへし折る。
執念が妄執へと変わる前に・・・・・

「一つ角!オーダー変更、モード【ダイレクトフィーリング 】。操作権を私に」
「御意!!」
最後は自分の手で終わらせる。


一つ角の双眼が紫に発光し、めり込んだ体を大地から起こし汰壱の方向を向いた。


『きゃんきゃん吠えてんじゃないわよ、夢や信念を叫びたいなら』
『『この如何ともし難い実力差っ!!僅かでも埋めてから掛かって来いっっっ!!』』

その声には怒りすら感じさせる。タマモが乗り移った一つ角が襲い掛かる。
死に体となった体に全力の一撃を叩き込んだにも拘らず。殆どダメージは見受けられなかった。

「・・・ちく・・しょう、ちくしょう 」
ぎしり、悔しさと不甲斐なさが奥歯を鳴らした。反撃に転じようとしても体が重く反応が鈍い。
アレほど自由であった四肢は、怒りに任せた攻撃で半ば使い物ならなくなった。
もはや気力だけで持たせているこの状態では平時の半分も力がでなかった。



事実、僅か数回の打ち合いであっけなく、その動きを封じられてしまった。
喉元を丸太のような指で抑えられ、万力で固定したかのようにびくともしない。


「ちっぃぃいいい!!くそっ!くそっ!くそがあああああ!!」

最後の力を振り絞り、必死に抜け出そうとするが、まさしく無駄なあがきに他ならなかった。

「もう意地を張るのはやめなさい、別にGSだけが人生じゃないでしょ、あんたはまだ若いしその不屈の精神なら
どこへだって行ける。あんたにはまだ別の道があるはずよ。意固地なって全部を失くす気?」

一つ角を通して伝わる汰壱のもがく力が少しずつ弱くなってきた。

(・・・ここまでね、あるいは激情による能力の覚醒に最後の望みを掛けてみたけど・・・)
(これが、これが才能に愛され無かった子の末路か)


急激にもがく力が弱くなっている事は朦朧する意識でも良くわかった、そしてそれをどこか他人事のように見る自分が居た。
それと同時に先程まで烈火の如く熱を持った頭が、急激に冷めていくのがわかった。




冷静さを装うが、そのメッキはすぐに剥がれ落ちる  
激情は死の懇願を吹き飛ばすが、勝利には及ばない。

負けて鍛えて、負けて鍛えてまた負けて。
その繰り返しが、何時までたっても抜けはしない。
どうやったら底から抜け出さるのか?

もがいて、足掻いてまた落ちていく。



(デモなんで?)




白蛇に追い詰められた時、絶体絶命の時に思った事、命の瀬戸際で考えた事。
あれはなんだっけ?
何で俺はあんなに怒ったんだ?

さっき一つ角になんで反撃できたんだろう?
あれはなんだっか?
何で俺はあんなにも・・・・・

毎日、やったよな・・・・
なんで俺はあんなに、頑張っただろう?
雨の日も雪の日も晴れの日も曇りの日も朝も昼も夜も
毎日、毎日、毎日


呼吸法 連突き・・・・なんであの猿のじいちゃんは、俺にあんなの教えたのかな?

呼吸法、体内エネルギー 霊力 チャクラ 気力 リズム 

連突き  発射する力 運用法 打突 衝撃 繰り返す事 

真呼吸  集中 収束 変質 放出 加速 回転 圧縮 

外から内へ、内から外へ

「良いか小童、打突は、拳による突きとは腕の力で打つのではない・・・」
あの時、あのじいちゃんは、何て言ったっけ?


取り留めなく、纏まりも無く、ただ記憶が蘇った。
最近の事、昔の事 、数分前に起こった事、時系列すらバラバラで、ただ思い出していた。

単語で映像で経験で、ただ、ただ思い出した。

同時にたくさんの疑問が水泡の様に浮かび上がっきた。
水泡が一つまた一つ、重なり合って、大きく一つになっていく。

どれほど、多くの疑問であっても、答えは一つ。

答えは知っている。

何故こんなにも勝ちたいのか?

答えは解っている。













                                勝たなければ全て嘘だ。











夢も希望も勝たなければ、何一つ手に入らない。
どんな信念も意地も勝たなければ意味が無い。

どんなに力があっても、どんなに頭が良くても

勝たなければ、大切な人は守れない・・・

どんなに才能があっても、霊能があっても

勝たなければ、前には進めない・・・・

不遇に運命に己に

勝たなければ・・・・

野望を現実にするために・・・・勝つのだ。

勝って己を証明しなければ








                                    何一つ変えられない 











そうだ・・・だから自分は今この瞬間も積み上げているのだ。
よじ登っているのだ。


羽がどうした。

翼がどうした。

俺には絶壁を昇る手がある。

荒野を駆ける足がある。

それで十分だ。

この手と足で、登ってやる。
足りなければもっと高く積み上げてやる。

羽や翼で行けない場所まで・・・・・


かちり


全てが確りと、はまった。

歯車が噛み合い。

力の一片ですら無駄なく。

ただいまこの時を持って、古牙 汰壱は一つの高みへ到達した。




『あんたの負けよ・・・・・諦めなさい、次に目を覚ました時・・・・あんたの霊能はないわ。』

「いいえタマモさん・・・・勝つのは俺です。」


口の端を持ち上げ、大胆不敵に笑って見せた。


自らを拘束している岩の手に自らの手を添える。
狙うは関節部分の節。

「つあっ!!」

一声と共に関節部分に貫手を入れる。
狙い済ました一撃が拘束する指に僅かな緩みと、隙間を生んだ。
首をねじり拘束を外す。抜け出す時に首の皮が裂けたが安い代償である。

一発、二発、三発

覆いかぶさる様に迫る一つ角(タマモ)の腹に三発の蹴りを代金代わりに入れて脱出。
駐車料金にしては妥当だろう。


最後の対峙・・・東の空から太陽が頭を見せ始める。
『後何秒?』
タマモが尋ねた。
「一分きって後五十二秒ってとこです」

これが正真正銘最後の反撃時間

『10秒のプレゼント上げるわ・・・真呼吸やりなさいな』
「間髪いれずに攻撃かと思いましてけど?」
『焦らすのは、女の嗜みよ・・・覚えときなさい」
一つ角中のタマモが笑った気がした。

汰壱は体に纏う僅かな霊気一切合財を全てを体内に納めた。

霊能は詰まるところ、イメージの力である。
自身の想像力を明確にする力、思い浮かべる理想を現実にするのだ。

汰壱は体外に霊力を放出したり、圧縮、したりするのが根本的に出来なかった。
属性でいえば霊波刀や霊破砲、一点集中させた霊気を開放したり、方向性をもたせての維持等の力である。

出来るのは体外で最もイメージがし易い、手、を基点とした、基本的な集中のみであった。

しかしこれでは手に集められるだけの霊力だけの効果しかない。
掻き集めに集めても、体外に纏える霊気の絶対量が少ない汰壱には攻撃力、防御力の絶対値が低いのだ。

ならばどうするか?

汰壱は格闘戦が得意である。
一応ナイフも扱えるが、それでも格闘戦が最も得意であり、その中でも打突による攻撃を一番練習していた。

霊能はイメージの力である。
慣れ親しんだ物には力が宿る。自分の体のように扱えるのであれば、その力は計り知れない。


その中でも汰壱は最も基本の物に慣れ親しんだ。
産まれてから十五年共に有り続け、。九つの頃より、毎日続けた。

走り、鍛え、打ち込み、学び

鍛錬を重ねた。


高が六年・・・されど六年


自身の【肉体】との対話を続けた。

どうすれば、速く動けるのか? どうすれば、無駄な力を省けるか? どうすれば、力を最大に発揮できるか?

膨大な試行錯誤を繰り返し、失敗と成功重ねた。
全ての軌跡はこの肉体にある。

答えの全てを持っている。

手が物を壊すのではなく、衝撃が物を破壊する。

億に届くほどの打ち込みは、その打突のイメージを完璧な物にした。

鍛え続けた【肉体】は、汰壱にとってどんな道具より使い込み、戦友以上の信頼を置けるものである。



目に映る景色はどこまでも澄んでいる。
山頂から見渡す景色の様に、広く大きく雄大で、力強い。

「こおおぉぉぉぉ」

早朝の生気に満ちた森の大気を一息味わう様に吸い込む。
一呼吸、今、自分に扱いきれる力は一呼吸分だけの力である。

だがそれで十分である。
吸い込んだ気をチャクラへ、十秒の時間をゆっくり焦らずに使い体内に霊気を行き渡らせた。

頭の天辺から、足の指先まで。

そして霊気を筋肉とを同調させた。
全身に酸素を行き渡らせるかのように、
筋繊維の一本に至るまで、霊気と肉体を同調させコントロールする。

体外での操作が不可能であるのならば、最も得意である体内での操作にすればいい。

人間は自身の体重の数倍の破壊力を、打撃によって生み出す事ができる。

それを再現すればいい。

霊気による衝撃エネルギーの再現

途方も無い数の打ち込みが、飽くなき向上心が、それを実現させた。

呼吸は世界の力と自分を繋ぐ道であり、鍛えこまれた肉体はその力を発現させる道具である。



(体から霊気が感じ取れない・・・だけど来るっ!!)

そう思った。と同時に、汰壱が自分に向かって突進してきた。
最早限界を超えたであろう状態でありながら、その速度は平常時と遜色が無い。

(この土壇場でこの動きっ!それも動きにキレがある、無駄が無い、だけど)

それをを上回る速度で、一つ角が棍棒を繰り出す。

横殴りの暴風を皮膚一枚で回避する。

地すら叩き割らん豪腕の大上段の一撃を流し受ける。
だがその豪撃の衝撃に耐え切れず汰壱はタタラを踏む、
しかし足は前に
(退くな!後ろ道はねぇっ!!前に、前に、前に前に前に前に前に)

熱くなるな・・・・・

相手を良く見ろ。

動きは基本に沿って滑らかに。

最速の最高の動きをやってやる。

避ける時は、避ける。
「中途半端に避けるな」
受ける時は、出来る限り流して受ける。
「ダメージは最小限で」


動きは、小さく、速く細かく、でも焦らずに     
「攻撃の起点を見つけて、攻撃を予測する」
心を平静に保て、恐怖を、迷いも踏み越えろ
「焦らずに距離を詰める」

(私やシロの教えた事を、繰り返している)

自分達の教えた動きを忠実に繰り返している。
膨大な反復練習を課した自分達。それを再現している。

穴が開くほど見続け、神経が擦り切れるほど繰り返した。
寝てもさめても、忘れる事無く続けた膨大な基礎。


『だったらこれはどう!?』

棍棒の軌跡を急激に変化させ、汰壱の足元の土ごと吹き飛ばす。
瞬間的に体捌きに歪みが生ずる。その隙を逃す事のない第二撃が襲う。

『かわせないし、逸らせないわよっ!さあっ!どうする?』

再度迫る、不可避の豪撃、食らえば先のリプレイ、直結する敗北、しかし防御不可能、回避不可能
しかし選択肢は浮かばない。否うかべる必要は無い、もとより回答は一つ。





「耐えるっ!!」






ドン!!
収束した霊気が汰壱に炸裂する。
先程の攻撃力に、一つ角に割り当てた霊力を上乗せした。
正真証明のフルパワーの一撃、たとえ全快の体でも汰壱では耐え切れない。
(さあっ乗り越えて見せなさい)

残り10秒


霊気の炸裂が巻き起こした土ぼこりの向こうで、双眼が唸るように光った。

反応して打ち込んだ棍棒を戻そうとするが、まるでその場に固定されたかのように動かない。


残り5秒


土埃の晴れた向こうには、今にも倒れ、崩れ落ちそうな身体を両の足で支え、左の手で棍棒の動きを止めている。
霊衝撃に衣服がはじけ飛び、額の血止めのバンダナも亡くなっていた。目に血が流れ込んでいるが瞬きすらしない。

身体を半身に開き、腰を落とし、右の拳を握り締め、全てを込めて、最後の弾丸を込めた傷だらけの銃口が狙いをつけていた。

(防御がした?違うっ!!耐えた?耐え切った!! 目が生きてる)

タマモは認めたがらないだろうが、汰壱は意地と気合と根性で耐え切ったのだ。

そこに理屈は存在しない。

結果のみが存在する。


残り1秒


回避!頭にそう浮かぶが、自分本来の肉体ではないために、反応が僅かに遅れた。


全てはこの時の為に。

「T−A ONE!・・・・・・・・・・・・インパァクトォォォオオオオオオオオオオオ!!!」




直撃!!


0から100へ

コンマ数秒の間に、トップスピードへフルパワーへと肉体を激変させる。
新しい技ではない、従来の連突きに於ける最後の二の突きを進化させたのだ。
その構造は単純明快、筋肉と同調した霊気は、僅かの狂いもなく筋肉の持つ動き、構造、働きを再現する。
そして威力も、起点と成る力は一でも最終的な力は数倍に跳ね上がる。



それが汰壱の力


腹部に直撃を受けた一つ角の身体が、くの字に折れ曲がる。鉄の意志が生んだ、鉄の拳が巨石を穿ち貫かんと豪進する。
(なっなにこれ!!)

初めてタマモ顔が驚愕に染まる。
叩き込まれた衝撃は一つ角身体を通して自分にまで衝撃を与えていた。
自分の予想の遥か上を行く破壊力、その質は正に鉄塊に酷似している。

(打撃イメージが汰壱の深層意識にある鉄とリンクしたっていうの?)

唯の何処にでもある平凡な鉄・・・・決して宝石も原石ではない。
純粋な美しい輝きはそこに無く、幾重にも折り重なり、混ざり合い、叩き上げ、鍛えられてこそ
その力を発揮する事ができる。

それは鉄・・・・・・・・・幾多の練磨と研磨の先に行き着くもの


「く・・・だ・・・・・け・・ろ」
息を吐く力すら出し切ってしまった。


自分は届いたのか?



何度も自分の行く手に立ちふさがった。

この壁打ち砕けたのか?

この悪峰に手は届いたのか?


超えられたのか?



『まったく・・・あんたには、ほとほと呆れさせられるわ』

一つ角の身体に亀裂が生まれた。打ち込んだ場所から円状にどんどん広がってく、胸に、肩に、手に、足へ亀裂が走った。
その亀裂は先の皹とは決定的な違いを持っていた。これ以上身体を保つ事ができない決定的なダメージである。


「貴様の勝ちだ」

一つ角が快笑した。

それが最後の言葉となった。

砂の山を崩す様に、土と岩から生まれた一つ角の身体は、元のこの山へと還っていく。
風の揺らぎと共に身体の構成が揺らぎ始めた。


程なくして全てが大地に帰った。

先程まであれほどの存在感を持っていた存在が消えてしまうと、急に辺りが静かになったように感じた。

勝ったのか?実感がイマイチ持てなかった。
あれほど勝利を渇望したのに、激烈な歓喜の雨が自分に降って来ると思ったが、なんとも拍子抜けする程希薄であった。
あれほど強かった一つ角に勝ったというのに、汰壱は呆けてすらいた。

獅子猿の時のような雄叫びも

白蛇の時のような安堵感もない。


一瞬タマモが自分に幻術でも掛けて化かしていたのか?とすら考えてしまった。

ぼんやりと立ち尽くしている汰壱に何か眩しい光があたった。

「夜が明けたのか・・・朝日」

遠くの山向こうから、太陽が顔を出していた。

その光に目を細めた時、身体から何かジンワリとこみ上げてきた。
なぜそうなのか、汰壱自身にもさっぱり解らなかった。

しかし朝日を見た時、汰壱はこう思ったのだ。




「もっと強くなろう」


勝利の雄叫びも、充実した達成感もないがこれで十分だ。

これがあれば自分は歩いてゆける。

昇ってゆける。


もっと高く、もっと遠いところまで・・・・・








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市街地を赤のコブラが流れる様に走る。

その車中には、忠夫と汰壱の姿があった。  



「んで、その後どうしたんだ?」

忠夫は灰皿にタバコの火を押し付けながら、汰壱にその後の話を促した。

「とりあえず怪我がひどかったんで、氷室先生のところに運んでもらって、二日ほど入院して治療してもらいました。」
「令子も、蛍花も心配してたぞ」
少し咎める様な口調であった。
「心配かけてすんません」
汰壱は素直に頭を下げた。

「これからは、もう少し気をつけろ、四六時中怪我なんかされたら、こっちの気が休まらん」
そう言ってもう一本タバコを吸おうとするが、先程消したのが最後の一本だったらしく、苦笑しながら手の中の箱を握りつぶした。

「ええ・・・気をつけます。誰も心配しないぐらい強くなりますよ。」
口の端を少し上げて汰壱は笑った
「生意気言うな、アホ」

そう言って汰壱の頭を小突いた。

修行の話を終えると、車内は静かになった。
沈黙が続くが、いやな気はしなかった。


氷室病院の帰り、一人で帰れると言う汰壱の主張は、おキヌの得体の知れないプレッシャーによりへし折られた。
迎えを遣すと言い渡され、やってきたの義父の忠夫であった。

まだ完治しないうちから訓練を、再開などさせないようにとの、お目付け役であった。

信用されてないなと思う汰壱であったが、自分でも思い当たる節が多すぎるので、素直に従う事にした。
それにばっくれたりすると、後が怖い。

氷室先生は非常におっかないのだ・・・・・


なんかこう・・・義母の令子やシロやタマモとは違った、逆らいがたいプレッシャーを発してくるのだ。


(なんで俺の周りの女の人はおっかない人ばっかなんだろうか?)
自然と顔が引き攣るのを汰壱は止める術をしらなかった。

不意に忠夫が沈黙を破った。

「汰壱」

「なんすかおじさん?」




前を見たまま忠夫は言った。







「でかくなったな」





「・・・・・・・・」


頭をガシガシとかくと、汰壱は反対側のドアの方に顔をむけた。
なんとなく、ほんの少し、照れくさかったのだ。

もとより余り褒めれた事がないため、目標としている人からそんな事を言われるのが、嬉しかったのだ。
しかし元より不器用な正確の為に、返す言葉も見つからなかった。

と同時に、引き取られてから七年、我が子の様に育て貰いながら、未だにちゃんと忠夫の事を父と呼べない自分の不器用さにも呆れていた。
















「ところで・・・」

「?」

「タマモとシロどっちかにフラグ立ったか?」
運転品がこちらを向く忠夫、先程より遥かに目が真剣である。
「・・・」

「お前まさか一月近くあんなおいしい状況下にありながら、なにも無い訳」

「・・・ねぇよ、わりぃか?」
汰壱の頭にでかい井形浮かぶ
「お前俺が高校生の時なんか、うはうはだったぞ・・・俺だったら一気に二本は軽いね・・・あっ蛍花はだめだぞ」

「捏造すんな色ボケ親父」

「つーかお前ちんこついてんの?普通あんだけの美人二人もいたらするだろ・・・夜這いとか覗きとか夜這いとか覗きとか夜這いとか覗きとか」

「頭強く打って死ね」

「お前まさか・・・ソッチのケが・・・おいおい勘弁してくれよ・・・でも俺は理解ある父だ、愛の形は一つじゃないさ
しかし俺を対象にするなよ、マジで」

「よーし外に出やがれ、俺の新必殺技を食らわせて、俺の時代を呼ぶ」

「落ち着け、落ち着け、Be COOL汰壱、俺は理解ある父だと」



突如赤いコブラが蛇行運転を開始する。

対向車線のドライバー達はギョッとしただろう。
コブラはオープンカーで外から丸見えなのだ。そしてその車中でヤクザとサラリーマンが取っ組み合いの喧嘩をしてるのだから。


「しししのしぃー」

「死ねやっ煩悩の権化!!」


ぎゃーぎゃーわーわー


その後警察のお世話なるまで二人は喧嘩していた。

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