ザ・グレート・展開予測ショー

チケットの虎 ―券、ありますケン― [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 4/ 5)




(うーむ・・・どうしたもんじゃろ)

 手にはたった今届いた封筒。タイガー寅吉は思案に暮れていた。
 送り主の欄には、身に覚えのある缶コーヒーの名前が。

「まさか、本当に当たってしまうとはのー。じゃケンB賞・・・」

 そのデカイ図体に似合わずちまちまと貼り集めていた缶コーヒーのシール。十枚貯まったので応募ハガキで送ってみたら、見事当選。
 封筒の中には、とある有名屋内プールの無料招待チケットが二枚。
 本当はA賞の頑丈そうな自転車が欲しかったタイガー。
 だが、これが当たってしまった以上は、これの使い道を考えなくちゃいけない。





「だからって、ヤロー二人で行ってもしょーがねえだろが」

 どうしたら良いか分からなかったので取りあえず誘ってみた雪之丞からは、呆れ顔と共にそんな返事が。

「やっぱり、そうカイノ・・・」

「横島に相談しなかっただけでもマシだがな。
 奴なら喜んで行くだろうが、何しでかしてくれる事やら」

 覗き、ナンパ、痴漢、ナンパ、ナンパ、失敗、逆ギレ・・・
 タイガーにもその顛末は容易に想像出来た。

「適当に売っ払っちまうのも手だけどよ・・・そうだ、アイツと行きゃあいいじゃねえか」

 アイツと言われても誰の事だか分からずに、きょとんと首を傾げるタイガー。
 雪之丞は更に呆れた様子で付け足す。

「ほら、あのヤンキー女だっつうの。最近会ったりとかしてんのかよ?」

「って、い、い、一文字サンですカイッ!?」

 タイガーの全身がピシッと固まる。
 目をせわしなく動かしながらも真っ赤になって行く顔。
 質問の答えは聞くまでもなかった。

「あ、エ、いや、ジャケンその」

「・・・いや、もういい。そんなんで会って話出来てるワケもねーか。
 つう事で、使い道は決定だな。決まって良かったじゃねーか」

「いや、しかし、ワッシはおなごが・・・」

「何言ってやがる、あの時平気で担いでたろが。はい決定決定。
 この機会にお前もちっとイイ話作って来い・・・横島には黙ってな」

 抵抗、封鎖、妨害、抗戦、阻止、阻止・・・
 横島がこの話を耳にした時の反応も容易に想像出来たタイガーは、戸惑いながらもかろうじて頷く。





(うーむ・・・そうは言ってものー)

 小笠原オフィスの一画にある自室で、タイガーは重量制限ギリギリなベッドの上、胡座をかいている。
 その前に置かれた二枚のチケット。
 クリスマス合コンの夜、少し良い雰囲気になっていた一文字魔理とタイガーの二人。
 しかし、あれから二人は片手の指で数える程しか会っていない。そこに電話した回数を加えたって大した違いはなかっただろう。
 おまけに、その数少ない顔合わせにしたって、二人きりだった事は一度もない。
 彼女の友達の弓やおキヌ、あるいは雪之丞やピートや横島、誰かしらが一緒だった。

(いきなり二人だけでどっか行く話なんぞしたら、変に思われるんジャなかろーか・・・)

 この期に及んでそんな事を思い患うタイガー。

(ましてこんな場所へ・・・プールと言ったら、み、水着ジャア・・・)

 魔理の水着姿。
 高校生にしてはグラマーな方なボディラインを、セパレードタイプのビキニで包み、南の島風のプールで水際に波と戯れる彼女――
 そんな映像を脳裏に浮かべてしまい、勝手に制御が解けそうになったのを何とか抑える。
 虎面のままで彼はかぶりを振った。

(落ち着け・・・落ち着くんジャ。そうだ、一人でモンモンとしとるからイカンのじゃ。
 まずは電話を、さくっと話せば良いんジャ、さくっとノー)

 タイガーはそう考えつつ傍らに置いた電話機をガッと掴み寄せる。
 だが、その手はふと止まる。

(待て・・・・・・この時間、一文字サンはまだ学校じゃなかケンノ?
 六女みたいなお嬢様学校は色々と忙しいんジャ・・・)

 もう少し様子を見るべきジャケン。
 電話から手を離し、タイガーは座したまま時の過ぎるのを待つ―――待ち続ける。

(そうジャ、もうそろそろ・・・ハッ、一文字サン、この時間はうちでトレーニング中とか言っとったケン。
 集中しとるトコ邪魔しちゃイカンの。もう少し・・・)

(もうそろそろ・・・イヤイヤ、この時間は飯食ったり風呂入ってたりしそうジャケン。
 もう少し、もう少し・・・)

(もう、そろそろ・・・ダメじゃあーっ、今何時だと思っとんジャ?
 家の人だって怪しむし迷惑ジャろがーっ・・・・・・明日にしとく、カイのー)





「それで・・・・・・・・・もう二週間か」

 そう言ったっきり雪之丞は黙り込む。
 それ以外もう何も言えねえよって感じのオーラが漂っていた。

「他にもノー、仕事が急に立て込んだりとかも色々あったケン、それでノー・・・」

 雪之丞だけでなく、その隣にいた弓もこれにはさすがに呆れた表情を隠せないでいる。

「その手の優待券って有効期限があるのでしょう? 使えなくなってしまいますわよ・・・」

 本当にツッコミたいのは有効期限の事なんかじゃないのだが、そうとしか言い様がないって感じだった。
 雪之丞は表情を変えぬまま、静かな声で彼に言う。

「タイガー・・・・・・携帯出せ」

「お? おお・・・」

 言われるままポケットから携帯を出して見せるタイガーは、次に何を言われるのか本当に分かっていない様子。
 そんな彼に雪之丞からの次の指令が下された。

「今呼べ。ここで呼べ。今すぐここに呼べ」

「え・・・・・・ええええっ!? ジャ、ジャが雪之丞サン・・・っ!」

「ジャジャガじゃねえ。さっさと呼べっ」

「ジャケン、今は一文字サンだって色々と用事が・・・」

「あのコ、この時間はいつもバイクでその辺ブラブラしてますわよ?」

 タイガーの積み重ねて来た言い訳もあっけなく打ち砕く弓の一言。
 雪之丞がそれに続いて止めを刺した。

「今来れねーっつわれたら、いつ来れんのか聞きゃいーじゃねーか。
 とにかくな、お前が呼んでアイツが来るまで、俺ら帰らねーかんな?」

「そ、そげなあ・・・・・・・・・・・・来ても帰らんでツカアサイよ・・・」

「・・・うるせえっ」





「ようっ、急に来いなんて言うからビックリしたぜ・・・久しぶりだな」

 原チャリに跨ったままの魔理は、そう言いながらタイガーへ照れくさそうに笑いかける。
 あ、あのこんにちは一文字サン、ワッシです、タイガーですケン・・・
 え、えと今から、ちょ、ちょと来てもらえんジャろかかっ
 たどたどしくそんな風に呼び出してから十分程で、彼女はその場に現れていた。
 それと同時にさっさと帰ってしまう雪之丞達。
 オロオロしまくりのタイガーは、彼らを引き止める事さえ出来ないままに固まっていた。

「ハ、はいっ、久し振りですケンっ・・・」

「なーに、いきなりかしこまってんだよ?」

 元々が女性恐怖症のタイガー(セクハラモードの反動としてだが)。
 意識して二人っきりになってるこの状況からのプレッシャーは如何ほどのものか。
 その上、彼にはこれから言わなきゃいけない事がある。

「何だか・・・最近も、お互い忙しいみたいだし」

 笑いつつも、そんな事を寂しげに魔理は呟いた。
 そこに含まれている感情などは、普段のタイガーでも察するのは困難であっただろう―――
 ましてや、今の状態では。

「はハはイッ、お互い忙しいと、た大変デスけんノーっ」

 完璧なまでにずれまくった返事を、上ずった声で返すタイガー。
 魔理はハンドルを握ったまま原チャリから降りると、思い出した様に彼に尋ねる。

「そんで、今日はどうしたんだよ。何か用あんだろ? スゲー焦った声してたもんな」

 タイガーはまたビクっと身体を硬直させるが、慌てた手つきで何とか懐の封筒を彼女へと差し出した。
 原チャリの脚を立ててから、魔理は封筒を受け取る。

「あ、あのっ、一文字サン、コレを・・・」

「ん? 何だこりゃ・・・って、おおっ!? 東京スパーランドじゃん!!
 知ってんよ、屋内プールにビーチだの洞窟だのあんだろ?
 え、タダ券? 何、どーしたんだよコレ―――」

 封筒の中身を引っ張り出した魔理は、二枚のチケットに目を丸くしていた。
 そこでしばらく逡巡していたタイガーだったが、やがて意を決して、彼女へと呼び掛ける。

「あの、一文字サンっ! 券・・・ありますケン。
 ここに二枚、券がありますケン、ジャけん、その・・・」

「あっ・・・・・・」

 その二枚のチケットの意味に、彼女もやっと気が付いた。
 視線をチケットから離すと、魔理はタイガーの顔を見上げる。

「二枚ありますケン、だから・・・」

「・・・・・・」

「ジャけん・・・・・・」

 一緒に行きませんか。その一言がどうしても出て来ない。
 彼がしどろもどろになってる間も、魔理は黙ったままじっと彼を見つめていた。
 改めてコーして見ると、やっぱり綺麗な人ジャの・・・
 当面してる葛藤とは無関係に、ふとそんな事を思う。
 こんな綺麗な人にワシなんぞが二人でどこか行こうなぞと、やっぱり身の程知らずってモンじゃナイんかノー・・・?
 思い浮かべたものはネガティヴな方向へと結び付く。

「ええと・・・」

「・・・・・・」

「その・・・」

「・・・・・・」

(イ・・・イカン、いつまでもこのまま口ごもっとったらイラつかせるだけジャあっ。
 言えっ、言うんじゃタイガー! お前は虎じゃ、チケットの虎ジャっ!
 ダメで元々ジャろがっ・・・・・・ワッシは今日、虎になるんジャアアアアーーッ!!)

「にっ、二枚ありますケンっ。じゃけん、ゼヒっ―――」

「・・・(ゴクッ)」



「――お友達と御一緒にドーゾっっ!!」

「・・・・・・へ・・・?」



や、やってしもーた・・・

 直後、タイガーは全身から嫌な感じの汗がどっと噴き出るのを感じていた。
 二枚のチケットを抱えたまま、今度は魔理が口をポカンと開けて固まっている。

(スンマセン・・・・・・やっぱりワシは張り子の虎なんですケン・・・)

「ふーん・・・友達と、ねえ?」

 気まずい氷点下の空気の中、魔理は顔の前でチケットをひらひらと振りながら言った。

「何だかよく分かんねーけど、まあ、そーゆーんなら貰っとくわ。ありがとさんっ」

 チケットを封筒にしまいながらちらっとタイガーを見る彼女。
 無言で肩を落としうなだれている彼、誰の目にも意気消沈しているのは明らかだった。
 心なしか一回り二回り、その巨躯が縮んでさえ見える。

(まったく・・・あん時のパワフルさとは正反対だよなあ)

 彼女の浮かべている苦笑にも、沈没中の彼は気付かない。
 魔理は右手に拳を握ると、タイガーの頭へそっと近付けた。

こつんっ

 こめかみの辺りを軽く叩かれて、タイガーは反射的に顔を上げる。
 次に目の前下の魔理に視線を向けた。
 右手を上げたままでいた彼女はニッと笑いながら腕を下ろし、今封筒にしまったばかりのチケットを再び取り出してみせる。

「私さ、東京スパーランドのタダ券いきなり貰っちゃってさあ、今ちょうど二枚持ってんだよ」

「・・・?」

「良かったら・・・一緒に行かねーか? 今度の日曜でも、なっ?」

「―――ッ、一文字・・・サン・・・っ!!」

 タイガーは言葉に詰まり、立ち尽くす。その顔を良く見ると涙目だった。
 魔理はチケットを持った右手で、もう一度彼の頭を小突きながら言う。

「あと一歩じゃねーか・・・次は、ちゃんと誘ってくれよな」

「ス・・・スマンかった・・・ですケン」

「私んトコ持ち上げてダッシュしちまうみてーな、あの勢いだぜ?」

「エ!? じゃ、じゃケン、あの時のアレは・・・」

「分かるよ。無我夢中でハートに気合いが入ってたんだろ?
 こんな時ドキドキすんのは・・・みんな同じなんだからよ」

 魔理の言う通りだと思い、タイガーはまたうなだれる。
 結局そのプレッシャーに負けて、自分はいつものパワーを出し切れなかったのだと。
 だから虎になりきれんのジャ・・・
 そんな彼の落胆をよそに、魔理は原チャリを押しながら呼び掛けた。

「ほら、いつまでもそんなにショゲてないで、行こーぜ」

 夕方の薄明るい日差しの中、二人は歩き出す。
 本当にあのダンプカーみたいな男とはまるで別人だと、魔理は可笑しさを感じた。
 ガチガチになったり、オドオドしたり、ウジウジしてたり。
 この巨体にもあまり似合わない小心者ぶり。

(でもまあ・・・本当はさ、そーゆーアンタも結構悪くないとか思ってるんだけどな)

「ドキドキすんのは・・・誘われる方だって、同じなんだ」

 歩きながらふいに呟かれた魔理の一言。
 とぼとぼと歩調を合わせていたタイガーが振り向くと、彼女は彼を見上げながらさっきと同じ照れ笑いを見せていた―――
 さっきと同じ寂しげな含みは、そこにはもうない。

「えっ・・・」

「これでも、嬉しかったんだよ・・・・・・ありがとな」

 少し背の高い彼女と、それよりももっと大きい彼。
 歩く二人の影法師は更にもっともっと地面に伸びて、暗くなるまで並んでいた。





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