ザ・グレート・展開予測ショー

狐少女の将来設計  第4話 「The Lord of The Collar」 後編


投稿者名:とらいある
投稿日時:(06/ 4/ 4)

墨田区、外神田・某所



この町は電化製品を扱う町として栄えていたが、最近になって始まった再開発により更なる巨大化を見せ始めている。
駅前に大型家電量販店の大ボスの如き店舗ができた事を皮切りに続々と新しいビルも建設され、週末ともなると親子連れを多く見られるようになった。
某学園都市との直通路線もほぼ同時期に開通して運行を開始した為、町はこれからも更なる発展を突き進むだろう。



だが電気商品で溢れる店が立ち並ぶ表通りから一本外れると、そこは駅前の再開発とはベクトルが真逆の方向の別の進化を驀進中であった。
シロが迷いに迷いながらもやっとの思いで辿り着いた目的地はそんな界隈の一画にあった。




「ここでござるか」




シロは呟き、改めて目の前の店を見つめる。
表通りとは一線を画す裏通り、その中でも『ばる・み・らんだぁ』の一画は一際独特な雰囲気を醸し出していた。
とても整然としているとは言い難い裏通りは、シロを道に迷わせるのには十分過ぎた。
一応タマモから貰った優待券の裏に概略地図は描かれていたのだが、簡略化されすぎておりその辺の地理に詳しい人でないと分からないというあまりに不親切で頼りないものだったのだ。



喧騒とコンクリートの壁と次々と押し寄せる肉の壁。
それらがミックスブレンドされた見事なコラボレーションの演出を前に、事務所を出たときの勢いは影を潜めた。
饐えた臭いやら汗の臭いやらで嗅覚は役に立たず、土地勘も自信があったのだが人工建造物の塊のようなこの町では役に立たなかった。
タマモとの間に結ばれた秘密厳守という約束もあったため周囲の人間に聞くこともできなかった。秘密はどこから漏れるのか分からないからだ。



ここ着くまでの艱難辛苦はそれだけに留まらなかった。
その容姿と尻尾が人目を引いた為であろう。
実のところ何かのイベントのコスプレと勘違いされたのだが、途中何度も写真の撮影を求めてくる人に遭遇した。無論、全て丁重に断ったのだが。
それでもしつこく食い下がってくる猛者もいたので、霊波刀を喉元に突きつけつつ殺気を当てて追い払った。
今思えば少し大人気なかったかもしれない、という反省がシロの脳裏を掠めた。



普段のシロならそこまで強く出ない筈なのだが、その時の彼女はそれどころでは無かったくらい精神的に切羽詰っていたのだ。
TVで見た『はじめてのおつかい』という単語が、何度も何度も脳裏を掠めた。
幼児の不安そうな表情で道路に立ち尽くす様を、微笑ましく見ていたあの時の自分がなんだか無性に恨めしかった。
だが今となっては、そんなことはもうどうでも良い。現に『ばる・み・らんだぁ』はここに在るのだ。



あれから忙しい日々が続き、纏まった時間を取れなかったため既に数日が経過していた。
でも今日は除霊予定は無い。
距離的には事務所から少々遠かったがシロにとって然程問題ではなかった。
普段から鍛えてあるというのもあるが恋する乙女は強し、といったところか。
だが感慨に浸っている暇はない、目的はここに来るだけではないのだから。




「よしっ。犬塚シロ、吶喊するでござる」




気合一閃、道場破り然と店に入っていくシロの様子を、周囲の客達が不思議そうに見つめていた。







―――――――狐少女の将来設計 第4話 後編







――数時間後、シロが店から出てきた。
だが表情は憔悴し切っており、足取りもどこかおぼつかない。
すぐ近くのドネルケバブの屋台が、美味しそうなビィーフの匂いを周囲に振り撒いていたが、シロは目もくれず足早にその場を後にした。




「ただいま戻ったでござる・・・」




無事事務所に辿り着いたシロは、リビングにいたおキヌにそれだけを告げるとそのまま部屋に戻っていった。
家を出るときの目を爛々と輝かせていた時と今の意気消沈ぶりとのギャップにおキヌは頭に?を浮かべていた。
階段を昇りきり部屋に戻るなり、シロは力尽き倒れこむようにベッドに身を投げ出した。




「おかえり。どうだった?」




気遣う感情などこれっぽっちも含んでいないような声でタマモが話しかけてきた。
その声を聞いてシロは初めてタマモが部屋にいる事に気づいた。
気づけないほど疲れていた。主に精神的に。





「どうもこうも・・・色々疲れたでござるよ」

「まぁはじめての経験でしょうしね」





シロは顔だけ上げて応答したが、再び顔を枕に押し付けた。





「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・なぁ、こんなんで本当に大丈夫なのでござるか?」

「なに?私を疑ってるの?」

「いや、そうじゃなくて。本当にこんなので良いのかなぁと思って・・・」





シロは再び枕から顔を上げて、どこか遠いものを見るような目でタマモを見つつ物憂げに呟きだした。
その瞳からは、疑いというより不安が滲み出ていた。




「夜参でヨコシマの趣味嗜好は確認済みよ。あいつの所有している雑誌を調べ上げたんだから」




タマモの指している雑誌というのは言うまでも無く、健全な青少年にふさわしくないX指定な雑誌のことである。





「何に対して不安を持っているのか分かんないけど、もっと自分を信じなさいよ。某三代目の大怪盗も信じれば空も飛べるし、湖の水も飲み干す事もできるって言ってたわよ」 

「なんだか無茶苦茶にも聞こえるのは気のせいでござろうか」





ちなみにタマモは、横島が世界で一番信じられないのは自分だと思っている事を知らない。





「プロポーションはともかく、器量はそこそこ良い線いっているんだから大丈夫。男は結局は顔よ、顔」

「なんだかものすごく引っかかるでござるが・・・まぁ良しとしよう」





色々言い返したい部分が有るのだが言い返せない。器量はともかく、スタイルに関しては自覚しているから。
本心をタマモにぶつけることで、シロの中のわだかまりも多少は解消していた。
そうなると今度は別の疑問が湧き出していた。




「そういえば、タマモはなんであの店を知っていたのでござるか」




タマモにああいった趣味があるとは到底思えないが・・・もしそうだとしたら付き合い方を考え直す必要が大いにある、と考えていた。
だがシロの期待に反して(?)タマモの答えはごくフツーのものだった。




「豆腐屋のチヱさんの次女さんが経営しているのよ。元々喫茶店だったらしいけど時代と土地柄に合わせて改装したらしいわ」




元々活気のある町ではあったが、ここ最近の再開発による発展ぶりには目を見張るものがある。
御蔭で町には更なる活気が生まれたが、その恩恵を享受されないままの店もまた多い。



タマモの紹介した店も以前は美味しいコーヒーと安くて旨くてボリュームも有る飯、そして美人のマスターという三点セットの喫茶店だった。
確かに地元では評判だったが宣伝力が皆無だったため、地元以外の客に対してインパクトに欠けていた。



そこで普通の喫茶店から時代が求めているニーズに答え新規の客層を取り込むため、思い切って大改装を行ったのだ
改装中は道行く人に優待券や割引券を無償で配るなどのサービスを行い、女マスターのコネを駆使して雑誌に掲載させたり、などと情報戦を展開していた。。




「あんたに渡した優待券も新装開店日に付き合いで顔を出した時に貰ったものよ」




その努力が功を奏し開店後マスコミ等にも取り沙汰され一気に知名度が上がっていった。
因みに今の店を『試作一号店』と称して、続く二号店・三号店と業務展開を推し進める予定だとか。まぁどうでも良い話なのだが。





「あんたの為に臨時休業にまでして貰ったのよ。感謝しなさいよ」

「なるほど。どおりで客が全くいなかったわけでござるな」

「普段あの店がどんな状態か知らないでしょうけど凄い繁盛しているみたいよ?でもあんたの事を考えて、向こうから店を閉めるって言ってくれたのよ」

「お礼を言わねばならないでござるな」

「お礼もそうだけど、早く技術をモノにしなさいよ。あんたが来る日は休業にするって言ってくれているんだから」





タマモは客で溢れかえる店に思いを馳せる
あれほどの客入りだと一日の売り上げはかなりのものになるだろう。
いくら都合とはいえ臨時休業を何度も行うのは折角訪れた客の心象に悪い。店の名声にも関わってくる。
それをフイにしてまで、臨時休業にしてくれる女マスターの好意に頭が下がる思いだった。





「でも何故でござるか?タマモはなぜそこまで必死になるでござるか?」

「うん?どゆこと?」

「タマモは自分の生存権を得る為に、先生に媚を売っているのでござろう?」

「なんか言葉に棘があるわね。まぁ良いわ。続けて」

「拙者考えたのでござるよ。もしタマモの生存がばれても美知恵殿や西条殿が守ってくれるのではないかと思うのでござるよ」





普段からこの事務所に出入りしている二人だったが人狼&妖狐の共同捜査の以来、何かと会話をする機会も交流も増えた。
最近ではシロは勿論、タマモも事情を知りながらもGメンへの入隊を勧めてくる。当然の如く美神が食い止めているが。 
だが、それだけ自分達を良い目で見てくれる高い地位の二人が身元を保証してくれるのならば、何もここまで保身に汲々とせずとも良いのではないか?
シロはそんな考えを導き出していた。




「はぁ〜・・・判ってない、あんた何も判ってないわ。いい?美知恵も西条も所詮国に雇われた人間なのよ」




オカルトGメンは国際機関に属しているが、本拠地以外は他の国々にそれぞれ支部が置かれている。
あくまで支部の為、人事権・決定権・その他の多くは、その国の意向が強く反映される。
ましてや美知恵も西条も『オカルトGメン日本支部』の、そのまた支部の人間である。
振るえる権力など、たかが知れている。




「もし私が生き延びていることがばれたらどうなると思う?美知恵の居る東京支部は動かなくても日本支部が動くわよ。そして、たった一つの号令で東京支部を除く全国の支部が動き出すわ」




国の意向を反映している以上、日本支部のTOPは別に霊能に詳しくなくとも何ら支障はない。寧ろ要らぬ摩擦も減るというものだ
実働部隊は各支部にのみ配備されていれば良い。そんな連中が全国に散らばる各支部の中の唯一つ意見など聞くはずも無い。




「美知恵がいくら前の大きな戦いの勝利の貢献者だからといっても、あくまで一介の国家公務員よ?代わりは幾らでもいるわ」




有能過ぎると逆に疎んじがられるというのもある。自分の前世のいた平安の世と現代とではそういった意味では違いなど殆ど無いように思えた。




「国に睨まれたらあの二人は私を始末するより他がないわよ。吊るし上げ喰らって社会に潰されると分かっていて護るとは思えないわ。シロはともかく私をGメンに抱き込もうとしているのは、国にばれた時に近くに居たほうが始末しやすいからだからじゃないの?逃げられたり匿われたりしたら厄介だからね」


「宮仕えの悲しいサガよね。喩え男気見せても地位と権限を剥奪されておっぽりだされるか、ヘタすると反逆罪だかなんだかの名目で捕まるだけよ。どっちにせよ私を狩る人間が変わるだけだわ」



あっさりとタマモは言ってのける。一方のシロはタマモを信じられない物を見ているような目であった。
体はともかく思考はまだ子供のシロにとって衝撃な内容であったし、義理と人情を範とした人狼にとってはありえない考えだったからだ。





「で、でも美神殿はなんだかんだいって優しい・・・筈でござるし―――」

「(ぼそっ)違約金」

「うっ」

「逮捕・免許剥奪・家宅捜索・・・・脱税発覚」

「ううっ」

「国に逆らって、待ち受けているものは我が身の破滅。それがわかってて私を護るほど美神が出来た人間じゃないと私は思うけど」





シロにそれを否定する材料など欠片も無かった。





「た、たしかにそうでござるな。じゃ、じゃあ美神殿の知り合いは?日本のトップクラスのGSでござろう?」

「おキヌちゃんは主体性が無いから周りに流されやすいし、六道家の連中も黙ってみていないでしょうね、エミって人も公安からの仕事が中心らしいから、仕事が干されると分かって手助けしてくれるとは思えないけど」

「・・・・・・・・」

「人間を人狼と同じように義に厚いものと考えていると幻滅するだけよ。世の中どうあがいても如何しようもならないなんて事なんか掃いて捨てるほどあるんだから」





シロは耳も尻尾も垂れ下げてうつむいていた。
タマモはそれまでの暗い話を一蹴するかのように、明るめの声で喋りだした。




「でもヨコシマはきっと別よ。そしてヨコシマが庇ってくれるならその友人達も助けてくれると思ってる。雪和尚やピーコ。あと・・・えーと、ティーガー・・・だったっけ??」




最初の2人は名前を間違っているだけだが、最後は呼び方そのものが違っている。そいつは独逸読みだ。




「とにかく私は考えうる最悪のパターンを考えてその対処法を考えているのよ。最後の時に後悔だけはしたくないから、打てるだけの手は打っておきたいのよ」



己の生存の為に必死になっているタマモの言には悲壮感が漂っていた。




「シロは横島のことが好きなのよね?」




シロは真っ赤になりながらコクコクをうなずく




「私はどうなんだろう。ただ守ってもらいたいだけで、そんな打算的な目的で傍に居たいだけなのかもしれない。でもね、それは純粋にヨコシマのことを思っているお前に対して侮辱以外のなんでもないとも思えるのよ」



タマモはうつむき、膝の上の握られた拳にギュッと力が込められる。





「だから・・・だから私はあなた達のそばに置いていてくれるだけで、それだけで良い。私が邪魔だ、というのであれば私は・・・」

「そんなことしないでござる!!!」





強い口調でシロはタマモの言をさえぎる。





「先生も拙者もそんな薄情なことはしないでござる。安心召されるが良い。先生も拙者も最後までお主を護りぬいて見せるでござるよ」




力コブを作り、安心させようとするシロに




「そうか、そうよね」




嬉しそうに、口元にほんのりと笑みを浮かべるタマモ。
シロの瞳にはその微笑みがとても儚げないものに見えた。見えてしまったのだ。













初日から一ヶ月が経っていた。




「大好きな人のために一生懸命になるということはとても素敵なことですよ。応援していますから頑張ってくださいね」




そんな優しい言葉と共にプレゼントとして新品の服や小道具が手渡される。それらを小脇に抱えシロは店から飛ぶような勢いで事務所へ帰る。
いつしかシロはコスプレ少女としてこの地の名物となっていた。



事務所に着いたシロは階段を一段飛ばしで駆け上がり自室に戻る。
途中美神の怒声が響くが全く意に介していなかった。





「ただいまでござる!タマモ、やっと終ったでござるよ!」

「本当にお疲れ様。これ、私からの餞別よ」





己の喜びを体現するシロに、タマモは小さな包みを渡す。
受け取った物の包装を解き中身を確認したシロは、ピシィッという効果音を伴って固まった。





「た、タマモ。これをどうしろと・・・」

「ヨコシマに直接手渡して取り付けてもらうのよ?『あなただけのわたし』っていうのがミソなのだから」





その一言に、若干引き気味だったシロの目に決意が宿り、力強くコクリと頷く。





「・・・承知したでござる」

「今日は除霊は無いけどヨコシマは来る筈よ。美神やおキヌちゃんもいるけど丁度いいわ、この際知らしめてやりましょう。準備は良い?」





コクッと頷くシロ。緊張の為か表情は硬い。
小脇に抱えた包みを解き、手馴れた手つきで装着していく。
姿見を見ながら何度も確認して、数分後にはすっかり着替えを終えていた。
着替え終わったシロのその格好を満足げに見て、何度も何度も頷く。




「オーケー、あとはあんた次第よ。とにかくやれるだけの事はやったわ。後はヨコシマが来るまでスタンバイよ。タイミングが命だからね」




その言葉に、シロは黙ってサムズアップして答えた









夕刻になり、横島が学校から直で事務所に顔を出してきた。
今日は仕事の予定は無いのだが、突然の依頼が舞い込んでこないとは言い切れない。。
そのため直接来て仕事の確認を取りに来るのが日課となっていた。



携帯を持たない為、連絡の手段が事務所への立ち寄りか自宅の固定電話からの確認しかないからだ。 
でも横島は夕食も食えるわ退屈もしのげるわ、との事で何の不満も持っていなかった。



横島の出勤で事務所はにわかに活気づく。
美神は主に給与に関して未だにわだかまりが残っているようだが、来ることに関してはなんだかんだいって反対はしていない。
おキヌも横島が来ると自然と頬が緩む。



美神は年度末の確定申告締め切りを前に脱税書類とにらめっこしている。
横島は毎年この時期の美神がご機嫌斜めなのを知っているので、あまり話し掛けたりしない。
その代わり、お茶とお菓子を持ってきたおキヌと歓談している。



美神達が居るのは、依頼主との応接室としても使用しているリビング。
そのドアを一枚隔てた向こう側では、色んな意味で最終段階を迎えていた。





「じゃあしっかりやるのよ 

「やっぱり恥ずかしいでござるぅ」





今更になってシロは尻込みしだした。




「大丈夫よ!自分に自信を持って全力でぶつかりなさい。運命は自らの手で切り開く物なのよ。私達の栄えある未来の為にも頑張って頂戴。お父上もきっと草葉の影から応援している筈よ」
 



貴方だけが頼りなの・・・な眼差しとお願いポーズでタマモは訴える。
義理と人情に厚いシロは、普段のクールなタマモからは考えられないような行動を目にして漸く決心がついた。 




「タマモ・・・うん!拙者頑張るでござる!」




発破をかけられ意気揚々と乗り込むシロを、タマモは邪笑でもって見送っていた。その手にあった真っ白な手巾をヒラヒラと振りながら。













「そういえばめずらしいな。シロが来ないなんて」




いつもだったら尻尾をブンブンと振り回し飛び込んでくるところだ。




「そういえばそうですね、いつもだったら飛び込んで来てますのに。あ、お茶替えてきますね」




おキヌの後姿を見送りながらふと思う。




『ああエエ子やなぁ、やっぱりああいうおしとやかで優しい女性がええなぁ。でも美神さんのあのプロポーションもはずせないなぁ』




目の前の菓子をパクつきながら不埒な事を考えはじめた。




『そうか、美神さんとおキヌちゃんを足して2で割ったら丁度良いんだよなぁ』




かなり失礼なことを考えていた。もし実際に口に出していたらそれこそ血を見たであろう。残念なことにちょっとは成長しているようだ。
美神に視線を向けると書類整理(何度も言うようだが脱税対策)に夢中になっているのかデスクに向かいっぱなしだ。
おキヌちゃんはこちらに背を向けてお茶の用意をしてくれている。



美人を目にしながらくつろげ、この後の夕食で食欲も満たされる。
横島は己の幸せを改めて噛み締めていた。
給料は相変わらず安っすいけど続けてよかったぁ・・・と
シロが室内に入ってきたのはそんな時だった。




「あら、シロ・・・ちゃん?」




横島にも誰かが入ってきた気配は感じられたし、誰なのかも想像がついていた。
だが歯切れ悪く話すおキヌの声を不思議に思っていた。




べきっ




何かがへし折れた様な乾いた音が美神のデスクの方から聞こえた。
今度は何だと思い視線を向けると、美神は横島の一ヶ月分の給料よりも高そうなボールペンをへし折ってこちらをを凝視していた。
正確には横島の背中越しのナ二かを、だ。



流石の横島もなんだ?と思い首だけを振り返り見る。
そして我が目を疑い、何かの冗談かと思った。これは夢だと思った。というより思いたかった。
目の前の人物に、足元から頭部までゆっくりと舐めるように視線を這わす。



靴下はフリルやレース付きのニーソックス。
真っ白なフリルや飾り紐でふんだんに装飾されたフレアスカート。反重力で浮いてるんじゃないかって疑いたくなるくらいにフワフワだ。
シルク素材でショート丈の真っ白なレース手袋。
黒色を基調として真っ白なフリルやらヒラヒラのついたドレス。
そして頬をほんのりと桜色に染めてこちらを見つめるmy弟子。
その頭の上には『ばる・み・らんだぁ』試作1号店の象徴花であるタマスダレを象ったシルバーメタリック製のカチューシャが燦然と輝いていた。




そう・・・一言で言い表すのなら、世間一般で言う所のメイドさんがお茶の乗ったお盆を持ってこちらにやってきておりました。




上品な歩き方で横島の前で止まり優雅なお辞儀をする。ヘアースタイルは素敵に可憐なポニーテール。
その優雅なお辞儀に横島もついつられてお辞儀をしてしまう
ここまでで十分ドッキリカメラモノなのだが、本当に吃驚するのはここからだった。




「お帰りなさいませ御主人様。お外は寒かったでしょう。あたたかいお茶をお持ち致しました」




そういって横島の前にお茶を差し出す。
実はおキヌが用意していた物を、シロを見て硬直している間に横から奪ったものだった。
横島の前に差し出し手に持たせる。
ダージリンの良い芳香が横島の鼻腔をついたが、横島の匂いを感知する鼻粘膜嗅部は全く持って機能を果たしちゃいなかった。




「御主人様、お砂糖は何個が宜しいでしょうか?」




返答がないのでドバドバと遠慮なしに角砂糖を入れる
溶けきらずに下のほうに沈んでいるらしく、かき混ぜる度に銀のスプーンがザリザリと音を立てる。
シロップよりも甘そうだ。




「ご主人様、あ〜ん♪」




シロは横島の口元にクッキーを差し出す。
除霊の依頼主から貰った高級菓子折りだ。お茶請けにおキヌが用意していたものだった。
半開きになったままだった口の中にクッキーが放り込まれる。横島の本能が食べ物として感知し、無意識のまま咀嚼・嚥下する。 
もちろん味なんて分かるはずもなかった。




「ご主人様。不躾なのは承知しているのですが 実はお願いしたい事があるのです。宜しいでしょうか?」




シロの声に震えが混じっている。
だが混乱している横島の耳に入ったかどうか疑問だ。
喩え入っていたとしても理解できたとも思えない。
だが『異議なき時は、沈黙をもって答えよ』という名言(迷言?)もある。
そう自己解釈したシロは「失礼します」と一言断わり、お盆をテーブルに置いて自分の懐を弄る。
緊張の為か、尻尾はピンッと天を衝く勢いでそそり起っている。



そして取り出されたものは、補強の為か装飾の為か分からないが、鋲が何個も打ち込まれた見目艶やかなほど真っ赤でごっついチョーカーだった。
だが、それはチョーカーをというにはあまりにも大きすぎた。
それは大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。 それは正に『首輪』という名が相応しかった。




「これを、わたくしに付けて下さいませんか。あなただけのわたし、その為だけに存在するという証のために」




顔を上気させながら、取り出した首輪もといチョーカーを横島の手に握らせる。
出荷されていれば間違いなくリコールされる筈の横島の煩悩OSが再起動したときには、手の中に首輪が残されていただけであった。
夢だと思いたかったが手の中に残された、見た目を裏切らないそのずっしりとした重量感が現実だお?と告げていた。



ギギギと油を差し忘れたブリキ人形のように、首を軋ませながら視線を下に向ける。
そこにはシロが日曜の教会のミサでのお祈りをするような格好で横島の足元に跪いていた。
勿論、首輪を取り付けやすいように横島に首を差し出しながら。
真っシロなうなじが視界に収まり、横島は漸く己を取り戻し言葉を発することができた。




「し、シロたん。チミは一体なに言っ・・・・ヒッ、ヒィィィィィィ」




出てきた言葉も、背中および正面から放たれる殺気をもろに浴びてしまい途中で止まる。
それは背筋が凍るとか、身も心も凍てつくとか、身の毛もよだつとか、そんな感覚をマッカーサーの飛び石作戦ばりにすっ飛ばしていた。
生存本能がこれ以上に無いってくらいエマージェンシーなアラームを盛大に打ち鳴らす。



2柱の鬼神様はそれぞれ己の武器を手に、ジリジリと距離を狭めていく。
後方の鬼神様は、かつて妖刀と呼ばれ現(うつつ)においては最凶の包丁という呼び声高いシメサバ丸の刃を上方に向けて構えている。殺る気満々だ。
正面の鬼神様は、銭にモノを言わせて手にした最高級の神通棍を、その霊圧で形状を変化させて大上段に振りかぶっている。こちらも殺る気満々だ。



正面の鬼神様の構える神通棍は瞬間的な高霊圧に耐えうるよう特注されたものだ。
増幅装置も、耐久度も一般に出回っているタイプとは比較にならぬほど強化されている。
だがその形状はいつもの様な鞭状ではなかった。より相手を撲殺しやすいよう、某撲殺天使の撲殺バットよろしくその形状を変化させていた。




「こいつは本当に便利な道具ね。今の私の気分ピッタリに変形してくれやがった」
「み、美神さん。色々作品混ざってますですね?」




今正に、振り下ろさんとする魔法のステッキ・・・じゃない神通棍を前に、そんな状況でも突っ込みを忘れないというところが横島の横島たる所以である。
ただこの時は薮蛇だった。
棘つき撲殺バットは横島全体を押しつぶせる位まで巨大化した。
ギラリと横島に向ける視線のそれは、正に悪鬼そのものだった
うねうねと動くその髪は、まるで戸愚呂を巻き威嚇する蛇のようにも見える。




「全部ぶっつぶしたる!!」




声高々に下される断罪宣言。


それは血の惨劇と殺戮のゴングでもあった。オーメン




「『オーメン』ぢゃねえ@†%d&∝*Ω#




横島の魂の叫びは、すぐに断末魔の叫びへと変わった








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








『巫女服じゃ何が足りないというのですかっ!?』
『ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー!』
『お止め下さい!ご主人様に何をなさるのですか!?』




ある者は心の内を暴露しつつ・・・
ある者は血みどろになりながらも、奇声を上げつつ必死になって逃げ惑い・・・
そしてある者は、その悪鬼の如き二人からご主人様を守るべく二人の前に立ちはだかる・・・




四者四様のそんな様を覗き見つつ、扉の影から押し殺した笑いに耐え震えていたのは、皆のアイドル・タマモたん。



ドア越しから魂の慟哭やら奇声に混じって、水に濡れた雑巾を壁に叩きつけるようなビチャとかグチャという音が断続的に聞こえてくる。
音の発生源の現状を考えると、普通は笑ってはいられない筈なのだが信頼しきっているのであろう。心配なぞこれっぽちも見られなかった。
とはいえ、ヨコシマには大変申し訳ないとも思っている。
だがこれも全て計略の内なのだ。



遅かれ早かれ、夜参がバレる事など分かっていた。
だからバレないようにするのではなく、バレても対処できるように対策を採ってきていた。



おそらく最初に気づくのはシロであろうことは間違いが無かったので、純粋なシロを騙してスケープゴートに仕立て上げるというのが今回の主旨だった。
別にシロを潰しにかかったという訳ではない。
実際シロに渡した情報の殆どは本当のことである。ただその中に僅かにウソを組み込んだだけだった。



またシロに話した心の内も吐露した内容も、一部を除いてその殆どが本当の事である。
ウソで塗り固めた言葉など通用する筈もないし、なによりそこまで堕ちたくない。
タマモは、シロを馬鹿が付くほど彼女は純真なのだと認識していた。
タマモにとって、自分に無いそれがとても大切なものだという認識であったし、できるかぎりずっと保っていてもらいたい事でもあった。
自分のように社会や自分を取り巻く環境を、どこか斜めに構えたような人になって貰いたくない。
でも世の中は汚い。シロが人間によって騙されて汚されるようなことがあって欲しくないと思っていた。
だからこれはシロへの試練なのである(タマモの曲解)
これによってシロに耐性が付く事も念頭に入れてある。4の次5の次ではあるが



メインの目的はこの一件でシロを、美神とおキヌに完全にマークさせる事である。
これからのシロの一挙手一投足、その全てに美神達からの厳しい視線が常時付き纏う事になるだろう。
また思い込みが激しいシロのことだ。
それに気づかず突っ走っていくことであろう事は想像に難くなかった。
その結果、ヨコシマが煙たがることにも気づけずに。
哀れすぎて涙も止まらない。流してもいないのだが。




更にシロに気を割く分、美神達の自分に対する注意も散漫になり裏で動きやすくなるというものだ。
シロは睨まれ、私は自由に動けるようになる。正に一石二鳥である。
いや、ヨコシマはシロを煩わしく感じるだろうから一石三鳥か。



まったく、自分の策略が恐ろしい。
そんな恐ろしい頭脳を持つ自分が、全てはヨコシマの心を掴み取るためだけの為に暗躍している。
それまでに、一体どれだけの血が流されることになるのか想像もつかないのだが。




「私にホレるそれまでの辛抱なのよ。がんばってね、ヨ・コ・シ・マ ♪私の期待、裏切らないよでね?」




扉の隙間から、血達磨になりつつある横島にウインクしてタマモは自分の部屋に戻った。
血の惨劇は、まだまだ続きそうであった。



やがて『ギニャー』という叫びを最後に騒音罪にも発展しそうだった騒乱は幕を閉じる。


因みに、それとなく人工幽霊が防音処置をしていたので 霊力の篭った叫びをオフィス街周囲に晒すことなく事務所内は元の静けさを取り戻すのであった。









 



               








で、結局二人はその後どうなったかというと・・・二人ともレクター博士が着させられたような拘束衣を着せられされて、オカルトGメンビルの屋上から蓑虫の如く吊るされていた。
それぞれに貼られた『僕はメイド信奉者です』『私はかませ犬ですぅ』という大きな張り紙が風に吹かれて揺らいでいた。



自分のとこだと信用や評判にかかわるから、と美神に『お願い』されたロン毛の道楽公務員は断わる事ができなかった。
その時は美知恵が出張中だったので何とか揉み消せると踏んでいたのだが、後に女性向週刊ゴシップ誌の一面に二人が吊るされている写真が掲載されてしまっていた。




『オカルトGメン、狂気の屋外SMプレイ。大披露』ってな具合に。




美知恵が、おキヌが購入してリビングに置いたままだった物を何気なくパラパラと捲ったことにより発覚した。
西条と娘を詰問して事情を知った美知恵は荒れに荒れた。
この事で、世間のGメンに対する評価が大幅に下方修正されたのは言うまでも無く、勿論美知恵のロン毛に対する態度が厳しくなったのも当然の帰結であった。




「むぅむぅむぅ〜」




シロがなにやら言葉を発そうしているが、口枷がされて喋る事が出来ない。
意訳すると『わたくしは狼ですのことよ〜』と言っていた。
先程から自らの無実や、冤罪を訴えている。



シロには理解できなかった上に、この扱いは理不尽だった
ご主人様(横島)の為に尽くしただけだというのになぜご主人様共々こんな扱いを受けなければならないのか?
むぅむぅという声が、風に乗って消えていく・・・




「もぐ・・・もご・・・」『おい・・・シロ・・・』




一方横島の方はボールギャグを噛まされており、やはり何を言っているのか全く分からない。




「むぅ!むむぅむぅむぅ。むぅむむぅむぅ」『ハイ!なんでございますでしょうかご主人様。何なりとお申し付け下さい』




一応シロには通じているようだ。色んな意味で師匠が師匠なら弟子も弟子というところか。




「もぐ・・・もごもぐ」『いい加減・・・黙っててくれ』




底冷えするような声で突き刺すように言い放った。
首は動かせないから、目だけをシロに向ける。
その瞳は『これ以上喋ったらヌっ殺す』と語っていた。
シュン、となるシロ。だが横島の視線はすでにシロの方を向いちゃいなかった。



一日の終わりを告げる夕日の光がビルの合間から差し込んできた。
空を焦がさんばかりの真っ赤な夕日の光が二人の顔を照らしあげる。




「・・・もぐぐもぐ」『・・・なにやってるんだろうか俺は』




己の不遇な境遇に無性に悲しくなってきた。
目頭が熱くなる、でも涙などとうの昔に枯れ果てていた。
徹底的にシバかれている時に血と共に流し尽くした。ちょっと脱水症状気味だったりする。















次の日の夜




「駄目だったではござらんかぁ」




滂沱の涙やら鼻水なんかを噴出しつつ訴えるシロ。
結局、一晩をその場で明かし、朝日をGメンビルの屋上から吊るされた状態で迎えた。
その日は昼前から除霊の予約が入っていた為、二人は解放されてすぐ現場へと向かう羽目になった。
精神的及び肉体的の両面から疲労困憊だったのに加え、これ以上に無いってくらい扱き使われた二人には非常にツライ一日だった。



また美神もおキヌも視線さえ合わそうとしなかった。会話は用件のみ。幾ら振っても梨の礫である。
それだけならまだしも、苦労を分かち合った(?)先生も美神達と同じ態度でしか接してくれない。
先生に喜んでもらえるよう頑張ったのにこの仕打ちはあんまりだ。
タマモとの当初の計画ではそんなことは想定外だった。




「おかしいわねぇ」




本当に不思議そうな――フリをするタマモ。
“そりゃあそうでしょうよ”と心の中で呟く。だってそれが目的だったのだから。
だからシロが食い下がってくるであろう事も全て想定内であり、その時の対処法もすでに考慮済みだった。
しれっとした顔でシロに言い放つ。




「角砂糖が多すぎたからじゃないの?」




あまりに的外れなアンサーに、シロの頭の上のカチューシャがカクンとずり落ち、銀製のタマスダレの花弁がはらりと散ったのであった。






                           ――――――第4話   和訳:『首輪物語』――――――        








                                         激臭もとい劇終




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