ザ・グレート・展開予測ショー

altering ―改竄―


投稿者名:とらいある
投稿日時:(06/ 4/ 1)



暖かく柔らかいそよ風が頬を撫でる。瞼越しに光を感じ取る。
目を開けると視界いっぱいに広がる突き抜けるように青い空と白い雲。そして。
上半身を起こして、ボーっとした頭で考える。




『あ、そうか。今日はハイキングに出掛けてたんだっけ』




お昼を食べてそのまま眠っちゃったんだった。
お弁当のお稲荷を食べ過ぎて少々お腹がくちい。
ちょっと離れた所で子供がはしゃいでいるような声が聞こえる。




「ん、起きたか?」




すぐ近くで私に話しかける声がする。柔らかい日差しを大地に降り注ぐ太陽よりも暖かく柔らかい声。
少なくとも私にはそう聞こえる。




「全く、子供ってのはなんであんな元気なんかな」




愚痴るように言ってはいるが、全然嫌がっている感じはしない。寧ろ感心しているような感じだ。
さっきまで振り回されていたらしい。体中芽吹いたばかりの雑草まみれだ。
全く・・・子供と物の怪には好かれやすいんだから
物の怪である私が言えた立場じゃないけど。



大きく伸びをして欠伸をしながら後ろに体を倒す。
背中越しに柔らかな下草の感触を感じる。




「喰って寝る、相変わらずグウタラだな。太っても知らないぞ?」
「普段動いているから大丈夫ですよーだ」




小さく舌を出しながら反論する。
影が差し次いで、ふぁさっと何かが掛けられた。
手にとって見ると野花で創られた花の首飾りだった。
上を見ると前かがみになってにこにこと擬音がつくほど零れんばかりの笑みで、愛しい娘が私を覗き込んでいた。




「お母さん、あげるぅ」




まだ拙い言葉遣いを一生懸命駆使して意思を伝える。
掛けられた花の首飾りは所々ほつれ、お世辞にも上手とはいえない。
でも私には世界で一番の宝物のように思えた。




「ありがとう、とっても嬉しいわ」




娘の頭を撫でると目を細めて気持ちよさそうにしている。
金色の髪が指に馴染んだ。




「おーい、早く来いよう」
「あ、お兄ちゃん待ってよー」




子供は気まぐれだ。
兄に呼ばれ置いていかれない様にと走っていく。
まだ細く柔らかい娘の髪が風になびいて揺れていた。




「ふっ、だいぶ懐かれているじゃないか」
「別に懐いてくれだなんて言ってないのにね」
「素直じゃないな〜」




そう言って傍まで寄ってきて隣に座る。
彼の手が私の肩に伸び、ナインテールの髪に顔を埋める。
鬱陶しいけど、全然嫌な気はしない。寧ろ心地よい。




「なぁ」
「ん、なに?」
「今、幸せかい?俺はタマモを幸せにしているかな」
「なに馬鹿な事言ってんのよ」




顔に埋めている彼の顔をこちらに向かせ、目と目を合わせる。
ちょっと恥ずかしそうな表情で見つめ返してくる彼に―――




「当たり前じゃない。私は今、最高に幸せよ」




私は唇を近づける。
愛しの彼―――ヨコシマは私の頬にそっと手を添えて、私の求めに答えてくれた。













思えばあの日、美神が風邪でダウン・おキヌちゃんもシロも帰省中の中、私とヨコシマで除霊に行ったあの日が全ての契機だったのだろう。
期限ギリギリ、というか期限日当日だったので私達だけで行く事になったのだ。
本当はもっと余裕があった筈なのだが、その除霊の直前になって急遽変更し、後回しにしている内に期限が訪れたからだった。


高額な依頼が入ったからそっちの方を先行したのだ。
除霊費用が高額ということは、除霊対象もかなり強力という事に繋がる。


だいたい高額なうちに来る時点で、もう他の同業者が失敗続きだったからに他ならない。
期限日より早く終われば追加報酬を支払うと言う依頼人の言葉に美神が反応しない筈もなかった。


張り込みから、実際の除霊まで延べ2日間。交代で仮眠を取ったりしたものの、仕事が終わり帰る頃には皆ヘトヘトだった。
勿論次の日には連日の張り込みで消化できなかった除霊を先に行う・・・筈が、1番最初に行うべき除霊の件を皆すっかり忘れ去っていた。


消化できなかった分と、その為に後回しにしていた分の依頼を消化しやっと落ち着いた頃、おキヌちゃんとシロが休みを求めてきた。
どちらも帰省。依頼が殺到して休みもロクに取れなかった為、二人は骨休めも兼ねて一度郷里に帰りたいと言い出した。


美神は除霊依頼が一段落を終え、暫く予定も入ってないことを確認して二人の帰省の許可を出した。
早朝、二人の出発を見送り残った美神・タマモ・横島の3人はお茶をしている夜に一本の電話が鳴り響く。




「あの〜除霊の方はまだでしょうか?」




比喩するなら、美神の頭の上を天使が飛び交っていた。
慌ててその場を取り繕い電話を切り、ものすごい速度で書類を確認。除霊済みという事になっていた。
依頼料は一千万にも満たない、美神に言わせるところ「しょぼい」除霊だ。
後回しにして行った除霊の依頼料はこれに比べ二桁も額が違う。だから忘れていたのだが。


書類の確認で期限が明後日の朝までとなっていたので安心する。
行こうと思えばその日の内に行っても良かったのだが、結局その日は道具の準備を行うだけで3人とも床に就いた。
だが、次の日の朝になって後悔する事になった。翌朝、美神が熱を出したのだ。
熱は39度台、立っているのもキツそうだ。


床に伏せる美神は率直に言って延期したいと思っていた。だがこの業界は信用が第一だ。
喩えその除霊対象が低レベルであったとしても契約の履行が原則だ。尤も、美神の場合怖いのは違約金だが。


でも、こんな状態だと迅速な動きをとることはおろか、まともに集中することさえ覚束無い。
注意力の散漫は死を呼び込む。出来る限り肉体・精神的にベストな状態で望みたい。
結局美神は私と横島のみで除霊するように言った。


『しっかり養生して下さいよ』『わかってるわよ』


そんな2人のやり取りを見て、私は何故かイライラする気持ちを押さえつけていた。




その日は素人が調べた霊の詳細などあてにならないというものだという事を、改めて実感させられた。
確かに敵を完全に甘く見ており集中力に欠いていたというのもある。
それまでの連日の除霊作業の為、私達の力は回復しきっていなかったというのも要因の一つだろう。
だがその結果私達は追い詰められてしまった。


壁際に追い詰められた私に、死の刃が襲い掛かる。
ヨコシマは私を守るためサイキック・ソーサーを盾に、身を挺して守ってくれた。
だがいつもとは比較にならぬほど弱々しいソーサーはあっけなく貫通され、ヨコシマの血飛沫が辺りを舞う。


ヨコシマが稼いでくれた僅かな時間の中で、ありったけの力を込めた劫火は悪霊を残渣が欠片も残らぬほどに焼き尽くした。
急いで持っていた携帯で美神に連絡を取り血に濡れ横たわるヨコシマを懸命に看る。


やがて救急車と共に駆けつけた美神は、そのまま搬送先の病院へ私と共に急行する。
何とか一命を取り留めたヨコシマに好意を抱き始めたのはその頃だ。
そして私とヨコシマが付き合いだすのにそう時間は掛からなかった。
とんとん拍子で関係は進んでいき、やがて私はヨコシマの子を身篭る事になる。
様々な紆余曲折を経て、現在に至るというわけである。













ヨコシマが唇を離し、私も閉じていた瞼を開ける。
恥ずかしそうに視線をちょっと逸らしている。クッと笑いが込み上げる。
あんまり見つめていると可愛そうだから、なんか話題を振ってあげようと思った。




「そうだ。今度シロやおキヌちゃんを事務所に呼ぼうよ。最近全然会ってないから寂しいわね」




帰省したまま何故か帰って来ない二人に思いを寄せる。
家庭の事情かなんかだろうけど一言も無しというのは寂しすぎる。
それに自慢の子供達を見せてやりたい。

そんな私をキョトンとした目で見つめるヨコシマ。
本当に不思議そうに、私を見ている。




「あー・・・、えーっと。何て言うかその・・・タマモさんよ」




何と言って分からない、というより言っていいモノか悪いモノか・・・そう判断しかねる表情であった。
私はなんでヨコシマがそんな顔をしているのか分からなかったが、うやむやにされるよりは・・・と思い、先を促した。
ヨコシマの滅多に見られない凛々しい真顔にドキッとさせられた私だったが、それ以上にヨコシマの先の言葉に心臓を握り潰された様な感触を味わった。




「シロもおキヌちゃんもずっと事務所にいるだろ?最近じゃひのめちゃんも来るじゃないか」




その言葉と共に、なにか得体の知れない波動のようなものが私を襲う。




「くっ」




ヨコシマの口から出た言葉が力場を起こし私に襲い掛かってくる。
それが言霊だということを瞬時に理解できた。
心と精神をガードし、言霊の浸食を防ぐ。




「お、おいタマモどうした?大丈夫か?」
「くっ、触らないで!」




心配そうに覗き込むヨコシマの視線から顔を背ける。差し出された手を振り払う。
目を見たら駄目だ、視線を合わせたら駄目だ。触れたら駄目だ。書き換えられてしまう。
本能が何故か、訳の分からない警告を発して今の状況を懸命に阻止している。




「・・・・・・・・」
「なんなのよ、一体・・・」




私を襲った侵蝕は止んだが、心と精神のガードをまだ完全に解かぬまま思考を巡らす。
さっきの波動は一体なんなのか。
私はシロとおキヌちゃんが未だに帰ってこない事を考えていた事に関係があるのか。
そもそもなんでヨコシマと違う意見が出るのか。




「確かめよう」




再び心と精神に堅固なガードを築き、思考の海へと潜っていった。ヨコシマが何か言おうとしていたが、かまわずにいた。
深く、より深く思考の海を潜るほど、多くの矛盾や疑問点が湧き上がってきた。






仕事が連続で続き、慰労のため帰省した2人。でもGWでも春休みでもなんでもない時期に、なんで帰省したのだろうか。おキヌちゃんはまだ高校生だ。学校が有るというのに。

―――――――――それに帰ってこなかった。







なんで美神は『あの日の前日』ヨコシマを事務所に泊めたんだろう。美神の性格なら、追い出してでも帰した筈なのに。

―――――――――そういえばヨコシマは何処で寝たのだろうか。







風邪でダウンした美神とそれを介護するヨコシマ。そもそも他人を、それも男を自分の部屋に入れるなんて事を美神がするだろうか。

―――――――――そして、除霊に行くヨコシマと何故キスを交わしたりする必要がある?風邪だから伝染るかもしれないのに。









ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ

ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ

ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ

ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ ナゼ








その時大きく体を揺さぶられ、思考の海から引き上げられる。
ヨコシマの心配そうな顔が私を覗き込む。
一瞬安堵しかけるが、すぐに違和感を感じてしまう。
私の中で拒絶する強い気持ちが急速に湧き上がってくる。





ヨコシマの表情が

ヨコシマの立ち振る舞いが

ヨコシマの仕草が

ヨコシマの気遣いが

ヨコシマの・・・





チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  


チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ  チガウ チガウ  チガウ  チガウ  チガウ


オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ


オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ  オカシイ




本能が訴える、これは紛い物だと。
そして本能が訴えているものは絶対だ。


私は素早くから距離を置き、体勢を立て直し力を解放する。
周囲の風景が私の力によって、まるで陽炎のように歪められる。
大地に生えた植物を押しつぶし、更に大地を陥没させる。


殺気を纏わせながら『ヨコシマのようなモノ』に鋭い視線を向ける。




「アンタ何者?」
「おいおい、まだ寝ぼけてるんじゃないか?穏やかじゃないぞ」
「・・・・・・」




苦笑を浮かべながら『ヨコシマのようなモノ』は両手を挙げて無抵抗の意を示す。
その笑みは私のよく知っているものだが、どこか違和感を感じる。
鋭い視線を外さないまま更に力を解放する。
ビシィと転がっている石が開放された力に耐え切れず、粉々に潰れる。


ヨコシマの姿をした紛い物は小さくため息をつくと、右腕を高く上げ指を鳴らす。
すると、私の居る世界にそこかしこに罅が走る。
空も、大地も、何もかも。
そして硝子の割れるような音が大きく鳴り響き、私の見ていた・聞こえていた・感じていた世界は――――――――崩壊した。


思わず閉じていた瞳を開けると、そこには何も無い、黒一色の世界。
闇を、更に黒く塗りつぶしたような純粋に真っ黒な世界。
その中に私は浮かんでいた。


浮かんでいるというのは語弊が有るかもしれない。
浮遊感も重力も何も感じ取れないからだ。
『存在していた』と言う方が正しいかもしれない。


その中で、私の正面には、あの紛い物が今度は私そっくりの姿で存在していた。
私より少し年が上かもしれない。長い金髪は足に届く位まで伸びている。
顔立ちも私よりも少々大人びているようにも見える。




「アンタ何者?」




先程と全く同じ問いをぶつける。だが先程のように力を解放していない。
私そっくりの『ナニモノか』は私の向ける鋭い視線を、憐れむ様な目で見ている。
それが、無性に気に食わなかった。




「答えなさい、アンタ何者なの!?」




右手に力を集める。だが殺りはしない。
殺るのは納得のいく説明を受けてからでも十分だ。
だが『ナニモノか』それには答えず、黙したまま今度は手を打つ。
パンッと乾いた音が周囲の黒に溶け込むように、私の右手の力も雲散した。




「私の力を操る・・・お前はナイトメアの類か!」




何時の間にか寄生されたのか覚えが無いが再び臨戦態勢を取る。
その様子を、どこか憐れみの篭った目で見つめる『ナニモノか』



『どうする?』



どのタイミングで飛び掛るか考えている時に、それまで沈黙を保っていた『ナニモノか』が初めて口を開いた。




「なぜじゃ。何故抗うのじゃ。夢を見たままであれば、そなたは幸せで在り続けたものを・・・」




古風なイントネーションと言葉遣い。
遠い昔に聞いたような、どこか懐かしい響きに、私はそれだけで気付く事ができた。




「まさかアンタは・・・」




―――玉藻前



最後まで声はでなかった。だが正面の『ナニモノか』は小さくだがはっきりと縦に頷いた。




「なんで、あんたが・・・?」




前世の私が、何故私の前に現れ、幻覚を見せるのであろうか。
前世は前世であって、今の私とは関係無い筈なのに。
私の考えを見透かしていたのか、玉藻前は首を小さく横に振りながら言った。




「それは答えられぬ。言ったが最後、引き返すことが出来なくなるでな」




私の中で疑惑が渦を巻く。
当然だが、前世に敬意を表すつもりなど私にはサラサラ無い。
再び力を解放しようと右手に力を籠める。だが、思うようにうまくいかない。




「何故邪魔をするの?私は真実を知りたいだけ。他人に自分の運命を握られるのは嫌なのよ」
「自分の半身が後悔すると知っていて、それを手助けするような事はしたくない」
「私は私、あんたはあんた。何百年も前に死んだ者の指図なんて受けないわよ!」




再び力を解放する。
私の物言いに表情こそ変えぬものの、動揺しているのか力の解放・収束が今度はうまく出来た。
指先一点に力を集中させ、雲散される前に射殺せる様に構える。




「貴方の手打ちと私の狙撃。どっちが早いでしょうね?」
「よせ・・・。そんな事をしてもお主自信を傷つけるだけぞ。我らは同一のもの、片方が崩れればそなたもどうなる事か分からんのだぞ!?」
「そんなことは百も承知よ!私は真実を知りたいだけ。幻覚で隠された向こう側に有る真実を知りたいだけよ!」
「・・・・・・・」




玉藻前は項垂れた。やがて表情を上げると――――涙を流していた。
私はそれには驚かされたが、構えは解きはしなかった。




「我は近衛兵の様な者だ。そなたの心の崩壊を防ぐ為の」




そういって体を横にずらす。するとその遥か向こうには、闇の中で唯一ぼんやりと輝く光があった。




「行くが良い、そしてその耳目で感じるが良い。だが忘れるな。我はどんなことがあってもそなたの味方ということを」




玉藻前の横を私はすり抜け、私はぼんやりと光る光に向かって突き進んだ。
本能が言っちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ、と警告を出す。
先程と違い私は本能が引き止めに耳を貸さず、遂にパンドラの箱を開けてしまった。
だが、その中には希望など入ってはいなかった。













美神とヨコシマの二人が付き合いだしたのは何となく分かった。
別に二人が宣言したわけでも、あからさまに互いの態度が変わった、というわけでもない。
ヨコシマはいつもの事ながらセクハラ紛いの、というかそのものを敢行するし、美神も相変わらずで手加減というものを一切排除した折檻をする。
ヨコシマは相変わらず貧乏だったし、美神も相変わらずドケチで守銭奴だった。


だがなんだろう・・・雰囲気が違うのだ。
他にも不意に見詰め合っていたり、体の一部分、この場合は指とか肩などを相手の体に密着させたりしていた。


2人の心の機微を最初に感じとったのはシロだった。
子供だと言われながらも、最も敏感だったのだろう。最初は美神に対抗心からか負けじと、いつも以上にヨコシマに引っ付いたり散歩を強請った。
最初はそれだけで済むだろうと思っていたのだが、すぐに転機は訪れた。


男女間の関係の中で大の大人が『仲良くしましょ』で済むはずが無い。往々にして肉体関係を伴うものだ。
勿論それは美神とヨコシマの間にも例外なくあった。


不運な事に、それを目撃してしまった者がいる。そう、おキヌちゃんだった。
お互いを一つのベッドの中で求め合っている正にその時、美神を尋ね部屋に入ってきたおキヌちゃんは2人の関係を知ってしまった。




「ご、ごめんなさい」




逃げるように走り去るおキヌちゃんを、2人はただ呆然と見ていることしか出来なかった。
美神の部屋は防音処置がなされ、扉には鍵が掛ける事が出来るのだが、情事に耽る余りにそれを忘れてしまっていたのだ。


その日おキヌちゃんは宛がわれている部屋に閉じこもり一回も顔を出すことが無かった。
次の日の朝、目の下を隈で縁取り、ぎこちない笑みを浮かべながらも、普段どおりのようなおキヌちゃんがいつも通り食事の準備をしていた。


おキヌちゃんに関係が露見されたことを切っ掛けに、次第に周囲の目を憚ることなくなる2人。
心が深く沈んだままのおキヌちゃんと、お互いに夢中でそれに気付かぬ2人。
次に動いたのはシロだった。


考え方など確かに子供っぽい所はあるものの、シロも女の子なのだ。
美神とヨコシマの関係が、子供心に羨ましくあり、自分の物にしたいという独占欲が強く働いたのかもしれない。
シロは考えに考え、悩みに悩みぬいた末に一大決心で、夜中にヨコシマの部屋を尋ねた。
そしてヨコシマに強請った。ヨコシマと美神が行っている事と同じ事を。


詳しくはそれ以上は知らない。だが夜中に上半身が裸のままで涙を流し、嗚咽しながら帰って来た事から迫ったものの拒否されたんだな、と何となく察した。
シロはその日以降、ヨコシマに引っ付くことも、散歩に誘うことも、それどころか話しかけることも無くなった。
おキヌちゃんとシロは深刻な顔で2人だけで話す事が多くなってきた。美神もヨコシマもお互いを求め合って気付くことも無かった。
事務所は今まで以上にギクシャクした関係が続く。会話など事務的な事以外は殆ど無い。



そして破局へと繋がっていく。




「実家に帰らせてください。少し思うところがあるんです」
「拙者、暫く帰省しようかと思うでござる」




書類整理をする美神に、2人は沈痛な面持ちで同時に切り出した。
説得に掛かる美神。先にお金の件を持ち出すのは彼女らしいといえば彼女らしいが。


だが2人の決心は固く、美神もそれ以上の説得を断念した。
既に荷物を纏めていたらしく、部屋にはいつでも運び出せるように梱包された荷物しかなかった。
学校の方にも連絡をして転校手続きも済んでいるらしい。後は住民票を移すだけ。
用意周到な2人に美神もヨコシマも呆気に取られていた。
美神に実家に帰る旨を告げた次の日には、2人は事務所から姿を消した。


それからが大変だった。
私を含めた5人で除霊作業の予定を入れていたのだ。
それぞれの得意分野で配置を振り分けたり、あるいは2チームに分けて除霊をしていたのだ。
戦力が4割減、しかも得意分野の喪失。
期日だけは迫ってくる。この業界は信用が第一だ。遅らせる訳にはいかない。


日夜を問わず依頼をこなす為走り回った。
仕事は都内だけとは限らない。
長距離移動の末、除霊。時間が無いから一泊もしないでそのまま別の場所へ。
そんな嵐のように忙しい2週間を終え、漸く一段落がついた。


得られたお金の計算を唯一の糧として頑張った美神。その楽しみを味わおうとした所で野暮な事に電話が鳴り響いた。
小さく舌打ちした美神は電話を取り、対応の後目に見えて分かる位にガックリとしていた。
それは除霊の催促の電話だった。
額の小さな除霊だった為、忘れ去っていたのだ。


翌日の夜零時までだったので、その日は解散することになった。
だが美神の糧がお金だったように、ヨコシマの糧は美神とチョメチョメする事だったらしい。
結局ヨコシマは美神の部屋で一夜を明かした。


疲労が溜まっているときに、更に疲れるようなことをしたせいか、何も着ない状態で床に就いたせいか分からないが、美神が風邪を引いた。
結局、原因でもあり健常者でも有るヨコシマと私だけが行く事になった。




「しっかり養生して下さいよ」
「わかってるわよ」




ヨコシマは本当に心配そうに美神を気遣う。
美神は熱の為か、ヨコシマの真面目な顔の為か、そのどちらか分からないが顔を真っ赤にしていた。
そして交わされる口づけ。
その2人を、私は扉の影から無表情に見つめていた。


関わりたくなかった。だから私は美神とヨコシマの仲を見ないフリをしていたし、おキヌちゃんやシロの慟哭を黙って見ているだけに留まった。
確かに私の生活環境は日々悪化していったが、私の居場所は此処しかないのだから仕方が無い。我慢していた。


でも本当にそうだったのだろうか?そう言い切れるのだろうか。
私はヨコシマを憎んでいたのかもしれない。
私はヨコシマを愛していたのかもしれない。
私はヨコシマに愛されたかったのかもしれない。


でもそれを確認する術はもう無い。
絶対に『避けることの出来る』悪霊の攻撃に身を任せる私を守るべく、ヨコシマが私を庇う。


宙に飛び散る鮮血、壁に叩きつけられるヨコシマの体。
それを見た私は温存していた力を解放。悪霊を塵一つ残さない程焼き尽くす。


床に横たわるヨコシマを、私はどんな状態で見つめていたのだろう。
止まることの無い出血と、ありえない方向に捻じ曲がった四肢。
呼吸は途絶え途絶えで助かる見込みなど全く無い。


それを見て、自分でも不可解だった自らの行動原理が漸く分かった。
そうだ―――私はただ嫉妬していただけだったんだ。


おキヌちゃんよりも、シロよりも早く、私は2人の関係に気付いてしまった。
仲がよい2人目の当たりにして、ヨコシマの横に私が付け入る隙も無いと分かり、いっそのこと何もかも壊れてしまえばいい、そう思ったんだった。
美神とヨコシマの情事の最中を見計らって、おキヌちゃんに美神の部屋へと誘導したのは私。
ヨコシマが拒絶することを知っていながら、シロをけしかけたのも私。
身を挺して防ぐであろう事を見越して、悪霊の攻撃に身を任せたのも私。



嫉妬・・・・それが私が漸く見つけ出した解答だった。




「ぁ・・・・うぅ・・・・」




ヨコシマが何かを訴えかけている。
もう持たないだろう。せめて最後に遺言だけは聞いてやろう。
そう思って私は身を屈める。




「た・・・マモ・・・。だ・だいじょ・・うぶ・・・・みたい・・・・だ・・・な」




口から鮮血があふれる。酷く弱々しく咽る。
私はそれを何も答えずに黙って聞いていた。
だが次には、信じられない言葉がヨコシマの口から出てきた。




「ご・・・ごめん・・・な。お・・・おま・・え・・・の・・きもちに・・・・こ・・たえ・・・てやれ・・・なくて」




思考が止まる。
―――――今、ヨコシマは何て言った?


『私の気持ちに答えてやれなくて』  


頭の中でその言葉が何度もリフレインする。
何度も何度も言葉を頭の中で反芻し噛み砕き、意味を理解しようとする。
その意味を理解できたとき、私はヨコシマを抱き起こして必死になってヒーリングを開始する。
だが、最後の攻撃に必要以上に力を放ったせいか、ヨコシマの生命力がもう殆どないせいか、効果が殆ど現れない。




「しっかりしなさい!いつものあの不死身ぶりを見せなさいよ!」




その言葉にヨコシマは弱々しく笑うだけ。
血に塗れた手で私の頬を撫でる。その手の余りの冷たさに私はゾッとした。




「お願いよぉ、生きてよ。お願いだから生きてよぉ」




ヨコシマの胸元に顔を埋める。血で溢れ返っていたが関係が無い。
ヨコシマは私の髪を愛しそうに撫でていた。


懸命のヒーリングで、ヨコシマはほんの少しだけ持ち直す。
だが、それも僅かな時間だろう。
救急車を呼ぼうとする私の手を制して、少しでも最後の時間を一緒に居る事にした。




「皆の気持ちは・・・知っていた。おキヌちゃん、シロ、そしてお前の気持ちも・・・」




先程よりは語調がハッキリしている。だがそれも、ほんの僅かな時間だろう。




「でも俺は美神さんを選んだ。あの人は実は心が弱い・・・からな」




それは私も分かっていた。
強気でいて、実は脆い美神の心。
硬いが、非常に脆い硝子のような心だ。


お金という拠り所があって、初めて成立する弱い心。
でもお金は所詮お金。語らないし、心も通わすことも出来ない。


母・美知恵との再会。ひのめの誕生。父への理解。横島への淡い思い。
様々な要因が美神の心を成長させ、それと同時にお金では満たされない何かを感じていた。
美神の中での横島のウエートは大きなものとなっていたのだ。




「なんでよ・・・アンタの夢はハーレムだったんでしょう?」
「そんな女性に失礼な・・・・事・・・出来るわけ無い・・・じゃんか」




再び弱々しくなり始めるヨコシマ。
私はその言動に驚きながらも、それまで休めていたヒーリングを再開させる。


横島もまた成長していた。
愛するものとの死別。戦いの中での自分の占める重要性の自覚。護るべきものの存在の認知。
いい加減な性格は以前に比べればだが、だいぶ鳴りを潜め、責任感という自覚を持ち始めていた。




「おキヌちゃんもシロにも想いに答えられなくて悪いと思っている・・・でも、あの2人は大丈夫だと・・・そう思った。ちゃんと話す前に関係がバレちゃったんだけどな」




その言葉に私は頭を垂れる。
私が何もしなければ、2人は恐らくヨコシマの口から直接聞かされたことだろう。
そうだとすれば、もしかして今とは違った展開になっていたかもしれない。
今となっては全てが遅いのだが。




「でもタマモ・・・俺はお前は何とかしなくちゃいけないと思ったんだ。誕生したてのお前はまだ心も未熟だから」




私の心も、もっと成長していたならこんな事はしなかっただろう。
まるで欲しいものが手に入らなくて駄々を捏ねている子供そのものだ。




「お前の・・・周りは敵・・・ばかりだ・・・誰かが・・・・護ってやらないと・・・」




誕生してすぐ命を狙われた私は今でも正体がばれたら問答無用で殺されるだろう。
日常に潜む恐怖心と猜疑心から、心が歪んでいるのだろう。
ヨコシマはそれに誰よりも先に気付き、正しい方向に導こうとしていた。




――――――だが




「そろそろ・・・・限界・・・だな」




脱力しきった人間は重いというが、私はヨコシマを支えきれなくなった。
ヒーリングはもう出来ない。力を使い果たしてしまった。
呼吸の間隔が短くなっていく。




「タマモ・・・・ひとつだけ・・・たのみが・・・・ある・・・んだ」




か細いこえで私に嘆願する。もう聞き取れないほど小さく、弱弱しい声。
私は必死になってヨコシマの声を聞き取ろうとした。




「おれと・・・・みかみさん・・・の・・・こども・・・・よろしく・・・・たのむ・・・」




最後にその言葉を残して、ヨコシマは永遠の眠りについた。
私は最初、言葉の意味が分からなかった。
意味を理解できたとき、私の口からは悲鳴が上がった。













気が付くと私は元の真っ黒な世界の中で膝を抱えながら宙に浮かんでいた。
何も無い空虚な世界。だが罪深い私にはお似合いの場所だ。
全ての元凶は私、おキヌちゃんとシロの気持ちを陥れたのも私、ヨコシマを殺したのも私、美神を悲しみに突き落としたのも私




――――そして、ヨコシマの子供の父親を殺したのも・・・ワタシ・・・




私に・・・この世界にいる資格など・・・・無い・・・
瞼を閉じ、私は眠りにつく。
闇が、私をも塗り潰してくれと願いながら。




その様子を、少し離れた場所から悲しそうな目で見つめている者がいた




「現実に耐え切れなかったか・・・」




タマモの心が崩壊した瞬間に自己防衛の為か、それまでタマモの中で眠っていた玉藻前は覚醒した。
心を癒すため、幻覚を使いもう一人の現代の自分、すなわちタマモの壊れた心のリハビリを続けていた。
閉じていた心は徐々にだが開き、それと同時に心の成長を促していたのだが、まだ現実を耐え切るほどの強い心を持ち合わせていなかったようだ。


所詮自分は過去の名残。本来の持ち主のタマモに治って貰い、自分は眠りに就くはずなのだ。
時間が掛かるだろうが、いずれは時が解決してくれるはず。
だがそれまでは自分が全てを引き受けよう。




「ヨコシマ、安心召されるがよい。タマモが目覚めるまで我が全てを引き受けよう。そなたの子供・・・真っ直ぐに育ててみせる」




静かに眠るタマモに簡単な術を掛け、玉藻前は先程タマモが向かった先とは真逆のほうへと向かう。
その先は、今居る処よりも更に混沌としている。
己に降りかかるであろう、幾多の試練も災いも、喜びも悲しみも何もかもを一身に背負うべく、玉藻前はタマモとして再び歩むのであった。












ポフッ


「?」


頭に何かが載せられる。
手にとって見てみると、所々ほつれているが可愛らしい花輪が載せられていた。




「タマモお姉ちゃん、それあげるぅ」




可愛らしい笑顔を浮かべ私に微笑みかける幼女。
あまりに可愛いので抱き寄せて頬寄せる。キャッキャッを嬉しそうにしている。




「おーい、早く来いよう」
「あ、お兄ちゃん待ってよー」




子供は気まぐれだ。
兄に呼ばれ置いていかれない様にと走っていく。
まだ細く柔らかい幼女の髪が風になびいて揺れていた。




「全く、子供ってのはなんであんなに無駄に元気なのかしらね」




隣で亜麻色の髪の女性が呟く。




「仕方なかろう、子供というのは元気の源のようなものであろうからな」
「確かにそうねぇ―――それよりアンタ、また古風な言い回しよ?」
「シ・・・馬鹿犬のがうつっているのよ」




そうだ、周りに違和感を与えぬように現代の言葉遣いを意識して使っているのだがなかなか馴染めない。
文学は得意な筈だったのだが・・・う〜む、日本語はムズカシイ。
とりあえずあれから戻ってきた同居人のせいにしておいた。許されよ・・・




「行け〜わんわ。早くとってこいよぉ」
「拙者は狼でござるのにぃ〜〜〜」




同居人の悲痛な訴えが風に運ばれて聞こえてくる。思わず苦笑が漏れてしまう。
隣を見ると、亜麻色の髪の女性もクスリと笑っている。




「おねーちゃん、もっと花輪おしえてぇ」
「そうね、じゃああっちに行こうか?」
「うん!」




ストレートヘアーの黒髪の女性が幼女の手を引いて、花のたくさん生えていそうな場所に移動する。



――――ヨコシマの死が、皆の結束へと繋がったのは皮肉な話だろう。

私達の前から姿を消した彼女達も、戻ってきてくれた。

それだけではない。、父親代わりに、と彼を知るあらゆる人物が私達を手助けをしてくれる。

あの子達に寂しいと想いはさせない・・・皆が共通した想いがとてもありがたかった。




「なぁ」
「ん、なによ?」
「今、そなたは幸せか?」
「ん〜」




ちょっと考え込む女性。
でも答えなんて決まっていた。




「正直、あの馬鹿が居ないというのは寂しいし切ない。でも・・・」




そう言って視線を前方に向ける。
黒髪の少女が、幼女に花輪の作り方を教えている。
その向こうには、自称:狼少女がワンワンスタイルで乗り物扱いされている。
双子の兄妹は溢れんばかりの笑顔でそこに居た。




「あの子達が居るから。私は・・・・大丈夫よ」




憂いも翳もない、純粋で暖かい笑みを玉藻前は感じ取る。
思わず目元が緩み、涙が溢れかえりそうになるが、空を見上げて誤魔化す。
突き抜けるように青い空とゆったりと流れる白い雲が視界に収まる。
溢れ出る涙は止めようが無く、流れるに任せた。
隣の女性は突然の涙に慌てふためき、ハンカチを探し出す。
私が涙を流していることを知った少女が母親を責め、母親はしどろもどろになっている。
そんな様子を、私は泣き笑いながら見ていた。



鳴呼、世界はこんなにも暖かいぞ。早く戻って来い・・・タマモ

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