ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 26 ―  [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 4/ 1)





ヨコシマ・・・ヨコシマ・・・



「んっ・・・何だよルシオラ」



ヨコシマ・・・私のこと、好き? 好きでいてくれる?

「当然じゃんか・・・どーしたよ、急に」

私もお前のこと好きよ。

 真っ赤な空。沈む夕日。
 東京タワーの上で、ルシオラは笑っている。幸せそうに、笑っている。
 もうちょっと近くへ、もう一歩だけ。ルシオラは笑っている。
 嬉しそうに、そこに佇んでいる。

ねえヨコシマ、またデートしたいな。こーゆー恋人同士のデート。

 お前は笑ってそこにいる。もう一歩だけ・・・もう一歩。

ヨコシマ、もう一度キスしたい?

 うーむ・・・こういう時は飛び付いてもOKなんでせうか・・・・・・もう一歩なんだよ。

「あのさ、ルシオラ」

ヨコシマは・・・私といて楽しい?

 言わずともがな。首をブンブン縦に振る。

私といて、幸せかな?
幸せでいられる・・・かな?

「お前こそ、どうなんだよ? 俺といて、幸せなのか?」

 ルシオラは笑って佇んでいる――――どうして近く、ならないんだ。

私、幸せだったよ。ヨコシマに会えて、ヨコシマといられて、幸せだったの。

「俺だって・・・なあルシオラ、どうしたん・・・」



「じゃあどうして私を見捨てたの?」

私、もうヨコシマと一緒になれないの。死んでしまったから。もう幸せになれないのよ。

 血の様に赤い空。
 ルシオラは笑っている。
 目も髪も口元も、全身を血に濡らして、笑っている。



ねえヨコシマ、私がいなくて幸せ?

 今まで着ていた黒のブラウスじゃない。ボロボロの戦闘用スーツ。
 ポタポタと赤い滴を赤い鉄の上に。

私、お前のことが好き。
だからお前の世界を守りたかった・・・でもその世界に私はいられない。
どうして、ねえどうして。

「やめてくれ・・・ルシオラ・・・」

 ルシオラは歩いて来る。一歩、また一歩、近付いて来る。
 何故か分かる、お前が次に何を言うのか。最後に何を言うのか。
 やめろ、聞きたくない。


 期待するかの様な怖れ。

 怖れるかの様な期待。



私ならお前の喜ぶこともっともっとしてあげられたのに・・・
私なら、他の誰よりもお前のこと好きでいてあげられたのに。

でも、お前は私に何もしてくれなかった。
私のいない世界を選んだ――本当はね、失望したのよ。
私はもう幸せじゃない・・・幸せになれない。

「やめろ・・・・・・っ!」



ねえヨコシマ、私のいない世界は楽しい?
お前を見てくれる人が誰一人いなくても、幸せ?

 やめろ、やめろ、お願いだルシオラ。やめてくれ。

「ヨコシマ、本当はね・・・」



 その先を、どうか言わないで。



 ルシオラはすぐ目の前で、怨みの真っ赤な目で、微笑みながら言った。








「本当はね―――――お前が死ねばよかったのに」




















「うあ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああ
  あああああああーーーーーーーーッッ!!!!」

 あらん限りの絶叫と共に彼は跳ね起きた。顔も、身体中も冷たい程に汗をかいている。

「あ・・・・・・・・・は・・・はあっ・・・」

 叫びが途切れても上体を起こした姿勢で、のけぞったまま口をぱくぱくと開き、荒い呼吸を繰り返す横島。暗く埃っぽい部屋の隅から、彼に声が掛かる。

「お目覚めか」

「ああ・・・随分久し振りに・・・・・・寝覚めの良い夢だ」

「とてもそうは見えねえんだけどよ・・・どう見ても飛びきりの悪夢って感じだぜ」

 顔を伏せ息を整えてる横島へ雪之丞は呆れた様に言う。だが雪之丞も彼の寝覚めのパターンが最近のそれとは違う事に気付いていた。
 今までは少なくとも目覚めた直後は静かに呆然としていた――暴れ出すまでは。それに、こんなまともな会話は出来ない。

「だからさ――ヤな夢見たから、起きた時には気分が良いんだ」

「ふん、なるほどな」

 悪夢を見るのは現実に立ち向かおうとする気力がある時。現実が夢と違う事を喜び、夢の通りにならない様にしようと心がファイティングポーズを取っている証。
 そんなどこかで聞きかじった言葉を思い浮かべ雪之丞は頷く。しかし、この場合は・・・

「ちょうど蹴りを入れて起こそうと思ってたとこだ。連中、もう出る準備してるぜ」

「げ、マジ・・・やっぱ、迅速やなあ」

 滑る様に寝床を抜け出して、横島は軽く伸びをする。雪之丞も合わせて立ち上がった。

「シロとタイガーも寝てるんだろ? 急がんとアカンな・・・他は?」

「全て順調だ。後は俺らだけってこった」

 横島は口元を歪めて笑う。悪夢だが・・・良い夢だった。
 あの夢はつまり、あれこそが今までの俺の現実。
 目が覚めてやって来る現実は、それと正反対――そう、今まで夢だったもの。
 夢と現実は、今夜、入れ替わるのだ。

「―――よっしゃ、行こーぜ」

 横島は雪之丞に言うとまっすぐ扉へと向かい、雪之丞が彼に続く。
 二人が部屋を出た後、ドアは音もなく閉まった。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 稀に通りかかるドライバーが見たなら、件の廃ホテルで改築工事が行なわれてる様にでも見えたかもしれない。
 ビニールシートが外され、建物全体を取り囲む足場が露わとなっていた。人気のない山中の夜だと言うのに、その周囲だけ煌煌と照明で照らし出されている。
 並ぶテントの一つの前へ集まった各ポイントの担当が、次々と美智恵に点検結果を報告している。美智恵は時折前庭と、その向こうで伸びる道路とを見渡した。
 作業を終えた職員達は警備に回り、ホテル周囲を蟻の這い入る隙間もない程に固めている。道路から敷地への出入口となる付近では十人以上の捜査官で張られた検問。

「二階二〇五〜二二五除霊連動異常なし。経路断線板異常なし」

「四階ホール、円陣霊力吸収遮断及び、外円回転凍結異常なし」

「同じく四階ホール、内円回転凍結及び、上階流通閉鎖陣及び、封霊維持連符異常なし」

「地下一階から一階ロビーにかけての連符ネットワーク異常なし、一階従業員休憩室にて除霊連動符二枚の劣化を発見」

「三階浴場及びレクリエーションフロア、除霊連動異常なし、経路断線板異常なし」

 報告を終えた順に美智恵は配置指示を与えて行く。現在最終点検を担当していた職員は殆どが結界内での除霊と装置解除の作業に取り掛かる予定だった。
 時計は20時半を回っている。美智恵は思案していた。先程から途絶えている定時報告――そろそろ西条を強く呼び戻すべきかどうか。
 西条は今、おキヌと一緒にいると言う。そして、路上で遭遇した神内を追跡していると。
 一旦は見失ったがおキヌの力で浮遊霊からの情報を集め、美神・神内両名の足取りに迫っている。かなり興奮した口調でそう言っていた。

「彼に・・・こだわり過ぎよ・・・」

 心の中で呟き、直接そう怒鳴りつけてやる事も検討している美智恵。
 初め横島達に協力し隠蔽工作も行なって来た西条がその罪を全て自白し、一転横島達の確保に回ったのは神内の存在あっての事だろう――引いては令子の。美智恵も薄々は感付いていた。
 娘が自分の意思で神内につくなら、それで良い・・・とは言わないが仕方のない事だと彼女は考えていた。だが西条にとってはそうではないのだろう。
 横島以上の問題と見なしているのかもしれない――だが、それはあまりにも個人的過ぎる。西条君は優先順位を間違えてるわ。
 このまま行けば西条抜きでも作業は順調に進められるだろう――このまま行けば。
 もし、横島達が乱入して来た時、彼がいなければかなり苦しい事になる。彼女が娘を呼ぼうと考えたのはその辺の戦力計算からでもあった。
 西条は美神に合流出来、連れて来る事が出来るのかもしれない。だけど・・・遅過ぎる。
 全ての報告者に配置を指示した美智恵は背後のテントに入る。テント内には二名の職員と無線機器や音響機器が置かれていた。

ヴン・・・ッ!

「――20時ジャストに当建築物における霊的装置の解除及び除霊作業を開始します。各系統は管制テントからの無線指示に従い正確な作業を進めて下さい。10分前にスタンバイの完了していない系統は報告する事」

 無線と各地に設置されたスピーカーの両方を使って、そうアナウンスする。もう一度同じ内容を繰り返しマイクスイッチを切ると、テントにいた職員の一人が彼女に問い掛けた。

「ねえっ、私は警備の方よね・・・どこにいれば良いの? まだ何の指示も貰ってないんだけど」

「まだ、ここにいて・・・呼ばれた時、私について来てちょうだい」

「どういう事?」

「つまり、あんたは追撃専門。万が一・・・・・・彼らが中に入った時の為の」

 美智恵はパイプ椅子に腰掛けると、テーブル上の時計を見つめる。
 19時46分、あと十五分弱。

 無線機から次々と飛んで来るスタンバイ完了の報告。
 もう一人の職員が煙草を吸っても良いかと美智恵に尋ねる。
 彼女は頷いたが、もう一人が露骨に嫌な顔をした為、パッケージを持つ手を引っ込めた。

 一組の系統がトイレから戻って来ない奴がいるとスタンバイ未完了を告げる。

 十分前。
 戻って来ました、スタンバイ完了ですと先程の系統から。

 出入口から前庭を見る。配置異常なし、不審者なし。五分前。

 四分前。美智恵に敬語を使わない職員が再び呟いた。

「何か・・・長いよね。こーゆー時」

「・・・・・・」

「アイツら、来ないのかな・・・本当に、来ないのかな」

「・・・来てほしいの?」

「そうじゃないけど・・・だって・・・・・・」

 何かを言いかけたまま口を閉ざした質問者をそのままに、美智恵は無線機のマイクを目の前に置く。
 二分前。
 一分前。
 誰の会話も入ってない無線機はノイズ一つなく静まり返っている。
 通話ボタンを押しながら口元をマイクへ寄せた。

「これより、解除及び除れ―――」


―――プァンッッ・・・・・・


ワァアアアン ヴォン ヴォヴォヴァン・・・


ヴオォンヴオォンヴォヴォヴァン、ワンワンワンワンッッ
ヴォンッヴォンッヴォンッヴォンッヴォンッ、

ヴオオオオッヴオオアアアアーーーッヴォンッヴオオオオオアーーーッパアーーーーーーッッ

ワアアアアアッワアアアアッヴォアッ―――
ヴォンヴォンヴォンヴオアッッ!!


「おい何だお前ら・・・」

ヴァンヴァンヴァンヴァンヴァンヴアアッッ!!
ヴアアアッヴアアアッヴアアアッ、パアアアアアーーーーーァンッッ!!

 遠くから突然響き出した複数――二十台以上と思われるバイクの音。排気管とクラクション、ホーンの音。
 またたく間に近くなり、割れる様な轟音となって空気を支配する。
 美智恵はマイクスイッチを切って席を立った。

「ここで停まるな! 立ち入り禁止だぞ!」
「何のつもりだ!? 何しに来たお前らあっ!!」

 検問の捜査官が上げる怒鳴り声は、即座に排気音で掻き消される。排気管が改造されているらしく一台一台の音が異様にけたたましい。
 爆音の合間に聞こえるのはGメン職員のものとは違う、甲高く攻撃的な怒鳴り声。

「うるっせえんだよオヤジィッ、引っ掛けんぞオメーッ!?」
「おら、触んじゃねーーよ、セクハラで通報されてーのか」
「おらあああっ、着いたぞおおおっ」
「っだよ、何かやってんぞ」
「オバケ見えんのかよーーーっ!?」

 美智恵がテントを前庭に出ると、道路付近に人だかりが出来ている。彼女以外にも数名の捜査官が早足でそこへと向かっていた。
 人だかりの端に騒音源であろうバイクが僅かに見える。それに乗っている招かれざる客の姿はまだ見えて来ない――横島か、その仲間が来たのか。
 しかし、それとも何か様子が違う。美智恵は検問に着くと受け持ち捜査官の一人に尋ねた。

「何事なの!?」
 
「地元の暴走族です! 肝試しに来たと言って敷地に侵入しようと・・・」

「地元じゃねーよ! 東京の本部だあーっ!」
ヴォンヴォンヴォンッ!

 バイクに乗った一人がそう怒鳴りながら何度も空ぶかしする。
 声の主はどう見ても16〜17才くらいの少女――彼女だけではなく、集まってる族のメンバー全員が十代後半の少女で――所謂レディースだった。
 普通の服を着ているのもいれば、特攻服姿の者もいる。予想したより人数が多かった。五十人近くはいるだろう。

「ビビってる地元の支部に気合入れてやりに来たんだよ!」

「“*****”もだっらしねーなあーっ。ヤローのくせにオバケ見てバッくれてんだろ!?」

「おら、テメーらまでビビってたら話になんねーんだっ。こーゆー時こそウチらが気合い見せてやんだよ、分かってんのか、っらあ!?」


 少女の一人が嘲笑混じりに口にしたチーム名は美智恵にも聞き憶えがあった。かつてこの廃ホテルを溜まり場にしていた族。
 ここの異変と共に一帯を集会ルートから外したと資料にある。つまり彼女達はその族とは全く別のチームという事か。
 空ぶかしした少女は美智恵を鋭く睨みながら、小馬鹿にした口調で聞き返す。

「何だよババア、テメーらこそこんなとこで何やってんだよ。オバケに食われちまうよーー!?」

 キャハハハハと笑い声がその少女の周囲で湧き上がり、勢いで再びそこらから割れそうな排気音が轟いた。

「―――私達は国際刑事警察機構・超常犯罪課です。現在極めて霊的に危険な状態にあるこの施設の除霊・復旧を行なっています。霊能技術行使法に基づき、ここへの民間人の立ち入りは現在禁止されています」

「オカルトGメン・・・オマワリのGSかよ」

 美智恵が努めて冷静に告げると、少女達は顔を見合わせた。その反応に美智恵は微かな違和感を憶える。
 偏見かもしれない――けど一般人にしては、特にこの手の連中にしては、霊能業種への理解が早過ぎないか。
 GSだのオカルトGメンだのなんて名称、普通そんなにすぐ浮かぶものだろうか。
 真っ先に思いついたのは自分達もやった事のある集団偽装。この中に紛れているのか・・・この全員が?
 いずれにしろ、一人も入れてはいけない。

「通行車両の妨げとならない様、速やかにこの場から離れなさ・・・」

「あのさ、ウチらを入れろよ。ウチらでここのオバケまとめてシメてやんからよ」

 美智恵の言葉を遮りつつ続けて出される少女からの要求。

「そうそう、うちらバックレたヘタレと違うからさ。もうボッコボコぉ? GSデビューすっか。なー入れろよ。あの中にいんだろ?」

「何バカな事言ってるのよ、あなた達。いい加減にしなさい。これは子供の喧嘩なんかと訳が違うんだからね」

 呆れつつも強く言い聞かせる様な美智恵の返答。しかし、その口調に馬鹿にされたと感じたのか少女達は一斉に激昂する。

「ああっ!? ナメタ事言ってんなよババア、テメーから成仏させちまうぞ!」
プワンッ! ワァンワァンワァン! ヴワァァッ・・・!

「上等か!? 上等かよテメーら!? 上等なんだよこっちはあ、オバケだろーがケーサツだろーがそんなんで引くとか思ってんじゃねーぞ!!」
ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォンヴォォンッ!!
プワァァァップァップァップァッッ!!

「どけクソポリGS。行くぞ、このまま突っ込んじまえ。支部も引いてんなよ―――こっちゃあ総長がバリバリのプロGSから気合い貰って来てんだ。一文字さんになった気で行けやあっ!!」

「いえーーーいっ!」 「うぃっす!」 「っらあっっ!」

 爆音と少女達の怒声が一斉に上がる。勢い次第では検問を突破されてしまう可能性が十二分にあった。
 検問付近に前庭にいた捜査官の大半が集結する。
 両者睨み合う緊迫した空気の中、美智恵は拾った単語を少女に聞き返した。

「一文字・・・? GS・・・GSですって? アンタ達、どこかのGSと何か関係が・・・」

「はあ? 知らねーのかよ、一文字魔理さんって売り出し中のバリカッケーGSがよ、ウチの総長の学中ん時のセンパイなんだよ!」
「気合入れるんなら今日ここでやると面白れーぞって話、してたもんな!」

 一文字魔理、よく思い出せない。だが全く知らない訳ではない気がする名前。
 美智恵が記憶を辿ろうとした時、彼女や捜査官達の右手に接近する別の音が響いた――少女達のバイクとも違う、大型車のエンジン音。
 検問手前で一台の大型バスが道の端に寄せて停車する。Gメンだけでなくレディースの面々も怪訝な顔でそのバスを見守っていた。
 バスのドアが開き、警備員を含む数人の軽装の男達が降りて来た。Gメン達はその中に横島の姿を探す――やはり、いない。
 向こうの彼らもこの状況に、理解出来なさげな呆然とした顔をしていた。
 ボソボソと仲間同士で囁き合っている。こりゃヤベえな。ああヤベえ。
 続いて降りようとしている者の存在に気付くと、慌ててそれを制止しようと向き直る。だがその人物は彼らの制止を軽く流しながら、トントンと跳ねる様な足取りで車外へと降り立った。

「うそ・・・・・・アレ、マジで・・・?」

 少女の一人が息を呑んで、その人物を凝視しながら呟いた。隣の仲間が合わせて答える。

「マジ。本物だよ・・・・・・近畿・・・剛一だ」

 一・・・二・・・三秒程の静寂の後、排気音とそれを上回る程の黄色い歓声が辺りの空気を最高レベルで震わせた。

「きゃああーーーっ、近畿くーーーんっ!!」
「ごーーーいちぃーーッッ!!」
「どこだ、どけ、見えねーよ!」
「テレビ? テレビかよ? 何、オバケ退治?」

「近畿くん、アレやってー、ねーーっ、アレやってよーーーっ!!」

 彼―――超人気トップタレント近畿剛一は、声を揃えてリクエストした数人の特攻服姿の少女達に視線を向けると、ポーズを取って今や彼の代名詞にもなっているセリフを決めた。

「―――府知事と同じ名前の、横山です!!」

「キャアアアアァーーーッ!!」

 彼めがけて殺到する少女達を何とか押し止めようとする警備員とロケスタッフ・・・と、Gメン捜査官。

「ここの悪霊も、GS横山にお任せくだ・・・っととっ」

 更に決めゼリフで場を沸かす剛一の肩を、続いて降りて来た中年男が掴んで引き寄せた。

「ごーいっち、これどーなってんのよ? お台場の奴らも逃げたいわくつきのトコで狙い目だってアンタが言うから、急遽来てみたのに・・・何か、色々いんじゃんよ」

「あら・・・いやあ、俺もよー分からんわ篠D。マジで雰囲気あるトコやったんやけどな・・・まあ、幽霊とかはマジでおるみたいやで」

「幽霊おるったってな・・・何か工事してんじゃん。でもってレディースいんじゃん。ちょっとスタッフこれだけでここは仕切れんだろ」

「篠Dのノリで何とかならんか? アレ、モノホンのオカGやで。ゲスト出てもらってさ・・・なあどうです、そこのおば・・・いや・・・セレブ、そうセレブな感じの奥様っ。見たトコ、あんさん隊長さんやろ」

「な・・・何ですか貴方達はっ!?」

 のんびりと会話するディレクターと剛一に、険しい口調で尋ねる美智恵だったが、三人とも殺到した少女達や制止するスタッフ・捜査官の中でもみくちゃになっていた。
 いくら超人気の剛一と言えど、この場にいる少女達全員が彼のファンだったりはしない。
 だが、間近に「有名な芸能人」がいるとなれば、例え普段好きじゃないタレントでも爆発的に大騒ぎするのが、彼女達集団の習性とも言えただろう。
 少女達の中には押し合いながら携帯を手にしている者もいる。なあ、今スゲーって、近畿剛一来てんだよ、あの幽霊ホテルだよ、いいから来てみろって。
 下手したら更に人数が増える、美智恵の脳裏をそんな不安も横切った。

「何って、あ、知りません? 『近畿時間20:51』の“GS横山・踊る心霊捜査線”。俺があちこちの心霊スポットに突撃するって企画なんやけど、今度このホテルでやる事になってなー」

「そ、そんな話聞いてません! それに、この状況で撮影なんか出来ると思ってるの!? 映画のGSだからって本物の現場ナメてると・・・」

「なあ、そこを何とか・・・」

「速やかに撤収しなさい!」

「ほら離れろ。向こうだ、向こうへ行け!」 「だから触んじゃねえつってんだろこの野郎!」
「近畿さん! 篠ディレクターっ!」
「アンタらもタレントにこれ以上近付くな!」 「何を言ってる、こちらは公務だぞ!?」
「とまれっ、押すな・・・将棋倒しになるっ!!」
「近畿くーーーんっ、こっち、こっち見てっ!」 「あたしまだ見てねえよ! どこだよGS横山」
「オラア! 誰にも先越されんな。早いモン勝ちでオバケぶっ殺すぞ!」
「離れて下さい! 離れて下さいっっ!!」

 誰もが入り乱れての大混乱状態。Gメンが、レディースが、ロケスタッフが道路上と検問内外全てを埋め尽くして、押し合い、掴み合い、怒鳴り合っている。
 美智恵が何とかその坩堝から一旦脱け出せた時には、Gメンの手によってロケバス側とバイク側に分ける感じで、何とか人が押し戻され始めていた。
 完璧な仕分けとはならずロケバス側にもレディースが7、8人残っていたが、剛一の周囲をスタッフと警備員が固めていたし、彼女達ももう殺到しようとはしていなかったので、取りあえず大事には至らなそうだった。
 二つに割れた人波に近付こうとした美智恵は、ふいに背後から声を掛けられる。

「何なの・・・・・・これ?」

「あら、アンタも出て来たの。ご覧の通り、ミーハー非行少女と芸能人・・・最悪の盛り合わせよ」

 げんなりした様に呟く美智恵だったが、口にそう出してみた時何かの警報が鳴るのを心の中で感じていた。
 しかし、その内容を把握するには、先程の押し合いと怒鳴り合いとでいささか疲れてもいた。
 美智恵の横に来た声の主は、最初にバイク側の見た目自分とあまり変わらない年格好のレディース達を見て、次に右のロケバスを見る。九房の金毛がふぁさぁっと揺れた。

「ねえ、アンタは一文字魔理って名前のGS・・・心当たりない?」

「ん・・・? おキヌちゃんの友達のでしょ? 横島の友達のデカイ奴と付き合ってる」

 美智恵は息を呑む。やっと思い出した。
 以前、おキヌと一緒にいる所で挨拶して来た事が何度かあった・・・自分にとっては、それだけの存在だった。
 心の中の警報が少し大きさを増す。その時、再び横で小さく、自分を呼ぶ声。

「ちょっと・・・・・・あの男・・・」

「何。タマモ、あんたもアイドルタレントとか興味あるの?でもダメよ、サイン貰いに行ったりとかしてちゃ。今はそんな事してる場合じゃ・・・」

 ロケスタッフに囲まれながらバスに乗り込もうとしている剛一を食い入る様に凝視して、口を開けてる彼女――タマモに美智恵は釘を刺す。
 しかし、タマモはその顔のまま首を横に振った。

「違うわよ・・・あの芸能人・・・・・・横島の幼なじみよ・・・」

「何ですって・・・本当なの!?」

「嘘じゃないわ。美神事務所に来た事だってあるらしいし、横島にその時のや子供の頃の写真、見せてもらったもの」

どくんっ―――――

 胸の鼓動に絡み付く様な警報、その内容が徐々にはっきりとした形を取り始める。

 左方向へ寄せられた族の背後にいるのは横島と縁のあるGS。
 右方向へ寄せられたロケ集団の中心には、横島の親友のアイドル。

 偶然やって来て、偶然両者が遭遇して、偶然大騒ぎを引き起こす――偶然にも今、この場所で――あり得ない。
 最悪の盛り合わせには、それを盛り付けた最悪のシェフがいる。

 横島君。
 だけど、何を狙って。

 前庭にいた捜査官。殆どがこちらに集結している。
 集まって、道路一杯に広がりながら左右方向へ、この馬鹿騒ぎを押し退けている。

 総出で固めている――検問口に誰もいない。
 道路にも、敷地側にも。まして前庭にも。

 その空白は道路を横切る形で一直線に伸び、その果て、道路向かいには―――

「―――――全員、元の配置へ戻りなさいっっ!!」

 美智恵は顔を上げ、声を振り絞って叫んだ。捜査官達の視線が彼女に集まる。

「しかし司令、こいつらが・・・」

「そんなのもう良いから早くっ! まずいわ、このままじゃ―――」



遅せーーよっ



ブロロロロ・・・ガサガサガサッ

ドルゥゥッ!!ザザザザザッッッ――――ッオォオンッッ!!



 道路の反対側を暗く閉ざす雑木林。
 木々の間を、繁みの中から、二台のオフロードバイクが前輪を上げながら飛び出して来たのは、その時だった。
 一台に横島とシロ、もう一台に雪之丞。彼らの眼前でアスファルトに着地したバイクは、そのまま緩やかなカーブを描きながら無人のゲートを突破する。
 そのままホテルの敷地内へと軽やかに滑り込んだ。

「なっ・・・・・・!?」

「横っち、きばってけや!」

 バスの乗車ステップに足を乗せたまま剛一が――銀一が、その背中へ声援を送る。

「確保――――確保ォッ!!」

 美智恵の号令でGメン達が二台を追い始めた時には、彼らはターンを切りながら足場の組まれた廃虚へと迫っていた。








   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―



今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa