ザ・グレート・展開予測ショー

待ち人祝わば (絶対可憐チルドレン)


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 3/28)




ピンポーーーンッ

 マンションの入り口で部屋番号を呼び出すも、応答はない。

「やっぱり、まだいないのかな・・・」

「いいよ皆本、あたし鍵持ってるし」

 薫がカードを差し込むと自動ドアが開いた。慣れた足取りで中へ入る彼女に、皆本、葵、紫穂の三人が続く。
 明石家の新居となったこのマンションに、今日は皆本とチルドレンの全員で来ていた。
 部屋のドアを開錠すると、薫は誰もいないその部屋へと三人を招き入れる。

「ま、上がれよ」

「じゃあ、お邪魔するよ・・・」
「邪魔するで」
「お邪魔しまーす」

 広いリビングに通され、三人は勧められるままソファーに腰を下ろす。
 皆本は手に提げ持った大きな箱をテーブルの上に置いた。それは一目でケーキの箱と分かるものだった。
 視線を落とし箱を見てから、皆本は薫に尋ねる。

「なあ、本当にこんなので良かったのか? もっと豪華なのの方が―――」

「家で祝う時は毎年そんなもんだよ。お前ら呼んだからデカくなってるぐらいだ」

 向かいのソファーに座り、キッチンの冷蔵庫からグラスとペットボトル、スタミナドリンクを“引き寄せ”ながら薫が答えた。

「芸能人の誕生日だからっていつもTVのパーティーみたいにするこたあないのさ」

「そうなのか?僕はよく分からんが」

 皆本はソファーの近くに置かれたマガジンラックに目を向ける。
 そこに立て掛けられた雑誌の一冊、その表紙に今日の主役の姿があった。

“KO寸前の究極SHOT! 写真集リリース直前、「yos-immigration」 明石好美 ”

 キャッチコピーの文字と一緒に写っている水着姿の彼女は、胸元を強調する様に寄せたポーズで、カメラの向こうへ挑発的な視線を飛ばしている。
 グラビアアイドルとして活躍中の薫の姉、好美。
 今日は彼女の22才の誕生日だった。




         ### 待ち人祝わば ###




「今日はこーゆーモンがあんのさ。ふっふっふっ、お前らコレはやり方知ってるかね?」

「わあ・・・薫ちゃん、そんなの持って来ると、本当にオヤジみたいよ」

 得意満面の笑顔で薫がどこからか取り寄せたそれは、花札のカード。

「あ、ウチ、少しならカジっとるで」

「紫穂は全然で、葵は少しか・・・トランプでは負け続けだが、これならそーは行かねーぞ。皆本はどーよ?皆本、おい皆本っ!」

 大声で呼ばれて初めて皆本は振り返る。そんな彼をジト目で睨む薫。

「そんな食い入る様な目でねーちゃんの乳見つめてんじゃねえよ。もうすぐ本物生で拝めるってのによ」

「イヤアアアッ!? 皆本はん、フケツーーーッ!」
「そんな怒んないの薫ちゃん。皆本さん、“薫もこのくらいになるんだろーな”って思いながら見てたんだから」
「誰が食い入る目かあっ!? 紫穂もでまかせ報告すんじゃないっ!」
「何っ、本当かあっ!? 安心しろ皆本、“このくらい”じゃない―――これ以上だあっ!!」

 胸を反らせてゲヘゲヘとオヤジ笑いの声も高らかな薫に、皆本が赤くなったり青くなったりしながら怒鳴る。

「本当じゃないっ! 何を安心するんだ何をーーーっ!」

 いつも通りチルドレンに振り回されっ放しの皆本。格好のオモチャである。
 だが内心、紫穂が今本当に自分の考えていた事を言わないでいてくれたのに感謝してもいた。
 薫が、本来家族だけで祝う筈の姉の誕生日に自分達を呼んだ理由。皆本はその事について考えていたのだ。
 その一つの答え、薫はやはり予感している―――今日、彼女の姉も母もここに帰って来ないかもしれないという事を。
 彼女の中には、自分が桁外れの力を持つ念動能力者(サイコキノ)であるが故に家族から避けられていると言う意識が、根強く残っている。
 多忙な芸能人、帰巣本能の薄い遊び人、そんな建前の影で自分を疎んじ家に寄り付かないでいるのだと。それが完全な思い込みに過ぎないものではなく、いくばくかの真実によるものでもあったから一層、事は深刻だった。
 きっと思ったのだろう。誰も帰ってこない部屋で一人、姉の誕生日を祝うために待ち続ける自分の姿を。
 だから僕たちがここにいるのだ。皆本はそう思い、もう一度雑誌に写った好美のスナップを見る。

「皆本ーーっ、そんなにねーちゃんの乳が気になんのかよ!?」
「イヤあああーーーーっ!」
「だーーかーーらあっ!!」





「ほいっ、花見で一杯っ!」
「あ゛ーーーっ!?」
「はい・・・紅葉に鹿」
「え゛え゛え゛ーー!? ・・・・・・バカなっ」
「僕も全然揃わん・・・」

 ルールや役を教えつつだった最初の二回こそは薫の一人勝ちだったが、葵と紫穂がそれらを覚えて行くと形勢は逆転し始めた。
 七回戦目では皆本にも抜かれドベに転落する薫。

「何だかとてもドチクショーーっ!どうあがいてもサイコメトラーとテレポーターと天才エリートには勝てないと言うのかあっ、富の偏在ここに極まれりぃ!」
「いや、平等だったらゲームにならんだろ・・・」
「薫ちゃん、嘆き方がまるで別の人みたい」
「それ言っちゃアカンで」

 ゲームも一区切り。手を使わずにカードを寄せ集め束ねている薫の表情が微かに曇った。

「薫ちゃん、もう一度やってみる?」

「ん・・・」

 紫穂の呼び掛けにも生返事の薫。皆本は時計を見る。
 夕方ここに来てから随分経つが、彼女の姉も母も帰って来る様子はない。女優とグラビアアイドル、そんな時間に帰って来られると思う方が変だが、それにしたって、早く帰るのが無理だったなら・・・

「な、なあ・・・もし、遅くまで帰って来れないんだったら、連絡とか入るだろ?」

「普段してねーよ・・・みんな、家にいないのが当たり前みたいなもんだしさ」

「いや、普段はそうだとしても・・・今日は特別な日だろ? お姉さんだってお前が家で待ってるって分かってるはずだ」

「よく分かんねーー・・・・・・この日に帰って来なかった事って・・・なかったから」

「・・・えっ?」



 少しでも安心させようと薫に声をかけた皆本だったが、帰って来た意外な答えに驚かされる。
 もう少し尋ねてみた。

「じゃあ、毎年、誰かの誕生日には・・・?」

「ああ。姉ちゃんだけでなく、母ちゃんの時も、あたしの時だって、そう決めた訳でもないのに毎年みんな揃ってた。特に姉ちゃんは―――」

 薫はマガジンラックに眼を移し、挑発的に微笑む姉のグラビアを一瞥してから一つ一つ、思い出を辿る様に喋り始める。

「姉ちゃんさ、あたしが物心ついた時にはもうあんな感じ。色気で男釣りまくってるってキャラでさ。モデルクラブにも入ってて水着の仕事も少しだけど始めてたんだ・・・でも、まだ学生でそんなに忙しくなかったから、あたしが念動力でもの壊したり誰かブッ飛ばしたりする度、母ちゃんの代わりにすっ飛んで来てあたしを叱りつけ、あちこち頭下げたりごまかしたりして回ってた」

「あの時みたいにか」

 皆本がそう聞くと、こくんと頷く薫。

「あたしは自分のした事を悪いとは思っちゃいなかった。でも、あんな風にいつもいつもあたしの代りに怒られて頭下げてるのを見てるとさ、何か申し訳なくなって・・・それで、まだ小さかったあたしは、姉ちゃんの誕生日の時、グリーティングカードに書かれてるハッピーバースデーとかの下にヘタクソな字で“いつもごめんなさい”って書いた」

 今でも小さいし字もヘタクソだけどな。思いつつも口には出さず、皆本は話の続きを待つ。

「で、それを渡しながら“おたんじょうびおめでとう、いつもごめんなさい”って言おうとしたんだ。だけど・・・いざその日になって姉ちゃんの前に来た時、あたしは“ごめんなさい”しか言えなかった。急に・・・怖くなったんだ。謝ったって許してくれないかもしれない。こんなあたしにおめでとうなんて言われたって嬉しくないかもしれない。姉ちゃんはもう、あたしが嫌いになったんじゃないかって」

「・・・・・・」

「ごめんなさい、ごめんなさい・・・そう繰り返してたら涙がポロポロ落ちて来てさ、しまいに何も言えなくなっちまった。だけど、姉ちゃん、しゃがんでカードを受け取るとこうぎゅっとあたしを胸で抱きしめてくれてこう言ったんだ。“・・・あんたの気持ち、ちゃんと伝わったよ。今までで一番もらって嬉しいプレゼントだった。これからも毎年こんな風に私を祝ってね、楽しみにしてるから”って」

皆本も、葵も紫穂も黙っていた。やがて口を開いたのは皆本だった。

「だったら尚更じゃないか。それなら、そんな繋がりがあるんだったら、お姉さんは必ず来る筈だろ? 何を心配することがあるんだ?」

「・・・・・・今年もそうだとは・・・限らないだろ?」

 薫の押し殺した様な返答。皆本はしかしと言いかけて、口を閉じる。
 最初受け入れ愛してくれた人にもいつか疎まれる。家族であっても例外ではない。
 超度の高い超能力者にとってそれは、珍しくもない、よくある話に過ぎなかった。
 気まずい沈黙があたりに圧し掛かる。その空気を払うかの様に、葵が明るい声で呼び掛けた。

「なあ、ウチも皆本はんの言うとおりや思うで。考え過ぎや。あんたらしくもない。しっかしエエ話やったなあ、しんみりさせてもろたわ・・・な、なあ、エエ話の後はテレビでもつけてまったりせえへんか?ちょうど今な、お笑いの面白いんが・・・」

 リモコンを手に取り部屋の隅の大画面モニターのスイッチを入れた葵、何気なくそこに注目した皆本。二人は同時に凍りつく。
 画面の中、司会のお笑いタレントグループが並んで談笑しているその中央には、ゲストらしき好美の姿があった。


「―――――!」


「好美ちゃん、今日は誕生日なんだって?」
「そーなんですよう、誕生日なのにお仕事で、祝ってくれる人もいないし・・・ここにいるみんなに祝ってもらおうかな?」
「もー任せてよ好美ちゃん、早速店押さえるから・・・二人だけのバースデイって、どうよ?」
「コラアッ! お前も仕事だろうが!   俺はこの後空いてるけど」
「俺ら同じスケジュールだろがっ! 何でお前だけ空くんだよっ!」「えー、でもこんな時誘ってもらえると嬉しい・・・カナ? ついてっちゃったりしてー、クスクス」



 紫穂も少し遅れて画面を凝視している。薫は――静かに、感情の見えない顔でTVの向こうの姉を見つめていた。
 やがて薫は画面から顔を背け、三人に向き直るとぼそっと呟く様に言った。

「じゃあ、戻るとすっか。みんな・・・」

「薫・・・」
「薫ちゃん」

「B.A.B.E.Lへ戻るだろ? なあもう良いさ、帰ろうぜ。あたしも、もう・・・・・・」

 言葉に詰まったまま薫は顔を伏せる。
 こんな時の為の仲間達。一人でこの結論に向き合うのは耐えられないから。とても辛過ぎるから。皆本は思う。
 自分達は今、最大限にここに呼ばれた意味を果たしているだろう、最大限に薫の役に立っているのだろうと。
 だけど・・・だけど、それは。

ガチャッ

 薫がソファーから立ち上がった時、ドアの開く音がした。

「ただいまー。あれ? 薫、あんた誰か呼んで・・・って、え?皆本さん?」

 足早に上がり込んだ好美は、リビングに揃っている皆本とチルドレンに驚きの声を上げる。だが、驚いているのは皆本達にしても同じだった。
 廊下に立つ好美と画面の中の好美とを呆然とした顔で見比べている。

「好美ねーちゃん・・・何で・・・」

 薫の呟きから、画面を見て彼らの動揺の理由を察した好美。呆れた様子で笑った。

「やだもう、薫、あんたまで何言ってんのよ? 生放送の訳ないでしょ? 一昨日くらいに収録したやつよ、あれ」

 彼女に続いて薫の母、明石秋江もリビングに現れる。

「どうしたの?」
「ちょっとママ、皆本さん達も来てるってば」
「あらっ、本当?」

 好美は薫の前へと来る。そのまましゃがみ込んで彼女に目線を合わせながら呼び掛けた。

「何よ、私が今日帰って来ないとでも思っちゃったの?」

「遅いんだよ・・・ねーちゃんのバカやろー・・・」

「あんたこそバカよ。私が今日帰って来ない訳ないじゃない。毎年楽しみにしてんだからね・・・あんたに祝ってもらえる誕生日を」

 うつむいたままの薫だったが、目に溜めた大粒の涙は皆本からも見る事が出来た。
 彼は立つと薫の後ろへと行き、そっとその肩を押す。うん、やはり仲間として役に立つというなら、こっちの方だ。そんな事を思いながら。
 振り返った薫に彼は頷きかける。薫は好美に向き直ると、ポケットに手を突っ込んでくしゃくしゃの――さっき握り潰してしまったグリーティングカードを彼女へ渡した。
 好美はそのカードを受け取った。薫は彼女がカードを開いた時、そこに書いたメッセージと同じ言葉を口頭で伝えた。

「ねーちゃん・・・誕生日・・・おめでと・・・う。これからも、迷惑かけるけど・・・いい子じゃねーかもしれない・・・けど、ちゃんとあたしのねーちゃんで・・・いて・・・くれよな・・・・・・」

 手元のカードを畳み、好美は薫を抱き寄せた。しばらくして腕の中から嗚咽交じりの言葉が聞こえて来る。
 堰を切って溢れた気持ちの言葉。

「ねーちゃ・・・ぐすっ、いつもごめんな・・・ありがと・・・ぐずっ」

「ありがとうはこっちのセリフだよ。あんたはずっと私の妹・・・今年もそれが私にとって一番のプレゼントだからね、薫」

 そう言いながら頭をぽんぽんと軽く叩くと、更に声は溢れた。

「ねーちゃん・・・ねーちゃ・・・あ・・・ひくっ、ぐず・・・」

「良かったね、薫ちゃん・・・」
「まあ盛り上がったなあ、一時こらアカンか思った分だけ余計にな」

 そんな風に話し合っていた紫穂と葵も僅かに貰い泣きの涙を浮かべている。
 皆本は心に思っていた。
 家族の誕生日。
 エスパーと普通人の問題、彼らに与えられた「終末の女王」の予知。それらの何をも直接象徴する事はないかもしれないありふれた日常の光景。
 だが、それらのものに立ち向かっていく上で、自分はこの一場面をやはり忘れるべきではないのだと。





「では、あの、ささやかながらですがこの子達を代表して僕からも・・・」

「あらっ・・・ありがとうございます皆本さんっっ!」

 余韻を残しつつも場が納まり、好美が薫から離れて立ち上がった時、皆本は彼女の前へと進み出た。
 先程の雰囲気とは打って変わって、目を輝かせつつ距離を詰めて来る彼女。

「皆本さんにも祝って頂けるなんて、今日は本当に素敵な誕生日だわっ」
「い、いえっ、本当にたいしたもんじゃ、あ、ありませんので・・・あくまでも、この子達と僕の4人からという形ですのでっ」

 今やほぼ密着状態で身を寄せてくる彼女にたじろぎながら皆本は、鞄から包装された小箱を取り出した。

「何でしょう・・・楽しみですわ。開けてみても良いですかあ?」
「あっどーぞどーぞ、本当につまらんものですのでえっ!」

「・・・ったってなあ、図書券セットちゅうんはいくら何でも色気なさすぎやで? まあ皆本はんらしいが・・・」
「でしょう? だから葵ちゃん・・・”きちんとしたもの”と取り替えてあげなくちゃね?」

 にやりと笑って頷きあう二人。よほど狼狽していたのだろう。鞄からプレゼントの箱を取り出した時、それが一瞬ぶれた事に皆本は気付かなかった。
 好美が包装紙を外し蓋を開くと、中から出て来たのは―――レースと花模様の刺繍がとっても鮮やかなランジェーリーセット。
 よく見ればブラのサイズも彼女にぴったり。

「まあっ・・・・・・!」
「え゛・・・え゛え゛え゛っっ!?」

 入れた憶えのないブラを高々と掲げられ、皆本の下顎は思いっ切り下へ落ちる。
 そのままで振り返るとにまにま笑っている紫穂と葵。横を見ると泣き止んでいた薫がまたジト目で睨んでいる―――その口元はあからさまに笑っていたが。

「ふふふ、みーなーもーとーぉっ・・・コレは当然、あたしの誕生日も期待して良いって事だよなあっ!?」

「お・・・おまえらああああっ!?」

「あら、じゃあ私も楽しみにしちゃおうかしら」
「イヤあーーーッ!皆本はんやっぱりフケツーーーッ!」
「何を言うかあっ、この実行犯があーー!」

 逃げるポーズをとる葵にビシッと指差してツッコむ皆本だったが、そんな彼に派手な下着を前に抱え持った好美が迫る。

「素敵なランジェリー、ありがとうございますっ。皆本さんって意外と大胆なんですね・・・早速着けてみても良いですか!?」
「え、ちょ、それは―――」
「私って、実はあまりレースの持ってないんですよ。だから似合うかどうか自信がないんです・・・ほらっ(ちらっ)・・・率直な感想、言ってくださいね?」

 皆本の間近で、微かに胸元を指でずらしてみせる好美。
 そうした誘惑に免疫のない皆本はただ固まるばかり。

「あ・・・あがっ・・・!?」
「ねーちゃん・・・皆本は、プレゼントじゃないからな・・・!」

 またもやゲヒャヒャヒャとオヤジ笑いしていながらも、姉に釘を刺す事は忘れない薫だった――――





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