ザ・グレート・展開予測ショー

チルドレン・アンド・ア・ボーイ 前編(絶対可憐チルドレン)


投稿者名:刀工者(仮)
投稿日時:(06/ 3/26)




――――それは思い
――――ちょっとした希望
――――でもありえない夢
――――そしていつからだろうか
――――それがすっかり変わってしまったのは
――――いまは絶対にそれを望まない














政府機関BABEL本部
その一角を占める医療部の一室の個室。
無機質な造りの室内には、活発そうな少女がベットで寝息をたて
その傍らには、眼鏡を掛けた青年が簡素な机の上にノート型のPCを置き
何やら小難しそうな作業をしている。


「…っん………皆本?」


ベットで寝ていた少女、明石薫は目を覚ますと目の前にいる眼鏡の青年。
皆本光一の名前を、確認するように呟いた。


「ああ、起きたようだね。気分はどうだ?」


一回りも年の離れた少女に皆本と、呼び捨てされたことを別段気にはせず返事を返す。
事情を知らない人がこの光景を見ればどう思うだろうか?
そんなことをつい考え、顔にださず苦笑する。


「ん、いまのところは。…いま何時?」

「午後3時を過ぎたところだよ。喉は渇いてないか?」

「そっか。あ、喉はちょっと渇いたかも…」

「分かった、待ってろ。すぐお茶でも―――薫?」


リクエストに応えるべく、飲み物をとりに行こうとするのだが。
薫の手がスーツの裾を掴んで離さない。


「あ……えっと、なんでもない…」


珍しく言い淀み、薫はバツの悪そうな表情を浮かべ手を離した。
その様子見た皆本は、薫を安心させるかのように優しく言い聞かせる。


「心配するな。飲み物をもって来るだけだから、すぐに戻るよ」

「…うん」


(―――らしくないな)
病気にかかると人は誰しも不安になるもの。
それはエスパーの中でもさらに特異な超度7の能力を持つ彼女とは言え、例外ではないのだ。
ましてや、彼女はまだほんの子供。
いつものような快活さが見られないのはむしろ、当然と言える。―――少々不気味であるが。
(―――薫がこんなに大人しくなるなんて、な)
薫の妙に素直な態度を不思議に思いながらも、特に深くは考えず。
適当な結論をだして廊下をでてすぐにある自販機に向かった。










買ってきたお茶のペットボトルを渡し、中断していた書類の処理作業に戻ろうとした皆本だが。
渡されたペットボトルを、ボーっと見ている薫に気付く。


「薫? 飲まないのか?」

「…え? あ、いや、そーじゃないんだけど…」

「どうした?」

「…っあ、葵と紫穂はまだ学校なのか?」

「ああ、二人なら一度帰ってきてまた出かけたよ、買うものがあるって。
 二人に用事でもあったのか? それなら携帯で―――」

「い、いやっ! いいんだ。大した用事じゃないから…」

「? そうか。ま、ちゃんと寝とけよ。君はまだ熱があるんだから」

「っわかってるよ!」


薫はそう言うと、持っていたペットボトルの中身を勢いよく飲みはじめる。
その様子をみた皆本は、ふっと笑みを浮かべ作業に戻る。
(―――ちょっとは元気になったか?)
空になったペットボトルを、僅かな駆動音をたてるPCの横にトンと置き。
作業を続ける皆本に背を向けるようにして、薫は横になる。
室内は僅かにあった喧騒をなくし、皆本がたたくキーボードの小気味好い音だけを響かせていた。














      ――――【チルドレン・アンド・ア・ボーイ】前編――――(絶対可憐チルドレン)















どれくらい時間が経っただろうか。
ディスプレイに表示されるデジタル時計が、16時を知らせている。
皆本は作業の手を止め、ふとベットで寝ている薫に目をやった。
薫は先ほどから身動ぎ一つせずこちらに背を向けて寝ている。
その様子を特に疑問に思ったわけではないのだが、皆本は、なんとなく思ったことを口にだした


「薫、寝てるのか?」


そう言い出すと同時に、皆本は自分の発言の間抜けさに気付き眉を顰めた。
どこの世界に寝ていることを本人に確認する人間が居るのだろう。
まるで、ジョークじゃないかと。


「…」


幸い返ってきたのは肯定でも否定でもない、沈黙。
返事がない以上は、やはり寝ているのだろう。
止めていた作業を再開しようと、キーボードに手をかけたとき


「…起きてるよ」


眠っているとばかり思ったお姫様は、しっかりと起きていたようだ。
キーボードをたたきかけた手を止め軽く息を吐いて。


「なんだ、起きてたのか。僕はてっきり寝てるのかと――」

「…皆本。お前さ、こんなところにいて仕事はいーのかよ」


台詞が終わらないうちに、彼女は背を向けたままぶっきらぼうに言い放った。
その突然な発言に一瞬面食らった皆本だったが、すぐに返事を返す。


「僕は、君たち【ザ・チルドレン】の担当指揮官だ。 
 名目上ではあるけど、一応君たちの保護者でもある。
 ここにいることも仕事の内さ。」

「……徹夜したりして大変なんだろ。いーからデスクでもなんでも行けよ」


相変わらず背を向けたまま、先程よりやや憮然とした声で薫は言う。
その返事に苦笑する皆本。
薫らしからぬ気遣いなのだろうか。
その不器用な物言いに、また心の中で小さく笑う。
だから、そんな少女に余計な心配させまいとして皆本は言った。


「大丈夫だ。溜まっていた書類も随分と処理できたし、報告書ももう終わる。
 大変なのはいつものことだろ。―――――――徹夜にも慣れたしね
 それに、PCさえあればデスクワークなんてどこででもできる」


僅かに肩を震わせる薫。
その様子に気付くことなく皆本はさらに言葉を続ける。


「そんなことより、体調管理もチルドレンとしての大切な任務の―――――
 ――――っ、がっはぁッ!!!」


薫は言葉を遮るように上半身を起こし、俯いたまま左手を突き出した。
不可視の圧力が皆本を襲う。
念動能力者(サイコキノ)である薫の念動力だ。
当然、抵抗などできるはずもなく壁に大の字でめり込んだ。


「ゼェーーーゼェーーーー」

「……フンッ」

「い、いきなり無茶苦茶すんなーーーーーーッ!!!」


絶対の圧力から開放された皆本は、両手を地に着けフルマラソン完走後のような呼吸。
そんな皆本から薫はふいっと顔を背ける。
眼鏡の青年は少女とそろそろ一年の付き合いになるが、さすがに今の行動は完全に想定外だったようだ。
少女の禁句には触れていない。それに、何処そこ構わず読んだことを吹聴する子も居ない。 
感情的で癇癪もちな少女とは言え、理由もなしにこんなことはしないのだ。多分。
一体なにが原因なのか分らないが、それはそれこれはこれ。
とりあえず怒鳴ることは忘れない皆本。
そんな彼を非難するように、少女はポツリとこぼした。


「…皆本が悪い」

「なんでそうなるッ!!!」


即答の否定で額に青筋が浮かぶ少女。
つい手がでそうになるが、ここは我慢だ。
さすがに今のはやり過ぎた。
彼に非はない……筈。
自分でも理不尽なことだって分っている。
多分、あたしはまた滅茶苦茶なことを言って――――


「分ってるならいい加減やめんかぁーーーーーーーーッ!!!!」

「…へ?」


気が付けば、無意識にまたやっていたらしい。
先程よりさらに深くめり込んでいる皆本がいた。












「僕が一体なにをしたッ!!!!!」


みなもとのこうげき    
みなもとのてんをつらぬかんばかりのどせいがあたりにひびく・・・

―――しょうじょAにはこうかがなかった
―――しょうじょSのなにかみえないちからにうちけされた
―――しょうじょKはふつーにするーした

しょうじょはおもむろにとらんぷであそびだす・・・
しょうじょKはとらんぷをやめこちらをみている
どうやらこばかにしているようだ


「なんだよしつこい奴だなー。さっきから謝ってるだろ? ――あ!? 葵お前また…!」

「なんやのん。そーゆールール言うたのあんたやん」

「あ、薫ちゃん。それババよ」

「げっ」

「それが謝ってる態度かッ!!!」


再度壁にめり込んでいた皆本が解放されるのと同時に、チルドレンの二人が帰ってきたのだ。
大して広くなかった病室はいまや、地方都市なみの人口密集度を誇っている。
薫の寝ていたベットにはチルドレンの二人に加えて、買ってきた菓子やドリンクが置かれ気分はもはやピクニックと相成った。


「皆本はん、病院じゃ静かにせなあかんよ? 
 お。…ほいほいっと、あっがりー」

「皆本さん、騒ぐと他の患者さんに迷惑よ? 
 あ、こっちね。私もあがり」

「ああぁ…。ちっくしょーっ誰だよッ! 
 ババ抜きで超能力を使おうとか言ったやつはッ!!」 

「あんたや」「自分でしょ」

「う゛。―――あ、皆本も混ざるか?」

「混ざらんッ!!!!」


尊敬の欠片も見えない不遜な態度。
そんな彼女達が行った超能力ありありの熾烈なババ抜きは、葵の一抜け紫穂ニ抜け薫のドン尻で幕をとじる。
やはり、カードを瞬間移動(テレポート)で交換していける葵が圧倒的に強かった。
必要なカードだけを取ることができる紫穂も健闘したが、やはり及ばなかったようで薫は言うまでも無い。
提案しておいて負ける辺りが彼女の彼女足る所以。まぁつまり、そーゆーことだろう。
敗因など考えるだけ無駄。


「…はぁ」


深いため息をついて、報告書の作成に戻る。
こうなってしまっては、なにを言い聞かせたところで無駄だろう。
不毛な努力はやめ建設的な作業に向う。
しかし考えてみれば、さっきまで元気のなかった薫もすっかりいつもの調子を取り戻している。
そう考えればこれでいいのかもしれない。
(―――まぁ、いいか)
なんて簡単に納得する。
自分はどうも彼女たちに甘いようだ。ただ、薫はまだ風邪を完治していない。
元気になることは結構だが、風邪をぶり返しては意味がない。
適当なところで注意するかなどと思案しながら。
次のゲームに興じている少女たちに視線を移す。

次の種目はダウト。
ドツボに嵌ると延々と続き、終わりがやってこないアレだ。
またそれを薫が言い出したあたり、皆本は気の毒になる。
――――――絶対に勝てないだろそれじゃ
と、言いたくなるのをぐっと堪える。
策謀を得意とし顔に出ない紫穂、我慢強く頭の切れる葵。
単純で熱くなりやすく、しかもすぐ顔に出る薫に勝てるゲームじゃない。
負けず嫌い。その癖変にプライドがあるから自分に有利な種目は選ばない。
まぁ、そもそもトランプで薫が有利になるゲームなど皆無に等しいのだが。


「ほな、これでウチはあがりや」

「げ」

「あ。…んー、これでどうかしら…」

「…ダ、ダウトッ!! ダウトダウトダウト…ッ!!!
 それ、ぜってー違うだろッ!!!」

「……ふ」

「あ゛」

「ごめんね薫ちゃん。私もこれであがりよ」


予想通りゲームは薫の負けで終わった。
結果に納得できないのか、再戦を要求する薫。
それにちゃちゃを入れつつも笑顔で受け入れる葵。
的確な突込みに適度な野次を交えつつ二つ返事の紫穂。
そんな彼女たちを見ていると心が和み、エスパーだのノーマルだの馬鹿馬鹿しく思えてくる。
自分はESP研究の為にバベルにやってきたというのに、気が付けば子供の世話係り。
でも、それも悪くないと思っている自分が居る。
三人に気付かれないように、そっと口の端を持ち上げ皆本は目の前の作業に集中した。










時刻は6時に差し掛かっていた。
ブラインドの隙間から赤くなった太陽が見える。
夕暮れに全く気がつかなかったところみると、割と作業に集中していたようだ。
報告書が終わり、今日はチルドレンの出動もなかったので新たに始末書を書く必要もない。
(―――今夜はしっかり寝れそうだな)
そんなことを考えつつ、視線をチラリと横。
さっきから妙に静かな少女たちに向ける。


「くー」

「かー」

「すぴー」


遊び疲れて寝てしまったようだ。
ベットには丸くなって眠る三人のお姫様。
その光景は非常に愛らしく、保護欲がふつふつと湧いてくるのだが…
そこかしこに散らばったトランプやゲーム機。
食べ散らかした菓子くず、空っぽになったドリンク。
読みっぱなしで投げてある雑誌etc…
誰があれを片付けるのだろうかと、ちょっぴり泣きたくもあった皆本。
しかしコレも結局いつものことなので、ため息混じりに片付けはじめる。


「…また薫のやつはこんなものを」


そう言ってつまみあげたものはご存知、年齢規制の雑誌。通称ビニ本。
年頃の女性があられもない姿を晒し手に取った皆本を挑発している。
息を呑む音が室内に響く。
( 薫のやつ、こんな……いや、確かこの手の雑誌はさっきまでなかった筈。
 ―――つまりこれは葵と紫穂が…)
そこまで考えて止った。
雑誌に載っている女性はそう、非常に魅力的だった。


「う…」


皆本とて男。
それも成人男子である。
悟りを開いたわけもなし。
更衣室を覗くわけでもない。
ただ、ほんのちょっと雑誌のなかを確認するだけだ。
法律的にも倫理的にも道徳的にも道義的にも間違ってはいない。
誰も彼の行為を責めることなどできない。否。
例え世界の半分が彼を責めても残り半分が味方してくれるだろう。
そんな確信があったかなかったか。
彼は不自然すぎるほどゆっくりとした動きで、楽園に―――


―――――は行かなかった。
超人的な自制心をもってして欲望を振り払い、ビニ本を隅にどける皆本。
そんな彼の内心は、やや複雑なものであった。
まあそれも、日々の苦労の賜物だろう。
(―――あ、危なかった。ただでさえ生意気なこいつらに、つけこまれるネタを―――)



「……ちっ」



確かに聞こえた。確かに聞いた。
なるほど、新手の嫌がらせだったのか。
でも、これはさすがに酷いんじゃないだろうか。
っていうか、ちょっと歪みすぎてはいやしませんか?
真剣に将来を危ぶむ皆本。
いろいろあって挫けそうな心に活を入れ踏みとどまる。
―――本当に読まなくてよかった。
そんな安堵を胸にしまいつつ、無駄だとは思いながらも重たい口を動かした。


「…ネタは上がってるんだ。いい加減に起きたらどうだ?」

「…くー」

「かー」

「すぴー」


狸寝入り、なのだろう。
寝息が極めて自然なあたり無駄に演技派だ。
寝ている三人に特におかしなところは無い。
しかし若干、ほんの少し違和感を感じた。
そう、犯人は―――


「…紫穂、君だったのか」

「………どうして、分ったの。皆本さん」


紫穂と呼ばれた少女が声に応じ起き上がる。
釈然としない表情を浮かべ、皆本へ質問を返す。
皆本は接触感応能力者ではない。
本に触ったところで何も読むことはできないのだ。
なのにどうして自分だと分ったのか。
手口は完璧だったと言わんばかりの態度に少々呆れながらも、ホシに指摘してやる皆本。
動機はまあ、聞くまでもなかった。


「いや、君。顔が真っ赤だぞ?」

「え? …あ」


下手な大人より達観したところのある彼女。
接触感応能力者(サイコメトラー)である紫穂は、同じ超度7の薫や葵に比べても周りの目や重圧が厳しかっただろう。
そして、その能力ゆえにそれを人一倍感じていたに違いなかった。
そんな環境にあったせいか、彼女は思っている事や感じたことをあまり表情に出さない―――――のだが。
今回は多少、話が違った。
命短し恋せよ乙女とは誰の台詞だったか、それがいまだ恋と呼べるものではないとしても、
憎からずと思っている男性をハメ、あまつさえビニ本の読書風景を人間観察するなどと彼女にしても色々とギリギリだった。
普段はさんざん奔放にふるまっているが、人並みに羞恥心をもっていたりするのだ。


「あ…ぇ…」


自覚がなかったらしい。
大きく目を見開いて、その小さな両の手をいっぱいに広げ頬を隠す。
焦る紫穂というのは結構貴重なものを見ているのかもしれない。
―――――いつもやられっぱなしだしな
そんな感想をいだきながら、どう説教したものか考えあぐねていた。
なにせ相手は紫穂。
実力行使はないものの―――――いや、より質の悪いものなのだが。
とにかく後のことを考えると、あまり騒ぎを大きくしたくないというのが皆本の正直なところだった。


「―――っいた」


結局、軽く頭を小突くで終り。
たぶんこれが一番平和的解決の…筈だ。


「はぁ…。紫穂、もうこんなことしないでくれよ」

「むー」


イタズラが見つかり拗ねる子供。
むくれている紫穂の姿を見ながら皆本はそんなことを思う。
子供にイタズラはつきもの。
自分にはそんな記憶はないが、やれるものならやってみたかった。
彼女たちは今そんな時を過ごしているのだろう。
そう思うと、さきほどのイタズラも可愛らしく思えてきた。
(普段はマセた口をきいてても、結局のところ――――


「―――全然ガキなんだよな?」

「勝手に読むんじゃないッ!!!!」

「…さっきのことといい。随分と… 
 ―――躾ける? 」

「僕はペットかッ!! 
 立場がいろいろ逆だろそれはッ!!!!」


壮絶な笑みを浮かべる紫穂。
もうとまりそうには、なかった。
ちなみに上記のやりとき皆本は小声だったりする。


「くすくすくす。…あら、なんで避けるの?」

「避けるわッ!!!!!」

「そう。…ならいいわ。アレに聞くから」

「アレ?」


アレとはなにか。
皆本は動揺と焦りによって回転の悪い頭を、どうにか必死でまわす。
そして、思いついた。
部屋の隅に置かれた雑誌。
正確には、部屋の隅に置いた雑誌。
先ほど手にとりしばし逡巡してしまった問題の元凶。
年齢規制の雑誌。
ビニ本。
(―――ま、まさかっ)


「あの本を手にとって、なにを―――――――――考えていたかなー?」

「鬼かお前はぁーーーーーーーーッ!!!!!!!」


その不用意な叫びが、新たな鬼を呼び起こす。
彼の不幸は止るところを知らない。


「んー、……うるせーな、なんだよ皆…」


新たな鬼。明石薫。
眠りを妨げられたことに文句を言おうとし、目の前の珍しい光景に目をとられた。
一瞬、我が目を疑う。
胸元に皆本が大事そうにビニ本を所持しじりじりと迫る紫穂と対峙。
起きぬけで頭が上手く働かないせいだろうか、舌を噛みそうな文章が脳裏に浮かぶ。
つまりようするに―――あの皆本がビニ本を大事そうに抱えている!


「…み、皆本、お前…」

「か、薫ッ!?」

「あら、おはよう薫ちゃん」


引き攣っている皆本とは対象的に、マリア様ばりのいい笑みを浮かべる紫穂。
不運というは得てして続くもの。
彼はどうやら長いトンネルに差し掛かってしまったようだ。


「あー、そのなんだ。それ…やるよ。
 …皆本もオトコ、だもんな」

「妙に理解を示すなッ!!!!
 いっそ傷つくわッ!!!!!」

「…もう、なんや。うるさいなぁ」 


不幸は加速する。
加速する不幸をもう誰も止められない。
加速はするが一向にに出口はみえない状況に、皆本は諦めに近い悟りを開く。
長いトンネルなどではなく、これはきっと地下鉄の環状線なんだと。
地上には、決して出ない。














「…はぁ。そろそろ帰ろう。もう7時前だ」


ビルに囲まれた地平線はうっすらと赤色を残し、外はすっかり暗くなっていた。
時刻は、眼鏡の青年のいうように午後7時に近づいている。
ゴミを片付け無機質な病室の風情をとり戻した室内。
備え付けのベットに横になり薫は、不満の声をあげる。


「えー、まだいーじゃん、ゆっくりしていけよ。
 茶くらいだすぜ? 座布団はそこに…」

「くつろぎの場を提供するなッ!! 
 君は病人でここは病室。頼むから、寝てくれ」

「ちぇ、ケチ」


薫は詰まらなそうに呟く。
彼女はこのまま病室に一人残り寝ることになる。
皆本と葵と紫穂の三人はマンションへ帰るのだ。
たかだか風邪でとは思うが、規則なので仕方が無い。
警備上の問題もそうだが、病気というのが厄介でESPにどのような影響を起こすか分らない。
ここならば医療チームがすぐに駆けつけてこれる上に
屈強な守衛さんが2ダースはいるので警備にも問題はない。
それならばいっそここで、皆本たちも寝泊りすればいいのかもしれないが、
バベルの医療部にそんな余剰スペースなどなかった。
OK,わかった。ならこの部屋で寝ろよ。とは流石に言えない。
なんせ自分は風邪を引いているのだから。


「受け付けにしっかりと言っとくから、
 辛かったらすぐにナースコールしろよ。
 それと、大人しく寝るんだぞ」

「…わーってるよ、ガキじゃねーんだから」


不平不満は多少あるものの、彼のささいな気遣いは素直に嬉しいものだ。
子ども扱いには納得できないが。
そんな胸中をあらわすように、薫は難しそうな顔をする。


「それじゃあ、薫ちゃんおやすみ」

「ほな、また明日な薫」

「ん、また明日なー」

「あ、薫ちゃん。さっきたくさんジュース飲んでから言うけど
 怖くってもちゃんとトイレでするのよ?」

「せやね、行かんと朝がこわなるで主にシーツ?」

「だってよ皆本」
 
「僕に振るなッ!!!
 …ほら、バカなこと言ってないで帰るぞ。君も寝ろよ」

「へいへい」



皆本は廊下に続くやや重たいドアを開くと二人を促す。
葵と紫穂はもう一度、薫にジェスチャー混じりの挨拶をして部屋を出て行き皆本もそれに続く。
部屋をでるときにしっかりと釘を刺すことを忘れないあたり、実に彼らしい。
ドアが閉まり廊下から聞こえる足音が遠ざかっていく。
部屋で一人になった薫は、誰に聞かせるわけでもなく愚痴をこぼす。


「あーあ、風邪なんて引くんじゃなかった」


風邪を引いた結果の現状に不満がある。
まあ、眼鏡の青年を昼間独占できたのは正直嬉しかった。
彼の要領得ない返事には腹がたったが。
頭が良いくせに、どこか抜けているのだ。
しかし昼間はどうしてあんなことを思ったのだろうか。
下らない。


「バっカみてー、それじゃガキじゃん」


だから口にする。
バカバカしいことなのだと、言い聞かせる為に。
下らないことは忘れてさっさと寝よう。
なにも、一人で寝ることは初めてじゃない。
物音のない部屋にいると聞こえてくる耳鳴りだって、慣れ親しんだものだ。
だから大丈夫、問題なんてない。
だというのに眠たくない―――――寝れそうになかった。

寝れないなのは困る。
起きていると考えてしまうから。
一人でいると考えてしまうから。
考えてしまうと止らないから。
考えてしまうと思い出すから。


「…さっき寝たから寝れないんだ」


誰に言い訳するでもなく、薫は呟く。
言葉が終わると同時にあたりを静寂が支配する。
寝返りを打つたびにかすか鳴るベットのスプリングが、空しく室内に響いた。


今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa