ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 24 ―  [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 3/25)





 そこは都内有数の心霊スポットとして知られていた。なだらかな丘の真下を長く伸びるトンネル。
 霊感のある者なら決して通らない、低級霊の吹きだまり。都や道路公団が依頼しない為、こうして除霊されずに残っているのだ。
 入口付近に車を停め、美神は神通棍一本だけを手に、そのトンネルの中にいた。辺り一帯を這い回り飛び回る無数の雑霊に向かって言い放つ。

「私は美神令子よ―――さあ・・・かかって来なさい」

 一斉に彼女めがけて飛び掛かる低級霊の群れ。しかし彼女は逆にその中へと突進していた。

「やあああああーーーーーっ!」

 神通棍を、腕を、霊波鞭を、脚を、振るう。
 振るう。振るう。振るう。
 次々と雑霊を薙ぎ倒して行く美神。しかし、いくら彼女でも、これだけの霊を一人で相手にするのは無茶が過ぎた。
 もしこれが仕事だったなら、彼女は事務所の全メンバーを動員していただろう――動けるのが彼女一人である今だったなら仕事自体受けなかっただろう。
 だが彼女は今、頼まれもしないのにここにいる。ここにいて、腕を振り上げている。

―――横島クン、右手の奴らを・・・・・・

 がら空きの右方向から続け様に鋭く美神へ向かって来る雑霊。美神は素早く足を捌き、体を捻り、大きく振りかぶった。

「――おりゃあああっ!!」
ザシュゥッッッ!

 数体まとめて薙ぎ払う。次の瞬間、くるっと真後ろを向くと、そこに接近していた奴らを一撃一撃片付け始めた。

―――横島クン、向こうに回り込んで。挟み撃ちで行くわよ・・・

 後から後から沸いて来る霊の群れに、一人ひたすら振るう、振るう、振るう、倒す、倒す、倒す。
 美神はこのギリギリな戦いの場に、横島の姿を探していた。
 探しながら、その不在を強く意識しながら、無謀な戦いを繰り返す。

―――げえーっ!? ムチャクチャ多過ぎっすよ。美神さん・・・帰りませんか?

「うるさい」

―――わあーっ!? ギャーッ!ひええええっ!? このっこのっこのっ・・・

「うるさい」

―――こーなったらもう、特攻じゃあっ! ・・・と見せかけてトンネル出口へ逃げるんじゃあっ! ・・・と見せかけて喰らえいっ「散」!

「うるさい・・・何やってんのよバカっ・・・」

―――美神さん、危ないっ!前!前っ!

「うるさい、うるさいうるさいうるさいッッッ!」


―――――ビシィィィッ!!
「―――があっ!?」

 正面から突進して来た大きめの一体。彼女は弾き飛ばされ地面を転がった。
 美神にダメージを与えたその霊は空中で溜めを作ると、今度は彼女の身体を乗っ取ろうと更なる勢いで急降下する。

キ・・・イイイイィィィィ・・・ッ!

「う・・・ああ゛あああ゛あ゛あああっ!!」
ドンッッ・・・・・・

 間近に迫った雑霊へ、美神は神通棍を突き刺していた。鬼の様な形相を浮かべながら体勢を反転させ、串刺しの雑霊ごとアスファルトに突き立てる。

「ああああっ!」

「グギャアアッ!?」

 地面に縫い付けたその霊が四散すると、美神はゆらりと立ち上がる。

「これで終わり・・・? こんなもんなの・・・? まだよ・・・まだまだ・・・来なさい。もっと・・・・・・かかって来いっ」

 トンネル内の霊は半分以下にまで減っていた。美神は神通棍を下段に構えるが、もう彼女に向かって来る霊はいない。
 殆どの霊は理性を失っていたが、本能の様なもので気付き始めていた―――“コイツはヤバイ、近寄るな”と。


―――私は、彼に守られるの?
―――私は、彼に支えられるの?

―――私には、彼が必要なの?

「もっと・・・もっと・・・来いっ・・・私は、美神令子・・・・・・ゴーストスイーパー・・・美神令子・・・神も・・・悪魔も・・・・・・」

 じりじりと美神が近付くと、霊達は距離を保ったまま後退する。
 一歩・・・二歩、踏み出して彼女は言った。

「来ないんなら・・・こっちから行くわよ」



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 カツカツとハイヒールを響かせながら美神がトンネルから出て来た時、そこはもう心霊スポットではなくなっていた。
 全滅させた訳ではないが、戦いではなく、逃げ惑う僅かな雑霊を追い回す一方的な“狩り”となっている事に気付いた時、彼女の足は止まったのだ。ひどく疲れていたが、心の中の霧は晴れない。
 美神は車を走らせ、トンネル前を去った。

 しばらくのドライブの後、やや広めの通りの路肩で停まる。彼女の左前方には通りの横に伸びた歩道と、並んで建つ見覚えのあるマンション。
 改築した筈だが、あの時と――美神が借りてた頃と――ほぼ同じ外観だった。
 運転席から彼女はその少し懐かしい景色を眺めていた。見回りに来た管理人が車道のコブラと美神に気付いて警戒の眼差しを向ける。
 管理人もあの頃と同じだったので、美神は少し可笑しくなった。管理人が建物内に引っ込んだのを見計らって彼女は車を降りる。
 ガードレールを越え歩道に立つ。ゆっくりと辺りを眺めながらマンションに近付き、正面入口とその左右の壁を見た。
 あの時にはなかったプレートを見つけた。「貼紙禁止」。
 ふと彼女は思い出す。“あの日”、自分がこの場所でアシスタント募集のポスターを貼っていた事を。
 結局、何日貼ってたのかしらね―――もし、アイツが現れなかったら。

“一生ついて行きますっ、おねーさまーっ!”

“何すんのよ、この変質者!”

“はっ、あまりのフェロモンに我を・・・!”

 背後から抱き付いて来た学生服の少年に、彼女は考えるよりも先に鉄拳を繰り出していた。

“雇うって・・・アンタを? ・・・じゃ、後でこっちから連絡するから”

“ああっ!? 連絡先も聞かず、あからさまに不採用っ!?”

“いきなりセクハラかます様な奴、不採用に決まってんでしょ。帰れっ”

 ビックリしたわ・・・あの時は本当に、ビックリしたし、呆れ返ったし・・・焦った。
 彼女はあんな風に男に触れられた事はそれまで一度もなかった。中学・高校と女子校だったから・・・いや、そんな理由じゃない。
 中学の時だって他校の男子の知り合いくらい結構いた。それも特に暴力的で自分の欲望に忠実なタイプの連中が・・・全員ぶっ飛ばして逆に手下扱いしてたけどね。
 要は、そんな事に全然興味なかったし――それどころじゃなかった。自分が一人で立てる様になる事で精一杯だった。
 その思いはやがて、「ママと同じ一流のGSになる」「金持ちになる」「偉くなる」と言った目標や願望となり、一層それを目指して彼女は走って行った―――

“・・・・・・時給250円!”

“やりますっ!! うっしゃああああっ!”

 何度思い返してみてもアホらしい、始まりの場面。美神はこめかみを押えつつも僅かに苦笑を浮かべる。
 だけど、ここから始まったのよ・・・だから、ここから・・・
 雇われた奴も雇われた奴だが、雇った奴も雇った奴。珍妙なアルバイトと一緒に彼女は、一人前のGSとしてのその第一歩を踏み出した。
 それから数ヶ月、互いに夥しい量の文句を垂れながらも、そのコンビが投げ出される事はなかった。横島はどんな時でも、どんな内容の仕事でも最後まで美神について来たし、美神もそんな彼を最後まで見捨てる事も放り出す事もなかった。
 やがて人骨温泉でおキヌの幽霊を拾い、事務所は三人体制となる。その後にも様々な変化と運命が彼らを待ち受けていて―――
 だけど、いつでも横島は、彼だけは当り前の様にそこに居続けた。
 ふと視線を感じ、美神は顔を上げる。ガラスの向こうで訝しげにこちらをじっと睨む目。
 長い事入口前でうろついている美神を不審に思い、管理人がやって来たのだ。
 慌てて踵を返し、車へと戻る。エンジンを吹かして車を走らせた時も、管理人はまだ彼女を見ていた。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 行く先も決めず思いつくままに道を流す。目まぐるしく入れ替わる景色の中には見覚えのあるものも少なくなかった。仕事で――彼と一緒に行った場所――それ以外でも。
 かねぐら銀行前ではアクセルを思い切り踏み込んでみせた。彼の通っていた高校の前も走り抜けた。地獄組事務所の前も通った――誰かの出迎えで並んでた連中が自分を見て我先にと建物の中に引っ込んで行った気もするけど構わない――。
 首都高に出ると、彼のイメージが残る場所を探すみたいにしながら全速で飛ばした。

横島クン、準備はOK?

 目に見えない追跡者を、あるいは逃走者を思い浮かべながら傍らの横島に――自分にだけ見える彼に呼び掛けると、ハンドルを切り、タイヤを左右へと滑らす。
 交通量の少ない時間とは言え、車の通りが全くない訳じゃない。至る所で急ブレーキの音や激しく打ち鳴らされるクラクションが響いた。
 タイヤを擦り付けてカーブを流し、目に見えない攻撃を避けるかの様に真ん中の車線を200m以上スピンする。直進方向に向きを直して走り出すと間もなく、背後にサイレン、上空にヘリのモーター音を聞いた。
 バックミラーに映る高速警察隊のパトカーは二台。
 さあ、戦っても勝てない妖怪が後ろに二体、上に一体。邪眼に似た能力も使うわ、捕まらなくても視線でロックされたらアウトよ。さあどうする横島クン・・・
 そうね、一旦引き離して体勢を立て直しましょう。文珠の使用はまだよ。

―――こんなんでどこ逃げるっちゅうんじゃーっ!? だからムチャだって言ったでしょーが、美神さんのアホーっ!

 泣きの入ったツッコミを聞いた気がして、口元に笑みを浮かべる。
 更に加速をつける美神の車。パトカーは離されまいと合わせて加速する。
 ハンドルをトントン指で叩きながら、美神は何かのタイミングを計っていた。

「私が逃げるって言ったら逃げ切るのよ。任せなさい・・・それと、アホ呼ばわりした分は覚悟する事ね」

 呟きながら助手席の横島の姿を思い浮かべてみる。
 彼は半泣きになりながらジタバタ両手足を振って喚いてる。もうダメだ、もう助からん、死ぬんならせめてその胸の中で――
 喚きながらもそんな事を口走り、ちゃっかり飛び付いてセクハラかまそうとしていた。そうだ――口の端を上げて笑う――上手く言えないけど、この感じ。
 何かを少し掴みかけた気がした。

ギャギャギャギャギャッ・・・!

「――――なあっ!?」

 パトカー内の警官達は一斉に絶句する。追跡していた暴走車が後部車輪を流して向きを変えると、こちらに向かって速度も変えず逆走して来たのだ。
 このままではあと二、三秒で正面衝突―――
 互いに眼前まで迫った時、美神はサイドブレーキ脇の小さなスイッチレバーを弾いた。くぐもった音と共にフロント下の空間が煙を噴いて爆ぜ、車体前半分はバウンドする。
 こういう時用に少量の火薬が仕込んであったのだ。ごく小さな破壊力のない爆発。しかし、前輪をパトカーに乗り上げさせるには十分だった。

「―――え・・・ええええっ!?」

 警官が驚愕の声を上げた時には、既に美神の車は宙にあった。
 僅かな角度を付けつつパトカーをジャンプ台に、車は中央分離帯を越えて反対車線へと着地する。

「ム・・・ムチャクチャや・・・」

 後ろ方向へと走り去るオープンカーをミラーで見送りながら警官の一人が呆然と呟く。彼の声が美神に届く事もなかったが、その時彼女は全く同じ呟きを聞いていた。

「そうよ横島クン・・・ムチャクチャでも、やると決めたらやるの。それが私よ」

 聞いた声へ答える様に美神は、自信たっぷりの口調で言い放った。そして、今掴みかけた何かについて思案する。
 そう、元々あんな奴、荷物を持たせてラクしたり盾にする以外は――ただの足手まとい、だった。
 ピーピー喚きながら振り回されてばっかりで、隙あらば逃げようとすらしてて、スケベな事やバカな事にだけは妙に知恵や行動力を発揮する――そんな奴。
 逃げる事やサボる事ばっかり考えていても・・・決して投げ出したりはしなかった。そして、少しずつ。強くなった。
 少しずつ除霊札や精霊石、その他のアイテムの扱いにも習熟して行き、霊波を手に乗せる事、更にそこから霊波刀、栄光の手と言った技を身に付け、遂にはあの文珠の使い手となったのだ。

アンタの傍にずっといられるバカなんか―――俺ぐらいなモンっすよ。

 妙神山修行場、よりにもよって猿神相手にボロボロになったアイツは、傷だらけの唇を僅かに動かす―――そして、それは、伝わった。

ねえ横島クン、いつの間にそんなに強くなっちゃったの?

「俺も――本気でアシュタロスと闘いたいんです・・・!」

ねえ横島クン、どうして。

 彼女について行こうと奮闘し七転八倒していた彼は、いつの間にか彼女を越えてもいた。
 さっきまで喚き散らし、弱音を吐きまくり、彼女の無茶に呆れ返っていた彼は、その問いに答えない。助手席にはもう沈黙しかなかった。

「てめえ、ルシオラ達に何をした・・・?」

『必要なくなった道具を、君はどうする?』

「貴様ぁーーっ!!」

だめよ、横島クン。

『君達二人を、新世界のアダムとイヴに・・・』

ダメっ・・・。

「美神さん―――――さよなら」

だめ、だめだめだめ。
だって・・・アンタぐらいなモン、じゃないの?
それなのに・・・さよならって、何?

 高速を降りて国道に出た時、空の青が色褪せ始めているのに気付いた。日は視界の果てに並ぶビルの上へとじりじりと迫っている。
 傾いてるとは言え強烈な西日から目を離すと反対側に遠く、赤く照らされる鉄塔を美神は見た。
 すぐ前の表示盤、直進する矢印と右に折れ曲がった矢印。それぞれ銀座・有楽町方面、新橋・高輪方面。
 彼女はハンドルを右へと大きく切る。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 九段にある牛ノ首会館ビルは神内グループからの出資もあるホール・会議室提供用のビルで、神内コーポレーションやその系列会社の総会・レセプションなどで頻繁に用いられていた。
 その中の大会議室にて本日開かれていた神内グループ各社による臨時代表会議は一時騒然となる。
 3日前に突如誘拐され失踪したと言われていた神内コーポレーション社長――グループ総会長の息子でもある――が、遅れながらも失踪の知らせ同様、秘書を伴い唐突に姿を見せたからだ。
 居並ぶ老人達――若くとも五十半ば――の中に、困惑する者はいても彼を歓迎する様子の者はいない。神内は一通り全ての席を見渡してから、その最奥で目を止める。
 中央に彼の父、神内グループ会長。その両脇それぞれに相談役と副会長が座っていた。神内が来る前からプラントの不祥事で突き上げを食らっていたのか動揺が染み付いていた副会長の顔には、更なる動揺が上書きされている。
 それとは反対に八十近い鷲鼻の相談役は全く涼しい顔をしていた――まるで、今現れた者など存在してなかったかの様に。

「御心配、おかけしました」

 視線を外さぬまま奥の三人に一礼すると、一同から次々と質問が浴びせられる。
 あの、坊ちゃん、お体の加減はよろしいのですか。立場は神内より上の筈の副会長が何故か気遣う様に訊ねて来た。何か・・・犯人側から無理な要求があったりとか。
 誘拐と偽って遊びに行かれていたと言う誹謗が飛び交っておりますが。昨晩女性と飲み歩いてらっしゃるのを見たなどと申す者も。
 そう言ったのは、結界のアドバイス・メンテナンスを手掛ける系列会社の重役で、相談役派閥に属する者だった。

「それで社長・・・その誘拐騒ぎは結局、どんな連中の仕業だったのかね。帰って来れたと言う事は、幾らか掴んで来れたと言う事なのだろう?」

 淡々と会長がそう訊ねる。相変わらずですね、貴方は。
 心の中で呟きつつ、神内は即答した。

「はい―――ICPO・・・国際刑事警察機構・超常犯罪課。通称オカルトGメンの日本支局です。実行に当たったのはハーフバンパイアのピエトロ・ド・ヴラドー捜査官。日本GS協会・唐巣和宏氏の社内査察に同行し、唐巣氏に無断にて僕を連行しました。美神美智恵司令の命令による特務であったと思われます。目的は、現在逃亡中のGS横島忠夫氏への我々の干渉阻止と尋問にあった様ですね」

 彼の返答により議場はますます騒然となる。至る所で上げられるざわめきが、わあんっとドーム型の天井に反響した。
 どこかの犯罪組織やテロリストを想像していたのに、日本で霊能ビジネスに携わる上で避けては通れない団体の名前が二つも出て来たのだから無理もない。

「・・・これが、我々の現実なのです。既得権益を持つ勢力はとうとう我々へ牙を剥いて来たと言う事です。僕だけじゃない、今回のプラント事故だって決して無関係ではありませんよ―――この件については、後程各社に人事データの細密点検を要請しようと考えております」

「スパイがいると・・・言う事ですか?」

 出席者の一人からの問いに、秘書がコーポレーション内で割り出されたGメン内通者の話をする。

「さて、僕は昨夜、僥倖により彼らの拘留から脱出出来まして、その足で美神令子さんとお会いしました・・・目撃された僕と言うのは、きっとその事かも知れませんね」

 何の説明も――GSのとすら付けずに神内はその名前を出したが、出席者の中に「美神令子とは何者だ」などと問う者は当然ながらいない。

「彼女はご存知の通りオカルトGメン美神司令の娘で、今後の我社の展開であるGSサービスプロジェクトにて重要な存在であります。Gメンの取った行為をいち早くお伝えし、自らの立場を明確にして頂く事は、何よりも優先されるべきと判断致しました。これにて報告が遅れお騒がせした様なら申し訳ありません」

「そのプロジェクトでは・・・現在、只の犯罪者である横島忠夫はどの様な位置付けとなってるのですかね?」

 不意に、相談役が皺に埋もれた双眸に陰険な光を湛えながら静かな口調で質問を投げた。小首を傾げて彼を見返す神内へ更に言葉を続ける。

「現在霊能業界の秩序そのものであるGS協会の調査・Gメンの拘留を受けると言う事は、コーポレーションにそれ相応の問題点、不審な点があったと言う事ではないのですか? プロジェクト企画当初は美神女史と並び横島容疑者、彼の反抗に関連した元アシュタロス一味の女魔族の名前まであったそうじゃないですか・・・」

「ええ」

「今回の彼の犯行露見にて、どういった修正が加えられたのか定かでなければ、GSプロジェクトが横島の犯罪を教唆・幇助し、彼を匿っていると見なされるのも十分致し方ない所ではありますまいか」

「怪しいからって、秩序維持の為だからって何をしても許される訳ではありませんよ。ここは法治国家でかつ自由主義国家です。グループ全体でのオカルトGメン、ICPOへの非難対応を宜しくお願いしたい。警察庁、法務省への連絡はコーポレーションが主体となって行ないます」

 やや高圧的に言い放つと、少し落ち着いた素振りを見せてから話を進める神内。

「不審な点があるのでしたら、正式な手続きを経て質問なり調査なり行なえば良いのです。コーポレーションはそうした彼らの動きに対し常に誠実に回答し、調査にも積極的な協力を示して来ました。その結果、何一つ横島氏の不法行為への関与とされるものは見つけ出されなかった訳です。これが答えですよ。それ故に、我々の信頼を平然と踏み躙った彼らは断固として、許してはならないのです」

 相談役は表情を変えず、伏し目がちに神内の話を静かに聞いている――本当に聞いてるのかどうか疑わしくなる程の静けさで。話の区切りを狙って再び口を挟む老人。

「とは言え、事ある毎に社長が攫われて行方不明になる会社と言うのもどうなんでしょうかね。貴方はこれが最初と言う訳でもありますまい。こんなトラブルが多い様ですと、社員に、引いては企業イメージに大きな不安感をもたらすのでは・・・」

「貴方だって危険な目に遭った事はおありでしょう。まだまだ法の整備されていないアングラな側面の強い業界です。もっとも・・・貴方は随分出して頂いた様ですが」

 相談役ではなく会長がぼそっと神内を下の名前で呼んだ。神内は皮肉を途中で引っ込める。

「失礼・・・とにかく、外部の実力行使によるトラブルを防ぐと言うのなら、向こうの顔色を窺うのではなく、隙を作らないグループ全体の結束が先決となるでしょうね。グループ全社が一丸となって彼らに対抗するのです」

「・・・対抗? 今、対抗と仰いましたか?」

「ええ。対抗です。改めて申し上げておきます、彼らは我々の秩序を代表してなどいない。ヴァチカンや合衆国、中国超科学局などと同じ、前時代的な利益独占集団の一つです。だからこそ我々が脅威なのであり、我々にとっての脅威であろうとするのです・・・彼らが、彼らこそが敵なのだと認識しなければ、我々の将来に影を落とす事でしょう」

 そう、コーポレーションの、系列会社を含めた全グループの敵はオカルトGメンであり、優れたアイテムや優れた能力者を囲い込む既存勢力だ。
 その僅かなおこぼれを奪い合うかの様な惨めな派閥争いなど、この僕がいつまでも許しておくと思うな―――僕は新しい国の新しい王なのだから。

「従来の各種サービスと連動して多くの優れたGSと組織的な専属契約を結ぶGSサービス部門の設立は、彼らの独占を打破し、市場を健全化すると言う理想がある点、再認識して頂きたいですね。これは日本はおろか、世界に類を見ない画期的な事業なのです」



「・・・予想していたよりもスムーズに会議が進んで良かったですよ」

 助手席の秘書が少し寛いだ声で言う。神内の口上の後静まり返った議場にて、用意された議題は滞りなく消化され、珍しくも予定通りにお開きとなった。
 運転席の神内は得意げに返す。

「これも僕のカリスマってやつかな。本物の王は言霊一つで奸臣を沈黙せしめるものさ」

「何言ってるんですか・・・会議が安定したのはその後でGSプロジェクトの修正案とコーポレーションの捜査対応記録を公開して、とりあえずの納得を得られたからじゃないですか――相談役も副会長もあのまま黙ってはいないでしょうがね」

「ハハハッ。あと、修正案見たら厄珍堂との提携案についても消してあったね。ついうっかり盛り込んでしまったよ、すまない」

「しっかりして下さいよ。厄珍堂を対立派閥と同じ位の敵だと思ってるんですからね、連中は。GS部門には彼との共同歩調は必要不可欠――基本的に我々は質より量ですからね。それだけでは一流GSからの信頼をレアアイテムを揃える彼の様には得られません」

「まあ、項目を書くのは書くに相応しい状況が現出してからで良い。それまではチラシの裏にでも書き留めとくのさ」

「しかしそれにしても・・・こっちの席は何だか落ち着きませんね」

「僕のリクエストだ。気にしない方が良い。これからはデートなんだからね、気分を変えなくては――お伴付きのデートだが」

「向こうでは邪魔にならない様心がけます・・・本当はあと4人位つけてほしい所なんですがね。それもGS免許取得者を」

「まあ考えとくよ。何なら君も今度取ってみるかい? GS免許」

 呆れた様子で溜息をつく秘書。
 バックミラーを見ながら、彼は思い出した様に言う。

「全く呑気と言うか・・・ところで、あれは交差点からですかね」

「うん、多分」

「西条捜査官と・・・隣にいる女性は・・・あの、元幽霊のネクロマンサーで」

「氷室キヌ」

「そうそう。窓を開けて“何か”と話してるみたいですね・・・・・・どうされます?」

「振り切っちゃおう・・・アレ、もういらないや」

 神内は子供っぽくクスクス笑いながら言い捨てる。
 自分の描いたシナリオは最高潮な形で進んでいる。殆どのものが自分の思い通り。
 僅かな例外、未だ残る不確定要素。今日の彼にとって、後ろの車は――西条だのの存在などは、最早ノイズでしかない。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 東京タワー特別展望台。
 地上250m。一般客の立ち入れる最も高くにあるその展望台からは、360度都内全域が一望出来た。
 更にその上の屋根部分で、美神は立っていた。吹き上げる風の強さに時折眉を寄せる。
 思ってた程居心地良い場所じゃないわね。足を滑らせない様赤い鉄骨で身体を支えながら、彼女は顔を上げる。ライトブラウンの髪が後ろへ激しく流された。
 彼女の視線の先には地平線近くをゆっくりと移動するオレンジの巨大な光球。空は血の様に赤く染め上げられている。
 この場所で二人は夕焼けを眺めていた。あの娘が好きだと言っていた夕焼け。
 この場所で二人は別れた―――この場所で、アイツを行かせて、あの娘はいなくなった。
 手は鉄骨に添えたまま、ゆっくりと足を運ぶ。二人の座っていた場所、ルシオラが横島に生命を与えた場所、力尽きた彼女のこの世から消えた場所を爪先で探るかの様に。
 ゆっくりと一周して元の場所へと戻る。一番夕陽をまっすぐ見られる角度。きっと、やっぱり、二人はここにいたのだ。美神はその場に腰を下ろす。
 そのまま一人で沈み始めた夕陽を眺めていた。

ねえ横島クン・・・

な、何すか?美神さんっ

 目を閉じて、美神は傍らに座る少年へと顔を近付けた。彼の驚き戸惑う声が聞こえる。

え!?ちょ・・・マジ、い、いいんスか、あの、み美神さんっ!?

フフっ、バカね・・・ダメな訳、ないじゃない?

 触れ合わせる唇―――次の瞬間、イメージは霧散する。
 前を向いたままの彼女が目を開けると、夕日は半分近く地平線に埋もれていた。

違う。

 今のは何か、違うわ。美神は今の空想を否定する。

私は・・・あんな風にアイツの事を好きな訳じゃない。
あんな風にアイツを望んだりなんか、やはりしていない。

「私は・・・私よ。私は・・・・・・・・・美神令子」

 そう。私はそれ以外の何者でもない。前世のメフィストでもなければ、あるかどうかも不確定な未来の私でもない。
 ありのままの、今の私―――まして、あの娘ではない。
 そして、アイツ。アイツは、横島忠夫。
 前世の陰陽術師でも、未来の夫でもない。ルシオラの前での、ルシオラの知っているアイツでもない。
 私のアイツは・・・今、ありのままに、私の知っているアイツ。
 私にとってのアイツは・・・私の、彼への気持ちは・・・

「夕焼けは・・・・・・昼と夜の、一瞬の狭間」

 そう呟いたきり、美神は沈み行く太陽と紅い空とを黙って見つめていた。
 日が沈み切ると辺りは急激に暗くなる。
 それでも座ったまま西の空を見ていた彼女は、それさえ闇に覆われた時に再び口を開いた。

「だけど、夜が来る。ねえ・・・日が沈めば、一瞬が過ぎれば、そこには夜が来るのよ」

 横島か、ルシオラか、自分自身か。言い聞かせる様に彼女は優しく囁きを風に乗せる。
 星の見えない夜空と眼下に広がる夜景の狭間で。
 やがて美神は立ち上がり、見ていたものに背を向ける。彼女が去ったその場所には夜闇と遠い街のざわめきだけが残っていた。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 フットタウンと呼ばれるタワー下のビルを出て歩く美神のすぐ傍に、車が一台ゆっくりと近付いて停まる。美神も足を止め、車の窓に顔を向けた。
 運転席のドアが開き、神内が微笑を浮かべながら降り立つ。

「こんな所に来てらしたんですか。ご自宅にいらっしゃらなかったので随分探しましたよ」

「――探して、見つかるモンなの?」

 美神の問いに答えず彼は曖昧に笑う。

「約束通りお迎えに上がりました・・・お心の方は、もうお決まりでしょうか?」








   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―



今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa