ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(40)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 6/30)

唐巣の教会や、令子の事務所がある地区からそう遠くない場所にある、横島が通う高校。
その、横島のクラスの教室の片隅に一人、机に腰掛けて窓の外を眺めている、黒髪の少女の姿があった。
正確には、机に腰掛けているのではなく、机の天板からセーラー服を着た少女の上半身が生えているような、何とも奇妙な―――見方によっては怖いとさえ言える姿だが、この少女―――愛子の場合は、特に驚くべき姿ではない。
彼女は、下の机が本体である、机の妖怪なのだから。
「・・・・・・」
しばらく黙ったまま、窓の外で煌煌と輝く満月を眺めていた愛子は、ふと教室の方に視線を戻すと、青白い月光に照らされた室内を見た。
生徒も職員も、皆いなくなった校内は静まり返っており、活気が無いせいか、昼間よりも二、三度気温が低いように感じられる。
その肌寒さのせいか、鳥肌が立ったのを感じて愛子は二の腕を軽くさすると、教室の正面にある黒板の方を見やった。
もう授業はとうに終わり、きれいに消された黒板の端には明日の日付と日直の名前が書いてあるだけ―――と言うのがいつもの、平常の様子なのだが。
この教室の黒板には、十日ほど前から、日替わりする日直の名前の横に、ずっと消されないまま残されている一人のクラスメートの名前があった。

   欠席 ピート

「・・・・・・」
本来なら「ブラドー」、もしくはせめて「ピエトロ」と書くべきところだろうが、日本人に馴染みの薄い発音であるせいか、彼の場合は出席を呼ばれる時でさえ、この「ピート」と言う愛称の方で呼ばれているのだから、まあ仕方がないと言えばそうだろう。
それに今、愛子が、黒板に書かれた彼の名前を見て抱いているのは、そんな事についての考えではない。
ピートが学校に来なくなってから、もう二週間。
最初の数日は病欠扱いされていて、「明日は来るかな?」と言う考えから、日直は毎日毎日ピートの名前を書いては消し、書いては消ししていたが、やがて、担任の口から「行方不明になっている」と言う事が告げられたその日から、ピートの名前は「欠席」の二文字の下に、書きっぱなしとなっている。
病欠だと思っていた最初の内は「ピート君がいないと教室が寂しい」と言う女子を見て、「来なくても賢いから平気だろ」とか、「いなくてせーせーするよ」と、やっかみ半分の軽口を叩いていた男子も、やがて、何も言わなくなった。
欠席が一週間を越し、誘拐に気をつけるようにと注意する集会が開かれ、ピートの捜索について担任が露骨に言葉を濁すようになるに従って―――つまり、事態が深刻化するのにつれて、皆、本気で恐くなってきたからだ。
(・・・大丈夫・・・よね)
捜索に関する具体的な情報は、一般には伏せられているが、愛子は今夜、奥多摩の方で何が行われているかを知っていた。
妖怪であるため、少なくとも普通の人間よりは勘が良い筈だからと、ダウジングによる捜索に何度か加わったからだ。
(容疑者がわかったんだもの。皆が行ってるんだから、もう大丈夫よ・・・きっと、夏休み前には元気で登校してくるわ)
満月と、黒板に書かれたピートの名前とを交互に見て、長く伸ばした黒髪の先をいじりながら、心の中でそう呟く。
しかし、その呟きから感じられる感情は、確信と言うよりもむしろ、切望に近かった。
澄み渡った夜空の真ん中に星を従えて浮かんでいる、見事に満ちた満月を見上げて、祈るように、心の中の呟きを繰り返す。

―――その、愛子が祈りを込めているのと同じ、真ん丸い満月の、月光の下。
奥多摩に広がる広大な森の中で、戦いが、始まろうとしていた。

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