ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 24 ―  [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 3/18)





 ここにはもう何度となく訪れている。
 美神令子の事務所兼自宅であるその館の前で、西条はベルを鳴らさず直接口頭で呼びかけた。

「やあ、令子ちゃんはいるかい?」

『オーナーは外出しております。館内には現在誰もいません』

 人工幽霊が念話で応答すると、西条は尚も訊ねた。

「仕事かね?どこに行くとか、聞いていないかな」

『本日は何も伝えずに出て行かれました――そうでなくともオーナーの業務、あるいはプライベートに関する事なので、無断で外部の方にお教えする事は出来ません』

「そうか・・・そう言や、そうだったね。すまなかった。では失礼する」

 ごく当たり前の応答ながら人工幽霊の態度がやけによそよそしく感じられた。人工幽霊の対応はオーナーである美神の意向が常に反映される。
 少し前までなら、こうした質問にもいくらかの融通を利かせてくれた筈・・・西条は踵を返すと車に乗り込み、その場を後にした。
 美神の行き先について手掛かりは全くない。帰って来るかもしれない、後でまた伺うとしよう・・・そう思いながら西条はもう一件の人探しに取り掛かった。

 彼の車はGメンオフィスや美神事務所から一駅離れた辺りの、とあるマンションの前で停まる。
 オカルトGメンは職員の寮及び宿泊所としてそのマンションの部屋をまとめて借りていた。その中の一室、玄関前で西条がブザーボタンを押す。
 押した後、室内の様子を確かめるが返事はおろか気配すらない。
 マンションを離れた西条の車は、次に唐巣神父の教会へと向かった。
 先日のピートの一件を神父はGメンによる裏切り、あるいは敵対と捉えているかもしれない――それ故にピートが戻ってる可能性も薄いのだが、車は遠くに止め、道の角からこっそりと教会前の様子を見る。
 柵扉も玄関も窓も閉ざされた教会に人影は見られない。少しずつ、慎重に近付き、遂には柵の手前まで来た。
 入口付近に「所用により外出しております」と書かれたプレート。西条は息をついて引き返した。
 神父とかち合う事はなかったが、こうなるとピートの手掛かりもない。八方塞がりだと嘆いても美神同様、帰りを待つ他ないだろう。
 しかし、西条には悪い予感も感じられ始めていた。監視をつけておいた方が良かったと今更ながら後悔する。
 ピートは少なくとも四時間以上、マンションを空け、携帯も繋がらないまま、どこかへ行っている。何も言わずに。
 こんな時に一人で思い詰め、おかしな行動に出られたら手も足も出ない――親友と上官と恩師の板挟みにされ続けた彼だ。あり得ない話じゃない―――ある意味で、横島達よりも怖い。

「生真面目な奴ほど、って言うからなあ・・・」

 しかし、もう少し、あと少しだけ踏ん張ってみてくれないか。神内はまだ行方不明――高確率で復帰を果たしているのだ。
 Gメンはそれが必要だと分かっていながら、今日この日だけは彼に手を回せない。美智恵は自らの失点として今日彼を押える事は諦め、優先順位を下げたのだろう。
 しかし西条には、美智恵以上に、彼を今日一日であろうと封じておく「理由」あるいは「必要性」を感じられていた。
 あの男に今日の情報が届いているのかどうか――きっと届いてる。あの男はあんな目に遭った直後でも、いや、あんな目に遭った直後だからこそ、それすら利用して令子ちゃんを、横島君を、多くのGS達を取り込もうとするだろう。

もう利害や理屈じゃない・・・・・・あの男の思い通りにだけは、させない。
どこにいるんだ、しっかりしてくれ、頼む、ピート。

 身勝手な請願と知りつつも心の中で呟く。車は再びマンション前へと戻った。
 美智恵に定時報告を済ませると、車中からマンションの入口を見張る。本当に気晴らしか買い物に出ているだけでもうすぐ戻ってくるのかもしれないと、一抹の期待を抱きながら。

・・・一時間ほど経ったら、また令子ちゃん家を回ってみよう。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「はい」

「あ・・・ありがとうございます」

 ソファーの前にある小さなテーブル。そこに彼女は湯気の立つカップをそっと置いた。
 ローズティーの香りが部屋中に満ちる。ソファーに浅く座った彼はカップを取り、口へと運んだ。

「どう? 少しは落ち着いたかしら」

「・・・・・・」

「好きなだけ、ゆっくりしてっていいのよ」

 答えない――答えられないでいる彼に、彼女は優しく告げた。
 カップを持ったままぼんやりしている彼。彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべ、テーブルを回り込むと彼のすぐ隣に――不自然な程近く――座って顔を寄せ、囁いた。

「どうせなら・・・ずっといる?」

 物思いに沈んでた彼もさすがに現実に引き戻され、狼狽しながら彼女を見た。
 彼女は両手を這わせる様にしながら彼の首へと巻き付ける。

「帰れないならここで一緒に暮らしちゃえば良いワケ。その方が素敵じゃない?」

「ああ、あの・・・エミさん?」

「フフッ、何の心配もいらないわよ、ピート」

 自分のオフィスへ向かう途中、当てもなく路上をさ迷い歩いていたピートを発見した彼女――小笠原エミは、別人の様にやつれたその姿に驚いたものの、すぐさま彼をバイクの後ろに乗せ自宅へと引き返して来たのだ。
 彼の変わり様は外見だけではなかった。
 どこへ行くつもりか訊ねても、分かりません、でも行かなくちゃと繰り返すピートには、エミでなくとも只事ではないと感じられたであろう。

「でもまずは落ち着いて。いつもの貴方に戻りましょ? 大丈夫・・・唐巣のオッサンだって、あの母娘の腐れ外道っぷりにゃもう慣れっこなワケ。いつまでもピートに腹立ててなんかいやしないわよ」

 エミの両手から解放されるとピートは顔を赤らめたまま前に戻し、もう一口ローズティーを飲む。
 ここへ来るまでのピートの断片的な言葉からもエミには大体の所が掴めていた。彼がオカルトGメンからの指示で唐巣を裏切り、戦い、ダメージを与え合う羽目になった事。
 そして、それが神内コーポレーションや横島達に関係あるという事―――彼女自身もまた、それらと無関係ではなかったのだ。
 神内を対策本部へ連行してから今までの三日間、ピートは職員マンションの一室で一睡もせず、何も口にせず、膝を抱え続けていた。
 脳裏に浮かぶのは様々な出来事、その中で自分のした事・・・足止めの為に放った筈のダンピールフラッシュの連弾、半分以上が唐巣に命中していた。煙の中、向こうへと吹き飛ばされる彼の黒衣姿。
 なのに彼に駆け寄る事もせず、自分は神内を抱えたまま窓から逃走した。
 何故こんな結果になるのか、自分の何がまずかったのか、選べずにいた事がか、選ぼうとした事がか。
 締め切ったカーテンの隙間から朝日が射した時、ピートは衝動的に立ち上がり、ふらつく足で部屋を出た。

どこへ行こう・・・そうだ・・・本部に・・・先生に謝りに・・・横島さん・・・に・・・

帰れない・・・でもここにいても何もない、い続けられない。

だから行かなくちゃ。まだするべき事がある、まだ言うべき事がある、まだ行くべき先がある。

 まだ折れる事は許されていない――朦朧とした頭に、どこへ行けば良いのかも浮かばぬまま。
 取り憑かれた様に歩き続け、気が付いたら、エミに連れられ彼女の部屋へと来ていた。

「事務所には電話しといたけど、夜からは仕事があるからやっぱり出なくちゃならないの。でもピートはそのままいても良いからね。すぐ帰って来れるから待っててもらえると嬉し・・・」

「仕事と言うのは――――横島さんからのですか?」

 突然切り出された問いに、エミはピートを見て気まずそうに笑う。ついさっきの事務所への電話で僅かに拾えた単語から、ピートはそれが横島達の突入をサポートする話だと気付いていた。

「つまり、やっぱり今日・・・今夜なんですね? エミさんも・・・彼らに協力するんですか?」

「まあ、ね・・・あ、でも、私は報酬貰ってする仕事よ? タイガーの奴がいつになくシツコクてウルサイってのもあったし。別に奴らの仲間とかそーゆーんじゃないワケ・・・ピートがやめろって言うなら、こんなのもうバックレちゃってもいいのよぉ?」

「そ、それはいけませんよっ・・・それに・・・それでは、彼は止められない」

 ピートは呟きうなだれる。恐らく横島達の作戦にとってエミの存在はそれ程重要じゃない。
 いなければいないで彼らは突入するだろう・・・いや、彼にとって重要なのは彼一人だけだ。

「横島を・・・止めたいのね?」

 これまでの話から聞かずともがなだったが、ピートの意志を確かめる様にエミが訊ねた。ピートはこくっと一回首を縦に振る。

「それは、貴方がGメン捜査官だから?」

 今度は首を横に振ったピート。

「それもあります・・・だけど、それだけじゃない。Gメンとして、そして、先生の弟子として。横島さんの友達として・・・人間と共に生きて行くバンパイアハーフ、ピエトロ・ド・ヴラドーとして。あの・・・エミさん」

「ん、どうしたの?」

「エミさんは横島さんを・・・横島サンのしてる事を、どう思いますか?」

「どうって聞かれても・・・私には他人事なワケだし」

 ふいの質問に面食らいながらも、エミは横島への感想を否定する。これは私情抜きでの単なるビジネス、そんなエミの答えとしては十分だったであろう。
 しかし、ピートはなおもじっと彼女を見つめている。やがて、柄にもなく頬を染めながら彼女は、違う答えを口にした。

「横島の思う所は分からなくもないワケ・・・もし私がアイツだったなら、きっと同じ事をしたでしょうね」



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「はい・・・まだ帰ってません。ピートの方もです。そうですか・・・ええ・・・心当たりの範囲を広げてみようかとも思いますが。とりあえずは一時間ほどここで。ええ、では」

 美智恵への定時報告を終えると西条は煙草に火を点けた。向こうでは横島達の装置を解除しつつ除霊する為の結界が完全に組み上がり、総点検に取り掛かっている所だと言う。
 巡回も二周目、夏の日差しも明らかに傾きかけている。午後の時間が無為に削り取られて行くのを西条はじりじりと感じていた。
 夕方まで待ち続け、探し続ける訳には行かないだろう。美神先生には諦めてもらうしかあるまい。
 そして僕も――西条は煙草の火を乱暴に揉み消すと、慌ただしく二本目に点火する。
 ふと、Gメンはこれから――装置を解除し、横島達を捕えたとして――どうするのかが気になった。
 形の上での処罰を行ない、説得して・・・・・・どう説得すると言うのだろうか。彼を説得、出来るのだろうか?
 どこぞの胡散臭いオカルト企業と違って、GSのメンタルケアなど我々の専門外だ。まして、我々と彼の間には不信と言う壁がある。
 今の彼に何かを言うとしたら、何を言うかではなく、誰が言うかではないのか?
 誰に―――ルシオラに説得させるとでも? 脳裏を横切った笑えない冗談。彼は唇を歪めつつも、いや違うと小さく呟いた。

やはり・・・・・・認めたくはないが・・・・・・“彼女”がそこでも必要なのだ。

奴を、奴の茶番を認めるよりは遥かにマシだ。
だが、このままでは。

 激しい焦燥と共に自分が空腹なのを思い出した西条。冥子を帰した直後におにぎりを食べたっきり、昼も取り損ねている。
 テイクアウトで何か買っておこう。向こうに戻ったら、きっと晩メシどころじゃあるまい。
 西条の車は一旦美神事務所前を離れ、大通りへと出る。彼の記憶だとこの先に美味しいサンドイッチとコーヒーの店があった。
 誰に教わったんだっけな・・・思い出そうとしてる内に、その店のある商店街の入口が見えて来た。路肩に車を置くと、アーケードの中を徒歩で進む。
 オープンカフェを兼ねていた目当ての店は、中途半端な時間にも関わらず授業の終わった学生や買い物に来ていた主婦で混雑していた。カウンターから自動ドアの付近まで行列が出来ている。
 西条はこの列に並ぶ事で費やされるであろう時間を思うが、ここで迷ったり他の店を探し始めてたりしたら同じ事だと考え直した。
 満席の為か、店内で食べようとする客は皆無だった。店の紙袋を持った客が一人出る度に列は一人分進む。西条の後ろにも列が作られ始めていた。

「―――西条さん?」

 数人分進んだ時、すぐ横のテーブル席から呼びかけられる。その席では女子学生のグループが談笑していて、中の一人が彼を呼んだのだった。
 西条は自分がこの店を誰から教わったのかようやく思い出す。

「・・・おキヌちゃん?」



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「同じこと・・・ですか?」

 眉を顰めて繰り返すピート。同じ事をする、そんな言葉は前にも聞いた。
 だけど、雪之丞の言ったそれとも似通っていながら何か違う、何か異質なものが含まれてる様にも感じられる。

「そうよ」

 エミは答えながら両手を彼の横の髪へと運び、その頭を持つ様に押えた。

「同じ事、するの。もしピートがそうなったら、もし私にチャンスがあったなら、私はどんな手を使ってでも貴方を生き返らせてあげようとするの・・・たとえ他の連中や私自身がどうなっても、ね」

「そんな・・・っ」

「理解出来ない?」

 エミがクスクス意味ありげに笑いながら、言葉を続ける。

「確かに、そんな事しても貴方は喜んでくれないかもね・・・貴方が生き返った時、そこで私が死んでいたら、貴方は私と同じくらい悲しんでくれるかしら」

 ピートはすぐ目の前の彼女の肌よりも漆黒の、濡れた瞳から目を逸らせずにいた。その眼光に含まれた情熱と恍惚と虚無と・・・悲しさの様なものから。

「・・・・・・仕返し、なんですか?」

「それもあるワケ。多分・・・横島にもね」

 更に表情を曇らすピートへエミは微笑んでみせる。

「それもあるってだけよ。全てじゃないワケ。そして・・・そんなチャンスなんて普通はあり得ない。だから私達は無理にでも吹っ切るの。だから、今残ってる者の事だけを思うようにするの・・・貴方や私が今までそうして来たみたいに」

 ピートが目を伏せた。そんな彼の頭を彼女は顔の横へと抱き寄せる。

「自分と引き換えにしてでも取り戻そうと思うには、自分を置き去りにした仕返しをしたいと思うには、欠けたものを何かで埋め合わせようと思うには・・・あまりにも多過ぎたのね。貴方から去って行った者達は」

「横島さんは・・・止めようとするべきではなかったんでしょうか」

 エミの肩ごしにピートは呟き、ルシオラすらも諦めた横島、あるいは彼女の復活にさえ道を見出せなかった横島と言うものを想像してみる。その姿が、あの男と重なって見えた。
 制御された混乱と陣取りゲームにしか興味を持たない男。引っ掻き回した挙句手中に収めようとする玩具としてしか他人を、世界を、自分自身すらも認識しない男。
 自己愛に全てが終始する、その愚かさと欠落を十分に自覚した上で、生き続けようとする男。
 今の横島にルシオラへの希望を捨てろと言うのは、もっと強く生きろとか言うのは、あの男の様になれと言う事なのか。

「だから、僕が間違っていたんでしょうか・・・だから・・・」

 だから、あんな事になったのか。うだうだと自分の選択を決めかね、何の役にも立てないまま、最初に上司を、次に友達を、最後に師を裏切る事になったのか。
 だが彼を破滅させる訳には行かない。そしてあの男を、神内を、これ以上横島に近付けてはならない――彼らの無謀な試みと同じ位良くない・・・危険な事だ。

「ううん、ピートは何も間違ってない。間違ってないから・・・迷うだけよ」

 エミはピートから身体を離すと、再び笑顔で向き合う。

「迷って、迷って・・・でもいつか正解をきちんと見つける。これって本当は誰にでも出来る事じゃないの・・・私にもね」

 彼女の微笑みと言葉に彼は、一瞬だが確かに救われ、安らいだ表情を浮かべていた。
 しかし、次の瞬間にはそこで何かに思い当り、硬い表情で考え込む。しばらく経って彼は心許なげに口を開いた。

「横島さんには・・・本当にそうするしかなかったのでしょうか? 上手く言えませんが、今の僕にエミさんがいてくれたように、横島さんに美神さんがいた筈じゃないですか。それじゃダメなんですか――それとも、そうではなかったんですか?」

 ピートの言葉には意図せずエミへの感情も含まれていた。それに内心では感激しつつもエミは努めて冷静に答える。

「そ・・・それは、何とも言えないワケね。少なくとも私には、令子は横島なんか眼中にないとしか見えない。あくまでも気のおけない部下でしかないって感じ。あの若社長と上手く行くのが妥当なんじゃないの?横島なんかよりずっとイイ男だしね」

「イイ男・・・・・・アレが、ですか?」

「表面的にはよ。ルックスも金も権力も申し分なし、適度に紳士で適度にアウトローっぽい危なさもあって、GSへの理解もあるとなればね。でも、令子みたいなバカ女にとってはそーゆー表面的なモンこそ重要でしょ?」

 一般論として、あるいは普段の美神令子を知る者から見て、エミの見方はこれ以上ない程の正論だった。ピートですら認めざるを得ない程の・・・渦中の横島ですら同意見であっただろう。
 だがピートは肯定の返事を返さない。躊躇う様な、何か言いたげな顔でエミを見つめている。間を置いて、そんな彼へエミが静かに尋ねた。

「そうは思わないのね?」

「えっ・・・」

 図星だった。あっさりと言い当てられたピートが戸惑う。

「それで片付くモンじゃない・・・あの二人の間にあるのはそんなモンだけじゃない、そう思っているのね」

 焦りながらも頷くピート。エミはそんな彼に頷き返した。

「じゃあ、やっぱりエミさんも・・・」

「ううん、私にはやっぱり分からないワケ。でも、横島やあの若社長の動きを今どうにかしようってんなら、やっぱり令子が一番の鍵になるんじゃないかと思っただけ。それに・・・貴方の思ってる通りだとしたら、そう易々とお約束に流されるような女じゃないわ。そーゆー奴でしょ? あの美神令子って女は」

 エミは意味ありげなウィンクで話を締め、ソファーから立ち上がってもう一度ピートを見つめる。

「見付かったんじゃない? 今から出来る事、行ける場所が・・・それがあのクソ女の所だってのはかなり気に入らないけどね。ピートだもの、今日の所は許してあげる」

 そして何故か、彼女は窓際へと向かう。しばらくそのまま外を見下ろしていたが、やがて何かを注視しながらぽつりと呟いた。

「丁度良いタイミングなワケ・・・お迎えが来たわ」

「お迎え・・・?」

 やがて、来客を告げるチャイムの音。狐につままれた様な顔でピートは、エミに促されるまま一緒に玄関へと向かう。
 ドアが開きそこに立っていた人物に、彼は息を呑んだ。

「先・・・・・・生・・・?」

「やあピート、そっちはあまりケガない様だね。何よりだよ」

 三日ぶりに会った唐巣は包帯の巻かれた右手を上げ、気まずそうに彼へと笑いかけた。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「そうか・・・おキヌちゃんでも分からんか」

「はい・・・」

 溜息混じりで呟く西条。おキヌが申し訳なさそうに返事をした。
 おキヌの姿を見て、その店が六道女学院大学からも近いという事を思い出した西条。彼女は今日の授業が終わり、クラスメートと一緒にその店へ立ち寄っていたのだ。
 これから夕食の材料を買いに行く予定だったと言う彼女を送りがてら、車中で美神の外出先について尋ねてみたが、かんばしい答は得られなかった。

「私が学校行く時には美神さんまだ寝てましたし、今日はお仕事入れてない筈なので・・・」

「うーむ・・・ピートがどこに行ったかなんてのは、勿論知らないよね?」

「はい」

「そうか・・・うーん」

 もう一度唸りながらハンドルを切った時、西条はふと気付いた。

「―――“仕事を入れてない”? この時期、この平日に? あの令子ちゃんが、昼も夜も一件も?」

「はい。入ってた予定も全部延期で。何でも夜に人と会うとか・・・会わないとか」

「・・・何だね、その曖昧な予定は」

 怪訝な顔で尋ねた西条におキヌは言いにくそうに答える。

「美神さんも決めかねてるんだと思います・・・あ、でも今はその用事じゃない筈、です」

「会うか会わないか分からん用事の為に、今日一日丸ごと空けたと言うのかね」

 よりによってこの日に・・・いや、そんな偶然なぞ滅多にない。西条には確信めいたものがあった。

「その用事の相手とは・・・神内コーポレーションの神内氏なんだね?」

「はい・・・」

 おキヌは更に言いにくそうに返事した。予想を裏切らない答え。

「昨夜、神内さんから電話があって、何か大変な事があったとかで美神さんが出かけたんです。その後一旦帰って来て、お酒のみに行ったりして夜遅くに帰って来たんですが・・・その時、言われたみたいで急な話なんです」

「昨夜だと・・・?」

 やはり神内は対策本部倒壊時に逃亡し、その足で美神に接触を取ったのだ。今更ながらその行動力――どこかの誰かを彷彿とさせる――に驚き呆れ、惧れすら感じる。

「あの・・・」

「ん?」

 美神は帰って来ない可能性が高くなり、次の行動を考えあぐねていた西条。呼びかけられ、我に返っておキヌを見た。

「西条さん、美神さん探してるんですよね・・・?」

「ああ。今夜来てもらいたいんだよ、あの廃ホテルの現場に。やっと解除用の結界が完成したのでね」

「――!」

 おキヌは驚愕を顔に浮かべ西条を凝視するが、やがて落ち着きを取り戻して言葉を続けた。

「あの、私もこのまま連れて行ってくれませんか? 美神さん探すの、手伝います」

「何だって・・・!?」

 今度は西条が彼女を凝視する番だった。凝視しながらも思案する。
 確かに彼女の能力を考えれば人探しには百人力だ。この辺りで彼女の質問に答えない・頼みを聞かない浮遊霊や地縛霊は最早いない。
 しかし、Gメンと神内との対立関係を――勿論、自分達が彼を非合法に攫ったりした事も――知らないであろうおキヌを安易に巻き込んで良いものだろうか。西条は判断に迷う。
 そんな西条の顔を覗き込む様にしていたおキヌだったが、やがて彼の目を見ながら確信めいた雰囲気で静かに言った。

「・・・・・・横島さんは・・・きっと今夜の事、知っています。だから、今夜、来ますよ」

「―――! そうかも・・・しれんが・・・」

「だから・・・美神さんが行かないと、だめなんです。神内さんの所なんかじゃなく、横島さんに、会いに行かないと」

 強い決意を感じさせる眼差し。降りろと言っても聞かないであろう事は目に見えていた。
 彼女の力に縋ってみたいのも確かだった。西条は溜息をもう一度ついておキヌに頷きかける。
 その時、西条達の脇を滑る様に走り抜けた一台の黒い車。そこに乗っていた者達の顔を西条は見逃さなかった。

「――神内っ!?」

 西条の一声に、おキヌも弾かれた様に前方を見る。
 神内と部下の乗った車は目の前の交差点を、速度を落とさず右折して行った。

「・・・追いましょう」

「え?」

「神内さんは必ずどこかで美神さんに合流しようとします。だからあれを追いましょう・・・早くっ」

 おキヌの口調は抑え気味だったが、その中には有無を言わせぬ切迫した響きがあった。
 西条は慌てながら右折のウィンカーを出し、ハンドルを切り始める。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「先生・・・どうして、ここに・・・」

「私が呼んどいたワケ。ピートを連れて来た時すぐにね」

 呆然と口を開いているピートの背後で、エミがじゃれ付きながら説明した。

「私なんかこのザマだよ。遠慮も油断もしたつもりはなかったんだがね・・・」

「おたくもうトシなんじゃない? でなきゃ普段体動かさないからナマりまくってんのよ」

 ピートの肩ごしに悪態をつくエミ。唐巣は憮然とした表情で反論する。

「何を言ってる、私はまだまだ現役だ。ピートがそれだけ腕を上げたって事さ」

「先生・・・あの・・・僕・・・・・・」

 唐巣はピートに視線を移し照れ臭そうに笑った。
 その顔にも瞼や顎にガーゼが貼られ何だか痛々しい。

「強くなったな、ピート。これも君が日頃頑張って来た成果さ」

「怒って・・・いないんですか・・・?」

「全く、とは言わないがね。それはGメン全体に向ける怒りであって、君個人にだけ向けるようなものじゃない。君は君が正しいと思った事の為に捜査官として職務を果たそうとしただけだ。それを見過ごせる私でもない訳だが・・・まあ、こういう時はお互い恨みっこなしだ。違うかね?」

 そう言ってニッと笑う。傷に響いたのか唐巣は少し顔を顰めるが、やがてピートを見据えて語り掛けた。

「私は知っている。君がいつも一生懸命でいた事を・・・今もそうである事を。君の様な弟子を持てて、私は誇りに思ってるんだ」

「その前弟子が前弟子なだけに尚更ね」

 後ろでエミが混ぜっ返すがピートの耳には入っていない様だった。唐巣は、今度は吊った左腕を見せながら言う。

「さて、色々と話が急なものでね、令子君に会おうと思ったんだがこの有様だ。車の運転も一人じゃままならん・・・ここまで来るのもやっとだよ。だからピート、一緒に来てくれないか。君にまた私を助けてほしい」

「先・・・生・・・」

 唐巣を見つめるピートの両目から、溢れる様に涙が浮かぶ。

「このゲームは、あの子次第で決まる。さあ行こう、ピート・・・その為にも今、君が必要なんだ」

 やれやれと言った表情で腕を組みながら、エミは見つめ合う師弟に呟く。

「・・・この分じゃ、ピートをウチで飼う話はまた今度なワケね」

「「―――『飼う』っ!?」」

 ―――さすがに二人も「飼う」の所で凍り付いていたが。

「まあ良いわ、こっちのチャンスはいくらでもあるから・・・ほらっ」

 彼女は不意打ちっぽく、軽くピートの背中を叩く。

 いきなりの事で少し驚いた顔を浮かべながら、彼は振り返った。彼女は微笑みとともに優しく、それでいて励ます強さで伝える。

「・・・行ってらっしゃい。ピート」








   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―



今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa