ザ・グレート・展開予測ショー

燃えるお兄さん!!


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(06/ 3/13)






 妙神山。
 世界でも有数の霊格を誇るかの山を、霊能者達は登る。
 新たな力を得んがため。自らの限界を超えんがため。
 険しい岩山の頂にある神殿は神と人間との接点とも呼ばれ、尊敬と畏怖を集めている。



 ――が。



「ぶー。ニンジン嫌いでちゅ」

「好き嫌いはいけませんよ、パピリオ」

「いつもの事ながら小竜姫は小言が多いでちゅねー。
 あんまりブツブツ言ってるとお肌に悪いでちゅよ?」

「余計なお世話です。いいから残さずに食べなさい」

「まったく、ゆとり教育って言葉を知らないんでちゅか?
 それにくらべてジークは理解が……」

「ん、パピリオ。箸の持ち方がおかしくないか?」

「理解が……」

「ちゃんとしないとダメじゃないか。そんな事ではおやつ抜きだぞ」

「ブルータスお前もかッ!!」

「何をわけのわからないことを……」

「……何でもないでちゅよっ」

「ところでパピリオ、実は一週間後に――」

「フンだ!!」

「あっ、おい、どこへ行くんだパピリオ!!」

「うーむ、難しい年頃じゃのう……」



 そこに暮らす神々(魔族含む)達には、そのような緊張感は微塵も感じられなかったりするのだった。



 パピリオが妙神山に引き取られてすでに数ヶ月。
 最初の頃は神族の元での生活に不安を隠しきれないでいたが、そんな彼女を見守り、橋渡しをする者がいた。
 魔族の若き情報士官、ジークフリート。
 交換留学生として妙神山に派遣されていた彼は、なにかとパピリオの面倒をよく見てやっていた。
 パピリオも同族のジークが相手なら気兼ねなく話せるし、
 小竜姫との意思疎通も彼が間に入ってくれたおかげで円滑に進めることができた。
 結果、パピリオが妙神山の住人に心を開くのに、あまり時間を掛けずに済んだのである。
 天竜童子を相手にしていた経験もあり、小竜姫の接し方もまた上手だった。
 斉天大聖老師はパピリオを孫のように可愛がり、一緒にゲームなどをして遊び相手になる。
 気が付けば、彼女達はすっかり家族のように打ち解けて仲良く生活していた。

 斉天大聖老師はおじいちゃん。
 小竜姫はおかあさん。
 そしてジークはおにいさん。

 同居人達をそんな風に思い、パピリオは新たな暮らしを受け入れる。
 修行は面白くなかったが、ここでの生活は悪くない。
 ひとりぼっちじゃないし、寂しくなかったから。
 その中でも、ジークは少し特別だった。
 ベスパと同じ軍人なので、時々魔界から姉のメッセージを届けてくれる。
 それに、小竜姫と口喧嘩になった時など、慰めてくれるのはいつも彼。
 末っ子のパピリオにとって、甘えさせてくれるジークの存在は何より心強かった。


 ところが。
 そう、ところが。
 なぜかここ最近、ジークがパピリオの生活態度などにやたらと口を出すようになったのである。
 以前はまったく言わなかったというわけではないが、最近それが異常に増えた。
 ことある事に『行儀が悪い』だの『きちんとしなさい』などと言われてしまうのだ。
 確かに、はしゃいだり横着したこともあっただろう。
 それでも、こんなにも言われる理由など思い当たらない。
 最初はジークの変化に戸惑っていたパピリオも、理由がわからないことも加わってだんだん腹が立ってきた。
 そこで、気晴らしのために人間界に遊びに行くことにした。
 もちろん誰にも何も言わず、こっそりと、である。
 そして妙神山では、例によって大騒ぎになっていたりするのだった。






「――で、緊急の用事って何なのジーク?
 こう見えても私、結構忙しいのよねー」



 ヒャクメはジークからの連絡を受け、妙神山にやってきていた。
 畳張りの部屋にちょこんと置かれたちゃぶ台を挟む正面には、どんよりとした表情のジークがうつむいている。
 声をかけたのに、返事がない。
 返ってくるのは重いため息と、後に続く静寂ばかり。
 差し出された湯飲みのお茶をわずかにすすり、ヒャクメはちらっとジークを見る。
 ――暗い。
 自殺でもするんじゃないかと思ってしまうほど、彼の纏う空気は暗い。
 どんよりと真っ暗である。
 そして何より、この沈黙が気まずい。
 人を呼び出しておいて、このいたたまれない雰囲気は何なのだろうかとヒャクメは苦笑した。
 やがてジークは幽鬼のようにゆらりと顔を上げると、消え入りそうな声で喋り始めた。



「これはまだ外には漏れていない話だが……他言しないと誓えるか?」

「わ、わかったわ。誰にも他言しません」

「実は……」

「実は……?」



 再び、沈黙。
 そして――



「パピリオがいなくなってしまったんだぁぁぁっ!!!!」

「きゃーっ!?」



 ちゃぶ台を思いっきりひっくり返し、ジークは絶叫した。
 驚いたヒャクメは、思わず湯飲みを転がしてしまう。
 しかしジークはお構いなしに、泣きそうな顔をぐいっと近付けてくる。



「頼む、お前の心眼で彼女を探し出してくれっ!!」

「……っていうか、緊急の用事ってコレなの?」

「当たり前だ!!大事な……大事な同居人が突然いなくなってしまったんだぞ!?」

「どこかに遊びに行っただけなんじゃ……」

「そんなはずがあるかっ!!外出する時は、いつも行き先を教えてくれていたんだ!!」

「彼女だって立派な魔族なんだから……心配しすぎだと思うのよねー」

「今の世の中、ほんの些細なことが重大な事件に繋がるんだぞ!?
 パピリオに何かあったらお前のせいだぞヒャクメ!!
 とゆーわけで協力しろ!!拒否は認めん!!」

「ええー!?ひどい言いがかりなのねー!!
 っていうか、この流れどっかで体験した気がするんですけど!?」

「ごちゃごちゃうるさいッ!!」



 だんっ!!と畳にコンバットナイフを突き刺し、ジークはギロリとヒャクメを睨む。
 彼の目は据わっていて、到底逆らえそうもない迫力に満ちている。
 そう、それはまるでワルキューレにそっくりな殺気。
 やっぱりこの二人は姉弟なんだと、ヒャクメは心で泣きながら納得していた。



「協力してくれるな、ヒャクメ?」

「うう……協力させてくださいなのねー……」



 滝のように涙を流し、ヒャクメは首を縦に振るしかなかった。









「――今頃妙神山は大慌てでちゅかね。
 これでジークも少しは反省してくれればいいんでちゅけど……。
 ベスパちゃんも結構大変なんでちゅねー」



 東京の街をぶらぶらしながらパピリオは呟く。
 特に何かがしたいわけでもなかったので、人並みに紛れてあっちへ行ったりこっちに行ったり。
 そんな彼女を、物陰からじっと見つめている妖しげな人影があった。



(ふふふ、素晴らしい……素晴らしいぞっ。完璧な素材じゃないか……!!)



 その人物は粘っこい笑みを浮かべ、背後からパピリオに近付いていく――。






「まだか?まだわからないのかっ!!」

「ちょっと落ち着いてほしいのねジーク。慌てなくてもすぐに――」



 ノート型端末を覗き込みながら、ジークはヒャクメを急かす。
 ガクガクと肩を揺さぶられながらも心眼でパピリオの反応を探すと、あっさりと見つかった。
 心底安心したジークは、盛大な溜息をつく。
 その顔はゆるみきって、満面の笑みを浮かべている。
 ヒャクメもすぐに問題は解決しそうだと、胸をなで下ろす。
 ――が、その安堵に包まれた雰囲気は長続きしなかった。
 端末の画面に映るパピリオの傍に、見覚えのない人物が立っている。
 働き盛りという言葉がふさわしい、およそ30代くらいの長身の男だった。
 音声は聞こえてこないが、タバコを片手にその男は身振り手振りで何事か話しかけている。
 やがてパピリオの表情がぱあっと明るくなったかと思うと、コクコクと頷いて男の後に付いていってしまった。



「この男の人は一体……」

「だ〜れ〜だ〜こ〜い〜つ〜は〜〜〜!!!!」

「ひいッ!?」



 地獄の底から響くような声に、ヒャクメの背筋は凍り付く。
 そーっと振り返ってみれば、悪鬼のような形相のジークが仁王立ちしていた。
 ヒャクメを強引に退かし、ジークは不気味に光る目を端末の画面に向ける。
 その双眸はパピリオと共に歩く謎の男を凝視し、分析していた。
 上等なスーツに身を包んではいるが、どこかいやらしい光を宿す脂ぎった細いタレ目。
 趣味が良いとは言い難いヒゲと、花柄の下品なネクタイ。
 そして男の全身から滲み出す、得も言われぬ助平な雰囲気。
 ジークの本能が告げていた。
 奴は危険である――と。
 しかも、いろんな意味で二重三重に。
 もはや、彼の精神は限界に達しようとしていた。



「ちょ、ちょっとジーク、冷静になるのねー。
 パピリオはああ見えて凄く強いんだから、万一の場合も自分で――」

「冷静になれだと?私はいつでも冷静だ。
 いいか良く聞け……私はベスパに、パピリオのことをよろしくと頼まれているんだ。
 彼女はいわば、可愛い妹のようなものさ。
 その妹が、あんな油ギッシュな目つきをしたおっさんの傍にいるのを見て黙っていられるかぁっ!!」

「ひええっ!?」

「それだけならまだしも、あの状況で警察官に職務質問などされてみろ……
 このご時世、援助交際の容疑をかけられてしまうこと必至!!
 パピリオの身も心も立場も……傷モノになってからでは遅いんだぞぉぉぉ!!」

(ワルキューレといい、ジークといい……この姉弟って……)

「……行くぞ」

「はい?」

「今すぐ人間界まで行くと言ってるんだ!!」

「ええええ〜〜〜!?」

「この手でパピリオに付いた害虫を駆除してくれるわゴルァァァ!!」

「ふえーん、結局この流れに突入しちゃうのねー!!」



 ヒャクメは子猫のように後ろ襟を掴まれて、ずるずると引きずられてしまうのだった。









「……あのー、ひとつ質問が」

「何だ?無駄話をしている時間はないぞ」

「どうしてこんなマスクをかぶる必要が……」

「ついうっかり……そう、ついうっかりと手元が狂ってしまった時にっ!!
 目撃者がいたら困るじゃないか……フフ……フフフ……」

(白い布よりは進歩してると思えばいいのかしら……でも……でも……っ!!)



 姉と同様、このお兄さんもまともな思考ができなくなっているらしい。
 電柱の影でパピリオの様子を覗う二人は、パーティーグッズのマスクを被っている。
 ジークは黒い馬。
 ヒャクメは白い馬。
 何気なく拳銃の安全装置を解除し、小刻みに肩を揺らして笑うジーク。
 無表情な馬面の人物が拳銃を握りしめている絵は、何とも不気味である。
 そして、怪しすぎる姿の二人は気配を殺しつつ、目標へと忍び寄っていく。



「次はあれが欲しいでちゅ!!」

「ははは……たくさん買うねぇお嬢ちゃん。
 おかげでおじさん、すっかり財布が軽くなってしまったよ……」

「何でも好きなもの買ってやるから付き合え、って言ったのはあんたでちゅよ?」

「ああ、いけない。女の子がそんな言葉遣いをしては。
 あんたではなく、おじさまと呼びたまえ」

「いちいち細かいおっさんでちゅね……」

「お・じ・さ・ま!!」

「ぐっ!!」



 ぐぐっと顔を近付けて睨み合うパピリオと謎の男。
 その瞬間、TVでジャングルやら洞窟やらを探検(?)している、例の隊長のような重厚な声が響き渡った。



「待てぇ〜〜〜い!!そこの二人!!」



 声がした方を見上げてみれば、道の脇に積み上げられたビールケースの上に、
 腰に手を当てびしっと指をさす男と、一刻も早くこの場から立ち去りたそうにうつむいている女が立っていた。



「特に男の方!!貴様の悪行は全てお見通しだ。
 幼子を金銭や物で籠絡しようなど、いい歳した大人がそれでいいと思ってんのかぁぁ!!」



 言葉の余韻と共に、空気が凍り付く。
 そして、その沈黙を最初に破ったのはパピリオだった。



「……何やってるんでちゅかジーク?」

「なっ、何のことかなっ!?」

「新しい遊びでちゅかジーク?」

「違うっ、私はジークなどではないっ!!どこからどう見ても、正体不明の馬の人だろーが!!」

「声聞けばわかりまちゅよ」

「偶然だっ!!」

「で、何してるんでちゅかジーク」

「違うといっとろーが!!」

「……じゃあ誰なんでちゅかあんたは」

「わ、我々は……そうっ、我々はっ!!」



 帰りたくてしょうがないヒャクメが溜息をついていると、ジークの肘が脇腹を軽くつつく。
 そう、これは事前に打ち合わせた、こういう場合のための合図。
 恥ずかしそうにヒャクメがカッコ可愛いポーズを決めると、ジークも自信たっぷりにポーズを決める。



「光の使者、うまブラック!!」

「……うまホワイト……」

「「二人はうまキュア!!」」



 唖然としたパピリオと男を尻目に、ジークは『決まった』と心の中で呟いていた。
 そしてすかさずビールケースの上から飛び降りると、男の胸ぐらを掴んで拳銃を突きつけた。



「さて……貴様はパピリオに何をしようとしていたのかな?
 返答次第では、生まれてすいませんと言わせてやるから覚悟しろ……」



 ジークの強烈な殺気に当てられてなお、男は薄笑いを浮かべてその手を振り払う。
 そしてパピリオをつま先から頭のてっぺんまで値踏みするように見て、言った。



「私はかねがね、理想の女性というものを追い求めてきた。
 だが、世の中を見渡してみてもそのような女性は見つからなかった。
 そこでだ……いないのなら育ててしまえばいいという結論に達したのだよ」

「……それがどうした」

「彼女を見たまえ。今は見ての通り幼○だが、成長すれば完璧な蝶になれる逸材だ。
 君だってそう思うだろう?思わないはずがないっ!!
 それを目の前にして、指をくわえて黙っているなど……この谷崎にできるものか!!」

「谷崎……と言ったな。お前の言うことはわからなくもない。
 たしかに彼女は、滅多にお目にかかれないくらい美しい女性になるだろうな。それは認めよう」

「そうだろう、そうだろう!!
 理想的な女性を育ててみたいこの気持ち、わかってくれるか!!」

「だがな……」

「んっ?」

「それは俺の役目なんだよこの変質者ぁぁぁぁぁ!!!!」

「うぎゃあああああああ!!!!」



 鼻息荒く語る谷崎めがけて、ジークの鉄拳が炸裂。
 青空の向こう、ちょっとアレな性癖を持つ男はキラリと光って消えていく。
 ぜーはーと肩で息をするジークの背中を、パピリオはじとっとした目で見つめていた。



「……つまりジークは、そこのマキバオーと一緒に私の後をコソコソ付け回してたんでちゅね?」

「マキバオーはあんまりなのねー!?」

「いいい、いや違うぞパピリオ!!私はただ――!!」

「全然信用してくれない……ジークなんか嫌いでちゅ」

「はうあッ!?」



 パピリオは寂しそうにそう呟くと、ぷいっと背を向けて飛び去ってしまった。
 そして、地上には真っ白になって座り込んだジーク(馬面)とヒャクメ(マキバオー)が取り残された。



「あっ……ああ……あああ……!!」

「立て、立つのねジーク!!」

「燃えたよ……燃え尽きた……何もかも燃え尽きて……真っ白な灰に……」

「……矢吹君?」



 どこかで試合終了のゴングが鳴ったような気がしたが、もはやどうでもいい事だった。









「ちょっと、大丈夫なの?」



 魔界の大通りに店を構える、洒落た雰囲気のカフェ。
 その窓際の席で、テーブルに突っ伏したジークとそれをキョトンと見つめるベスパの姿がある。



「お前に頼まれて、自分なりに兄として接したつもりだったんだが……嫌われてしまったようだ。
 あの後ちゃんとパピリオは帰ってきたが、どうにも気まずくてな……
 どうしたらいいのか教えてくれ、ベスパ」

「……ぷっ」

「?」

「あははははっ!!」

「なっ、何がおかしいんだ?笑い事じゃ――」

「あははは……ご、ごめんごめん。
 なんていうか、ジークらしいなって思って。
 くそ真面目なところが、さ」

「私はお前と同じように、パピリオともうまくやっていきたいんだ。
 それがこのていたらく……はあ……情けない」

「あのさ、ジーク」

「何だ?」

「確かにパピリオのことよろしくって頼んだけど、お兄さんになろうなんて思わなくていいのよ。
 ただ、一緒に暮らして……見守ってあげて。それだけでいいから」

「……」

「ジークだって、姉さんにあーだこーだ言われたら腹が立つこともあるでしょ?」

「そう、か……そうだな……」

「あの子のことだから、何かおいしい物でも作ってあげれば機嫌直すんじゃないかな」

「おいしい物か……好みがわかればよかったんだが」

「大丈夫、私も手伝うよ」



 こうして、ジークはベスパと共にパピリオのための料理を準備するのだった。
 そして週末。
 妙神山では、ちょっとしたパーティーが開かれていた。
 普段は目にする事のない、豪華な料理とお酒。
 斉天大聖や小竜姫の他、ヒャクメやワルキューレも招待されて実に賑やかである。
 しかし、パピリオはこのパーティーが一体何なのかわからず、不思議そうな顔をするばかり。
 そんな彼女の前に、丸い蓋がかぶせられた銀のトレイを抱えたジークが近付いてきた。
 傍には、優しい目で二人を見つめるベスパの姿も。



「な、何でちゅか?ベスパちゃんも一緒になって」

「誕生日おめでとう、パピリオ」

「え?」

「ベスパから聞いたんだが、今日はお前達が生まれてちょうど1年目らしいじゃないか。
 こないだは言いそびれたが、そのパーティーなんだよ」

「あ……」



 そう言うと、ジークはトレイにかぶせてあった蓋を外す。
 するとそこに、黄金色をした美しいケーキが姿を現した。
 蜂蜜をたっぷり使った、オリジナルの作らしい。



「私が作った誕生日ケーキ、よかったら食べてくれないか?」



 ベスパが食べやすいように切り分けたケーキを小皿に載せ、パピリオに差し出す。
 パピリオはフォークを手に取ると、ゆっくりとそれを口に運ぶ。
 スポンジの柔らかさ。クリームの滑らかさ。そして口の中に広がる上品な甘さ。
 美味しかった。
 まるで自分の好みをとことん知り尽くしているかのような、想いを感じる味だった。



「味はどうだ?」

「……美味しい」

「パピリオ、この前はすまなかったな。気負うあまりについ小言を言いすぎてしまった。
 だから、そろそろ仲直りしてくれないか?」

「え、えっと……」

「ほら、どーすんのパピリオ?」

「私も……仲直りしたいでちゅ」

「じゃあ、仲直りのシルシに」



 ベスパはにっこりと笑い、ジークとパピリオの手を取って握手をさせる。
 少々恥ずかしそうに、ジークは照れ笑いを浮かべていた。
 その様子を見ていた他の連中も、誕生日おめでとう、と祝福の言葉をかけてくれる。
 



「ジークも、ベスパちゃんも、小竜姫も斉天大聖のじいちゃんも、他のみんなも……」



 天使のような笑顔が、ぱあっと広がった。



「み〜んな大好きでちゅ!!」



 その日は夜遅くまで、妙神山に灯りと笑い声が絶えることはなかったという。











「あー、風が気持ちいい。それにしてもみんな飲んだわねー。
 神族と魔族の飲み比べって、半端じゃないのね」

「ああ見えて姉上も小竜姫も、鉄の肝臓を持ってるからな。
 まだ飲んでるんじゃないか?」



 ベスパとジークは二人、こっそりと縁側に抜け出していた。
 中ではまだ、ワルキューレや小竜姫が飲み比べを続け、斉天大聖はすでに酔いつぶれたヒャクメに意味不明の説教を続けている。
 火照った体を夜風に吹かせ、星空を見上げながら二人は静寂を楽しむ。
 言葉を交わさずとも、この時間が心地良い。
 口に出さずとも、通じ合っていると感じられることが、幸せだと思っていた。
 ふとジークはあることを思い出し、小さな包みをベスパに差し出した。



「……これは?」

「ケーキを作り終えた後、少し材料が余ったからこっそり作ってみたんだ。
 手伝ってくれたお礼と、誕生日プレゼントということで受け取って欲しい。
 本当はもっと気の利いたものを渡したかったんだが――」



 ベスパが包みを開けると、中には少々不格好なクッキーが詰められていた。
 それをひとつつまむと、口に運ぶ。
 ほのかに蜂蜜の匂いがする、甘いクッキーだった。



「ううん、嬉しいよ。ありがと、ジーク」

「誕生日おめでとう、ベスパ」



 かすかに吹いた風に乗って、甘い匂いがした。
 一日中厨房に籠もってケーキを作り続けていたジークの匂い。
 らしからぬ事に情熱を傾ける彼に出会えて、本当によかったとベスパは思った。
 妹のことも。誕生日のことも。
 魔族には取るに足らないことであるはずなのに、彼にとってはそうではないのだから。
 だったら、もう少しだけ彼に特別な日を付き合ってもらいたい。
 そんな気持ちが胸の中に咲いていくのを確かに感じていた。



「それにしても、みんなに心配かけてパピリオは悪い子よね」

「ずいぶんヒヤヒヤしたが……無事で何よりだったよ」

「ねえ……」

「ん?」

「私達も、悪い子になっちゃおうか?」

「えっ?お、おい!!」



 いたずらっぽく笑うベスパは、ジークの手を引いて夜空へ舞う。
 月のスクリーンに、二人だけのシルエット。
 迷うことなく、ベスパは飛び続けた。



「どこに向かってるんだ?」

「さあね……どこか知らないところまで」

「仕方ない、今夜だけだぞ――」



 その日、夜空を見上げた人々は見ただろう。
 寄り添うように並んだほうき星が、月明かりの下を駆け抜けていったのを――



   

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