ザ・グレート・展開予測ショー

ひだまり


投稿者名:水杭
投稿日時:(06/ 3/13)

廃墟
その、部屋の片隅で、
「・・・」
と、一人の少女が呆然と座り込んでいる。
美しい。いや、かわいい少女である。
しかしその少女はいま、焦燥に駆られていた。
助けを求めるように、周囲を見回す。
周りには、誰もいない。
少女の表情に絶望の影が忍び寄る。
「どうしよう・・・」
少女の口から、そんな呟きが零れる。
部屋の中を、見回す。
床の上に散乱したモノの中に、今の状況を打開するモノを探すように。
「う〜」
床に散らかっていたモノの一つを手にとる。
「う〜う〜」
考えが纏まらなかったのか、手のモノはまた床へと戻る。
そしてまた、周囲を見回す。
「・・・」
震える声で少女は呟く。
「どうしよう。着ていく服がない・・・」
床に拡がる色取り取りの服。
「この服に、この色を合わせれば・・・」
淡い黄色のブラウスに緑のスカートを合わせてみる。
「ううう」
イメージに合わなかったのか、言葉にならない。
「私は、何を着ればいいの?」
過酷に過ぎる時の中で、乙女は『決戦準備』(デートの用意)に涙する。


私には【ふぁっしょんせんす】が無いんだわ。
美しく着飾ったモデルの笑顔を見つめて悲しくなる。
落ち込みかけた私は、大きく深呼吸。
「うん。諦めてはだめ。諦めたらそこで総てが終わってしまうんだから!」
私は自分に言い聞かし、そして思い出す。
自分がどうして慣れない事をしていたのか。
それは今日が、美神除霊事務所での、私氷室キヌ・横島忠夫による初仕事(初デートではない)の日なのだ。
神や魔、はたまた妖怪・・・ありとあらゆる依頼人が訪れる、日本屈指の除霊事務所であるこの事務所は、とんでもなく忙しい。だけど今日の仕事は午前中、事務所のみんなとマジカル・ミステリー・ツアーのメンテだけ。後は、デジャヴーランドみんなと遊ぶ予定だったのだ。
しかし、急遽大口の依頼が舞込み、メンバーを二組に分けなくてはいけなくなって。
そして事務所員は以下の五名。
美神令子(所長 GS免許保持者)洋の東西を問わずありとあらゆるオカルトアイテムを使いこなす

横島忠夫(文珠使い GS免許保持者)文珠・霊波刀等特殊霊能を使う

氷室キヌ(ネクロマンサー GS免許非保持者)世界で数人しかいない導師の資質を持つ

犬塚シロ(人狼 GS免許非保持者)所員随一の身体能力を持つ。斬り込み隊

タマモ (妖狐 GS免許非保持者)金毛九尾白面の幼生体。狐火・変化を得意とする

その中で資格者は二人。
つまりメンバーを分ける場合必ずどちらかに振り分けられる。
今回のミステリー・ツアーのメンテは、アトラクションに協力してもらっている幽霊さん達のご機嫌伺いが主のため、私と横島さんが行くことになって。
そしてそして、そのあと二人で遊ぶことになって。
そこで、普段とは違う私を見てもらって。
『おキヌちゃん、その服は・・・』
『今日のために選んでみたの』
『え、俺のために?』
『で、でも、モデルさんみたいにきれいになれなくて・・・』
『そんなこと無い!!すごくきれいだ・・・かわいいよ。おキヌちゃんがこんなにかわいいなんて気づかなかったよ。好きだ!付き合ってくれ!!』
「とか言われたらどうしよう・・・。きゃ〜きゃ〜」
私は、一人部屋の中で赤くなる。
それから床に散乱した服を見る。
「・・・」
また、ため息。
呆然と周りを見回し、もう猶予が無いことに気が付いた。
窓の外が明るくなり始めている。
八時には仕事に出発する予定だから、もう迷っている時間は無いのだ。
部屋を片付けないといけないし、せっかくだから、おいしいお弁当を作って、横島さんに食べてもらいたいし・・・。
となると結局、服は普段の巫女服・・・
「は〜。こんなことなら普段からみんなにおしゃれのこととかもっと聞いてたらよかったな〜」
周りに散乱していた服を片付けながら、これからの予定を整理して、
「よ〜し、がんばるぞ〜」
私は、自分に気合を入れながらキッチンへと向かった。
おしゃれなんかはよく分からないけど、お料理は大好きだ。
みんなが美味しそうに食べてくれると、それだけでうれしくなる。
お米は冷水で研いでひたしておく。
美神さんには、新鮮サラダとカリカリベーコンふんわり卵、タマモちゃんには、水抜きした豆腐をふんわり揚げてできたて稲荷と好みに合わせて作り分ける。
料理の下ごしらえが終わる。
そのまま部屋へ戻り、着替えを持って、お風呂へ。
鏡の前に立ち、自分の姿を見る。
背中まで流れる、緑の黒髪。
大きな黒い瞳。
華奢な体は、まだまだ成長の余地は在るがそれなりに、いい線いってるとは思う。
「・・・でも横島さんって、ぜんぜん私を見てくれない・・・」
私の周りの人を思い浮かべる。
美神さんの黄金のプロポーション。
エミさんの魅惑的な小麦色の肌。
冥子さんのおっとりとした優しい物腰。
鏡を見つめ、ため息をつく。
そんな悲しい思いを清め祓うように禊をはじめる。
部屋に戻り、身嗜みを整え鏡の前で、笑顔を作る。
大好きな彼が、心配しないように。
だから私は鏡に向かって独り微笑む。
誰もが、心穏やかに居られるように。


「さ、朝ご飯の用意しなくちゃ・・・」
そして、私は部屋を出てキッチンに向かう。
一階の出入り口からキッチンへ向かう廊下で。
「あ、おキヌちゃん。おはよう」
優しい声が後ろよりかかり。
私はそちらを振り向く。満面の笑顔と共に。
「おはようございます、横島さん。すぐに朝ご飯の用意が出来ますので食堂で待っててくださいね」
すると彼も笑顔でうなづく。
収まりの悪い黒髪を、トレードマークの真っ赤なバンダナでまとめ。
悪戯っ子のような無邪気な瞳。
ちょっと痩せすぎな体をいつものJジャンで包み。
どちらかといえば、頼りなく見えるその姿。
でも、私は・・・私たちは知っている。彼がいざと言うときに見せる引き締まった顔を。その背に世界の運命を背負い傷つき零した慟哭を。
だから私は微笑む。彼の心が少しでも癒されるように。
「ラッキー、おキヌちゃんの料理はいつ食べてもおいしいっすから」
なんてさらっと言ってきて。
私をこんなに幸せな気持ちにさせて、でも彼は私の思いに応えてくれない。
彼の心は、ほかの方に向いているから。
でも。
彼は、テレながらも、言ってくる。
「なんか、おキヌちゃんのご飯を食べないと調子が出なくってさ。だからちょっと早起きしてでも事務所に来ちゃうんスよ」
その言葉を聞いて私は、泣きそうになる。
少しでも彼に、横島さんの役に立てたと思うと、うれしくて。
ますます横島さんのことが好きになる。
でも・・・昨日も夜中まで作業をしてたはず・・・
私は恐る恐る問い掛ける。
「あの・・・、ちゃんと寝ていますか?」
すると横島さんは、視線をさまよわせてポツリと呟く。
「3時間・・・」
「もお、横島さん!そんなことじゃあ体を壊しますよ!!」
私はちょっと怖い顔をして言う。
すると横島さんは、情けない声で
「仕方がなかったんや〜。おキヌちゃんの手料理がどうしても食べたかったんや〜」
「あ?えっと・・・あり・・ありがとう」
私はちょっと赤くなってうつむく
「だから、早くおキヌちゃんの朝ご飯が食べたいな」
そう言って、横島さんはうれしそうな顔になる。
この顔お見るのが、私は好きだ。
優しくて、本当に人の為にばかり頑張って。
だから私は、彼に迷惑をかけたくない。仲間として、彼が少しでも安らげるよう、力になってあげたい。
だから、
「はいはい、すぐにご飯にしちゃいますね、食堂で待っててください!」
「ういっス!期待してるっス」
そして私は慌ててキッチンに向かい、料理の仕上げをはじめる。


「お待たせ!」
私が料理を持って食堂に入ると、みんな食卓に集まっていて。
「いい、横島君。今日はあなたが窓口になって仕事を進めるんだから、おキヌちゃんに迷惑かけるんじゃないわよ」
「了解っス」
美神さんと横島さんはこれからの事を打ち合わせているみたいです。
「うぅ〜、先生〜」
シロちゃんはシロちゃんで横島さんに構ってもらいたいのに、仕事の話をしているために構ってもらえず
「バカ犬・・・」
「犬じゃないモン」
タマモちゃんは、そんなシロちゃんをからかってあそんでいるし・・・
そんな何時もの光景。
「はい、朝ご飯ですよ〜」
私は、とびっきりの笑顔で料理を配る。
大切な大切な人たちの役に少しでも立ちたいから。
こんな幸せがいつまでも続いてほしいから・・・。
穏やかな時間が過ぎ、私たちはそれぞれの仕事へと向かいます。


私たちの今日のお仕事は、デジャヴーランド内にある美神さん監修マジカル・ミステリー・ツアーのメンテナンスです。といっても、機械のことは全然分からないですから、私たちはアトラクションでお手伝いしてくれている妖怪さんや幽霊さん達のご機嫌伺いです。はじめは、低級霊をお札で括り使役する予定でしたが、動作確認中に事故が在りその案は廃止になりました。そこで、次の案が採用されデジャヴーランドの陽気に誘われてやってくる妖怪さんや幽霊さん達を祓うのではなく、アトラクションのエキストラとしてお手伝い頂くことになりました。もちろん、全員という訳にも行きません。私たちが、定期的に伺いお世話をすることになったのです。

「すっー・・・」
私は息を細く長く長く吸い込む。
背筋を伸ばし、心を落ち着ける。
目を閉じ、半身とも言える笛を軽く唇に当てる。
あくまで握りは柔らかく、命の息吹を吹き込むように。
世界の、総てを慈しむように。
そして、私は思い出す。
かつて私がまだ、自分の力に気づいて間もないころの、笛の師の言葉。
優しい目をした老師の言葉。
『そう。霊を心から理解し、その気持ちを音に織るの。音はあなたで、あなたは音』
その言葉の続きを心が追う・・・
私の心が、音となる。
『音が世界で、世界が音』
優しく、つつましく、緩やかに音を世界に織り込んでいく。
するとやがて、音の輪郭が曖昧になる。音が世界を内包する。
同時に、世界の想いが伝わってくる。
さらに霊たちの想いが伝わって。
さらにさらに・・・
「ふ〜」
そこで、限界がきた。
世界と私が別れる。

俺は驚いていた。おキヌちゃんが笛を吹き始めた瞬間、景色が変わった。
デジャヴーランドの陽気に惹かれ集まった多くの霊たち、明らかに理性どころか正体すら失いかけているもの達までが、ある者は自らを受け入れ光と共に天へと昇り、ある者は穏やかな表情を取り戻す。
悪戯好きで姿を見られるのを嫌うボガートまでが逃げもせず笛の音に聞き入っている。
そんな奇跡を体現した少女は、ただ一心に笛を吹く。
俺はそんなおキヌちゃんに魅了され、見つめることしか出来なかった。
そして笛の音は静かな余韻を残して終わりを告げる・・・
その後の呟きが、俺を愕然とさせる。

私は、ゆっくりと目を開く。
そこには、幽霊さん達が数人しかいなくて・・・。
音を世界に織り込むことは出来ても、その先になかなか進めない。
とそこで、私は笛を胸に抱き寄せ、ため息をつく。
『音と世界が一つとなって』っていうのが、理解できない。
「私って、役立たず・・・」
何か悲しくなってくる・・・でも、今わお仕事中。そんな感傷に浸っている場合じゃない。
その幽霊さん達に、アトラクションへの参加をお願いしに向かう。
少しでも皆に近づけるように、役に立てるように。


仕事が終わって、私たちがお昼ご飯に選んだ場所は、施設内にある小さな森。
木々の中にぽっかり開いた小さな広場。
木漏れ日踊るひだまりの中。
その場所にマットを敷いて、お弁当の用意をする。
周りには、誰もいなくて。
私と横島さんの二人きり。
そう、二人っきり。
なんだか、それだけでうれしくて。
幸せで。
私の鼓動が速くなる。
その鼓動が、横島さんに聞こえてしまいそうで恥ずかしくて。
私はそっと隣を見る。
するとそこには横島さんがいて。
目が合うのが恥ずかしくて、お弁当の用意でごまかして。
でも。
横島さんは、私の思いに気づいてくれない。
私は、いつまでたっても妹分のまま。
今度は、ジーと見つめてみる。
私の想いが届くように。
と、そのとき風が吹いた。
妖精のダンスのように、落ち葉が舞う。
それを視線で追いながら、手をマットにつこうとすると、そこには横島さんの手があって
「あ・・・」
と、思ったときはもう横島さんの胸にもたれかかっていて。
「おっと」
横島さんが、そういった。
目の前には、横島さんの顔。
緊張で硬直している私を支えて。
「大丈夫?」
そういいながら微笑み、私の体制を整えてくれて。
私は自分を支えるために肩にまわされた手を、見る。
自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。
「・・・あう、あ、ありがとう・・・」
その声にさらにパニックになる。
森の中、横島さんに肩を抱かれたりなんかしてぇぇぇ〜
私が硬直している中、あっさり横島さんの手が、緩む。
とっさに私は、横島さんの服の袖を握ってしまって・・・
私はうつむくことしか出来ない。
だって、全身で離れたくない、離さないでって主張したようなものだから。
へんな女だって、しつこい女だっておもわれたら・・・
が、そこで。
「おキヌちゃん、お弁当の用意手伝うよ」
て、私の手を、ぎゅっと握ってくれて。優しく笑いかけてくれる。
私の心の中は、ある言葉でいっぱいになる。
『横島さん大好きぃぃぃ〜』
自分の心がとめられなくて。
今、ともに居ることがうれしくて。
幸せすぎて・・・
そんな、夢見ごこちでお弁当の用意が終わった。

御結び。
散らし鮨。
お赤飯。
厚揚げ卵。
金平ゴボウ。
アスパラの牛肉巻き。
ブリの照り焼き。
ナスのからし漬け
から揚げ
ウインナー。
ハンバーグ。
ポテトサラダ。
パンプキンサラダ。
・・・。
さらにいくつものおかずがあって。
どう見ても二人で食べる量には見えなくて。
「おキヌちゃん」
横島さんの驚きの声に私は、
「えへへへ、今日はいっぱい頑張っちゃいました」
苦笑しながら、
「ぜ〜んぶ、食べてくださいね」
満面の笑顔で。
「お〜、全部食っちゃる!」
そして、私たちは笑い合う。
横島さんは、アスパラの牛肉巻きを手にとって、頬張る。
「こりゃ〜うまい、うまい」
うれしそうに、お弁当を食べ始める。
そんなうれしそうに食べてもらえると、私もうれしくなって。
さらに
「おキヌちゃんの料理は、何を食べても美味しいから、魔鈴さんのお店でも通用するんじゃない」
とか言っちゃって。
「うふふ」
横島さんは優しいし、思ったことをすぐに口にするから、それが本心からだってわかる。
だからこそ、うれしくて。
もっともっと努力して。
毎日横島さんのためにお料理が出来たらと、思ってしまう。願ってしまう。
いつかきっと・・・
いつのまにか、笑顔が消えていたのだろう、横島さんが心配して
「いや、ほんとに弁当うまいよ」
「え、いや、はい!うん!うれしい!」
「ほんと?何か困ったように見えたけど・・・」
「ううん、なんでもないよ。横島さんと一緒に居れて、ほんとにうれしい!!」
それは本心。
本心だけど・・・
私は・・・ちょっと怖くなる。
まさか、こんな日がくるだなんて創造すら出来なかったから。
みんなを守りたくて、少しでも笑顔を取り戻したくて、生贄に志願したはずなのに。
横島さん達に出会うまでそんなことも忘れてた。
あるのは自分がなぜ成仏も出来ずさまようかと言う苦痛。絶望。
そう。絶望だけ・・・
私が生贄になって、どうなったんだろう。
本当は女華姫が選ばれたときに、志願しなければよかったんじゃ?
こんなに世界は冷たくて、残酷なのに・・・
あの時は、そう思っていたのに・・・
いったいどうしてだろう。
いつのまに私のまわりはこんなにあったかいんだろう、希望に溢れているんだろうて、不思議で・・・
今は、みんなとおしゃべりしたり、学校に行ったり、そんな普通のことがうれしくて幸せな気持ちでいっぱいになって。
生き返ったことがうれしくて。
生きていることがうれしくて。
あの冷たい世界から、彼が私を助けてくれたのだ。
だから私は彼を、幸せにしてあげたい。もっと幸せを感じてほしい。
そしてその傍らに私は立ちたい。
でも。でもね。
彼が美味しそうにお弁当を食べて、それに私が微笑む。
彼がうれしそうにしているなら、私はそれだけでいい。
彼が幸せなら、それでいい。
もしも、彼の傍らに私の居場所が無くても。
きっと泣くだろうけど・・・、でも、それでも、彼が幸せならそれでいい。それでいいと思うの。
だって私は、あの冷たい世界からもう助けてもらったから。
こんなに幸せを感じさせてもらったから。
こんなに優しさに包まれているのだから。
だから私は、今度は与える側になりたい。
彼に振り向いてもらえなくても、私はもう幸せだから。私の心はあったかいから・・・。
彼の幸せのために、頑張りたい。

彼は、大きくあくびをする。
食欲が収まったら、今度は睡眠欲。
本当に彼は、自分を隠すことを知らなくて、いつもあけすけで。
「もう、横島さんたら、眠いんでしょ?」
「仕方がないんや〜、美神さんが道具の片付けとかみ〜んな俺に言い付けるんや〜」
「そうしないと、お風呂とか覗こうとするでしょ?」
「仕事が終わったらすぐにシャワーを浴びに行くんは、きっと誘ってるんや〜」
「俺が悪いんやないんや〜」
「もう。女の人はいろいろあるんです!!」
彼は小さな子供のように駄々をこねる。
私はちょっと困ったような表情を作って、
「もう、しょうがないな〜」
と、言いながら膝をぽんぽんとたたく。
「え・・・?」
今度は横島さんが困ったような顔をする。
だから私は満面の笑顔でこう言うの。
「お昼寝しましょ」
「いやでも・・・」
本当に何時も女の人に飛びついたりするのに、こちらから近づくと逃げちゃうんだから。
「私の膝枕じゃ、いや・・・?」
私は、頑張って言ってみる。
「て、照れるっす」
と、彼は偶に見せるようになった、泣きたいようなうれしいようなそんな表情を見せる。
それを見て、私は。
私は・・・泣きそうになる。
幸せすぎて、彼がそこに居ることがうれしくて。
それをごまかすように膝をぽんぽんとたたく。
「よ、よろしくっす」
彼は私の膝に寝転がる。

その膝の重さがうれしくて、私は静かに声をかける。
「その〜、硬くないですか・・・」
「・・・」
答えが返ってこない。
そっと彼を見下ろす。
かわいらしい寝息を立てて彼はもう寝ていた。
私はそっと彼の髪を梳く。
彼が楽しい夢を見れるように、幸せな夢が見れるように。

この子の可愛さ限りない。
―――山では木の数萱の数
星の数よりまだ可愛い、
ねんねや ねんねや おねんねや・・・

私は願う。
心から、強く強く。


誰も傷つかず、誰もが満ち足りて・・・


粉雪のように舞い落ちて、ただ足跡だけをのこす・・・

「大好きです・・・」

その言葉は、彼に伝わらなくても・・・
思うことは自由だから・・・
だから、大丈夫。


そして。
目を閉じる。
おれは・・・
何時もの闇か覆いくる。
闇に呑まれる。
喪失。
失望。
絶望。
ただ、翻弄される。
俺は、死にたいと思う。
ただ、死を願う。
俺は、死ねないと思う。
ただ、生にしがみつく。
自分の命は、自分一人のものではないから。
狂うことも出来ない。
それは、あいつを忘れることに繋がるから。

どこまでも続く闇。
そこに光がととく。
『大丈夫』
明るい光が、光橋のように。
その光にすがるように、俺は、目を開く。
すると。


すると、目を開けた先には、女神がいるんだ。
やわらかな光で、俺を照らして。
闇の中から引き上げてくれる。
背まで流れる黒髪。
澄んだ優しい瞳。
華奢な体。
華奢な腕。
でも、その華奢な腕で、俺を引き上げてくれる。
そして彼女は、俺に微笑みかける。凍りついた心を溶かすように。
見ている俺まで、幸せになるような、そんな眩しいえがおで・・・。
「おはよう」
だから俺も笑いかける。
その笑顔を曇らさないように。
その笑顔をもっと見ていたいから。
それを見つめて。
「うん、おはよう」
「横島さん、よっぽど疲れていたんですね。すぐ寝ちゃいましたよ」
「おキヌちゃんの膝枕が気持ちよくてさ〜」
「え、え〜。ほんとですか?」
真っ赤になりながらも、俺に笑いかけてくれる。
俺は、泣きそうになる。
こんな俺を・・・
俺は、大丈夫。
俺の手が、君に届くことは無くても。
それでも。
君が笑ってくれるなら。
俺は、それで大丈夫。


だから俺は、俺の出来る最高の笑顔で、
「ありがとう」
俺の女神に言った。
「ありがとう、おキヌちゃん」






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