ザ・グレート・展開予測ショー

はやにえ


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(06/ 3/12)

花の季節はすぐそこまで来ているというのに、ときおり寒の戻りで身震いするような日のこと。


厳しくはない空は白く濁り、ぬるむ風が時折強く吹いて鳴き声をあげる。
つい油断して薄着で来てしまったのが悔やまれるが、肩を立てて凌げば我慢できないほどでもない。
とは言え、風が巻いて背を撫でるたびに、言い飽きも聞き飽きもしたぼやきが口をついて出るのは致し方ない。

「う〜〜、寒みぃ・・・」

「だから出掛けに言ったのに・・・」

「いやぁ、出たときはまだ暖かったからなぁ・・・失敗した」

つたない言い訳をしつつ、横島は大きなくしゃみを披露する。その度に両手に下げたスーパーの袋が上下する。
それを見ておキヌは、中の卵のことが心配ながらもくすくすと笑っていた。

「―――しっかし、ホントにもうすぐ咲くんかね?」

もうひとつくしゃみをかまし、鼻をすすった横島は沿道の木々を見上げて足を止める。
無造作に腕を広げた桜の大木はこげ茶色のままで、花はおろか緑ひとつもなく、寒々とした姿を晒していた。

「今年はいつもよりは少し早い、とか言ってましたけど―――」

おキヌもやおら歩みを止め、寄り添うように横島の隣に立って見上げる。
たしか、昨日のニュースでそんなことを耳にしたような気がした。

「本当かなぁ」

そんなことをいちいち疑うわけでもないが、目の前の様子を見ているとそんな疑問が浮かぶ。
目を凝らして見ればあちこちに蕾もあるのだろうが、あと一月もしないうちに満開になるようにはとても見えなかった。
どこかに早咲きの一輪でもないかと視線を走らせると、花とは別の奇異なものが目に止まった。

「―――あ」

「なんですか?」

「いや、なんていうか・・・」

自分が見つけた何かに興味を持つおキヌだったが、横島はそれをどう答えてよいか戸惑う。
なんでそんなものが桜の木の枝に刺さっているのかもわからなかったし、見ようによっては少々グロテスクでもあったからだった。
だが、特に苦にするでもなくおキヌも同じものを見つけていた。

「ああ、はやにえですね」

「はやにえ?」

何の衒いもなく聞き慣れぬ単語が出てきたことに驚いて、横島は脇に立つおキヌに目を向けた。

「モズっていう鳥がいるんですけど、それが虫とか蛙や蛇なんかを取ってきて、ああやって木の枝なんかに刺しとくんですよ」

「へーえ、よく知ってるね?」

「ウチの実家のほうだと今でもたまに見かけますよ。でも、東京で見かけるなんてめずらしいですね」

「おキヌちゃん、あんなの見て平気なの? オレはなんちゅーか、ちょっと・・・」

木の枝に小さな蛇が串刺しになって、でろん、と垂れている姿を思い出して、少し身震いする。
もう一度間近で良く見ろと言われても、出来ればお断りしたかった。

おキヌは、ダメですねぇ、近頃の若い人は、とまるで年寄りのような事を言って笑う。
近頃おキヌは、自分が古い人間だということを逆手にとって、こんな風に冗談を言うようになった。

「私も全然大丈夫、というわけじゃないですよ。小さい頃はよく、近所の子が枝ごと持ってきて泣かされたりしましたし」

そのときの男の子は少しだけ横島に似ていたのだが、もちろんそんなことは言わない。

「ふうん、そうなんだ」

些か返答に困りながらも、あたり障りのない相槌を返す。
一口に子供の頃と言ってもおキヌの場合、およそ三百年も前の事だから想像のつけようがない。
なんとなくイメージは出来ても、せいぜい祠で見た立体映像ぐらいでしか頼りにはならなかった。
悲しいかな、比較的長い付き合いであっても、永い時の狭間を埋めるのにはまだ短すぎた。

「それにしても、なんだってあんなことするんだろうね?」

もう一度枝のほうを見上げて横島は言った。
それでも、あまり直視しないように少し焦点をずらしてはいたが。

「村の人たちは、モズの保存食なんだから取っちゃダメだ、とか言ってましたけど・・・」

「でも、なんか食べたような感じじゃないけどなぁ」

枝から垂れ下がる蛇はすっかり干からびてはいたが、つつかれたような跡もかじられたような跡もなく、はっきりとした原型を保っていた。

「あちこちにいっぱい作っといてそのまま忘れちゃう、て事もあるみたいですよ」

「なんだかね」

横島はほんの少し肩をすくめる。
あれは習性だし、自然の摂理なんだからどうこう言う筋合いでもないが、なんとなく我が身に置いて見ると、少々やるせなくなってしまう。

「あちこちにちょっかい出してそれっきりなんてなぁ、なーんか俺みたいじゃん?」

相も変わらずセクハラに精を出してみては失敗する自分を思い浮かべて苦笑する。
情けないことだとは思うが、こうでないとしっくりとしない日常は、おいそれと変えられそうにない。

「なら、ちゃんと食べてあげればどうですか?」

傍らに立つおキヌが、ふふ、と笑って言った。
横島は思わずどきり、としたが、おキヌの表情には変化はない。
それは本当に何気ない様子で、単なる修辞のようにしか聞こえなかった。

横島は少ないボャキブラリーを検索して次の句を探そうとするが、またも気まぐれに背を撫でる風に今度は救われた。
ぞくり、とする寒気に小さく震え、手にした袋を軽く持ち上げてみせる。

「さ、また風が出てきたから、そろそろ帰ろうよ」

そう言って事務所のほうへと踵を返し、逃げを打った。
おキヌは笑いながら、もう、と少し不満そうな声を出してみせた。

ふと、もう一度桜の枝に目を向けると、だらりと頭を垂らした蛇の干からびた顔と目が合った。
またも吹く風とともに、蛇はただ、恨めしそうにゆらゆらと揺れていた。

やがておキヌは目を離し、一歩、二歩と遠ざかる横島の後を、軽い袋を両手に下げ、とてとてと追いかけて行った。

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