おかーさん〜シロの場合〜
投稿者名:とおり
投稿日時:(06/ 3/ 9)
「今日はすっかり晴れて、気持ちがいいでござるのに〜」
ふう、とため息を何回付いたでござろうか。
日差しのきつい昼下がり、遠くまで空が蒼くて。
入道雲がどうだといわんばかりに高く高くそびえている、絶好の散歩日和。
なのに、拙者は。
事務所で留守番。
それはいいのでござる、ござるが…。
外に出れないのはつまらんでござる。
やっぱりつまらんでござる、つまらんでござる、つまらんでござるー。
はぁ…。
叫んでもむなしいだけでござるな。
美神殿は仕事。
先生は学校。
タマモは…散歩でござろうか?
残っているのは、拙者と学校が休みのおキヌ殿だけ。
人狼には学校もテストも無いでござるが、こういう時は先生がうらやましいでござる。
「あうー?」
あ、申し訳ない。
うるさかったでござるか?
ひのめ殿。
“おかーさん〜シロの場合〜”
おキヌ殿の胸元から、精一杯背を伸ばしてこちらに来たがるひのめ殿は、本当に愛らしい。
ふだんはわんわ、わんわと遊ばれる事もしょっちゅうでこざるが…。
隊長殿は仕事の都合か、よくひのめ殿を預けていかれる。
ひのめ殿も笑っていては下さるが、お母さんがいなくて寂しくないでござろうか。
「隊長さんも忙しいから」
よしよしとひのめ殿をあやしながら、おキヌ殿が言う。
ふんわりとした、柔らかな、あったかくてやさしい笑顔。
「本当はおかあさんもひのめちゃんと一緒にいたいのにねー」
わかってるのかわかってないんだか、きゃっきゃと笑顔を見せるひのめ殿。
おかーさん、でござるか。
拙者の中にかすかに残る、母上の記憶。
おキヌ殿の笑顔と同じ様に、柔らかで、あったかくて。
胸の中にすっぽりと包まれるのが、大好きで。
ひのめ殿には、当たり前の事なのかもしれないでござるが。
「……くぁ…」
安心しきって、ふぁぁと出てくるあくびが可愛らしい。
そろそろおねむなのでござろうか。
…ぐずって、発火したりしないで欲しいでござるが。
あの時は尻尾に火がついて、などと思っていると静かに、でも伸びやかに聞こえてきた、おキヌ殿の歌。
この子の可愛さ限りない。
山では木の数萱の数。
星の数よりまだ可愛。
ねんねやねんねやおねんねや。
ねんねんころりや…
「……………」
「どうしたの、シロちゃん?」
「あ、いや。なんでもないでござるよ」
「そう?」
ひのめ殿を抱っこして、少し揺らすようにして寝かしつけようとしているおキヌ殿を見て。
母上を思い出す。
「…シロは甘えん坊ねえ」
「拙者はまだ小さいからいいのでござる」
抱っこをせがんで、あらあらと。
困った子ねえと言いつつも、いつも抱っこしてくれていた母上。
そんな拙者を、父上はいつも笑っていて。
暖かかった、母上。
あの頃の拙者は、今のひのめ殿のようだったのでござろう。
すうすうと穏やかに寝息を立てて、いつの間にかぽんぽんとおなかをさするようにしてくれる母上が、大好きで。
そして、寝入ったひのめ殿を見て、想う。
拙者も母になるのだろうか、と。
犬飼との戦いの後、急激に成長し、日に日に変化していく、体。
天狗殿に言われたように、自分ではわからなくとも、きっと心も。
でも、どこかしらで先生にするように、甘えたいと思う気持ちがあっても。
母になる、とは。
一度も思ったことがなかった…。
「おキヌ殿は…」
なに? と体を揺らしつつ歩くおキヌ殿が、静かに聞き返す。
「お母さんの様でござるな」
ぽつりとつぶやくと、そう? と答えて。
寝入ってしまったのか、赤ちゃん用のベッドにひのめ殿を横たえて、タオルケットをかけると、こちらにまた戻ってきて。
おキヌ殿は、一言こう言った。
「どうすればいいかとか、わからないけどね。
あたしもいつかお母さんになった時に、隊長さんみたいな、いいお母さんになりたいな」
「おキヌ殿は、十分。
お母さんらしいでござるよ」
心から、そう言うと。
おキヌ殿は、抗議するように。
「もう、あたしはどうせ老けてますよー」
ふふっ、と微笑むと、拙者のあたまをそっと撫でて。
びっくりしていると、おキヌ殿はまた言った。
「お母さん、か…。
シロちゃん、あたし、覚えてないんだ。
お母さんの事。
だけどね、いつかはそうなるんだって思うとね、なんだろう。
自分の中のお母さんの部分が、じわっと表に出てくるような気がして。
それが嬉しくて」
ひのめちゃんをあずかったりしてるのよ、と。
「いつかはそうなる…でござるか」
そう、そうでござるな。
いつかは拙者も、小さい命を身に宿して。
この世に生まれ出る手伝いを、するのでござる。
命をかけて、拙者をこの世に導いてくれた、母上の様に。
自分の子に、同じ様に。
今までずっと、母上のお母さんも、そのおばあさんも、ずっとずっとしてきた様に。
「そうでござるな。
いつかは、ひのめ殿の様に、可愛い子を。
生んで、育ててみたいでござる」
すっすっと撫でてくれる手が心地よくて。
この心地よさを与えてあげる事が出来る存在になりたい、そう思う。
「いつかは、わからないけどね」
くすりと笑うおキヌ殿に、いたずらな顔が見えて。
女同士、あははと大きな声を上げて、でもすぐにシーっと口に手を当てて。
静かに、笑った。
「おキヌ殿」
「なあに? 」
小さく、でも強い意志を込めて。
はっきりと、言う。
「先生は、渡さないでござるよ」
すうすうと寝息を立てるひのめ殿の方を向きながら。
「こっちこそ」
おキヌ殿もまた、ひのめ殿を見て。
なんでだろう、この言葉を交わせた事が嬉しかった。
穏やかな時間、寝息に合わせる様に子供の頃の淡い思い出が蘇る。
ゆっくりと、眠るひのめ殿に近づいて。
握った手は、小さい。
あの頃の自分は、これほどに小さかったのでござろうか―――。
母になった自分を思う。
となりにいるのは、誰だろう。
それはまだ、わからないでござるが。
ひのめ殿の手の暖かさが、とても力強くて、でも頼りなくて。
しっかりと、生きていて。
それがとても、嬉しかった。
散歩にいけなかったのは、残念だったでござる。
けど。
今日はいいやって。
あどけなく眠るひのめ殿に、心の中で。
こっそりと、お礼を言った。
今までの
コメント:
- 今回は天馬さんの「おかーさん〜タマモさんの場合〜」へのオマージュです。
母性を表現されていた作品に触発されまして、短編ですが、書き上げてみました。
タマモとシロでは母性への視点も違うと思うので、少し異なる内容とはなりましたが、楽しんでいただければ嬉しいです。
では、失礼します。
…あ、天馬さん公認ですので、あしからず(^^ (とおり)
- ああ、すばらしいー。じわっと来ます。
シロには母の記憶が希薄っぽいですよね(父も亡くしたし)。
それを、おキヌちゃんや美智恵さんを通していろいろ見て聞いて、
新たな家族の中で今まさに成長していってる、そんな感じでしょうか。
そうやって成長して、また別の家族を創り上げていくんですよね、きっと。
「母上のお母さんも、そのおばあさんも、ずっとずっと」というのが、なんかよかったです。
原作の中では、輪廻転生みたいなのは割と描かれてましたけど、それとはまた違う部分での
魂の受け渡し、みたい感じで、原作世界が補完されたような感覚を覚えました。
って、なんか大げさな言い方になって、逆にこの話の読後感を壊してる気もしますけど……うう。
でも一番よかったのは、最後の対決シーンですねー。ごろごろしちゃいました。 (サスケ)
- >サスケさん
コメント頂き、ありがとうございます。
ああ、なんかこちらの考えを見透かされたようなコメント頂き、恐縮です。
仰られているように「魂の受け渡し」というか、世代間の引渡し、みたいなのは盛り込みたいなと想いました。
それこそが「絆」じゃないかな、と。
そこには両親もいるし、相方もいるし、そして自分の子供もいるし。
天馬さんの作品が母性に焦点を当てたものなので、どうだろうと不安ではあったのですが。
喜んでいただけて、嬉しいです。
…対決シーンは、私がおキヌスタなのでw
つい、入れちゃいました。 (とおり)
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