ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 22 ―  [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 3/ 7)





 運転席のドアが開き秘書の降りる音が、続いて左右の後部席ドアの開く音が響く。

「ねえ着いたの? 着いたんなら、これ外しなさいよ!」

「――まだです。外観や周囲からでも場所の特定は可能です。屋内に入ってある程度進むまで我慢して下さい」

 神内ではなく秘書が怒鳴る美神に答えた。

「しょうがないなあ・・・では美神さん、目隠し外せるまで僕が誘導しますので」

 神内の申し訳なさそうな声。革製のアイマスクはどこかでロックされてるのか自分の手では外せない様だった。
 美神は車から降りると、神内に手を引かれて歩く。遠く頻繁に車の行き交う音が聞こえ、ここが都内の――特に賑わっている付近だろうと推測する事が出来た。
 鉄のドアを開く音がして、足を進めると空気と地面の感触が変わる。10m程進むと、秘書がもう大丈夫でしょうと言いながらアイマスクのロックを解除した。
 美神は自分でアイマスクを毟り取ると、視界に飛び込んで来た神内と秘書をキッと睨みつける。三人の立っていたのはどこまでも細長く伸びる廊下の途中だった。
 滅多にない構造だ、美神はそう考える。こんな狭く、かつまっすぐに長い通路作るのは巨大な建物――広いスペースと複雑な経路とを必要とする施設だ――そしてそんな施設には何種類か心当たりがある。
 迷路の様な廊下を数分歩き回ると、先頭の秘書がおもむろに立ち止まった。
 こちらです。そう言って彼の示すドアには「第4小スタジオ」と書かれたドア――間違いない、やはりここはテレビ局か、でなければ映画の撮影所だ。
 ドアの向こうには、幾つかの照明機材やケーブルを除けば何もない殺風景な空間が広がっていた。
 そのスタジオの隅に誰かが立っている――壁際に佇んで三人を待ち受けていた。

「よおダンナ・・・色々ごたついてたらしーが、ホロ酔いで元気そうじゃねーか」

「伊達さんもお元気そうです。全く姿を見せてなかったから心配してたのですが」

「なあに、こちとら身隠すのは慣れっこだぜ。何だい、本当に美神の大将まで連れて来ちまったのか・・・大丈夫かよオイ」

「ええ。もう問題はありません・・・彼女が“ここ”に来るのは必然です」

 へっ、まあいいけどよ。そう言いながら雪之丞は神内の背後の美神に視線を走らす。雪之丞の視線を受け止めて、美神はずかずかと前に踏み出した。

「おっと、そう言や、大将のツラ見んのも結構久し振りだな――そっちも相変わら
      「雪之丞・・・とそこでコソコソしてるタイガー! 何のつもりよアンタたちはあっ!?」

 雪之丞が言い終えぬ内に美神は一喝した。すると雪之丞の脇の空間から滲み出す様に虎面の巨漢が身を震わせつつ姿を現した。美神の剣幕に心なし怯えている様だ。

「ごあいさつだな。何のつもりたあ、どーゆーこったい」

 タイガーの怯えようとは対称的に、涼しい態度で雪之丞は美神へ問い返す。

「ど・・・どうしてこんなバカな事に手貸してんのかって聞いてんのよ! アンタらのせいでどれだけ周囲が混乱してるか分かってんの?」

「知るかそんな事。向こうが勝手にパニクってるだけだろ」

「何・・・ですって・・・」

 美神の剣幕に構わず薄笑いを浮かべながら、今度は雪之丞の方から美神へと歩み寄る。
 彼女の前まで来ると、その顔から笑みは消えた。

「どうして手貸すってよ、そりゃあシンプルな話だぜ―――俺は、奴のダチだからさ」

「何よそれ・・・ふざけた事言ってんじゃないわよ」

「ふざけてなんかいねえ。俺は奴のダチだから、今俺に出来る事で、奴にとって一番だと思った事をするのさ。タイガーだって、ピートだってそこん所は同じだ。犬塚は奴にとことんついてきてえって事だし、そこにいる神内のダンナは・・・まあ、横島を他の女とくっつけて大将を頂き、俺らには恩売って万万歳ってとこじゃねーか?」

 身も蓋もない雪之丞の指摘に苦笑を浮かべる神内。雪之丞はそこで一旦言葉を切り、鋭く美神を見据えた。

「そいつを聞きてえのは俺らの方さ。なあ大将――アンタこそ一体何のつもりでここにいんだよ?」

「いや、伊達さん、彼女は僕がご招待したんですよ・・・」

「ご招待されたって、来る意味ねえのに来てどーすんだよ。なあ美神令子? 横島に会ってどーすんだよ、奴に何言うんだよ、アンタは奴の何なんだよ――奴はアンタの何なんだよ?」

 美神の顔色が一瞬で白くなる。開きかける口よりも早く手が隠し持った神通棍を捉えていた。それを察した雪之丞も素早く後退し、舌打ちしながら魔装術装着の構えを取る。
 しかし、次の瞬間、神内が二人の間に割って入っていた。

「まあまあ伊達さん。彼女については僕のたっての希望でって事でよろしいじゃありませんか。美神さんの来る意味はともかく、僕が彼女を連れて来る意味はあったのですから」

 続けて美神に顔を向ける神内。

「美神さんも――横島さんに会う意味など、会ってそこで見出せば良いのですよ。その為にお招きしたのです。ここで事を荒立てては元も子もありません」

「まあ俺は大将が何のつもりでも別に良いんだけどよ・・・横島はどう言うかだからな」

「社長、横島氏への面会はまず私が参りますので、社長と美神様はここでしばらくお待ち下さい」

 雪之丞と美神が神内の勧めに従って構えを解いた時、秘書が口を開いた。神内は小さく頷く。

「何だよ。三人ともここで待ってていいぜ。別に逃げたりしねーし、寝起きの横島なんか連れて来ねーからよ」

「いえ、私はご同行させて頂きます。少々私の方からご報告したい事もありますので」

 雪之丞は秘書と神内の顔を交互に見てから最後に美神を見て、へえそうかいと口の中で呟いた。

「いいぜ、じゃ来な・・・横島は図面とにらめっこ中だ。奴のオツムじゃなかなか重労働だぜ」

 雪之丞達がスタジオ奥の非常口へと消え、その場には美神と神内の二人が残される。
 扉の閉まる音が響くと、後は静寂に包まれるスタジオ。

「会う意味は・・・会ってから見出す・・・?」

「ええ。その為にお付き合い頂いたとも言いましたよね」

 しばらく経ってからようやく口を開いた美神に、神内は当り前の様に答える。

「全く何なのよ・・・どいつもこいつも。アンタらも、アイツらも・・・おキヌちゃんも西条さんもママも・・・!」

「ですが、実際に貴女は彼と自分の位置を見出していない。見出していないから、何をすればいいのか分からない」

「馬鹿言わないでよ! そんなモン分からなくたってするべき事は一つでしょ!?」

 美神は声を荒げ、目の前の神内を睨み付けた。

「あのバカが顔出したらさっさととっちめてこんな事止めさせんのよ! そして首に縄付けて・・・Gメンまで・・・引きずって・・・・・・行って・・・」

 力説していた筈の彼女の声は何故か途中で力を失う。神内はそんな彼女を見つめて言った。

「上司として・師匠として止めさせるのですか、それとも仲間として? 友人として? GSの正義の代行者として? ――彼のパートナーとして? 何故止めさせるのかも、彼と自分の間にあるものも分からぬまま、どんな言葉を用意するのです?」

「・・・・・・見出す為・・・じゃなくて、見出させる為、なんじゃないの? アンタに都合の良い答えを」

 一度は黙り込んだ美神が尚も挑む様に言うと、神内はひゅうっと口笛を吹いた。

「さすがです。その鋭さこそ美神さんだ。酔いも醒めて来たのでしょうか? ですがね・・・同じ事なんですよ。それこそ、ここにある答えは一つだけなんですから」

 ふいに神内が距離を詰めた。正面は避け、美神の斜め前に立つ。反射的に退がろうとした彼女を腕を取って引き止める。
 彼の気配が――そして状況が一瞬で変わった事に気付く彼女。

「逃げる事はない――ここに答えがあるんです。彼は彼女なしでは生きられない。貴女は彼なしでも生きられる。貴女に必要なのは一人対一人のパートナーだ・・・依存する相手でも依然される相手でもなく。彼の事はもう良いでしょう。貴女に大事なのは貴女の事です――僕がそれを良く分かっている」

 反対側の腕で神内の肩を押し戻そうとした美神だったが、逆にその横からも抱き寄せられてしまう。
 こんな男はすぐに振りほどけ――いいや、弾き飛ばせる筈だ。美神はそう思った。霊力の訓練も受けていない普通人。神通棍の一撃で一たまりもない。
 ならば、何故、こんなに抗い難いのか。酒がまだ残っているのか。
 それとも―――どこかで認めているのか、彼の言葉を。

「そして――――僕も、貴女を必要としているのです」

 その言葉と同時に神内は美神に唇を重ねていた。

「ん・・・・・・んむ・・・っ!?」

 美神は激しく身をよじって神内から逃れようとする。
 しかし、もがけばもがく程、彼は強く彼女を抱き寄せる。

だ めっ―――

 何がだめなのか、何故だめなのか自分で分からぬ内に心の中で叫んでいた。しかし、もう言葉には出ない。
 強弱をつけて唇を吸われ、差し込まれた舌に舌を絡め取られていると、彼を離そうとする力が抜けていくのを感じた。
 知らず知らず、目尻に涙がにじむ。

「ん・・・んんっ・・・んむ・・・む・・・んっ・・・・・・」

 神内の肩を押していた手が押し戻す力を失ったまま、ずるずると彼の胸、その下まで落ちて行く。
 神内が彼女の髪をゆっくりと掌と指で撫でた。

「―――んん・・・っ!?」

 気付くと、自分の両手は僅かながら彼へしがみ付く様に添えられていた。
 駄目。押さなくちゃ。拒まなくちゃ。
 残った正気を掻き集めようと薄く目を開いた時、そこに見たもので彼女は凍り付く。
 神内の背後、先程雪之丞達が消えた非常口の手前に、きょとんとした顔でこちらを見ている横島の姿があった。

「――――!」

 勿論、そこにいたのは横島だけではない。雪之丞とタイガー、神内の秘書も戻って来て横島の近くに並んでいた。
 しかし、美神の目に焼き付いたのは、自分を――神内に唇を奪われている自分を当り前の様な顔で見ていた横島だけ。
 タイガーは呆然として言葉もないまま口を開き、眼前の光景を凝視している。雪之丞は横目で無表情の秘書を見てから目の前の光景を見て、案の定だぜと呟いた。
 秘書がこの為に席を外したのは、そして神内が横島の到着に合わせて行為に及んだのは明らかだった。
 神内の抱き寄せる力が緩んだのを――故意にそうしたのであろうが――気付いた美神は彼を全力で突き飛ばす。身体が離れた所で彼女は拳を作り、彼の顔面へと叩き込んだ。

「な・・・何のマネよ!? ぜ、絶対・・・絶対許さないから!」

 美神のパンチをまともに受けた神内は上体を大きく傾けたが、すぐに姿勢を立て直す。口の端と鼻からも血が流れていたのをティッシュで軽く拭った。
 美神は震えていた。その大半は神内への怒りで震えていたのだが、怒りの対象は神内だけじゃなかったし、そこにある感情も怒りだけではなかった。震えながらも神内を睨む美神。

「こ・・・心を掴むのが先とか言っときながら・・・結局アンタもそこらのクズとい・・・一緒じゃない・・・っ」

「ええ、僕はそう言った筈です・・・まず心を掴むと」

 血を拭った神内が一歩踏み出す。美神の肩がびくんと短く震えた――怒りによるものではなかった。

「こ・・・来ないで」

「でも、貴女ならもうお分かりでしょう? 僕はもうそれを掴んでいるのです。唇を頂いた事など、その確認と証に過ぎない」

 その言葉は神内にしても半分がハッタリだった。まだ掴み切っていない。本当に掴む為にこの段取りが必要なのだ、そう考えていた。
 本当に美神を横島と決別させる為に必要な段階があると―――

「おいおいダンナ、無茶はいけねえよ・・・随分と、らしくねえじゃねえか」

「いやー、思ってたより命知らずなやっちゃなあ・・・あの美神さん相手に。俺だってそこまで出来んかったわ。なあ?」

「いや、お前はあのレベルだろ・・・」

 美神が半月ぶりに聞く横島の声。
 それは、その光景を前に、彼女を前に呑気に交されていた会話だった。
 スタジオ奥から横島だけが足を進めた。美神と神内の所へと歩いて来る。

「横島クンっ、違う・・・違うのよ・・・」

 近付く横島を目にして美神は反射的にそう口にしていた。二人の前に来た彼は足を止める。
 美神は更に横島へ何かを伝えようとした。

「あのね、横島クン、これは・・・」

「久しぶりっス美神さん。あれからうまくやってる様で良かったっスよ」

「え・・・・・・」

 彼女に挨拶すると気まずそうに笑う横島。その気まずさは事務所を飛び出してから初の再会となるからだけであって、そこに先程の場面に対する感情は含まれていない。

「横・・・島・・・・・・クン・・・?」

「美神さんも来たって聞いて本当はビクビクしてたんですよ。潰しに来たんじゃないか、味方のふりして何か企んでんじゃないかってね・・・でもこの分なら安心っス。美神さんまで神内側なら心強いですよ。デカい事言う割には肝心な所で役に立ってないっスからね、このエエカッコシイのボンボンは」

「いや、実に申し訳ないですねえ横島さん」

 横島の毒舌に苦笑しつつ謝る神内。続けて横島はそんな彼に向けて言った。

「美神さんと上手くやってきたいんならよ、もーちょっとこう・・・バカにならんとアカン。今のもイイ線行ってたがまだまだヌルい。もっとな・・・後で肉塊にされる覚悟でガーッと行かんと。こいつぁ、元・丁稚からの忠告だ」

「肝に銘じておきます・・・ところで横島さん、この場所は一体・・・? 潜伏先としては随分意外と言うか、セオリー外れと言うか・・・」

「なあに、ちょっとしたツテでな。結構チェック厳しい所もあるから何日もいられる訳じゃねーんだけど、そんなにいる必要ももうねーからさ」

「え・・・という事は・・・!?」

「ああ。アンタらには教えるの遅れたけど、明日の夜、決行だ」

「――ダンナがとっ捕まったんてんで予定を早めた部分もあるけどな、どのみちこれ以上の猶予は持てねえし、必要もねえ」

 さらっと答えた横島に続いて雪之丞も目の前のX−DAYを神内達へと告げた。

「つー事で、アンタらとは事後処理の相談もしときたいよな。雪之丞やエミさんとこの保護があるタイガーはともかく、Gメン抜けちまったシロや・・・帰って来るアイツの居場所がなくちゃしょうがねえ。アンタが隊長相手にトントン手打ち出来るかどうかなんだわ」

 ・・・その時、俺がいるとは限らねえし。
 そうも言いかけた横島だったが、雪之丞を気にしてその言葉は引っ込めた。

「うーん、それは責任重大ですねえ・・・展開も早いし・・・」

「まっ、ダンナの事だからよ、今から考えときますなんてノロマじゃねーだろ。もうその辺の画は大体描いてる筈だ・・・折角来たんだからその辺もちょいと聞かせてもらうとすっか」

 他人事の様に呟いてみせる神内に雪之丞がにっと笑いながら促す。
 神内が秘書に合図すると彼は手持ちの鞄を軽く掲げた。雪之丞の見立て通りだったと言う事だ。

「立ち話もなんですね・・・どこか囲んで座れる所、あります?」

「じゃあ向こうの部屋に変な形のテーブルあったぜ。荷物置場みてーな所だけどよ」

 一同が雪之丞の案内で移動した時も、美神の呆然とした表情は色を欠いたままだった。
 横島の態度を前に、彼女は今度こそ思い知った。
 「答えを出した」横島にとって、自分は最早「何でもない」のだと。
 かつての――横島を雇い入れたばかりの頃の――自分にとって彼がそうであった様に。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「では皆様、今までお疲れ様でした・・・今後ともよろしく」

「ああ、こちらこそな」

 決行前最後の話し合いを終え、神内は未だ力なく歩く美神をエスコートしながらスタジオを後にする。その背中を見送る雪之丞とタイガー。
 横島は「少しリハやって来るわ」と言い残して消えた。ある人物の名前で、横島達の派手に動き回れるスペースが敷地の一画に用意されていた。限度はあるが、そこで車やバイクを乗り回したり霊波刀を振るったりする位なら許容範囲だった。

「どこまで性根腐っとるんジャ、あの男・・・」

 急に、ボソっと、タイガーが忌々しげに吐き捨てた。

「雪之丞サン、やっぱワッシはあんな野郎と仲良うしとうなかケン。何もこんな時、わざわざ横島サンにあんなの見せつけに来んでもええジャろがっ・・・そんなに美神サン見せびらかしたいんか」

「タイガー・・・・・・何言ってやがんだお前?」

 雪之丞はタイガーを鋭く一瞥し、呆れた様に訊ねる。

「雪之丞サンの言いたい事も分かるケン。好き嫌いで味方を選ぶな、そーゆー事ジャろ? じゃケン、いくら何でもあの野郎は・・・」

「違う、そーじゃねえ・・・横島にそんなモン見せつけてどうしようってんだよ。んな事したって何にもならねえだろが。まして、既成事実の重みなんてショボいものが通用する場面でもねえ」

「へ・・・違うんかいノ?」

「神内は――美神に見せつけてたんだ、あの横島をな。効果覿面、演出過剰って奴だ・・・大将は美神令子という女にこれっぽっちも関心を向けねえ“ハルマゲドンクラスウルトラスーパークールガイ”な横島クンにクラクラになって帰りましたとさ」

 唇を歪めて嗤う雪之丞の揶揄はよく理解出来なかったタイガーだが、あの横島というのがどんな横島なのかは大体がすぐに分かった。
 横島がスタジオを出ようとする間際、タイガーは気遣う様に――と言うよりは恐る恐る――彼に声を掛けていた。

「あの・・・横島サン、ツラいかも知れんがあまり気は落とさんと・・・美神サンじゃて横島サンおらんようなったケン、ああなっとるってトコもあるジャろが・・・」

 タイガーの言葉に横島は振り返る。先程と同じきょとんとした表情で。

「ん? ・・・ああ、あの人はアレでいいんじゃね? 別に俺がどうとかじゃなく、みんな収まる所に収まるものなのさ。俺だってこの期に及んで美神さん見て騒いどったらアイツにシメられちまうわ」

「え・・・・・・アイツ・・・シロさんですかいノ?」

「はあ? 何でシロやねん。アイツつったらアイツやろーが。ええと・・・ほら・・・」

 怪訝な顔でタイガーを見返し反論しようとする横島だったが、彼の態度に今度はタイガーが怪訝な顔をする番だった。
 しかし、彼が何かを訊ねようとする前に横島は、自分の頭の中の混乱をいともあっさりと切り上げていた。

「そー言やさっきからアイツ見ねーな・・・まあええわ、どっかにゃいるやろ。先に向こう行ってんのかもしんねーし」

 当り前の様にそう言う横島に呆然とするタイガー。彼をそのままに横島は歩き去った。

「こっちの頭がおかしくなりそーでしたケン。言ってる事の半分が横島サンらしくない程にマトモで、半分が横島サンにしたっておかしい・・・まるで寝起きの時みたいに――どんどんひどくなっとるんですかノ?」

「んーー、まああれだ。奴も大人になって分別がついた、って事だ」

 頭を抱えていたタイガーは、雪之丞の答えに一層怪訝な顔をする。雪之丞サンまでおかしくなったんかい、極太マジックでそう書いてある顔。
 雪之丞はやっぱりなと思いつつも自分の考えを一から詳しく彼に説明してやる気にもなれなかった。少し考え込んでから、こう続ける。

「大人の分別ってのはシンプルに言やあ――その場その場で何かの不平や愚痴を無駄に垂れ流さねえって事だ。何の根拠もなしに他人に期待したりせず、場の流れを読んで、そこから自分の答えだけを見つけ出すのさ。そして・・・こいつが一番大事だ・・・そーゆー態度を貫き通すって事さ。それがどんなに苦しい事でも――たとえぶっ壊れようともな」

 そう、横島の奴はそれをやってのけてる最中って訳だ。
 ある意味、大したモンだぜ――良くも悪くも。
 ルシオラの犠牲や奴の決断がなかった事にされてるからって奴がその事で文句垂れる筋合いはねえ。奴が寂しいからって誰かが奴を支えてやらなきゃなんない筋合いもねえ。
 奴はGメンや神界魔界が積極的にルシオラの復活を阻止しようと意図してると思ってるが、仮にそうだとしたってある意味当然の事だ。
 世界は奴を中心に回ってる訳じゃねえんだから――奴自身の感情や都合など、奴以外の全ての他者や秩序維持の観点から見れば実にどうでもいい事なのさ。全ての他人にそれぞれの思いや都合があるんだから。
 そして、奴自身がその事を良く知っていた。
 そいつを知っていれば、いつかは気付く・・・自分がその全てに調子合わせ続けてなくちゃならねえ筋合いもねえんだって事にな。
 奴は自分の問題をルシオラがいない事に結びつけ、その復活に全力を注ぐ形で自分の現実に折り合いをつけたんだ。
 自分の出来る範囲で、やりてえ事をやりてえようにやる筋合いは、どこの誰にだってある。
 その結末に覚悟さえ持ってればな。

「なあ雪之丞、ヒマな時でいいんだけどよ――ちょっと図面とか書くの手伝ってくんねえ? 一人じゃ手に余るんだわ。タダでとは言わねえからさ」

 横島の野郎、ある日俺の事務所にふらっと遊びに来て唐突にそんな事抜かしやがった。
 どこに書くかはまだ決まってないんだけどよ、今分かってるだけでもべらぼうな量なんだよな。そう言って奴が見せた分厚い図表一覧に俺は一瞬言葉を失った。

「おいおい・・・一体何しでかすつもりなんだよ、このハンパじゃねえ呪式で――美神の大将差し置いて世界征服か?」

「あーー、ちょいと俺の霊体分離してルシオラ生き返らすのさ」

 ちょいと一週間借りてたビデオ、ビデオ屋に返しに行くのさ。
 まるでそんな話をするみたいに奴は答えた。
 それから二年近く。俺は隣県の廃ホテルに決まったその書き場所で図面書きを手伝うばかりでなく、計画のあらゆる事に手を貸した。奴が払うと言ったバイト料も受け取らなかった。
 奴が自分から頼んで来たのはその図面書きだけだった。その後は全て――俺の勝手で協力している。そして俺は最後まで、俺の勝手でこの計画に関わり続けるだろう。
 「そーゆー答えを出してそーゆー態度を貫く」壊れっぱなしの横島がもし、この装置が失敗した時、速やかに中止などすると思うか?
 それはここ一年ばかり、俺の頭の中を一度も離れなかった問い――いや、確信だった。
 その時は俺が俺の勝手で、奴のダチとして、奴の都合お構いなしで強制終了させてやる。その為にも俺はここにいるんだ。

「よお、犬塚呼んで俺らもリハやっとこーぜ。横島一人での練習なんて、練習してねえってのと同義語だからよ」

 雪之丞は、横でまだ彼の言葉について考え込んでるっぽいタイガーに声を掛ける。びっくりした様に彼を見るタイガーだったが、すぐに表情を引き締めて深く頷いた。
 突入時の訓練は無数に繰り返して来て、その段取りも動作も身体に染み付いていた。しかし多過ぎると言う事はない――一週間足らず前、西条から教えられた出入経路もデタラメの可能性が高いという事で、突入可能ポイントが分からないと言う前提での訓練だった。
 まして今夜が最後で後は本番。多過ぎないどころかまだ色々足りない様にしか感じられない。不確定要素を克服するには揃ったメンバーの息をどこまでも合わせる事が重要となる。
 彼らの全員がこれまでの戦いで学んで来た事でもあった。
 答えを一人で出す事とチームプレイはやっぱりいつだって別問題なんだぜ、お前もまだ分かってるよな、横島。
 心の中で彼の親友に呼びかけながら雪之丞は、シロを呼ぶ為に非常口へと歩き始めた。









   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―


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