ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 21 ―  [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 2/27)





「“それはどうかな”、か・・・さて、どうなんでしょうねえ・・・」

「どうしたの?」

「いや、独り言ですよ。ちょっと思い出した事がありまして」

 車は国道を新宿の手前まで来ていた。助手席の神内はピートの言葉を反芻してクックッと笑う。美神は横目でそんな神内を見ながら、何故か特に不快に思う事もなく、不思議そうな顔を浮かべる。

「珍しいわね。貴方が独り言だなんて・・・あんまりイメージじゃないわ」

「普段人前でしない様心がけてるだけです。僕は本来、独り言多い方ですよ・・・美神さんはしないんですか? 独り言」

「私も・・・多い、かしらね」

「それは良かった。貴女も同じで、安心しましたよ」

 神内の発言に美神は思わず吹き出した。笑いながら思う―――アイツも独り言多いわよね・・・もっともアレは独り言ってより、頭の中のモン、ガス漏れしてるって感じだけど。

「イメージじゃないってのも意外だな。僕ほど独り言の似合う男もそうはいないと、自分では思ってたんですが」

「独り言が・・・似合う?」

「ええ。つまりね・・・独り言をする人ってのは、一人でいる人、なんですよ」

「一人? 貴方が? じゃあ、運転席の私はいない事になってるのかしら・・・それとも、独身って意味?」

 眉を寄せて質問する美神に神内は声を立てて笑い出した。

「ハハハ。もし一つ目だったら凄く失礼ですよね。まあそんな印象もあるから独り言ってのは他人にいい気分を与えない訳ですが。二つ目も、確かに僕に当て嵌まってはいますが違います。パートナーのいるいないじゃない」

 じゃあ何よ。そう大書されてる様な顔で美神は神内の顔を凝視した。100q/h以上出しながらそれをやるのだから危険な事この上ない。
 神内は涼しい顔で――それでも運転者に代わって前方を注視しながら――答える。

「誰が傍にいても、その人をどんなに大事に思っていても、自分は一人きりだという事にどこかで気付いてる人って事ですよ」

 喋ってる途中で口元の牙の違和感をさっき以上に強く感じた。試しにつまんでみると簡単に取れ、次の瞬間、砂状に崩れて風で流れる。ピートからの――Gメンからの支配を完全に脱したという事だ。
 そう言や僕は彼にこう答えたんだっけな、“それを自覚してるなら何の支障もない”と。
 神内は顔を上げ、視界全部に広がる夜景を見渡す。
 だけど、肝心のその自覚がない人間は、“ここ”にどれぐらいいるんだ?
 一人きりなのに、まして自分しか愛していないのに、その事に気付いていない人間は。
 無自覚な人間は、無自覚なままで人と関わろうとし、無自覚なままで群れ集まり、無自覚なままで人から奪い、踏み躙る。

「・・・貴女もそうだと思ったんですよ。貴女もまた、一人でいる人だと――気付いていられる人だってね」

 視線を美神へ戻すと、彼女は少し考え込んだ顔で前を向いていた。
 考え事の邪魔はするまい。神内は再び前方の高層ビル群を見る。自分の事を自分で考えるってのは出る結論に関わらず良い事だ。
 どこへ行くのが、何を取るのが、誰と組むのがベストなのかおのずと見えて来る。そして、彼女の欲しがるものをこちらは何でも揃えてやるのさ。

 さて、どうなんでしょうね。貴方はどう思います?
 美神・・・ピート、西条、横島、誰にともなく、神内は心の中でもう一度その問いを繰り返した。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



からんっ

 琥珀の湖に浮かぶ氷山は、ガラスと言う世界の果てにぶつかって鈴の音を鳴らす。
 TVドラマでも・・・美神さんなんかもよくこうやって音を鳴らすのはどうしてだろうと思っていたけど、答えは簡単。
 鳴らしたいから鳴らす。それだけ。
 おキヌはペンを右手に持ったまま再びそのバーボンを僅かに口の中へと流し入れる。舌先は既に痺れ始めていた。

「ふうっ・・・」

 その液体を喉の奥までもって行くと吐息が洩れ、頬が熱くなる。ようやく酔いが回り始め、辞書や参考文献を捲る手が、ペンが止まりがちになって来た所だ。
 これで―――切り上げ時ですね。この酔いがなければ彼女は眠れぬまま朝まで書き続けていただろう。真夜中の飲酒は彼女にとって正確な睡眠時間を取る為の日課となりかけていた。

おいひいろか よくわかりまれんけろ まずくあ らいれふね。
つよいおさけっれ ろうゆうものらんれふかあ・・・

 心の中の呟きまでも呂律が回ってない。何だかそれが無性におかしくなっておキヌは一人で笑い出す。

「ふふふ・・・ふふふふっ」

 笑いながらもペンを置き、原稿や書籍を机上で整頓すると席を立った。少しふらつきながら部屋の灯を消そうとした時、窓の外に耳慣れたエンジンの重低音が響くのを聞いた。
 カーテンをずらし、下を見る。玄関前に美神のコブラが横付けに止められていた。横付けにしたまま運転席から降りた美神が玄関に向かっている。
 そしてコブラの助手席にもう一人座っている。遠目にでもそれが神内だとすぐに分かった。
 階下の足音がこの部屋にも微かに聞こえて来る。おキヌはもう一度コブラと神内を一瞥するとカーテンを戻し、あやうい足取りのままで自分の部屋を出た。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 深夜営業の紳士服店で適当に揃えた服を抱える神内。彼を開いた部屋の一つに通して、美神は車に戻り車庫へと乗り入れさせた。
 歩いて行ける距離の所に行きつけのバーがある。そこで奢らせるつもりだった。

「“一人でいる人”・・・か。一人で考え・・・一人で喋り・・・一人で動く」

 エンジンを切った時、そう呟く。

「誰がいなくなっても平気・・・ダメになったりなんかしない・・・そんな者同士って事よね」

 確かに独り言が多い。気付いて美神は苦笑する。車を降りるとシャッターは閉めたまま車庫奥にある館内への扉へと向かった。
 結局、自分にとって“かけがえのない者”など存在しなかった。

―――美神さんは、俺がいなくなっても・・・平気ですか?
―――何言ってんのよ。平気に決まってるじゃない。
―――ハハハ・・・そーっすよねえ・・・

 一時はそう思った事もあった。
 何だかんだ言って横島は、自分の世界になくてはならない者かもしれないと・・・横島にとっても自分はそういう存在ではないかと・・・だが、それも錯覚に過ぎなかった。
 横島は彼にとっての“かけがえのない存在”を見つけ、それの為に多くを台無しにして自分の許を去った。そして、それでも、滞りなく毎日を過ごす自分がいた。
 考えてみれば横島だけではない。おキヌやシロ――唐巣――西条――美智恵さえも彼の様にいなくなったとしても・・・“私は何の欠落も覚えずにいられるだろう”。そういられる様に育ち、生き抜いて来たのだから。

「彼も・・・そうなのかしらね・・・?」

 いずれにしろ絵に描いた様なボンボンじゃないって事は分かっていたけど。
 未だ彼女の預かり知らぬ所だが、一人で強く生きて行ける様教え込まれ、その上で突き放されて生きて来たと言う点では彼女と彼は共通していたと言えるだろう。
 廊下に出て神内を通した部屋の前まで来ると待つ事二・三分、着替えた彼が出て来た。それなりに上品なコーディネートだったが、黒の上下にネクタイのない薄い色のシルクシャツ。どう見ても会社社長には見えない。

「お待たせしました」

「勘違いしたチョイ悪オヤジと歌舞伎町のホスト足して2で割らないセンスね・・・まあ、気取らないバーだからそれでも大丈夫だろうけど」

 内心では可もなく不可もなく、こんな格好の彼も新鮮かなと思いつつも美神は表で憎まれ口を叩く。神内は美神の不躾な言葉にもくすくす笑い、仕事人間なものでと軽く言い訳した。

「ではいずれ美神さんに服選びを指南して頂くとしましょう。いつ並んで歩いても恥ずかしくさせない様に」

「しょうがないわねえ―――じゃ、行きましょ」

 形ばかり苦笑して美神は歩き出したが、その足はすぐに止まる。彼女に続いて神内も立ち止まって前方を見た。
 玄関ロビーから若い女性が一人、こちらへと近付いて来る。
 扉の音はしなかったし、その女性がパジャマ姿である事から、二階から降りて来たのだろうと神内は考えた。そして、その顔には見覚えがある。

「おキヌちゃん――まだ起きてたの?」

「えっと・・・こんばんは。夜分お邪魔してます、氷室さん」

「神内さんこんばんはあ」

 とろんとした眼差しと呂律の怪しい声でおキヌは足を止めずに挨拶を返して来た。その歩みもどこかふらついている。
 彼女がこちらへ来るよりも先に美神が彼女へと歩み寄り、その前に立つと鼻をひくつかせながら少し睨む。

「ちょっと・・・随分飲んだんじゃない? 高いモンじゃないし私のボトルなんてケチな事言うつもりもないけど、子供がお勉強しながら飲むってのは感心できないわね」

「子供じゃないですう、もう二十歳ですう・・・お勉強終わったから寝る為飲んだんですう・・・これから寝るんですう」

 わざとらしく唇を尖らせて反論するおキヌ。言い終ると反抗した事も忘れたかの様に顔を緩めて、フフッと笑いながら美神にもたれかかる。

「あっそう。じゃあさっさと寝なさい――ちゃんと自分の部屋でね」

 美神は呆れた顔で、倒れない様気を付けつつもおキヌを押し戻そうとする。その時、おキヌが不意に顔を上げて美神とその背後の神内を見た。

「今夜は神内さんお泊りなんですかー? 泊めちゃうんですかあ?」

「なっ・・・!?」

「遊びに行くんじゃないなんて言ってたのに・・・あーやしいなあー?」

「ち、違うわよっ! 大変だったのは本当だし、これから気分直しにちょっとバーに行くから、一旦車を置きに来ただけ・・・」

 気色ばんで誤解を解こうとする美神をおキヌは据わって目で見つめ、再び寄り掛かって来る。

「なーんだ、美神さん達だってお酒飲むんじゃないですかー。それもこんな時間からあ・・・ずるいなあ。二人で酔っ払っちゃって、どうするんですかあ? 朝まで一緒ですかあ? もーやらしいんだからぁ」

「やらしいのはアンタの頭ん中でしょーが! ああもうこの酔っ払いっ。どうしちゃったのよこの子は・・・ほら、もう離れて。寝るならちゃんと寝なさ・・・」

 再び押し戻されそうになるが、離れるどころか美神の背中に両手を回してますますしがみ付いて来るおキヌ。

「―――それで・・・そうしてれば・・・・・・目をそらして、いられるんですかあ・・・?」

 美神は顔の下のおキヌの頭へと視線を落とす。
 しがみ付く彼女は顔を伏せていた、その表情はよく見えなかった。

「横島さんのこと、じゃないんですよ・・・・・・今は美神さんのこと、なんですよ・・・」

「言ってる意味が良く分からないわよ」

「ねえ、いいんですか? 本当に、それでいいんですか? それで、キレイに片付いちゃってるんですか? 今の横島さんを――」

「何か話したい事があるんなら後で聞くから。朝帰りなんてしないし、神内さんも迎えが来て帰るんだから。ね?」

 今度はやや強引におキヌを引き剥がすと、少し押し退ける様にして美神は玄関へと向かう。少し振り返って後ろの神内に謝った。悪いわね、いつもあんな子じゃないんだけど・・・今日は少し変みたい。
 神内は外へ出る間際、一度だけ廊下のおキヌを見る。彼女は押し退けられたままの姿勢でぼんやりとこちらを見つめていた。
 口には出さず彼女へ向けて彼は言う。
 大丈夫ですよ。美神さんにはこれから見るべきものをきちんと見てもらい、行き先を決めてもらうんですから―――そう、彼女にとって最良の選択を。
 ・・・・・・この僕からね。
 知らず知らず口元に笑みが浮かぶのを感じた。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「凄いペースですね・・・本当に、大丈夫なんですか?」

「いつもこんなモンよ・・・って言うか神内っ! お前の飲みが足りてないんだ! 何なのよまだそれだけって、私をナメてんのかっ?」

「いやあ、そう言われましても・・・・・・」

 神内だって常識的に見てペースは早い方だ。彼のボトルは既に半分も空けられてる。それでも彼は困った様に苦笑を浮かべ、隣の美神が空けたボトルの山を見る。
 カウンター向かいのバーテンは最早苦笑さえ浮かべていない。見ないふりでそむけた顔は、微妙に引き攣っていた。

「全くどいつもこいつも、この私を何だと思ってんのよ――ほら、お前ももっと飲まんかいっ」

 そんな周囲の空気などお構いなしに美神は再びグラスを一気に呷る。とうとう神内までも呼び捨てでアンタとかお前呼ばわりとなっている。彼女の言う通り、“いつもこんなモン”なのだろう。

「どいつもこいつもとは心外ですね。少なくとも僕は貴女の素晴らしさを良く理解し、貴女に出会えた事、こうして一緒の時を過ごせる事を誰よりも感謝しているつもりですが」

「う、うるさいっ。そーゆー事ペラペラ喋るアンタが一番信用ならないのよっ」

「酷いなあ。僕はこんなに美神さんを信頼してるのに――でなかったら僕は今でも山の中で途方に暮れてましたよ」

「何言ってんのよ・・・結局、一番アテにしてた右腕秘書とも連絡取れたんじゃない。あの時連絡取れなかったってのも本当かどうか怪しいモンだわ・・・・・・いいや神内っ、お前は何もかもが怪しいっ!」

 ダンッとカウンターを拳で叩きながら美神は神内を半眼で睨む。
 神内はそんな美神を涼しく見返しながら、彼女の打ち下ろされたままの拳を両手で包み、そっと肩を寄せる。

「仮にそれが嘘だったとして――それだけあの時誰よりも貴女に会いたかった、貴女に救って欲しかった・・・と言う事にはなりませんか?」

「そ・・・そんなんで誤魔化せるかあっ! うちの丁稚たぶらかしたのもどうせアンタなんでしょ!? さあ吐け神内、横島クン引き抜いてどうしようってんの。ママや西条さんにケンカ売って何がしたいの。アイツらどこに匿って、どれだけ手貸してんのよ。さあ吐け、吐け吐け吐け吐・・・うぷっ」

 添えられた手をも振り払い神内の胸倉を掴んで揺する美神だったが、吐け吐け連呼してる途中でおもむろに自分の口元を手で押える。

「は・・・・・・吐く・・・」

「それはいけない。お手洗いはあちらですね」

 美神が常連の店だから神内に教えられるまでもない。彼の言葉も聞かずに口を押えたまま、彼女は突進して行った。
 彼女の姿がトイレに消えたのを見届けた神内は肩の力を抜き、手元のグラスを思い出した様に口へ運ぶ。バーテンが今度はあからさまに同情の視線を彼へと向けるがそれさえ気に止めてはいない。
 グラスを置くと顔を上げ、バーテンに断りを入れてから携帯を手に取る。秘書の番号に繋ぐと2コールで応答が出た。

「僕だ。少し予定が変わった・・・横島氏かタイガー氏に連絡は取れるかな。居場所は分からなくても良い。電話に出るかどうかだけ」

 しかし、秘書の口から返って来たのは神内にとっても意外な朗報。

「何、伊達氏だと? 彼も今、横島氏についているのか?そう言えば車で一緒だったのを見たよな・・・完全に出て来ない筈だったが・・・まあ、他の連中が色々やってくれたお陰と言えるかもな。感謝するべき所かな?」

 一番色々しでかしてるのは社長だと思いますが。そんな抑揚のないツッコミが電話の向こうから聞こえる。
 機は熟した。神内はそう確信していた。
 今夜、全てのカードが自分に揃っている。
 美神はほぼ自分に気を許し――GメンとGS協会は足を引っ張り合い――横島の傍にいるのは自分ともっともウマの合う男。彼なら僕のしようとしている事に余計な邪魔を挟む事はないだろう―――今夜、彼女も僕の手の中にある。

「あ゛〜〜〜〜〜さて、結構スッキリした事だし・・・飲むわよっ!」

 トイレから戻って来ての美神の第一声がそれ。
 彼女を制止するでもなく神内は微笑むと、彼女と自分に新たなグラスと酒を注文し、軽く乾杯のポーズを取ってから一気に飲み干す。

「あら、やるじゃない。その調子でガンガン空けてかなくっちゃ」

 神内の態度の変化に少し驚きながらも満足げに頷く美神。しかし、神内はグラスをカウンターに置いて言った。

「美神さん・・・横島さんがどこにいるのか、知りたいですか?」

「―――え?」

「さっき僕に尋ねられましたね。彼らをどこに隠したかと」

「いや、ち、違うわよ。それはつまり貴方が・・・」

 少し酔いが覚めたのか焦りなのか、少し口調が戻っている美神。神内は構わずに畳み掛ける。

「会いたいですか? ―――横島さんに」

「―――――!」

 数秒後、美神はようやく口を開くが、出て来るのはしどろもどろな答えばかり。

「だ・・・だから、そういう事じゃなくてねっ、アレは私んとこの下っ端なんだから、アイツが何かしでかすとウチの看板に泥が付く訳で・・・で、アンタがアイツを利用してんだろうって、何企んでのよって、そーゆー話で・・・アイツがどこ行こうと私個人は知ったこっちゃないのよ・・・ほら、あんなのいなくても事務所は順調だし・・・」

「会いたいんでしょう?」

 今度は断定的に問いを繰り返す。美神はグラスを持ったまま沈黙した――黙り込みながらもまた手元の酒を飲み干した訳だが。
 神内は微笑んだまま、最後の問いを彼女に投げかけた。

「・・・会わせて、差し上げましょうか?」

 思いもよらず不可解でもあるその申し出に、美神は息を呑んで神内を凝視する。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 あれ程飲んだにも関わらず、店の外に出た美神の足取りは嘘の様にまっすぐだった。もう少しだけ、お付き合いして頂こうと思います。そう言って神内は迎えに来た車へと美神も乗せる。
 運転席にいる男はかっちりとスーツを着込み長めの髪を後ろに流している。彼が神内の右腕となっている秘書なのだろうと美神は思った。彼は神内を見て、ご無事で何よりですと短く告げ、社長が失踪されていた間の動向については後程説明致しますと続けた。
 彼が秘書の大・・・です。神内は美神に自分の秘書を紹介したが、大原だったのか大橋だったのか大倉だったのか数秒で思い出せなくなっていた。
 美神さんだよ。秘書に対し美神の紹介はこれだけだった。既に彼女に関する知識は十分あったのだろう。

「どこへ行くのよ?」

「・・・どこへ行くのかな?」

 美神に質問された神内は、問いをそのまま秘書へと振る。
 横島忠夫達は我々の臨時に提供したテナントを社長失踪時に離れております。我々の行き先については伊達雪之丞からの指定であり、そこが現在の潜伏場所ではない可能性もあります。秘書は静かにそう答えた。

「なるほどね」

「・・・やっぱりアンタ達、繋がってたんじゃない。ウチの社員そそのかして、不正に手を貸して挙句引き抜く――これって立派な営業妨害だわ」

「いなくても順調なのでしょう? 貴女には彼は必要じゃありませんよ。確かに彼は優秀ですがね・・・貴女の能力を最大限に生かし、かつ最大限に協力し合えるパートナーと言ったものとは別の次元です」

 即座に返された神内の返事は、のんびりした口調ではあったがうむを言わせぬ断定的な響きがどこかにあった。そして、横島がいなくても美神は大丈夫――その言葉が最早単なる事実となっている事。

「横島さんは貴女とは違うんですよ。誰もが離れていって、誰かがいなくなって、なのに一件落着。そんな受け止め方は出来ない。本人は出来てるつもりでいたんでしょうがね・・・恋人を犠牲にしたまま得た世界で当り前の様に、何もなかったかの様に置かれて耐えられる程、孤独と馴れ合える人じゃなかったと言う事です」

「社長、美神様にこれを」

 神内が言葉を切った拍子に運転席の秘書が彼に何かを手渡した。それは鈍く光沢を放つ黒革製のアイマスクだった。

「何だい? これは」

「目的地に着くまで美神様にはこれで目隠しをして頂きます。社長がどうお考えであろうと、私から見てその方は信用しかねます。美神様は社長を拉致したオカルトGメン美神美智恵司令の娘であり、GS美神事務所とオカルトGメンには密接なパイプがある。ここで見たものが全て向こうに渡る事さえ考えられます」

「冗談じゃないわよ。何よ、この誘拐するみたいなアイマスクは」

「君、いくら何でも失礼だろ!? 僕が彼女を招待したんだぞ」

 顔色を変える美神に続いて神内までも秘書を非難するが、彼は要求を徹回する様子もない。

「どう仰られましても着けて頂きます・・・着けて頂けないのであれば、私はこれより目的地に向かって車を進める事はございません・・・・・・オカルトGメンが強硬手段に出て、グループ内で相談役派が粛正に動き始めている今、これ以上社長と社長のプランに余分なリスクを掛けさせる行為は断じて出来ません」

 しばらく睨み合う神内と秘書だったが、やがてお手上げのポーズと共に神内が折れた。

「参りましたね。こうなるともう彼はてこでも動かないんですよ・・・申し訳ありませんが、着けて頂けませんか」

 本当に済まなさそうに美神へ頼む神内。だが全て芝居だった。
 秘書がアイマスクを用意し、それを着けろと言ったのも、前もって神内に指示されての事だった。
 そうとは気付かず、渋々ながらアイマスクを装着する美神。その視界が闇に閉ざされる。

「さて・・・今ちょっと聞いたが、相談役の爺さん、また何かやらかしてんのかい?」

「ええ。プラントの不祥事に社長の失踪と来ればもう独壇場でしょう。問題のプラントは副会長派で、矛先は向こうがメインですが、こちらに手が伸びない訳ではありません」

「僕ら側で二日間の動きはあったかな?」

「まずはGメンスパイの可能性がある者のリストアップですね。我社では経理・予算部門に集中していました。実際に悪質なデータ改竄を行なっていた者を2名解雇。それ以外のスリーパーは社長の判断にて――また、ピエトロ・ド・ヴラドーが唐巣和宏氏と交戦しながら逃走した際の社長室及びその周辺の破損・火災については口外厳禁とし速やかな修繕を行なうものとしました。また、当社独自の商品管理部門の設置が提案されています――これは相談役派からの言い掛かりが来る前に先手を打って、ある程度案をまとめるべきかと」

「なるほど――グループ臨時総会の予定などは出ているかな? オヤジのスケジュール次第だと思うが、開かれない筈はあるまい」

 視界を塞がれた美神の耳には神内と秘書との会話が淡々と飛び込んで来る。主にグループ内の勢力争いや二日間のコーポレーション内の変化についての話。
 かなり飛ばしている筈なのに振動もエンジンの音も聞こえない車内で美神は急激に眠くなっていた―――自分が眠ってしまっていたと気付いたのは、神内に肩を揺すられ起こされた時だった。
 車は既に停まっていた。









   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―

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