ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 20 ―  [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 2/18)





―――ヒュウウウウウィッ!

 神通棍が風を切って床すれすれを這う。

ザシュッ!ザザザッ・・・!
「グゲギャアアアッ!?」

 数体の悪霊が一挙に足元を薙ぎ払われ、その場で霧散した。だが彼女は構えを解かない。両手に除霊札を持ち替えると、そのまま前方へと突進する。

「フゴオオアッ! ゴガアアアッ!」

 その向かう先には今倒したザコ霊共より二回りも三回りもある巨大化した悪霊。知性の欠片もなく怒りに咆哮していた。

タタタタタタ・・・ダンッッ!

 振り下ろされた鉤爪付きの腕を躱しながら跳躍。空中で扇状に広げ持った札を眼前へとかざす。

「ガアアアーーーーッ!」

 やたらと吼える悪霊とは対称的に彼女は一言も発しない。鋭い音で一度息を長く吸い込むばかり。

―――ひゅうっ

ドドドドガガドガドドッ!!

 物陰から顛末を見守っていた依頼人の目には最早その動きを捉える事は出来なかった。
 猛烈な勢いで繰り出される悪霊の腕。それを躱し、あるいは目に見えない力で防ぎながら悪霊の全身に札を叩き込んで行く彼女。
 手持ちの札を全て相手に貼ると、すぐ前を掠った腕を蹴って彼女は後ろへと飛んだ。長いライトブラウンの髪をたなびかせながら軽やかに着地すると、彼女は手で印を結び短く呪言を唱える。
 すると全ての札が眩い光を放ち、次の瞬間、振り絞る様な断末魔と轟音と共に悪霊は爆炎の中へと消えた。
 屋内を吹き荒れる風に亜麻色の髪は再び舞い上がる。

「あの・・・ご苦労様でした。助かりましたよ、どこのGSに依頼してもお手上げとか言われて困ってたんです。さすがは評判高い美神GSさん。ああ、さっそく成功報酬の方は振り込ませて頂きますので」

「――どうぞよろしく」

 表情も変えずそう一言言うと美神は足早にその場を後にした。



 横島がいなくなって半月近くが経っていた。Gメンに呼び出される事も殆どなくなり、事態への新たな情報が入って来る事もなくなった。
 つまり――「外された」のだ。全くの無関係者と見なされて。
 それに伴い監視もいつの間にか解かれ、GS美神事務所は普段の業務内容を取り戻していた――彼女一人である事を除けば。
 横島を追って姿を消したシロ。
 タマモはGメンの庁舎に通い詰め夜遅くまで帰って来ない・・・泊り込む事も少なくなかった。何かの打ち合わせや訓練を重ねているらしい。
 おキヌは留学先の大学から論文の提出を――英文にて――求められ、和英辞書片手に奮闘中。とても仕事を手伝うどころではない。
 愛車を駆って事務所に着くと、おキヌの部屋だけ灯の点いてるのが見えた。恐らくは今日も一日中部屋に篭もりっきりだったのだろう。美神はふと、今日は彼女と一言も言葉を交してない事を思い出す。
 無視し合ったりとかはしてないのだが、あれからおキヌと美神は必要限度の会話しかしない様になっていた。
 あの時事務所を飛び出したおキヌは間違いなく横島と会ったのだろう。そう確信しつつも、そこで何があったのかは未だに聞けないままだった。
 いや、おキヌは度々何かを美神に言おうとする素振りは見せていた。しかしそれをどう伝えたら良いのか分からないまま口を閉ざし、そこが彼女の口数の少なさの原因となっている。
 また、美神自身の口数や感情表現も明らかに少なくなっていた。彼女を以前から知っている依頼人などは、雰囲気と仕事ぶりの変化に驚く事が多かった。
 その優秀さに変わりはないのだが以前の美神にはやはりどこか散漫で騒がしいイメージがあった。それが寡黙に一人で現れ、無駄のない手順で仕事をこなし、現れた時同様静かに去って行く様になったのである。まるで別人の如き変化だった。
 そして、その成果の多くが更に驚くべき事に、他のメンバーのサポートがあった時と変わらない程のものだった――「ちょっとは役に立つと思って使ってただけ。いつもの除霊なんて本当はこの私一人で十分なのよ」そう自分に言い聞かせたのは意地によるもの。しかし、皮肉なまでに、その通りだったのだ。
 横島がいた時と同じ仕事量をてきぱきと片付ける日々。最早GS美神事務所の業務には彼女自身以外の何者をも必要としなくなっていた。

「あっ・・・お、おかえりなさい・・・」

「・・・ただいま」

 扉を開けると意外にも玄関ロビーにおキヌが立っていた。何の用で部屋から出て来たのかは分からない。
 挨拶だけすると、美神は装備保管室と事務室のある一階廊下へと足を向ける。二・三歩程で背中に視線を感じ、立ち止まった。
 振り返ってみると案の定、おキヌが何か言いたげな様子でこちらを見つめていた。別にこれが初めての事じゃない。美神は「何よ」とか尋ねる事もなく彼女へと声を掛ける。

「どう、論文ははかどってる?」

「え、あ・・・はいっ」

「そう・・・まあ、頑張りなさいよ。ここが留学前の正念場なんでしょうから」

 高卒の美神には論文を書いて提出するという経験もなければ、そんな事をする必要を求められた経験もない。ひょっとしたら、論文と夏休みの作文の違いも良く分かっていなかったかもしれない。
 それでも、今がおキヌにとって、かつて自分が独立し「GS美神事務所」を立ち上げたのと同じ位に重要な時期だというのは良く分かっていた。
 考えてみたら、この子もあの頃の私と同じ位の年なのよね。そんな事にも思い当る。

「自分がどこに進みたいのか見えた時にはね、なりふり構わずにそこへ向かって突っ走ってみるのが一番よ。余計なものには気を囚われずにね・・・アンタが見つけた道なんだから、アンタがそうやって切り開いて進んで行かなくちゃ」

「美神さんも、同じこと・・・・・・言うんですね」

「―――みんな、おキヌちゃんに幸せを掴み取ってほしいのよ」

 誰と同じなのかは尋ねなかった。尋ねるまでもなかったし、今はあまりその名前を聞きたくない。
 おキヌは美神の言葉にはこっくりと頷くが、再び何かを訴える目でじっと美神を見つめていた。

「じゃ・・・じゃあちょっと私、これから後片付けとかお金数えたりとかするから・・・夕飯はもう食べた?私の分とか気にしなくていいからね」

 手短に言い残すとおキヌに背を向けて歩き出す。

―――あー、今のは何か・・・分かっちゃったなあ・・・

 美神は心の中でひとりごち、ひっそりと溜息をついた。
 一番“どこに進みたいのか”を見失い、“なりふり構わず突っ走ってみる”事が出来ないでいるのは、他ならぬ美神自身だ―――おキヌの視線はそう語っていた。

―――私が何を望むのかなんて、決まってるじゃない。金、金、金、よ。

 おキヌの無言の問いを振り払う様に彼女は自答する。

――いいやそれだけじゃない。多くの危険をかいくぐり、スリルを味わい尽くし、命懸けで人外の者達――人であった者達と向き合い、この私の優秀さと偉大さを全世界に知らしめる。ずっとそうだったし、これからもそうよ。何も見失ってなんかいないし、私は走り続けている―――

 答えている様で答えになっていない想念。そのコンセプトでその美神が、今をどうするのか。彼女の呟きにそれは存在しない。
 あるいは、一人で仕事に打ち込む事で、それについて考える事から逃げている今の態度と繋がった想念だったと言えたかもしれない。

本当に、このままで、いいの?

 美神が浮かぶ自問を頭から追い出し装備保管室へと足を踏み入れようとした時、向かいの事務室から電話の呼び出し音が響いた。
 足の向きを変える事なく装備保管室に入ると、その中にあった子機を手に取る。

「はい、こちらGS美―――」

 名乗り切る前に受話器の向こうから聞こえて来た声で、美神の表情が固くなる。

「――神内さん? どうしたんですか、何か様子が・・・今どこにいるの? え・・・車は・・・」



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 辺り一面、虫の音ばかり。目を開いた神内の視界に飛び込んで来たのは満天の星空。
 自分が芝生の様な所に横たわっていたと察し、ゆっくり上半身を起こすと周囲を見回した。
 広い草地、百m程向こうに何かの畑が広がっているのが見える。人家らしき灯は見当たらない。草地と畑とを囲む形で四方に小高い山の連なるのが見えた。
 ここが一体どこなのか見当も付かない――何故自分がここにいるのかも憶えていなかった。
 最後のはっきりとした記憶は、社長室でピートに首を噛まれた瞬間。その後に色々な事が起きた様な気もするが、全てが霧の中みたいに曖昧だった。
 口元に違和感を感じ、そっと指を当てる――牙が生えていた。ピートと同じ吸血鬼の牙。但し、グラグラして今にも抜けそうだった。
 立ち上がり土や葉を払おうと自分の服を見ると、あちこちが破け、酷く汚れていた。普通に連れ回された位ではこうはならない。目を凝らすと、焦げ跡らしきものまで見られる。
 立ったと同時に著しい疲労感に教われ、身体中に様々な痛みを覚えた。
 神内は断片的な記憶を拾い集めてみた。
 どこかの部屋で質問を向けて来る美智恵。詰め寄る西条――相変わらず滑稽さを感じた・・・・・・吸血鬼化するとピートには逆らえなくなるが元の人格や感情は残っていたのかもしれない。空白の時間においても僕は彼をおちょくっていたのだろうか。
 そして、何か、とんでもない爆発に巻き込まれたような気もする・・・服や身体の惨状と関係あるのだろうか。
 足を引きずって神内は歩き出す。ここはGメン施設の近くではないらしい――果して都内だろうか。
 Gメンに連れて来られ、そこで“何か”が起きて自分は逃げ出した・・・と、見るべきか。
 では何が起きたのか。一人でここまで来たのか。だとしたらどうやって。
 それよりも、もっと気になる事がある。

「さて・・・今日は、何日かな・・・?」

 口に出して呟きながら懐を探る神内。
 ピートに支配されてた間の時間が分からない。下手したら一週間以上過ぎて――全てが終わっている可能性だってある。
 内ポケットに携帯は――あった。
 二つ折りの携帯を取り出すと、少し開きかけにしてから閉じ小画面を見る。
 あれから2日後の日付、23時半を少し過ぎていた。電波状態――アンテナは三本とも立っている。
 今度は携帯を開く。通話の前に、現在地を知ろうとナビページを呼び出す。

「くっ・・くくくくっ・・ははっ」

 表示された画面に神内は思わず吹き出して笑った。何という事だ。偶然か。誰かの意図か。
 ここは・・・“あのホテル”のすぐ近くじゃないか。ちょうどあの山の裏手、歩いて一時間程度。
 笑ってばかりもいられない。自分が連行されたGメンの施設とは廃ホテルに設置された臨時本部か何かかもしれない。つまり、こんな所でぼおっとしてたらいつGメンの人間と鉢合わせしたっておかしくないって事だ。
 人を呼んでなるべく早くここを離れた方が良い。電話帳から秘書の携番にカーソルを合わせる。彼なら都内のどこからでも90分以内でここまで辿り着ける筈だ。
 しかし、その番号に繋ごうとした指は途中で止まる。神内は更にカーソルを動かし、別の名前に合わせた。

―――こんな時呼ぶのにもっとうってつけの人がいましたね・・・中々良いシチュエーションです。

 数コール目で出た電話の向こうの美神は、演技抜きでも掠れ弱った神内の声と虫の音のBGMに異常を察し、途中から丁寧語も忘れて尋ねて来た。

「何か様子が・・・今どこにいるの?」



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「部下に来てもらおうと思ったのですが、連絡がつかないんですよ・・・僕がこんな状態ですから、彼もどこかで拘束されてるのかもしれませんね。ここ2日ばかりの記憶がないから・・・何が何やらです」

 神内の声が彼らしくもなく弱々しいのにも驚かされたが、更に驚くべきは彼の身に起きた出来事。
 何と彼は、あのピートに噛まれ、吸血鬼化したまま拉致されていたと言うのだ。しかもそれは、自分の母、美智恵の差し金によるものだと。

「本当に・・・全く本当に・・・何考えてんのよ、ママ!?」

 さすがの美神も受話器を握ったまま唖然とする。美智恵や西条からも、ピートを連れて神内の会社を訪問したと言う唐巣からもそんな話は一切聞いていない。それどころか、ここ数日、彼らとは会ってもいないし連絡も取っていない。
 確かに神内が“怪しい”のは美神にも十分同意出来た。横島達に裏で何か働きかけている事を彼自身が匂わせてさえいる。
 だからと言ってこれは、非常手段にも程が――いくら怪しいとは言え、明確な敵だったり妖怪や魔族だったりする疑惑ではないのだ。

「こんな時頼れる人と言ったら、美神さんしか思い浮かびませんでした」

「え・・・?」

 苛立っていた美神の心にその言葉が引っかかる。

「え、でも、他にも部下の方は大勢・・・それにお父様の会社からだって」

「話になりませんよ。例の騒動でどこもガタガタです。秘書以外の誰に電話しても、僕を迎えに来るのはGメンの様な気がする・・・お願いです。貴女が迎えに来て頂けませんか? 駅のある所まで乗せてって頂ければ、後は何とか・・・」

「―――待ってて下さい。そこから、あまり動かない様に」

 電話を切り、片付けようとしていた装備類を一まとめに置くと美神は部屋を出て、一直線に玄関へと向かう。
 ロビーで再びおキヌと会った。ずっとそこに経ってたのではない証拠に彼女は両手で何かの載ったトレーを持っていた。元々それを取りに降りていたのだろう。美神は立ち止まらずに言い残す。

「急用が出来たの。ちょっと出掛けるわ。いつ帰るか分からないから、寝る時は施錠よろしくね」

「あの人に、呼ばれたんですか・・・?」

「遊びに行くんじゃないわよ。何か大変な事になってるみたい。でも待機とかはしなくて良いわ――人工幽霊壱号、車庫開けといて」

 そこまで言い終えた時には既に扉を開け外に踏み出していた美神。彼女の目にも見えてはいたが、全く気に留めてはいなかった――
 おキヌの持つトレーの上にあるのが、バーボンの瓶とグラスと氷の1セットだった事を。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 農具小屋らしきものがあったのでその陰に身を潜めていると、数十分後にエンジンの爆音が近付くのを聞いた。少し離れた所を舗装された幹線道路が通っているらしい。そこを直進して来たのだろう。
 草地の向こうで車が止まる音を聞くとか身内は物陰から出て、音のする方へと向かう。すぐに、ライトを点けたまま停まっているオープンカーと、そこから降りて辺りを見回す女の姿が目に入った。

「・・・美神さん」

 ある程度近付いてから声を掛けると、美神は神内の方に顔を向け、すぐさま走り寄って来た。

「神内さんっ・・・・・・どうしたのよ、ズタボロじゃないっ!?」

 神内の傍に来た美神は彼の有様に絶句する。彼女の反応に彼は心の中でほくそ笑んだ。

――“こんな時に”呼びつけたかいはあったかな。男がズタボロになってる事など意に介する女性ではなかった筈なんだけどね・・・面白い兆候だ。予想の斜め上って奴かもしれん。

 すぐ目の前で服の破れ具合や頬の傷を確かめている美神の両肩に手を置くと、少しだけ体重を預けた。彼の期待通りに美神はやや激しく狼狽する。

「え、ちょっ・・・」

「助かりました。貴女なら・・・来てくれると、思っていましたよ」

「・・・・・・」

 安堵した声で呟く神内。美神の返事はない。

「さ・・・さあ、早く乗りましょう。電話が盗聴されてるって事もあり得るんだから、追手は来るかもしれないわ」

 しばらく経ってから気を取り直し、神内を離して急かす美神。その顔は赤いままだった。
 彼女の危惧は彼自身も考えていたものだった。最も本当にそうならとっくにここへ来ている筈だけどね・・・。半ばその予想が杞憂に過ぎなかったと確信しつつも、神内は急かされるままコブラの助手席へと乗り込む。
 ハンドルを握った美神は車の向きを帰ると、一本道を元来た方向へと疾走させた。



「おや・・・?」

 十分ばかり走らせ、車が山中を抜けて市街地に入った時、神内が首を傾げてぽつりと呟いた。

「駅前はあっちですよ? 幸い、ここにはビジネスホテルもあるみたいですし・・・」

「あるからって、そのままそこに置いてく訳にも行かないでしょう?」

 神内の服に視線を走らせ、美神は一見そっけなく答える。
 法廷速度の概念をどこかに置き忘れて来たかの様なスピードだ。山麓の市街地を車は瞬く間に通過する。

「まず着替えを用意しなくちゃ・・・お財布は無事だったんでしょ? それに、一仕事したんだから私もそれなりの報酬を頂かなくっちゃね。高く・・・つきますわよ?」

 すっかり神内用ではないいつもの口調に戻っている美神。思い出した様に最後は丁寧語だったが、その声は心なし上ずっていた。

「なるほど。確かにその通りでしたね、これはうっかりしてました。では、今日は美しき救出者の御希望の場所へと、何なりと連れ去られる事に致しましょう」

 膝を叩き、何度も頷きながら神内は笑顔で答えた。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 視界を斜めに遮る鉄パイプ。それをゆっくりと押し上げて美智恵は這い出した。

「西条君! 西条君、どう・・・・・・ちゃんと、生きてる?」

 ガタガタと言う物音が彼女の問い掛けに応じた。二三分かけてそこから腕が、続いて西条の全身が這い出して来る。

「まあ何とかっ、生きてますよ・・・」

 ホテルの正面入口を塞ぐ様に建てられていたオカルトGメンの二階建てプレハブ――であった瓦礫は夜闇の中、未だうっすらと煙が立ち込めていた。
 潰れたプレハブのあちこちからも人が這い出し、たまたま外に配置されていて下敷きは免れた隊員達が彼らを引っ張り出している。
 Gメンの一時活動停止により大幅に送れながらも、結界の完成と稼動を目前にして深夜の廃ホテルには多くのGメン捜査員が配置されていた。

「全員、無事な様ね・・・で、あの子は?」

「はあ・・・」

 西条は曖昧に頷くと、美智恵の問いに答える代わりにある方向へと顔を向けた。

「うっ・・・ぐっ・・・ひぐ・・・ぐすっ・・・・・・」

 美智恵も西条に合わせてそれを見る。二人の――いや、その場にいた全員の視線を集めながら“彼女”は瓦礫の下敷きになる事もなく立ったまま、なおもぐずり続けていた。“彼女”を刺激しない様に西条はそっと近付く。

「大丈夫・・・大丈夫だよ。もう怖いものはどこにもないからね。うん、大丈夫。どうしてこんな怖い所に一人で来たんだね・・・六道君?」

「だって・・・だって〜お母様が・・・お伴の人も〜途中でいなくなっちゃうし〜〜オバケ・・・いっぱい〜〜〜ぐすっ」

「分かった分かった・・・分かったからもう泣き止もう。そしたらアメ買ってあげるから。好きだろアメ?」

「・・・・・・うん」



 ―――そのほんの少し前。
 プレハブの一室を出た美智恵に渡り通路で待っていた西条がやや憮然とした顔で尋ねる。

「どうですか?彼の状態は」

「きわめて平穏よ。抵抗する様子も逃げ出そうとする様子も見られないわ・・・ただ、訊かれた事にあまり答えなくなってるみたいね」

「もう一回ぐらい噛ませてみた方が良いんじゃないでしょうか・・・ピートはまだ、職員マンションに?」

 吸血鬼化した神内にさえ不愉快な思いをさせられたらしい西条は、心なしか神内に対して出すアイデアも荒っぽい。少し諌める眼差しで西条を制してから美智恵は答える。

「ええ・・・本人はもう大丈夫とか言ってるんだけどね。やっぱり先生と戦う事になったのが実際のダメージ以上に堪えてるみたい。彼に掛けた魔力にも影響してるかもしれないわ」

「そうですか・・・」

 西条はもう一度噛ませろと言う自分の提案の無神経さを恥じる。

「我々はピートに嫌な役を押し付けてしまいましたね・・・」

「うーん、その言い方も失礼じゃないかしら? ピートは自分の意思でこの役を選び取ったのだから。ある面で、私以上にこの事態の本質を掴んでいたであろう彼がね」

「そう、ですね・・・度々すみません」

「それに・・・彼も横島君達には自分の情報を与える側。向こうの事については今まで話した事以上は本当に知らないんじゃないのかしら。あくまでも今回の目標は彼をこの場に押えておく事。情報の収集はついでよ」

 美智恵はプレハブ裏手の通路を階段へと向かう。ホテルの壁に面したその通路ではすぐ脇で窓にへばりつき時にはガラスをばんばんと叩いている悪霊の姿を目にする事が出来た。下手なお化け屋敷よりも恐ろしい光景だ。

「しかし、知れば知る程、スケールが大きく、かつ精密な装置ですね・・・まるでロケットの打ち上げ台みたいだ」

「作りの大元が似ているのよ。一回を推力に二階が、二階を推力に三階が作動して・・・最後に屋上が爆発的なパワーで押し上げられる――例えでなくとも大気圏外まで飛んで行けそうな感じね。ボケてるとは言え、ドクターカオスの技術力が最大限に発揮されているわ」

 ぼんやりと悪霊の群がる窓を見つめて呟く西条に美智恵がそう話した時、階段を駆け上がって来る足音が響いた。

「はっ、西条指揮と美神司令、これは丁度良かった・・・報告します、敷地内前庭にて不審者が立ち入り本部及び対象建築物へ接近するのを発見。呼び止めて現在事情聴取を行なっております。人数は一名。二十才前後の女性です。抵抗の様子はなし。オカルトアイテムの装備は見当たりませんが尋常ではない霊力を感知。横島忠夫との関わりは現在の所不明です」

 部下の報告に西条と美智恵は顔を見合わせる。

「・・・あら」

「あら〜〜おばさま〜西条さん〜〜お久しぶり〜」

 階段を降りかけた所で彼らは足を止めた。ホテル前庭で数名のGメン捜査員に囲まれて立っていたのは二人の良く知る人物だった。

「六道君・・・一体どうしてここに?」

「六道・・・六道冥子ですか? あの六道家の・・・あの式神使いの?」

 冥子の名前を聞いた部下が顔を引き攣らせる。霊能の世界におけるVIPだからと言うのもあったが、それ以上に彼女のプッツン・暴走ぶりはGメン内でもやはり良く知られていたのだ。

「ええとね〜〜おばさま達が誰かとケンカして〜その人ここに閉じ込めちゃったから〜その人出して〜仲直りさせてあげなさいって〜言われたの〜〜いけないんですよ〜そんな事しちゃ〜〜」

「何ですって・・・!?」

 今度は美智恵の顔色も変わる。二人が「それを誰に言われたのか」確かめようと思った時には、冥子は捜査員達の脇をすり抜け、とことこ階段の方へと歩いて来ていた。身元が分かり――しかも上官の知り合いで名家六道家と言う事もあり――彼らは彼女を追って押え込むのを躊躇ってしまった。

「あ〜〜こっちね〜その人二階にいるの〜〜でも〜変な所に建ってるのね〜〜これじゃホテルに入れな・・・」

「ちょ、ちょっと待ちたま・・・」

 西条は階段を駆け降りると冥子の前に立ってそれを制止しようとする。しかし、一足早く冥子は階段のあるプレハブ裏手にまで来てしまっていた。
 そしてホテルの外壁を――窓一杯に貼りつき正面入口からも顔を覗かせた悪霊の群れを目にする事となる。

「まず・・・い・・・」

「き・・・・・・きゃあああああーーーーーーーっ!!?」

ブワアッ!

ドガァァッ!ドガァァッ!ドガァァッ!ドガァ(以下略)

「わーーーっ!!」「ぎゃああーー(以下略)

 泣き叫ぶ冥子の放った式神十二神将は一瞬でプレハブの対策本部を吹き飛ばし、その後10分以上に渡って逃げ惑う捜査員達を追い回しながらホテル前庭で破壊の限りを尽くしたと言う――――



「ぐすっ、それでね〜お母様がいうの〜唐巣先生からのお願いよって・・・ちゃんと付き添いの人ついてるからって言ったのに〜〜みんな途中で〜帰っちゃうんだもん・・・」

 冥子の話にただただ溜息をつく西条と美智恵。その背後で封印結界に損傷無しと報告する部下の声が響く。入れ替わり彼らの後ろに立った別の部下が新たな報告を行なう。

「報告します! ・・・特マル対の姿がありません! 本部倒壊時、逃亡したものと思われます!」

「―――!」

 特マル対・・・特務対象、つまり神内の事。西条と美智恵のみでなく、周囲の捜査員達にも緊張が走った。








   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―

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